第6話『曇るガラス窓な世界より(Ⅵ)』
「──リューネル先生。ただいま来ましたよ」
「おーようやく来たかレイ。それと、放課後で誰も聞いてねぇんだから、呼び方はリューで良いって、前にも言っただろうが」
「規則なので。それに、新任がいきなり早々、先輩な先生を呼び捨てはどうかと思いますが」
「そうかー? ……そうかぁっー?」
一人で複数の画面を見ていたリューネル。
対して遅れてきたレイは、その手に二本のコーヒー缶を挟みつつ、“視聴覚室”の扉を開いた。
そんな感じで、放課後の業務と云わんばかりに、リューネルはレイの持っていたコーヒー缶の内一本を強奪をした。そんなリューネルの強奪を軽い溜息で済ませ、当のレイが残った一本の飲み口に口を付けている辺り、予想はしていた事みたいだ。
「──さて。役者も揃った事だし、そろそろ始めるか」
「──残業は、したくないですからね」
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リューネルとレイがこうして放課後を密室の中で二人で過ごしているのは、何も逢引きとか、そういった色恋とかの話ではない。しかして、リューネルは愉快そうに笑い、レイは少し溜息を付きそうではあるが。
さて、与太話はそこら辺にしておいて──。
「──しっかし、今年はホント豊作だなー」
そう呟くリューネルの視線の先には、先ほどまでの戦闘記録が幾つかの画面に映し出されていた。
──詰まる話が、“模擬戦においての評価”といった塩梅。
そして、“クラス・ボルツ”の教師であるリューネルの言う通り、確かに豊作と言えるほど、今年の学年はかなり素晴らしい原石と言えた。
「確かに、他のクラスの先生にも聞いたんだが、かなり豊作らしいな」
「──まぁ、アタシのクラスが一番だけどなっ!」
「おいおい。──って、この戦闘記録を見ればそれもあり得る話、か」
そのレイの言葉と共に、如何やら“クラス・ボルツ”対“クラス・アメジスト”のフラッグ争奪戦が始まった──。
「──まず見た感じ。“クラス・ボルツ”の生徒等は全員が打って出て、対して“クラス・アメジスト”の生徒等は後方支援に一人残して残りの五人が出た感じだな。まぁ定石だな」
「あとお互いに二手に分かれた感じ。最初に仕掛けたのは、“クラス・アメジスト”の方か。まぁ、支援役がいるから、そのまま数的有利でどちらかは突破できると踏んだ結果だろうな」
「2対3と2対3、って感じか」
シオリたちとアリスたち。
カグヤたちとアカリたち。
斯くて、刃と弾丸入り混じる戦闘が始まった──。
個々の実力こそ“クラス・ボルツ”が勝っているが、それでも相対する数の差はあまりにも大きい。
「──だからこそ、此処で彼女が生きる」
シオリたち対アリスたち方面──。
数の差がありつつも拮抗していた戦局に、カノンという異分子が文字通りのノイズと化した。
そして、ハルキの致命的被弾による拮抗した戦局が完全に崩れ去った。
正直言ってリューネルとレイは、この時点で勝敗は喫したと確信を抱いていた。
だが、まさかのそこからアリスがある程度立て直そうとするとは。結果的に彼女は敗北したとはいえ、人外じみた近接戦を繰り出すカノン相手に、あそこまでの善戦をするとは、教師である二人を以ってしても予想外と言わざるを得ない。
「──良い勝負だっただけに、両クラスの力量差が明らかになったな。徹底的に扱いておく、か」
「まぁ、ほどほどにな」
からからと笑うリューネル──。
ある程度レイの事を知っているリューネルだからこそ思うが、レイは教師としてかなり熱血の部類に入る事だろう。リューネル自身を棚に上げるが、熱血と言ってもその辺の分別を弁えた、怠惰的なリューネルとは違う、若さこそあるものの理想的な教師とレイは言えるのだ。
「……──さて。次はカグヤとアカリ方面だな」
さて、気を取り直して──。
次はカグヤとアカリ方面の戦局ではあるが、そちらは新入生の模擬戦でよく見る光景が広がっていた。勿論、カグヤたちが弱いという訳ではない、カグヤたちだって他の新入生よりは練度は高いだろうし、そもそもシオリたちがおかしいのだ。
しかしてその戦状は、かなり安定した経過を辿る。
だが、個々の戦力が大体同じだからこそ、その人数差は、2対さ3で劣勢なカグヤたちは被る事になってしまう。
