Episode01【黒晶穢翼】

第1話『曇るガラス空な世界より(Ⅰ)』

 ──長い、そんな夢を見ていた気がする。

 何を見ていたのか、それすらも思い出せない。

 そもそもアレは、夢だったのだろうか。

 疑問だけが残る、歯切れの悪い朝だった。


「……ん」


 携帯端末から流れるメロディー。 

 おおよそ、AM、7:00──。

 朝の雲雀が覚めるように、今だベットの上で寝ている彼女──"玖帳シオリ”を、現実じみた夢の中から起こすのだった。


「──ん。ふぁぁぁぁっ」


 目を覚ます。

 思考がはっきりとする。

 けれど、先の夢幻から覚めた時から感じる感覚は、まるで蜃気楼にでも包まれているようだった。

 ──カーテンの隙間から差し込む、淡い朝日。

 シオリは、洗面所にて身だしなみを整える。

 そして、最悪の覚醒を以ってして、シオリの朝は始まりを告げるのだ。



『──おっはよー! 朝だね、お姉!』



 心の中はどんよりな曇り空だったけど、青空は何処までも澄み渡っていた筈だ。

 だがそれも、ほんの僅かな時間でしかない。

 狭い部屋の中に響き渡る甲高い声が、シオリの意識を再度完全に覚醒をさせた。


「……──“アオイ”。朝からそんな甲高い声で喋らないでくれ、頭が痛くなる」

『そうかな~。私としては、いつも通ーりだと思うけど』

「なら、少し静か目に話すか、そのテンションを下げてくれ」

『了解~』


 そう、アオイと呼ばれた彼女とシオリは、早朝のいつも通りな会話をする──。

 だが、今シオリのいる部屋には、彼女の姿しかなかった。

 ではアオイは、一体何処にいるのかという話になるのだが、それはを辿れば分かり切っている話だ。



『──おはようございます、お姉。本日の天気は、一日を通して晴れ。ただ、暴徒警報が出ているので注意が必要です。特に今日は、お姉の通う“アーカディア学園”の入学式なので、予定より早めに出る事をオススメします』



