第4話『曇るガラス窓な世界より(Ⅳ)』
「──や、やっぱり、徒歩はキツイ」
“アーカディア学園”までの道のりは、かなり険しいと言わざるを得ない。
街中の暴徒は例外中の例外であるものの、そのシオリの目の前に立ち塞がる急坂は確かにキツ過ぎる。
確かに、あの暴徒による襲撃の後、シオリは自らの自転車で駆けり、“アーカディア学園”へと向かった。
だが、非常に運の悪い事に、その後襲撃で自転車が黒焦げになってしまい、おかげでこの距離を荷物を引いたまま歩いてきたのだ。
正直な話、シオリの所有しているセーフティーハウスから、防弾加工をされた自動車を引っ張ってこようと思ったぐらいだ。
アーカディア学園を含めた学園都市アークという国家都市は、他の国家と根本的に違う。
主に、
少なくとも、大陸広しと言えど、軍事大国や経済大国など数多あれど、それでも学園都市が一国家として認められている幾分かは、これが故だ。
「……──そして“アーカディア学園”、か」
“アーカディア学園”──。
この学園都市アークにおいて、今現在学園を構える学校の内、その一つである。
特徴としては、
ただ、あまり目立った特徴のない
「──ん? 私以外にも遅刻者がいたのか」
と、そんな時だった──。
シオリの視界に入ってきたのは、一人の女性。何故か最近銃撃戦が多発しているらしいが、それでも別に他人とすれ違う事自体、何ら可笑しなことではなく、ただの日常の一部でしかない。
しかし、その女性の着ている服に、シオリは少し心当たりがある。いや、ありまくりと言っても過言ではないのだ。
──“アーカディア学園”の制服。
その上、現在進行形でシオリは遅刻している。
詰まる話が、その“アーカディア学園”を着ている女性は、シオリと同じ遅刻者らしいのだ。
「──……」
そして、如何やら向こうも此方に気付いたようで、視線を此方に寄越す。
その度に、綺麗に整えられた銀髪が宙を舞い、その湖のような透明感溢れる瞳が、シオリを射抜く。
シオリの一歩は大きく、銀髪の彼女の一歩は小さかった──。
そしていつの間にか、彼女たちの足取りは揃う事になったらしい。
「──貴女も遅刻ですか?」
「そう言う貴女は?」
「あぁ申し遅れました。私の名は、夢野カグヤです」
「これはどうもご丁寧に。私の名は、玖帳シオリ」
如何やら、銀髪の彼女の名前は“胡蝶カグヤ”と言うらしい。
「──……まぁ、遅刻というか、暴動に巻き込まれたというべきか」
「貴女も?」
「貴女も?」
「えぇ、“レヴァレイン”の連中と交戦しまして」
「レヴァレイン……」
先ほど、シオリは暴徒と交戦をし、挙句の果てには“キャンサー”との戦闘まで繰り広げた。
その中でも、シオリは取り乱したりはしなかった。
だが、“レヴァレイン”──その名を聞いた途端、シオリの様子が少しだけ変わった気がする。
少なくとも、シオリと会話していたカグヤにはそう見える話だ。
「──ところで。クラスの方はどちらで」
「……そう、ですね。“アーカディア学園”からの連絡には、一応“クラス・ボルツ”って書かれていましたが」
「同じ、ですか。それは奇遇ですね」
そして話題転換は、一体何を生んだのだろうか。
だがその奇遇は、果たして偶然か、或いは運命とでも呼ぶモノだろうか──。
少なくとも、当のシオリとカグヤは、その答えを知る事はまだまだ先の話でしかなく、その答えはきっと数奇なものとなるだろう。
/5
“アーカディア学園”の敷地内には、様々な施設が内包されている──。
校舎に当たる建物や模擬戦などを行うアリーナ。それと、遠出をする際に使用するであろう幾台のヘリが止められているヘリポートとそれプラス。あとは、ノヴァニウム鉱石の研究施設が存在している。
「──確か、この教室か」
そしてシオリとカグヤは、指定された教室へと足を運ぶ。
“アーカディア学園”は、基本学年とクラスに分けられているらしく、如何やらそんな青春の一ページとなり得るイベントを、シオリとカグヤは逃してしまったらしい。
だが、共有する知り合いも碌にいないシオリとカグヤにとって、別にどうこういった話ではない。
「──遅れました」
「──すみません。遅れました」
扉を開ける。
ガラガラと──。どうも立て付けの悪さが気になるが、そこは気にしない方向で。
