第5話『曇るガラス窓な世界より(Ⅴ)』
※前まで読んでくださった読者の皆様には申し訳ありませんが、少しだけ登場人物の名前を変えております。
ご承知ください。
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“アーカディア学園”の隣接されたアリーナ──。
アリーナと言っても、所謂演劇会場という訳ではなく、むしろ戦闘用に調節されている。
小隊同士から、対“キャンサー”相手のもの。その上で作戦においての模擬戦まで可能とまでの謳い文句だ。
「──此処がアリーナ」
そう、シオリは呟いたのだが、それはこの場にいるカグヤたちもそれは同様だった──。
それこそ、与太話でしか聞いた事のない施設。それを目にした事による衝撃は、それほどのものだったのだろう。
「──それで。オレたちは一体何をすればいいんだ?」
「あーちょっと待っていてくれ。もう片方のクラスがまだ来ていないからなー」
「クラス……」
「そういや言ってなかったなー。今年度の“アーカディア学園”の入学生は、相変わらずにそれなりにいてな。一クラスでアリーナを使わせる訳にはいかないんだ」
確かに、これほどの設備が整ったこの“アーカディア学園”のアリーナではあるが、その敷地はさほど広くはない。
おおよそ、各クラスの内から6人によって編成された四部隊が限度である。
それを多いか少ないかは勝手であるが、対“キャンサー”戦から模擬戦までと、その利用方法が多岐に亘る結果が、ある意味この手狭さを感じさせているのだった。
ちなみに、シオリたちが在籍している“クラス・ボルツ”は何故か5名しかおらず、現在進行形で一名の欠員を欠いた部隊なのだが。
「──おっ。やっと来たな」
そのリューネルの言葉と共に、シオリたちはリューネルが意識を向ける彼女達を視界に捉える。
男性──おそらく教師であろう彼に率いられた彼女たち──。
最初“クラス・ボルツの”教室の扉を開けた当のシオリではあるが、目の前の彼女等に対して、同様な感情を抱いているらしい。
「(──思ったより、色濃いな)」
「──さぁっ、わたしたちの伝説が此処から始まりますよーっ!」
「少しは年寄りを労れ。急かされたくないのじゃが」
「まぁそう言うなって。座学ばかりやってないで、少しは動いたらどうだ?」
「リチャード。少しは淑女に対しての言葉遣いを改めたらどうだ。その意見には同感だが」
「まーまー。三人共少しは仲良く」
「……それはそれとして。思ったより強そうだな」
特別彼彼女等は仲が良いという訳ではないらしい──。
特に、年寄りじみた水色の髪な彼女と紺色の髪をしたリチャードと呼ばれた彼との仲は、傍からやり取りを見聞きしても悪いという他なかった。
あと目に付くのは、一番前でやる気一杯な桃色の髪をした彼女だろうか。
とはいえ、此処まで彼彼女等の様々な印象を抱く当のシオリであるが、実際のところは彼彼女等について何を知らず、初対面であるのだ。
「──“クラス・アメジスト”。遅くなってしまい申し訳ない。ただいま到着をした」
そして、この“アーカディア学園”の教師であろう彼は、そう告げた──。
教師である彼は、目の前で何故かニヤニヤしているだらしない恰好のリューネルとは違い、きちんとスーツを着込んだまるで出来る仕事人みたいな印象を受ける。
「おっ、“トオル”! 結構しっかりしてんじゃないかよ、後輩の癖に~」
「まぁ、リューネルの足を引っ張らないように頑張りますが、それでも俺は一教師として生徒たちを預かっているからな。全力で勝たせて貰うから」
「……言うようになったなー」
と、やり取りを交わす教師同士であるリューネルとトオルの二人──。
如何やら二人は、ある程度の仲らしい。
その関係の深さこそは知る由もない事なのだが、それでも世間一般の仲の良い以上の事はあるのかもしれない。
「──ところで。今から一体何をするんですか」
「そう言えば、お前等には模擬戦をすると言っただけで、それ以上の事を言ってなかったな。いやぁー悪い悪い」
「「……」」
「お前等も冷たい視線を向けんなよ。ちゃんとこれから今日の模擬戦について説明するからさ」