 そう、シオリを持ち物である通信デバイス──所謂スマホと呼ばれる機器。その点灯をした画面の中に、一人の蒼がかった銀髪な彼女がそこにはいた。

 いや、そこにはいた、という表現自体がおかしいのかもしれない。

 それもその筈な話で、比喩的表現を使用する事なく、蒼がかった銀髪の彼女──アオイは、文字通り画面の中にいるのだから。


「……確か、ここら辺にパンがあった筈」

『白パン。それにコーヒーを合わせたら、どれだけ良いだろうな~』


 その後、シオリは今日の朝食を用意する──。

 今日の朝は、缶詰に入った白いパンとコーヒー。

 勿論、アオイの言葉通りに白パンにコーヒーを付けた訳ではな。

 基本的な保存食である阿保みたいに硬い乾パンとは違い、味と香りの保証をされた白いパン。値段はそれ相応に張るが、それでもその金額通りな味がする。

 コーヒーは、シオリの好みでブラック。古びた金属製なカップに注がれたコーヒーに、彼女はそっと口を付ける。……相変わらず不味い。


「──っと。そろそろ行かないと」


 そしてシオリは、最後の身支度を整える。

 鏡の前に立つ──。

 特徴的な蒼い髪をショートに、くすんだ枯れ葉じみた緑茶色な瞳。指定の学生服を着たシオリは、相変わらず無表情な事で。

 ちなみに、今鏡の前でシオリが着ている学園指定の制服は、防弾防刃性な特注品でそう簡単には貫かれないらしい。

 そんな彼女の手に握られているは、同じく指定の学生鞄。

 腰のホルスターには、自動式拳銃を。

 最後に、腰に刃が装着されているリボルバー二丁共を、シオリは確認をする。


「……いってきます」


『──今日も最良の一日を』



 ──ガチャリッ。



 /2



 学園都市群アーク──その中でも"アーカディア学園”は、比較的平穏な部類な学園の一つだ。

 人種に関して言えば、シオリたちのような白明種ユスティアが多く、獣人種ライカンスロープ聖霊種セラフィム、あとは魔人族アメリアが少ないといった割合。

 特別な組織が学園内にある訳ではなく、生徒会を頂点としてその下に風紀委員会などが続く生徒ピラミット。

 青春に言葉を交わす若人たち。

 その様は、小銃や刀剣などは持っているものの、ごくごく普通の学園であった。


 だが、ごくごく普通の学園都市の一角ではあるが、それでも設備や施設については、最新鋭のもので揃えられていた。

 そこはまさに、透明感溢れる町並木であった──。

 整備された道路。

 近代都市じみた、建物並木が立ち並ぶ。

 ガラス窓に曇りなんてなく、先も言ったようにその透明感だけが溢れていた。



 ──その中を、自転車に乗ったシオリは駆け抜けていた。


 

 朝風を浴びる。

 青みがかった銀髪ショートが、それによってたなびく。

 相変わらずの冷たい風が、シオリの体に吹き付けて来るのだった。


「──そろそろこの辺りに、コンビニがあった筈」


 そして、シオリの記憶通り、彼女はコンビニへとたどり着いた。

 特徴的な入店音──。

 それを横目耳に、シオリは目的地へとただ足を運ぶ。


 コンビニと言えば、その扱う商品の多さが特徴的だ──。

 賞味期限の近い食料品から、今日の朝シオリが食べていた缶詰など。あとは、ペットボトルに入った飲料水や缶コーヒーなどか。

 ちなみに、今日の朝シオリが飲んでいたコーヒーは自前のもの。によって仕入れた豆を挽いて淹れたものだ。

 他には、ある程度の日常品から筆記道具など。

 そして、も、そこに売っていた。


「──あった。そろそろ予備が足りなかったから。此処でを売ってて丁度良かった」


 そう、マガジン──。

 銃器の弾丸を収める弾倉の事だ。

 一応、本物の弾丸は認可の降りた正規の場所でしか買えないが、こういった非殺傷弾──まぁ所謂ゴム弾に近いものは、こういったコンビニなどで買える。勿論、非殺傷弾とは言っても、当たり所が悪ければ死ぬのだが。

 そしてシオリは、基本二丁の拳銃を所持しているが、特別性のアレは兎も角として、此方の9mmの方は買い忘れていた。勿論、そちらも同じルートで仕入れる事も可能だが、すぐさま納品される訳ではない。

 それにそもそもこの事態は、シオリの怠慢によるものだ。自らの怠慢の尻拭いを誰かに押し付けるものではない。


「……」


 そしてシオリは、マガジンを手に取りつつ、レジ前の列へと足を運ぶ。

 よく見ると、シオリの前の人も同じ学園の制服を着ていた。尻尾や耳などの特徴からして、おそらく獣人種ライカンスロープなのだろう。そしてその手に持っているのは、今日の昼ご飯だろうか、それに加えて小銃タイプのマガジンを持っているのだった。

 それからしばらくして、──シオリの番が回ってきた。


「──はい。500デルになります」

「カードで」

「毎度、ありがとうございました!」


 会計を済ませて、コンビニを立ち去ろうとするシオリ──。

 確かに、家を出る前に時間を確認して余裕あると思ったりもしたが、それでも他所で油を売るほどの時間は存在していない。



 ──その時だった。




「──全員しゃがめっ!!」




 誰かの声がした。

 他の人──シオリをも含めて、その言葉の内容通りに物陰に隠れる者や、その場で頭を守りつつしゃがむ者が現れる。

 

