後編

 そして二週間後。そのときは来た。


「迎えならとうに来ている。いいんだな、お前達。私と一緒に我が星に行くのだな」


 シマ王子は今までのどこかとぼけた感じではなくて、真面目な声になって、わたし達を順番に見た。

「後悔しないのだな」

 シマ王子のその言葉に、わたしの心はずきりと痛んだ。

「後悔なんてしねーよ、言っただろ、俺達は、このセカイに飽き飽きしてんの。どいつもこいつもバカばっかりで」

 健吾くんがシマ王子に怒鳴る。

「さくらも朱音あかねもそおだろう? こんなセカイ見切りつけて、シマ王子の星へ行こうぜ」

 健吾くんはさくらちゃんとわたしを見た。健吾くんは一生懸命強がっているように見えた。さくらちゃんは涙目で何度もうなずく。だけど、わたしは。


「ね、あと少しで夏休みだよ。もう少し、頑張ってみない?」


 勇気を出して、二人に言った。おとといから、考えに考えてのことだった。

「もう少し、わたしたち三人で、頑張ってみない? この、世界で」

 健吾くんはあからさまに白けたような顔をした。そして、

「朱音は、家っていう逃げる場所があるから、分かんねえよ」

 と、地面を見ながら吐くように言った。

「俺とさくらに逃げ場所はない。夏休みに入ったってかんけーねーんだよ、毒親だからな。それに、朱音、お前はクラスで無視されてるだけだもんな」

 無視されている。健吾くんのその言葉にかあっとなった。確かに健吾くんみたいにぶたれたり、給食を食べられたりはしないけれど、クラスの全員に無視されるのがどんなに辛いか、健吾くんに分かるはずない。

 わたしがうつむいて唇を噛みしめると、健吾くんはバツが悪そうに「そんなんだからメルヘンあたまって言われるんだよ、何も今になってそんなこと……」ともごもご言った。


「わ、わたしは、い、行く」


 さくらちゃんがシマ王子を持ち上げて、その胸に抱きしめながら言った。さくらちゃんのこんなに大きな声を聞いたのははじめてだった。


「シ、シマちゃん、お、お願い、わ、わたしをシ、シマちゃんの星へ連れて行って!」

「……分かったよ、さくら殿」


 シマ王子の声が柔らかくなった。

「君はこの星でとても辛いのだな。みんなに愚弄され、辛いのだな。可哀想に」

 シマ王子はさくらちゃんに抱きしめられながら、わたしと健吾くんの方を見た。その黄色い目はおだやかだ。


「朱音殿、健吾はどうする? もうそろそろ出発したいのだが」

「えっ? まじかよ、シマの星に、俺も行くよ。って、なあんで俺だけ、どの、がつかないんだ!」

「……あ、朱音ちゃんも行こうよ。わ、わたしたち、と、友達じゃない。い、いっしょに行こう」

 さくらちゃんがお願いをするような声で言った。さくらちゃんは本当に、いい子で優しいなあ。


 わたしは動かなかった。ごめん、さくらちゃん。


 防空壕の中が突然光で満たされた。シマ王子を真ん中に、健吾くんとさくらちゃんを包む。

 俯いた健吾くんと、泣きべそをかいて、困ったような顔のさくらちゃん。真ん中のシマ王子がわたしの方を向いた。


「朱音殿。どちらを選んでもいいんだよ。ここに残っても、私と供に来ても、正解だ」


 シマ王子のこの言葉を最後に、みんな消えた。防空壕の中は、薄暗く、空のプリンのカップがあるだけ。


「……本当に、王子だったんだ」


 時刻は六時を回っていた。まだ辺りは明るいけれど、晩御飯のために、家に帰らなきゃ。

 わたしには、お父さんとお母さんが、待っている。

「学校でいじめられている」ってお父さんとお母さんに言えなくて、すごく悩んだ。恥ずかしくて気がつかれたくないと思う反面、早く気がついて、とも思っていた。

 おととい、お母さんが「学校に行きたくないなら行かなくてもいい」って言ってくれた。気がついてくれた。

 わたしはそれだけでなんだか元気が出て、いつでも学校を休めるんだと思うと心が軽くなって、昨日と今日、学校に行った。みんなは相変わらずわたしのことを無視していたけれど。


 もしかしたら、いい方向に変わるかもしれない、とメルヘンあたまのわたしは思ってしまった。ごめん、健吾くん、さくらちゃん。わたしって、言動はメルヘンでも、心はずるいの。


 ずるくて、友達二人と、さよならした。

 こうしてシマ王子が去ってしまうと、わたしも行けばよかったと後悔してるのが、本当にずるい。

 ずるいわたしは、一人、お父さんとお母さんが待っている、家に向かう。

 きっと、この秘密基地に来ることはもう、ない。

 ――いや、もしかしたら、もっとずっと後になって、泣きながら秘密基地でシマ王子を呼んだりするのかも。


 シマ王子、わたしも連れて行って、と。

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どこか、遠い楽園へ ふさふさしっぽ @69903

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