(三)
もし葬式の晩に一人で居たら、私は一生、紺野の遺言を見られなかっただろう。自宅で待っていたあやめは、待ち合わせの時と同じように笑って夕飯を振る舞ってくれた。十年ぶりの再会のはずだ。しかし、私たちは思い出話に花を咲かせるでもなく、食事が美味いだとか線香の香りが残っているだとか、目の前のことばかりをぽつりぽつりと口にした。
「遺言、一緒に読んでもらえませんか」
私の唐突な頼みごとに、あやめは小さく首を傾げた。
「わたしが見ていいものなの?」
「わかりません」
「誠一くんのお友達に叱られたらどうしよう。知らない人が枕元に立っていたら、怖いでしょうね」
「その時は、俺に頼まれたんだと言い返してください」
彼女は唇で弧を描いて頷いた。
「それなら、昔みたいにお布団の中で見ない? 怖くても、そのまま寝てしまえば朝になるでしょ?」
あやめの中で、私はまだ子どものようだ。
私のために彼女が用意してくれた布団は、あやめの部屋にあるベッドのすぐそばに敷かれていた。寝支度を整えた私たちは布団の上に座り込み、ベッドを背もたれ代わりにして並んだ。あやめの寝間着はワンピースだった。
「手紙じゃないんだね」
封筒の中に遺されたのは、言葉ではなくURLだった。私はスマートフォンでそれを読み取り、表示された画面を見て黙り込む。目の前に現れたのは紺野が生前使っていたクラウドサービスで、『誠一用』と書かれたフォルダがぽつんと佇んでいた。フォルダの中にはずらりと並ぶ写真、写真。どれもこれも、ファイル名は自動で生成された日時ばかりだ。
その中に唯一、紺野が名付けた写真があった。
『遺影』
死んだ男が私に遺した唯一の言葉。紺野が自分の遺影にしたかったのは、彼の顔ではない。彼が撮影した、眩しいものの姿だった。
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