 そして数瞬後、──爆風が此処ら一帯に吹き荒れる。

 ガラスを割り、棚に陳列されていた商品は、その衝撃によって吹き飛ぶ。

 しかし当然シオリは、その場から商品棚の後ろへと跳躍をし、どうにか爆風を凌いだ。重傷も軽傷もない、無傷だ。


「……確か、今日の天気は晴れだと聞いていたんだけど。ホント、運の悪い話だ」


 だが、それに加えてまで発令をされていた筈だ──。

 ある意味他人事。けれど現実は、そんな他人事だと思っていたシオリの目の前にて偶然発生をした。

 あまりの不幸に嘆きたくなるシオリ。

 しかし、そんな余分をしている訳にはいかないほど、事態は不透明で不確定だ。


「──さて、私もそろそろ行こうかな」


 周囲把握をする──。

 おそらく、コンビニ内部に敵の存在はない筈。それをシオリは結論付けた。

 そしてシオリは、現状把握をすべく、今だ収まる事のない砂塵の中を前進していくのだった──。



 /3



「──糞ッ! 連中、爆薬まで所持しているのか!」

「フリーネ隊長! 指示を──ぐっ!?」

「レンがやられた。怪我はしていますが、応急処置でどうにかなります」

「──シーアっ!」

「至急応援をそちらに向かわせるから、それまで耐え忍んでくれ」

「「──了解っ!」」


 硝煙と銃撃舞う、戦場の中──。

 彼女たちは、各々の銃を手に引き金を引く。

 この学園都市アークには、幾つもの軍事学園が存在しているが、その中でも彼女たちは、その紺色の制服からしておそらく“”の生徒たちだろう。

 そしてそれぞれの学園に通う彼女たちは、日々腕を磨き続け、世界有数の軍事国家と体成しているのだ。


「──連中、暴徒だってのに意外としぶといな、ホントッ!」

「そんな文句を言ってる暇があるのでしたら、少しは相手の防衛陣地を崩したらどうですか?」

「私だって、頑張ってるんだからっ!」


 だが、そんな“アーカディア学園”の生徒を以ってしても、目の前で防衛ラインを築いている暴徒等を鎮圧できないでいる。

 その一番の理由は、暴徒等のその武器の質にあるだろう。

 小銃も兎も角であるが、爆薬なんてそれこそがなければ、調達なんてそもそも不可能だ。


「──くそっ!? 相手が思ったよりもしぶといな」


 そんな戦場の膠着状態を、そう悪態を付く彼女──フリーネは、小銃や爆薬を片手に暴動を続けている暴徒等を、憎しげに睨みつける。

 死を予感し、それを乗り越えようとする心意気は、果たしてどれほどの脅威か。


「──死ねぇぇぇぇっ!?」

「甘いわっ!」


 背後から現れた、おそらく奇襲部隊には、フリーネも気付いていた。

 襲撃者である彼等がその手の小銃を構え、そして引き金を引く。

 だがそれより、フリーネが先手を打つ方が早かった。それだけの話だ。


「──思ったよりも、数が多いっ!?」


 しかしてそれは、当のフリーネの予想を超えていった。

 その数は、──。

 一人を相手するのに、あまりの過剰戦力と言えた。

 だがそれ故に、予想外の銃撃戦にて、当のフリーネは苦戦を強いられているのだ。


「──ぐっ!?」

「──がぁっ!?」


 だが、それでもフリーネと言うべきか。

 着々と襲撃者を処理していく。

 そして、襲撃者たる彼等を処理するに、それほど時間は掛からなかった。


「思ったよりも時間が掛かった。──第一班二班は、そのまま前線の維持。第三班は敵側面からの奇襲を。あと第四班は、火力支援共に継続を! また第五班については、弾薬補給が済み次第前線に戻す」