そしてシオリとカグヤの目の前には──。
「──あれ?」
そうカグヤは呟くが、シオリ自身もそれは同感だ。
設備こそ、そう古いものではない。透明感溢れるガラス窓に、防弾性や防斬性に富んだ机と椅子等。
そしてそこには、数人の生徒がいた。
そう、数人の生徒だ──。
最初、学園のパンフレットには一クラス当たり数十人と聞いていただけに、数人の生徒と言う話は少しだけ面食らってしまう。
「──あ、もしかして。シオリさんとカグヤさん?」
「……貴女は」
「ごめんなさい。──雪見カノン。カノンって呼んでくれてもいいから」
と、一人の亜麻の髪をした女性──“雪見カノン”と名乗った彼女が、シオリとカグヤの元に歩み寄ってきた。
豊満な体付き。その上、閉まるところは閉まっている、同じ女性としても羨望を抱かざるを得ない素晴らしいスタイル。
そして、眩しいほどの笑顔は誰であろうと見惚れる事であろう。
だが、その誰をも惹きつけるであろうそのカノンの姿に対して、シオリは何故か違和感を覚える。
「(──でも、何か違和感がある気がする)」
とはいえ、今現在名前を知った初対面なカノンという女性の内情を知ろうとは、あまりにも無礼過ぎる。
知らぬふりが吉と出る──。
少なくともそれが、人間関係を良好に築いていく最低限度の礼儀というやつだろうか。
「──カノンー。その人たち誰ー?」
「そうだね。これからお互いに自己紹介どうかしら?」
「分かった」「分かりました」
「うん。二人共良い返事」
そう言ってカノンは、シオリとカグヤを連れて席へと案内をする。
電子板には複数の名前が書かれており、その中にはシオリとカグヤの名前もあった。如何やら、もう席は決まっているらしい。
ちなみに、シオリの席は窓際の一番後ろであり、その隣にカグヤの席となっているみたいだ。
だが、そこには誰も座っていない席が一つ。
「……まだ誰も座っていない席があるんだけど、それは一体誰か分かる?」
「あーそれね。担任の先生が無理矢理にでも連れてくるって言ってたから、もうそろそろ最後の一人が来ると思うけど」
「もしかして、その人所謂素行の悪い人だったりする?」
「さぁどうだろ? 別に何かしらの騒動に巻き込まれている訳ではないでしょうし、そもそもその手の人たちって試験で落ちてると思うけど」
「そう、だよな」
シオリは一定の納得を示す。
実際のところ、学園都市アークの学園等は何もノヴァニウム鉱脈症の
それこそレヴァレインの連中や他勢力の者等が入学してくる可能性がある。
故にこそ、入学の際には生徒等の素行調査ならぬ生命調査というのか。
「──でしたら、言い出しっぺなわたしから自己紹介しようかな」
そんなシオリの思考を他所に、どうやら話は進んでいるらしい──。
そう言いつつ亜麻の髪をたなびかせたカノンは、壇上へと足を運び、そしてそこに立つ。
──自己紹介を始めた。
「──わたしの名前は、雪見カノン。種族は“
と、簡潔にカノンは、自らの背中に生えた純白の翼と特徴的なその長耳を見せつつ、自己紹介を終えた。
「……──サンクト・クアリって。確か国家の人類割合が一番多いのが
「そうね、シオリさんの言う通り、あまりにも純血主義な啓蒙に塗れた我が祖国ですから」
「……」
「あ、でも、オフレコで一応お願いね」
“サンクト・クアリ”──。
その人口の殆どを
とはいえ、排他的な経済という訳ではなく、交易などは特別他種族の者を差別したりはしない。その辺、純血主義でありながらも、利己的であるらしい。
だが、サンクト・クアリの国民──
その純白の翼に長耳、おそらく創世神話において語られる第一位神たる勝利の神から、その純血主義は始まったに違いない。
「──あーめんど。“ニーナ・グラデウス”。種族は
「「「──っ!?!?」」」
途端、空気がまるで切り裂かれたかのような、鋭い雰囲気に包まれる──。
「あー。やっぱこうなるのかー。まぁ、密出国してきた身としては、納得のいく反応なんだけど、こうして警戒心を露わにされると、やっぱキツイなー」
そう、小柄な桃色のツインテールを揺らして、ニーナはそう自己紹介を終えた。しかし、“アルディス”とは。また、面倒くさい国家の名前が出てきた事で。
「アルディスって確か」