そう、特に反省をしていなさそうなリューネルは、そう宣う。
そのやり取りを見聞きしていたトオルは、リューネルのいい加減な性格を理解しているみたいで、呆れた様子をしている。
対して“クラス・アメジスト”の生徒等はというと、如何やら先に教師であるトオルに説明を受けているらしく、とても驚いていた。
そんな、教師としての優劣が既に決まりそうな中、リューネルは特に気にするような素振りをする事なく、今日の模擬戦について説明をし始めた。
「──本当は対“キャンサー”戦の訓練を考えていたんだがな。それじゃぁ、あんま面白くないと思った訳よ」
「「……」」
「──で、考えに考え抜いた結果。今日あちこちで銃撃戦などが発生しててな。丁度いい機会だから、こうしてクラス同士の模擬戦になったのさ」
「──所謂、フラッグ争奪戦とやらをなっ」
/6
「──こちらシオリ。これより接敵する」
「──こちらアカリ。これより接敵します!」
その言葉の数瞬後、シオリたちの視界に“クラス・アメジスト”の彼女等が現れる。
途端始まるのは、銃撃戦──。
斯くて始まるのは、銃弾が──模擬戦用のペイント弾が入り乱れる。
だが、そこに秘められたものは、まぎれもない闘争心。
故にこそ、それは本物なのだ。
「──レオニオル。行ける?」
「誰に物を言ってんだ。この程度の雨、戦場茶飯事に過ぎねぇ。そっちこそ大丈夫か、腕鈍ってないか」
「問題ない」
相手の銃撃の雨に対して、
シオリは、物陰に身を隠しながらそのリボルバーの引き金を引く。
対してレオニオルは、
それが相手に命中するほど素人の類ではないし、そもそもあくまでもこれは前哨戦に過ぎない。──まだ、仕掛け時ではないのだ。
「──しっかし。思ったよりもあ奴等やるのー」
「同感だな。まさかこっちの方が数が多いというのに、こうして膠着状態に持ち込まれているとは。いや、押さえこまれているのか?」
「──それでアリスとやら。こっちの指揮を任されたアンタだけど、これからどうするつもりだ。このまま数的有利のまま、膠着されるワケにはいかねぇし」
「これ、り……リヴァ……」
「俺の名はリチャードだって、何度言ったら分かるんだ!?」
「そそ。早漏のリチャードじゃったな。まだ時は来ておらぬ。それを見極めるのも、お主の学ぶべきところじゃ」
「……」
対して、水色の髪をした彼女──“アリス”と呼ばれた女子生徒によって率いられた、“クラス・ボルツ”の
彼彼女等の方が数的有利だとは言え、攻めかねているのは、相手が何枚も上手なのもあるがだろうが、“クラス・ボルツ”の彼等の実戦経験の少なさ故だろうか。だがそれは、シオリとレオニオルのツーマンセルがおかしいのであって、彼等の不備ではない。
それでも、数の優位性に任せたごり押しをしないだけ、まだ理性が回っていると言えた。
──しかして、膠着。
だが、事態が巡り始めるのは、斯くてその時は訪れた──。
「──おいおいおいっ!? マジかよっ!?」
爆炎──。
それはシオリとレオニオルに向かって放たれた弾頭によって、巻き起こる奇襲。
確認してから着弾するまである程度の間が、シオリとレオニオルの認識が、所謂榴弾の類だと判断をした。
そして、判断をしてからの行動は早い。
予想外の奇襲を明確化させるため威力射撃をする相手への圧力。
それを以ってして、シオリとレオニオルは物陰に隠れ、爆発をやり過ごした。
「──“チトセ”かの!? しかし、この千載一遇の隙を見逃すでないぞ!」
「分かってるって!」
「了解した」
傾いていた天秤が、元に戻るどころかアリスたち“クラス・アメジスト”へと傾いた。
千載一遇のチャンスとはこのことだ。
相対する数の差があるにも関わらず、均衡どころか押される始末。
たとえ、これがもし誘いだったとしても、アリスたちは目の前の千載一遇のチャンスを見逃す他なかった。
しかしてそこで、影が揺らぐ──。
「──その隙、あまりにも稚拙ですね」
着弾による白煙と砂塵──。
それによって生じた視界不良は、斯くて彼女──カノンに味方をした。
だが、その奇襲による不可視の
「──っ危ねぇ!? 何しやがるんだ、このババァ!」