 あの後、襲撃者6名の処理の後、フリーネはすぐさま対策を取る。

 あまり慣れない役目ではあるがしょうがない。精一杯役目を果たした上で、過去のフリーネ自身を精々いじめるだけだ。

 おそらく、このまま戦闘を持続していけば、さして問題はない。

 確かに、時間こそ掛かるものの、一番不味いのは死者などの被害を大きくする事だ。


 ──だが、被害は何も、戦場で戦う者だけではないと。


「──ようやく隙を見せたなぁっ!」


「しまっ──!?」


 激情に滾る彼が向けるは、その銃口──。

 斯くて最後に残った彼が、小銃の引き金に掛けた指を引こうとしたその瞬間が、フリーネの目に映る。

 時間があまりのスローに感じる。

 だが、その体を動かす事は叶わないのだ。



 ──だが、言葉を発する前──否、言葉が残留する事もなく最後に残った彼の体躯が崩れ落ちる。



「──お困りですか?」

「君は……」


 突如としてフリーネの背後に現れた藍髪の彼女──。

 その手に握られた銃口からは、白煙が漏れ出していた。

 だが、敵意の類は存在しない。

 そもそも、フリーネに気付かれずに背後を取っているのだから、奇襲によって彼女を仕留める事は容易い筈だ。

 だが、そんな最高のタイミングを以ってしても、藍髪の彼女はフリーネに対して仕掛けてこなかった。


「──いや構わないか。それよりももしかしてその制服、私と同じ“アーカディア学園”の生徒か」

「いえ、厳密には生徒ではありませんが。そうですね。今日入学する者です」

「……それは入学早々酷い目に会ったな」


 確かに藍髪の彼女の言う通り、その着ている制服は、フリーネと同じ“アーカディア学園”のものだ。


「──ところで。態々、今年の入学生とやらが首を突っ込むということは、手伝ってくれると思ってくれてよいのだな」

「えぇ、清々しい朝を邪魔されたし、構わないよ」

「そうか。それは良かった」


 正直言ってフリーネは、猫の手も借りたい気分だ。

 その上、これほどまでの実力者──。

 それこそ、猫の手どころか猛獣の手に値するだろう。


「──しかし、君はを使っているのだな」

「そう、かな」

「まぁ、そこに不安などはないから、安心してくれ」


 故に、フリーネが実力者である藍髪の彼女の所持している武器に対して、それ相応の興味を示すのは、当たり前な話と言えた。

 ──“リボルバー式の銃剣”。

 リボルバー自体、それこそ愛好家やジャムを防止するという点は、かなり素晴らしい品と言える。

 銃剣こそ、近接戦をもこなす奴が使っているのを見た事がある。

 だが、その両方はなかった。

 しかしそこには、不安や疑心暗鬼などの類は存在していない。あるのはただ、それ相応の実力者たる藍髪の彼女が、その一風変わった武器をどう使うのか。



『──フリーネちゃん! さっきから通信が返ってこないけど、どうしたんですか!?』



 そんな時、誰かの声が聞こえた──。

 しかし、藍髪の彼女には心当たりがなく、しかして当のフリーネには心当たりがあったのだ。


「──あぁ“ネル”か。そっちも大丈夫だったか?」

『それはこっちのセリフです。いえ、フリーネちゃんがそう言うなら、大丈夫だったと思うけど』

「まぁ安心してくれ。心強い助っ人がいるからな。こっちは大丈夫だ」


 通信機の向こうの誰かとフリーネは、如何やらかなり仲が良いらしい。

 だからこそと言うべきなのだろうか、通信機越しのネルとやらは、再度フリーネの身を心配するのだった。


『……その娘、本当に大丈夫なんですか?』

「あぁ、そこは心配しなくても構わない。可愛いもの好きな君の事だ、会ったら彼女の事を気に入ると思うよ」

『……はぁ分かりました。ただ、気に入った相手には甘いフリーネちゃんの事です。そのぐらい聞いておいてください』

「あぁそれと、ドローンを数台、此方に回しておいてくれ。陽動と偵察に使いたい」

『はぁ……』


 だが、フリーネの表情から、如何やらその要望は通ったみたいだ。

 それからしばらくして、フリーネと藍髪の彼女の元に数台のドローンが到着をした。その見た目からして、最新鋭ものに間違いないだろう。

 ──此処に、準備は完了した。