「あーこれは無理もないわ……」
「──煙幕内の隙間を縫った精密射撃。個人的には、これもどうにかして欲しいですがね」
「流石にまぁ、今後に期待って事で」
その言葉通り、モニターには丁度メルフィ―ザが落ちた場面は映し出されていた。
煙幕で映像こそ見えにくいものの、丁度見えやすい位置にいた上、アナウンスが模擬戦場に響き渡ったため、分かりやすかったのもあるが。
しかし先ほどの発言、リューネルとレイ自身、ある程度の発言の撤回を要するらしい──。
おそらくではあるが、ニーナの先ほどまでの誤射──いやあれは、誤射ではなく相手の動きを制限するための狙撃だ。戦力差をしっかりと分かっているからこそ打てる手と言えよう。
「──そして、此処からだな」
「──えぇ、此処からですね」
そのリューネルとレイの言う通り、此処から戦局が──川の流れが変わったと云わざるを得ない──。
「──しっかし、アタシも絶対、此処でニーナを追っ駆けちまうだろうなー」
リューネルの言う通りだ。
あそこまでの精密射撃を行ったニーナを、より警戒し、あわよくば彼女を落としたいと思うのは至極当然の話と言えた。
警戒するのはまだ良い。
しかし、あそこ《煙幕で視界が悪い中》でニーナを警戒し過ぎたのが悪いという話だ。
「──そこでアカリとオペラは、ニーナを追いかけて行って、そのままどうにかニーナを落とす事に成功した、と」
「だが、そんな二人の隙を突いて、どうにかカグヤは二人の横を通り抜けて行って、そのまま“クラス・アメジスト”のフラッグを目指してんな。良い手だ」
ニーナを囮にして、当のカグヤは相手のクラスのフラッグを目指して、二人の意識の隙を縫う手腕は流石と言えた。
“クラス・アメジスト”の彼女等は、一人落とされた上に、その決定打が神業めいた狙撃と来る。
誰だって、あの状況ではカグヤよりもニーナを警戒してしまうものだ。
「──まぁ、本来だったらそのカグヤの手も、自陣のフラッグを防衛しているチトセによって阻まれるだろうけどな。シオリの奴、ちゃんと気付いてんなー」
「敵を撃破し、そのまま敵本拠地への攻勢。それに対処すべく、トラップなどを配置し警戒をするチトセ。──流石に、手があまりにも足らな過ぎたな」
「ただ、シオリの奴は、あんま工作は得意じゃねぇな。そこんとこは、要改良だな」
確かに、あのままカグヤが敵陣地を目指したところで、チトセのトラップに掛かって、そのまま負けていた事だろう。
だがあの場面、シオリたちが敵陣地で防衛防衛をしているチトセの注意を惹き付けた上、チトセを引き出したのは流石と言えた。
それを別にチトセが、予期しなかった事を咎めるつもりはない。たとえそれを彼女が予期していたとしても、そのまま数の暴力で負けていた事には変わりないのだから。
しかして、戦場では往々として危機的状況なんて、起こり得るものだ。
──バットコンディションだからと、相手が待ってくれる訳でもない。
勝負とは、戦う前から始まっており、結局のところそこが重要だったりするものだ。
常在戦場の心構えとでも言うべきなのだろうか──。
そこまでの心構えは兎も角として、少なくとも戦場の勝敗なんて、案外ささいな事で簡単に決まったりするらしい。
「──さて。そろそろ、明日の授業の準備をしねぇとな。サービス残業だけは勘弁な話だ」
「そうだな。俺のクラスはアイツ等以外にもいるから、甲斐もあるだろうけど、頭が痛くなる話だ」
「そうと決まれば。景気づけに、一杯やるか?」
「……──遠慮しておきます。教師とあろう人が、勤務中に酒を煽る訳にはいかないからな」
「つーれーなーいーなー」
そんなこんなで、一通りの各生徒等の評価を付けて、リューネルとレイは去って行く──。
提案をしたリューネルは不満げだが、これもある意味予想通り。
堅物──。けれど、生徒には好評そうな親身な対応は、新任教師だというのに堂々としていて、きっと生徒たちには好評だろう。
──それが、先輩なリューネルが知る、レイという彼であった。
「──ところで。リューネル先生の“クラス・ボルツ”って、何故5人ですか?」
「あぁそれな。お上からの命令でな。多分、うちのクラスの在籍してる奴等、全部わざと選ばれたんだろうなー」
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