「お主が気付かなかったからの。じゃが、これで形勢逆転されてしまったのぅ」
「──あー悪りぃ。俺死んだ」
『──柳崎ハルキ。致命的被弾』
確実に虚を付いたであろうその一撃を、察した上で回避行動を取れるアリスは、その実力を際立たせる。その上、リチャードのを無理矢理離脱させたのだ。
だが、“柳崎ハルキ”の致命的被弾による離脱。
──最悪の事態こそ免れたが、それでも“クラス・アメジスト”の旗色が悪くなったのは確かだ。
「……──こうなったら仕方ないの。リチャード」
「何だ急に。てかどうするつもりだ。連中、支援があっても背中を見せつける事を許してくれるようなタチじゃないだろ」
「あぁ良い、リチャード。お主はあの二人の足止めをしてくれれば。撃退ではなく、足止めじゃ」
「……どうする気だ」
「──決まっておろぅ。儂が
そのアリスの言葉は、何よりも重かった──。
束の間の抜刀。腰のナイフポーチから、アリスはナイフを抜き取ると、そのまま静寂と均衡が揺らいだその間合いを潰しに掛かる。
対して不可視の
「「──」」
振り下ろされたナイフに、隙など生じない。
隙を埋めるための対捌きは、最低限の回避行動と徒手空拳によって、均衡を生み出していた。
ナイフ術とは、何もナイフ捌きによって優劣が決まる訳ではない。確かにそれも重要な要素であるが、それはあくまでもピースに過ぎない。決定打などはなく、ただただ相手よりも熟練を鍛え挙げた──その実力差によって結末を迎える。
「──が──!? はぁはぁ……」
そのナイフとナイフが斬り結ぶ、到底鋼の煌めきと称するに烏滸がましいその無骨さの武踏は、アリスがカノンの蹴りによる一撃を食らった事により、その優劣を決定付けた。
脂汗が滴り落ちる──。
そのアリスが腹部に食らった一撃は、確かに
「──やはり、老体に鞭を打つという言葉を何度も聞いたが、実際体験すると思ったよりもキツイの」
それでも、脂汗が滴り落ちるアリスのその目は、まだ死んではいなかった──。
たかが訓練、されど訓練。
アリスの目の前には仮想ではあるものの敵がいて、──それだけで十分だった。
「──っ!」
ノーモーションからの手にしたナイフの投擲──。
だがしかし、案の定ともいうべきか。斯くてそれは、容易にカノンに防がれた。
──それでいい。
そしてアリスは、相手の死角を突くように、ナイフを投擲した手とは反対の手を振り抜いた。
「(──っ、複数の投擲。ですがこの程度で──っ!?)」
更に間合いを詰めようとするカノンに対して、対するアリスは先ほどよりも多い複数によるナイフの投擲。
だが勿論、先ほどと同じようにカノンは、それを対処した。
しかして悪手だ──。
「──これはっ!?」
目に見えぬほどの鋼糸。
それは当のアリスが投擲した無数のナイフに括り付けられていたらしく、弾かれて地に落ち役目を失う筈だった刃が、再度その牙を抜いた。
「──っ、これで仕舞いじゃっ!!」
避ける事は叶わず、ただ再度カノンはその奇襲を対処する。
素晴らしい反応速度、素晴らしい対処だ。
だがしかしてその代償は、鋼色に煌めく刃を以ってして、贖う事になる。
──火花が散る。
「──なんとっ!?」
「えぇ、完全に虚を突かれましたが、──その程度で我を
奇襲の失敗による贖いを、カノンとアリス両者共、よく分かっている事だ──。
優劣が決定付けられた攻防。
相手の防御体系を縫うような拳撃による一撃目と、追撃と云わんばかりの急所を狙った蹴りによる二撃目。以ってして、無防備なアリスの体躯に、その鋼の刃が振るわれた。
『──アリス・ミルストガルド。致命的被弾』
/7
「──クソッ!?」
場面は変わって、リチャード視点──。
アリスが足止めをしている中、どうにかアカリたちと合流を目指しているが、そう簡単に上手く行く筈もなかった。
精々が銃撃によっても、足止めにならない程度。
そして、そんな銃撃の雨の中において間合いを詰めてくるシオリの姿は、先の戦闘からして当然と言えた。
「──っ危ねぇ!?」
ペイント弾が、リチャード自身の頬のすぐ横を通り過ぎて行く。
運が良かったと云わざるを得ない──。