 しかしその前に、フリーネは藍髪の彼女に対して、聞いておきたい事があった。


「──その前に聞いておきたい事があるんだけど」

「はい」

「名前を聞いても良いかな?」


 少し気恥ずかしそうに言うフリーネ。

 対して藍髪の彼女は、少しだけ呆けていた。

 だがそれは一瞬の事で、すぐさま立ち直ると彼女はその名を名乗るのだった。


「──私の名前は“玖帳シオリです。よろしくお願いいたします」


「あぁ私の名前は“フリーネ・アルヴェンツ”だ。よろしく頼むよ」


 戦場を睥睨出来る、ビル内部からシオリとフリーネの二人が並び立つ。

 斯くて、戦場を一変させる神風が吹き荒れるのだった。



 ♦♢♦♢



 彼等には、最初から大儀なんて存在していなかった。

 不平等理不尽溢れるこの世界、大儀を抱くほどの精神的余裕もなければ、その理由も存在しない。

 ただ、他者に不幸あれ──。

 それだけが、暴動を起こす彼等の存在意義でもあったのだ。



「──」



 その瞬間暴動の最中、一人の男性の頭から血飛沫が舞う。

 途端、糸が切れた人形のように、そのまま力なく倒れる。

 一体、何が起きたのだろうか。

 そもそも、此処は彼等の陣地の奥の方であり、相手陣地から射線が通らない筈だ。

 そして、今目の前で起きたそれを理解できない奴なんて、この場の誰もが該当しない話だ。


「──狙撃兵に警戒!」


 狙撃──。

 しかし、このビル群に囲まれた地にて、狙撃自体かなり難易度の高い話だ。

 その上、初弾があの一発だとしたら、おそらくその狙撃手は、かなりの腕を誇っている事だろう。

 それを理解するだけで、周りの彼等にも同じ緊張が走る。


「──おい! あれっ!?」


 誰かが気付いた。

 そして、声の示す先には、いるのだ。片方は狙撃銃を、もう片方はシリンダーの付いた銃を。

 確かに、あの場所ならば、この辺りを狙い撃つに良い場所と言えるだろう。


「撃て、撃ちまくれ!」


 標的も分かった。

 場所も分かった。

 後は、撃つだけ。

 構える小銃の引き金を引き、その度にノズルフラッシュが瞬くのだ。



 ♦♢♦♢



「──クソッ!? こっちに気付いた」


 フリーネが、そう苦虫を嚙み潰したように言う。

 相手は此方がこのビルの部屋内にいる事を認識をして、そして確実にその小銃の銃口が此方に向かっている事を、感覚ながらも確信をする。

 もしも、この場に留まっていれば、フリーネとシオリは、銃弾の雨によって蜂の巣になる事だろう。

 凌ぎ切るには、一旦下がらなければらない。

 だが──。


「──し、シオリさん!?」

「少し先行ってるから」

「ちょっと!」


 後方へと一旦下がろうとするフリーネ。

 その判断は、所謂正しいのだろう。



 ──だが此処に、鹿が存在した。



 更に一歩前へと出るシオリの姿──。

 その手には、腰のホルスターから取り出された、一振りの刃の付いた大柄リボルバーが握られていた。

 対して、ビルの下から此方を狙う彼等の数多の小銃が、今もビルから覗くシオリ向けて狙っている。

 絶望的なまでの戦力差──。



「──では、行ってくるから」



「──まっ!」



 フリーネが何かを喋るよりも先に、命を奪わんとす銃声によって掻き消え、彼女の言葉は誰にも届く事はなかった。

 そして、放たれた銃弾が壁や床などに着弾をし、その度に砂煙を上げる。

 その上、何処からか持ち出してきた対戦車ミサイルか何かが、途端爆発をする。

 シオリの姿は、もう見えない──。

 後方に下がっていたフリーネは、どうにか怪我などは避けられたが、一歩前に踏み出したアリアはそうはいかない。


「──シオリさん!」


 煙を振り払うようにして、フリーネは前へと出た。

 あの銃弾の雨を受けて、無傷でいられる筈がない。

 手を伸ばす──。

 最悪、生きていてば治療ができる者にでも任せれば、応急処置ないし治療が出来る筈だ。



「──えっ?」



 だが、瓦礫の残骸から発生した砂煙が晴れた先に、当のシオリの姿は何処にもなかった──。

 血飛沫が何処かに付着した訳でもない。