「おっと。流石に同じ
「ごめん。ちょっと説明をお願い」
「まー話はかなり長くなると思うから、適当に端折りつつ説明してくね」
そう、ニーナとカグヤは言葉を交わしつつ、何とも言えない表情をする。勿論、同じ
それが、亡国となりかねない“アルディス”そのものだ──。
アルディス──。
ファディアス大陸において、軍事力とノヴァニウム鉱石の研究が進んでいる一国家だ。
中でも輸出品として大きな割合を占めている、このファディアス大陸において主要エネルギー源となっているノヴァニウム鉱石の採出。
そして、その忌み名となる行為──ノヴァニウム鉱脈症の奇跡たる
「(──だけど、その時代をも一変させるような技術だが、何もそれは必ずしも吉報だけではない)」
そう、そのノヴァニウム鉱脈症患者に対しての
何せ、この世界では軍事関係の評価の大半を、幸か不幸か人々から忌避されるノヴァニウム鉱脈症患者の所有する
詰まる話が、その軍事力が何も現存する
その上、その摘出された
「(──だからこそ、今はノヴァニウム鉱脈症患者たちは、少なくとも人扱いされているが、今後の未来ではそんな未来はあり得ない)」
「──ヴァルサドチス事変。それを知ってちゃ、みんな好意的にも成れないとは半ば諦めてんだけどねー。まぁ、最低限の付き合い程度はよろしくねー」
その証拠が、ニーナの言う通りのヴァルサドチス事変──。
ノヴァニウム鉱脈症感染者たちが住んでいる地域で、大量殺人が確認された。
死亡者は数千を超え、そして生存者は誰一人として存在せず。そして、ノヴァニウム鉱脈症感染者が所有していたとされる
無論、その大量殺戮を行った者は、今だ逃亡をしているらしい。
「──では次に私から。名前は“玖帳シオリ”。種族は、先ほどのニーナさんと同じ
「……覚えていない、とは?」
「産まれた時の事とかは、あまり覚えていないから。多分、中央の何処かだったと思うけど」
「流石にそれじゃぁ、分からないねー」
「そうだね。これまでも探したし、当てもないから」
と、いつの間にか前に出ていたシオリ自身も、そう簡単に自己紹介を終えた。
シオリ自身としては、さっさと自らの自己紹介を終えたいところなのだが、これから同じ学びと運命を共同する仲。そう簡単に、自己紹介とやらは終了させてくれないらしい。
「──……ところで、さっきから気になっていたんですけど、その包帯って?」
と、カグヤが視線を向ける。
先程から気になっていた事だ──。
それに釣られて、この教室内にいる当のシオリを除いた全員が、彼女へと視線を向ける。
──シオリの右腕、その部位に当たる部分から手の指先まで。その全てを白衣の包帯で覆われていて、その部分の肌を見る事は出来ない。
果たして、何かしらの癒えぬ傷でも抱えているだろうか。
しかし、当のシオリは何を思ったのか、特に気にする様子も微塵もなく、彼女は自身の右腕を覆っている包帯を外し始めるのだった。
だが──。
「「「……」」」
何もなかったのだ──。
シオリが包帯を取った際に露見した彼女の肌は、何かしらの疾患などを抱えている様子もなく、それどころか健康的なまでの肌が空気に触れる。
とはいえ、その包帯の扱い具合から、当のシオリ自身が慣れているのは明白だ。
だが先の通り、当のシオリの右腕の肌は、健康体そのもの。
あまりの事実同士の摩擦。しかしてそれで、新たな事実が露見するという訳ではないらしい。
「──っと。そろそろ元に直していいかな?」
「いいけど……。何で包帯しているの?」
「そういうファッション?」
「そっかー」
「……えぇ」
そんなシオリとカノンのやり取りを眺めつつ、当のカグヤは疑念が混じった視線を二人に向けつつ、如何やらそのシオリの謎の包帯談は終了したらしい。
シオリは、まるで慣れた手つきで、再度包帯を健康な肌を隠すようにして、巻き付けて固定をする。
──謎だ。
とはいえ、そもそもシオリ自身にこれ以上話すつもりはないだろうし。
「(──まぁ、何かを隠しているのは彼女だけではないみたい)」
と、彼女はそう結論付けた。
「──おーおーっ! やってんなー自己紹介!」
シオリたち以外誰もいない教室に、如何やら快活なまでの来客があるらしい──。
女性らしい彼女は、何故かジャージ姿をしていて、その手には生徒名簿らしき物を所持していた。