しかして反撃の射撃は、余裕で回避されるのだから、実力差は歴然だった。
それは詰まる話、あの場から離脱したリチャードが今も生き残っている理由は、ただ運が良かったから。それだけだ。
「──ぐっ!?」
だがその威勢は、ただの威勢でしかない──。
死角からの裏拳が、意識外のリチャードの顎を直撃する。
眩暈──。しかし、ここで負ける訳にはいかないリチャードは、無理矢理にでも意識を覚醒させるのだ。
「──クソッガァっ!?」
「──終わり」
『──“リチャード・ノニトス”。致命的被弾』
鳴り響いた一発の銃弾が、事の天幕を告げた──。
♦♢♦♢
「──ちょっと。思ったよりもキツイんですけど」
場所は変わって、カグヤたちの戦局──。
だがその戦局は、カグヤたちにとってあまり芳しくはなかった。
そもそもの話、人数的不利を被っているのもあるが、相手がその逆境逆転を許さぬような実力を持っているというのもある。おそらく、後方支援に徹しているニーナがいなければ、とっくの昔に敗北していた事だろう。
「──思ったよりも硬いな。相手が一人だって思ってたんだけどな」
「さっすが。カグヤさんですねっ!」
「思ったよりも手ごわいですねー」
対して“クラス・アメジスト”──特に“メルフィ―ザ”と呼ばれた薄紫の髪をした女子生徒は、無表情ながらも感嘆の言葉を滲ませる。
教室でアカリが今日の朝の銃撃戦について話していたのを覚えていたのだが、事実此処にいるオペラとメルフィーザは、殆ど聞き逃していた。
だが、それは如何やら過ちだったらしい──。
少なくとも、目の前にいるカグヤとやらは、事実上一人で戦線を維持していて、その彼女の背後にいるであろう誰かの援護は的確だ。それは、二人ながらも鉄壁だと言わざるを得ない。
──だがその均衡は、一発の銃弾によって容易く崩れ落ちた。
「──っ、煙幕か!」
確実に足止めを目的とした狙撃──。
勿論、狙撃方向がある程度割れているため特に脅威ではないが、それでも足止めには十分だ。
そして、その隙に物陰に隠れようとしているカグヤは、置き土産と云わんばかりに、スモーク缶を残していった。
「……っ!」
「……っ!」
だがそこは流石というべきか。
乱射する事なくメルフィ―ザとオペラ、そしてアカリは、その場を離脱していく。どうせ、相手の思うつぼだろうが、それでもこの場を離脱する他なかった。
「でもねー。その程度で──私のスコープから逃げれると思わない方が良いよー」
──っ!!
「──あ痛っ!?」
「──メルフィ!?」
『──メルフィ―ザ・アルグフトゥス。致命的被弾』
気を付けていた筈だ──。
少なくとも当のメルフィ―ザは、スナイパーからの射線を切るように、煙幕の中からの離脱をしていた。それは、オペラとアカリも同様だった。
だが、そのメルフィ―ザの頭部には、ペイント弾特有のインク。
その事実に第三者がいると考えるのが普通だ。
「……──どうにもおかしいですね。相手はスナイパーが一人と、例のカグヤさん、でしたっけ。その二人と思っていたんですけど」
「──もしかして、三人?」
「いえ、その線はないと考えていいでしょう。向こうの戦局を聞いてみたところ、奇襲を含めた三人でしたから、そもそもの人数が合致しません。──あっ、向こうでも一人落ちたっぽいですね」
しかし、その線はあり得ない──。
少なくとも“クラス・アメジスト”の彼彼女等の目の前に、対する“クラス・ボルツ”の面々全てが集まっているのだから、空白の駒は存在していない。
六人目がいるのだろうか。
もしもこれが戦場での話だったら、一考どころか考えるべき事象であるが、少なくともこれは模擬戦。フェアでなければ、そもそもの話が成り立たない。
「(──それでも、こっちは二人落ちて、残り四人。向こうがどうにも劣勢らしいので、こっち側でなんとかしないと)」
だが、それを遂行するためには、その“仮説:六人目”とやらの解明、および排除を行わなければならない。
前途多難過ぎる──。
しかし、もう既にピースは揃っている筈なのだ。
少なくとも、今回の模擬戦では輝石の使用を禁止されていて、それこそこの不可思議な事態の種は、おそらく非常に現実的な事だろう。
──!!