 シオリの悲鳴が聞こえた訳でもない。

 ただ、忽然と銃弾の雨と砂塵が晴れた先に、誰もいなかったのだ。



 ──そして、偶然にも前に出た事によって、フリーネの視界にシオリの姿が映る。



「……──ラぺリング」



♦♢♦♢



「──さてと」


 先ほどの銃撃を回避するために、生身で空中に飛び出したシオリ──。

 何も無策で空中に飛び出した訳ではないが、このままではシオリの体は道路の染みになってしまう。

 だが、そんなシオリの手には、一本のロープが握られた。


 ──ラペリング。


 シオリの登攀により、彼女は道路の染みにならずにそのまま着地をする。


「……」


 物陰に隠れる──。

 そんなシオリの視線の先には、おそらく彼女たちの死亡確認に使いっ走りにされた、比較的立場が低めな者たちなのだろう。

 だが、手加減する必要なんてない。

 物陰から飛び出し奇襲を仕掛けたシオリは、その勢いのまま、その全てを制圧する。


 そして、シオリはそのまま物陰に隠れ、前進をする──。

 勿論、シオリの位置から暴徒等の姿は見えるが、如何やら暴徒等はまだ彼女に気付いていない様子。


「──先手必勝、撃滅必至」


 一発目、敵頭部に命中をしダウン。

 二発目、敵銃を吹き飛ばした。

 三発目、だがシオリが射撃している位置がバレ、すぐさま対策を取られ物陰に隠れられる。勿論、シオリの射撃は外れた訳だが。


 そして始めるのは、暴徒等の反撃──。

 向こうの陰の隙間からマズルフラッシュが散り、その度にシオリが遮蔽物として使っている建物から火花が弾ける。

 あまりの衝撃で、その度に建築物が土塊と化しているのが目に見えて分かる。


「──さて、そろそろかな」


 リロードの隙──。

 確かに相手が、手にする小銃相応の実力者であったのならば、話は違っていたのだろう。それこそ、他の人のリロードの隙を埋める手段を使っていたのなら、話は違っていたのだろう。

 だが相手は、所謂暴徒でしかない。

 障害物や歩法を使い、死の奔流たる銃撃の雨の中を掻い潜るシオリの姿を、捕らえる事は叶わなかったのだ。


「──くっ!?」


 そして、銃撃の中を潜り抜けて、とうとうシオリは暴徒等の防衛陣地に踏み込む。

 飛び込んだ際に振るった刃は、血飛沫の嵐と化した。

 銃口から漏れだす白煙は、銃弾により穿たれた彼の傷痕と対比する。

 そして立ち上がるシオリの姿は、亡者を予感させるものであったのだ。


「「……」」


 その口角が揺れる──。



「──さて。此処に私を殺せる者はいるかな?」



 シオリのその言葉と共に、銃弾と刃が舞う、再度戦いが始まる。

 否、それは戦いなどではない。

 実力差なぞ分かり切っている、それこそ虐殺に等しい行為なのだろう。

 もっとも、殺害は最低限に。流石にその執念から、自害する奴までは追いきれないのだけど。


「──お前は。お前は誰なんだよ!?」

「名乗る必要なんてあるのか?」


 砂埃舞う中──。

 大男──おそらくリーダー格と思われる男性が、負傷をものともせず、手にする小銃の引き金を引き続ける。

 だが、シオリには当たらない──。

 そもそも、避ける必要なんてなかった。

 しゃがみ、そしてゆっくりと銃を構え、照準を合わせる。


「──終わりだ」


 最後の銃声が、当たりに木霊した。

 それは所謂、戦いの終結を告げる声に聞こえた。

 だがそれでも、ただ一人その場に立つのは、彼女──シオリだけであったのだ。



「……──今日もまた、死ねなかったか」

 

 

 歓声と苦悶と──。

 そしてそのシオリの言葉は、誰の耳に届く事もなく、まるで銃口から漏れる白煙の如く消え去っていくのだった。



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 お疲れ様です。

 感想やレビューなどなど。お待ちしております。


 あと、少しでも面白い、続きが気になるなどありましたら、星やフォローや感想などをくれるととても嬉しいです。

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