所謂彼女は、先生という奴なのだろうか。
とはいえ、遅刻したシオリとユメノなのに、教師先生たる彼女が遅刻をするというのは、どういう話ではあるが。
「……──貴女は?」
「あぁ自己紹介が遅れたね。アタシの名前は“竜泉寺リューネル”。この“クラス・ボルツ”を任された教師だ。名前長げぇから、リューって呼んでくれていいからなー」
そう、リューと名乗ったリューネルは、まるで教師らしくない言葉遣いと身だしなみを以ってして、そう名乗った。
だが、当のリューネルは何故かこの教室の外を気にしているような気がする。どうもそれだけではない気がするのだ。
「──あー。勝手に自己紹介していたところで悪いんだが。お前等のクラスメイトがもう一人いるからなー。──入ってきな」
そして、この“クラス・ボルツ”に選ばれたクラスメイトは、如何やらシオリたちだけではない様子──。
教室の扉がガラガラと開く音。
そして彼女は、この教室の扉を潜り抜けるのだった。
「──おいテメェ。何のつもりでオレを此処に入れやがった。そもそも、学園生活を送るなんて聞いてねぇっ!」
「──あ゛」
先ほどまでの威勢の良い言葉の覇気は、だがしかしとして、彼女は怪訝そうな言葉遣いと視線を向ける。
そして、この“クラス・ボルツ”の皆──正確に言えば彼女──玖帳シオリの姿を見て、彼女はその驚きと歓喜を露わにするのだった。
「おいおい。まさかシオリか!? ホント久しぶりだなぁっ!」
「これはご丁寧に」
「最初聞いた時はつまらんクラスだと聞いていたが、お前がいるんだったら話は別だ。よろしくな!」
そう、先ほどまでの機嫌の悪さは一体何処へ行ったのやら、まるで機嫌が良いかのようにそう歓迎の意を表した。
「──だがまぁ、初対面の奴もいるから、一応自己紹介ぐらいはした方が良いと思うぞ」
「そいつは確かだ」
そして彼女は、改めてシオリたちを前にして、自らの自己紹介を始めた。
「──改めて。オレの名前は、レオニオル・グレイシス。種族は、見ての通りの
「「「──っ!?」」」
騎士国家ロンデニウム──。
その名を彼女──レオニオルが告げた瞬間、再び教室内に緊張が走る。
だがしかし、それは先ほどのような忌避されるようなものではなく、むしろ反対な、少なくとも腕に自信がある奴ならば一度は憧れる国だ。
そして、それはファディアス大陸においても、あまりにも有名であったのだ。
「──騎士国家ロンデニウム。ファディアス大陸においても有数の軍事国家ー」
「おっ。流石にその名は知ってるか。如何にも、騎士を今だに排出する」
東方に東国。西方に騎士国家ロンデニウム──。
ファディアス大陸において軍事大国として謳われる二大国。その中でも、騎士制を今だ取り入れ続けている国が、騎士国家ロンデニウムだ。
勿論それは、歴史の残骸と化した遺産という訳ではない。
むしろ、時代を取り入れたが故に、彼の国は軍事大国として名を馳せているのだ。
「──それじゃぁ、授業始めっから準備をしなー!」
「……授業って?」
「あぁ、そういや自己紹介に掛かりっきりで忘れていたな」
と、この教室を後にしようとしているリューネルは、その足を止める。
まるで、忘れていたかのように。いや実際、忘れていたみたいなのだけど。
そしてリューネルは、シオリたちへと再度振り向くのだった。
「──訓練だ。何も此処を、ただの座学の学び舎たる学園とは思っていないだろ」
そう、此処は“アーカディア学園”──。
本来は、忌避され差別をされ、そして中には処刑や殺戮まで起きるであろうノヴァニウム鉱脈症の感染者。
だが、それでも感染者であろうとも、己の価値はまだ存在していると──。
その存在証明を敢行するために、ユメノたちはこうして“アーカディア学園”の門を潜り抜けたのだ。
🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷 🔷
かなり遅れてしまい、本っ当に申し訳ございません!!
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
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