「──っまた!」
どうにか命中は避けられたと言う他なかった。
アカリとオペラが気付いた時には、既にほんの少し逸れた位置の壁に着弾しており、もしもこの狙撃が正確であったのならば、更に彼女等の“クラス・アメジスト”に黒星が付いていた事だろう。
いや──。
「──でも、どうして当たらなかった」
その言葉に何かに気付いた──。
壁に着弾をしてほんの数秒。
だがそれでもと、反撃と云わんばかりにアカリは、着弾位置や向きから狙撃ポイントの逆算、そして発砲。
──手ごたえはなかった、手ごたえはあった。
その事実。
その確信。
周囲の雰囲気から得た情報は、アカリの予想が間違っていない事を確信した。
/8
「──建物の中に入っちゃいましたかー。射線切りでしょうか? さっさと変えた方が良さそうですね」
対するニーナは、スコープから目を離す──。
もう、態々スコープ越しに“クラス・アメジスト”の彼女二人を捉える必要がなくなった。そもそもスコープは精密射撃を求めるためにあって、反面周囲の視界が悪くなる欠点がある。
相手がスコープ越しに見えない上、何時奇襲してくるか分からない緊張状態。そんな緊迫した中で、態々スコープに頼り切るのは愚の骨頂だ。
「……──」
緊張が走る──。
相手が何をしてくるか分からないというのもあるが、ニーナ自身、彼女が考えた策が通用するかというものもある。
そう、これは局地戦──。
確かに此処の勝敗は模擬戦の勝利に大きく関わるであろうが、それが模擬戦の勝敗となる訳ではない。
勝つ理由はあっても、負ける理由は存在しない。
──精々、足掻くだけだ。
「──あー気付いちゃいましたかー。私が何度か狙撃ポイントを変えてる事に。正直言って、かなり頑張って移動してたと思うんですけど」
疾風の如く駆けるニーナ自身、正直呆れかえっていると言っても過言ではない。
予期せぬ均衡および予想外の狙撃と脱落者──。もしもあの場面ニーナ自身が判断を下すのなら、即刻一時離脱だろう。それが一番安定策であるし、ニーナ自身もそうなると予測して自らの策を立てたのだから。
だが実際は、まだ下の階に彼女たちが見えるのだが、それでも此方の位置を捉えている。牽制の狙撃を加えたところ、まるで此方の位置と行動が分かっていたかのように回避しているのだから、それは明白だ。
「──思ったよりも早いですね」
建物屋上の障害物、そこから射撃されたのか、逃げるニーナの数秒前の位置に弾痕が刻まれる。
──腕も良い、思考も良い。
正直言ってニーナ自身、負けが濃厚だと云わざるを得ない。
それでもニーナは、その足を止める意思は何処にだって存在しない。
「──っ!」
だがその逃避行も、ニーナのすぐ傍を通り過ぎた弾丸が終幕を告げた──。
回避こそ出来た。
しかしてその反射的回避、あまりにも愚行過ぎた。
そしてその愚行は、然るべき結末を以って、ニーナの試合継続を終わらせるのだった。
『──ニーナ・グラディウス。致命的被弾』
「……──ふふふっ」
敗北──。
それはそれで悔しいのだが、額にペイントを滲ませたニーナの不敵な笑みが消える事はない。
敗北した筈なのだ。
それを理解した上でニーナは、その勝利を確信する。
「──えぇ。アタシは敗北しましたとも。その事実は、どうあっても変えられず、ただこの模擬戦の結末を見る他ないでしょう」
「ですが、あなたたちは忘れている。勝負とは、何も一局面で勝つのではなく、その戦場で結果を謳います」
「えぇ、あなたたちは忘れている。──アタシを警戒したが故のその致命的な隙を」
『──夢野カグヤによる敵フラッグ争奪を確認。勝者“クラス・ボルツ”!」
これはフラッグ争奪戦──。
何もこの模擬戦は、相手を全滅させる事が目的ではなく、相手のフラッグを奪取すればそれで終わり。勿論、相手を全滅させればそれはそれでこのフラッグ争奪戦による模擬戦は終幕するだろうが、それは本来の達成目標を反している。
斯くて、お互いに消化不良こそ残っていそうなものの、模擬戦は終わりを告げたのだ。
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かなり遅れてしまい、本っ当に申し訳ございません!! 皆々様、ごめんなさーい!!
お疲れ様です。
感想やレビューなどなど。お待ちしております。
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