近くに来てるよ

きと

近くに来てるよ

「ストーカー?」

 どこにでもあるファミリーレストランの一角で、どこにでもいる平凡な女性である清美きよみは、無言でうなずいた。

 反対側の席に座るのは、友人である春香はるかである。

 今日は、悩み相談でこのファミリーレストランに清美が春香をよびだしたのだ。

 その悩み事が、ストーカー被害だった。

 清美は、ため息じりに話し出す。

「2週間くらい前からなんだけどね。帰りとかしつこくあとをつけてくるのよ」

「警察には?」

「一応、連絡済み。もし直接的な被害が出たらまた連絡するつもり」

 そこまで言って、清美はまたため息をつく。どうやら、けっこう精神的に参っているようだ。

 春香は、目の前にある注文したコーヒーを一口飲む。そして、清美に尋ねた。

「そのストーカーが誰かとか、心当たりとかないの?」

「たぶん、職場の人。大津おおつっていう根暗の後輩だと思う。見た目も似てるから間違いないと思うんだ。髪も長くて丸眼鏡で猫背で……あんまり話したこともないのに」

「そーいう人種は、ほんの少しのきっかけでも脈ありとか思うものよ」

 春香の言葉に、清美はげんなりする。

 なぜよりによってもあの根暗なのだ。恋心を抱かれるなら、もっとキラキラのイケメンがいいというのに。

「はー、どうせなら保坂ほさか先輩がいいわ」

「あ、それって前から言ってるイケメンの先輩?」

 保坂は、大津とは真逆の人間だった。顔もよく、明るく、皆から好かれている。同僚からも「もし職場恋愛するなら、保坂先輩が理想」と人気の先輩だ。清美も例にもれず、保坂にいい感情を抱いていた。

「ま、とにかくそのストーカー何とかして、保坂さんとやらをデートに誘ってみたら? 疲れも吹っ飛ぶわよ?」

「いいわね、どんなデートがいいかしら?」

 結局、そこからストーカーの話題は出ず、理想のデートを語り合う女子会に悩み相談は姿を変えたのだった。


 ファミリーレストランの女子会から1週間。清美は、さらに疲れていた。

 今までは、後をつけてくるだけだったストーカーが無言電話をしてくるようになったのだ。

 電話番号が漏れている。これで、確定した。ストーカーは根暗の大津だ。大津は、今年の春に部署異動で総務部になったことを知っている。手続きに必要だ、とか適当なことを言えば電話番号を入手することはたやすい。

 もううんざりだった清美は、反撃に出ることにした。そのために選んだ手段は。

「じゃあ、帰ろうか」

「は、はい。よろしくお願いします、保坂さん」

 保坂のような男の人がいれば、何かしてくる可能性は低い。もし隙があれば、捕まえることもできるだろう。

 そして、何より気分がいい。

 2人は、楽しくおしゃべりをしながら帰った。その背後には、ストーカーの姿。

 ストーカーは、いつものように後をつけてくるだけで、何も起こらずに清美の部屋に着いた。

 問題……というか、本番はここからだった。

 部屋に保坂を招き入れ、しばしの間その時を待つ。

 部屋に入って5分くらいたったころだろうか。電話がかかってきた。

 ストーカーからの無言電話……のはずだった。

「えへへ、近くに来てるよ……」

 気味の悪い台詞だった。清美は、すぐさま保坂に代わろうとするが、その前に電話は切れた。

「あー、もう最悪……」

「ちょっと待ってて。今、部屋の外見てみる」

 保坂は、そう言うと玄関に向かう。ドアの開閉音が聞こえてきた。恐らくマンションの廊下から、あの根暗の姿を確認しているのだろう。

 少しして保坂が戻って、「姿が見えない」と言った。

 もう帰ったのかもしれないが、やはり怖いものは怖い。

 清美は、意を決して保坂に提案した。

「電話、かけなおしてみます」

「……分かった。気を付けね」

 清美は、携帯電話を操作して着信履歴からストーカーに電話をかける。

 着信音がした。

 すぐ、近くから。

 「……………………………………え?」

 清美は、ゆっくりと保坂の方を見る。

 そこには、着信音がなっている携帯電話を持つ保坂とあの根暗、大津の姿があった。

「ありがとうな、大津。これで清美ちゃんは俺らのものだ」

「い、いえ、保坂さんもありがとうございます。作戦、完璧でしたね」

 訳が分からない。思考がぐちゃぐちゃだ。

 固まる清美に、2人が近づいてくる。

「それじゃあ、まずは、と」

 保坂が取り出したのは、小さなナイフだった。


 数日後、春香が見たのは、ひつぎで眠る清美の姿。

 そして、泣く春香をなぐさめるのは、保坂だった。

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近くに来てるよ きと @kito72

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