(二)
あやめは私にとって母方のいとこにあたる。私が十五、彼女が十八の辺りまではよく顔を合わせていたが、叔父夫婦が大阪へ引っ越して以来すっかり疎遠になっていた。
彼女は私の初恋の人だ。今でこそ三歳違いなど誤差に等しいが、幼い頃の彼女は私にとって、すぐそこに居るはずなのに手の届かない、自分に似ているようで似ていない大人の異性だった。
彼女と離ればなれになってからの私は、それまでの日々を忘れようと努めた。幼い頃、二人で手を繋いで歩いた公園までの道のり。何も考えずに一緒に風呂へ入り、布団へもぐりこんで眠くなるまで話し込んだ彼女の部屋。色白で、ほんのり女を帯びたあやめの体つき。
子どもの関心事は、実にあっさりと目の前の教室や異性、部活動へと移って行く。遠く離れた初恋は、心の奥底へ仕舞い込んで薄れてしまった。
紺野の葬式だと言うのに、私は線香の煙の中でずっとあやめのことを考えていた。亡き友人の実家、思いの外広々した畳敷きの居間で、あやめの白い顔を思い出す。
紺野が死んだと思い知るのが恐ろしかった。棺の中で眠る彼を見ても、「紺野」と呼び掛けて答えがないのを信じられずにいた。証明写真を拡大したような、無愛想な遺影に私は思う。
お前、こんな遺影でいいのか?
紺野が自分を被写体にすることは一度もなかった。
葬式の後、参列者がぞろぞろと歩くのに着いて行けば、客間で簡単な食事が振舞われていた。知った顔は見当たらず、しかも苦手な言葉ばかりが耳を突く。踵を返そうとした時、呼び止められた。
「アンタ、誠一くん?」
振り返ると、私の顔のかなり下の方からこちらを見る老夫婦の表情が見えた。着物姿の方が紺野の母親、背広の方が父親だろう。お悔やみの挨拶を口にして頭を下げると、小さな二人は顔を見合わせて、安心したようにため息をついた。父親が、胸ポケットから一通の封筒を取り出して私の方へ向ける。
「うちの
「俺……私に、ですか?」
私は、紺野の母親がそっと目頭を押さえるのを見て見ぬふりをした。差し出された父親の手が震えているのに、気付かないふりをした。ただただ、封筒を両手で受け取り二人に頭を下げた。
「……紺野くんが亡くなって、本当に寂しいです」
大の大人三人で、子どものように泣いていた。
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