どこか、遠い楽園へ

ふさふさしっぽ

前編

 町の外れに防空壕のあとがある。

 わたしはそこを二人のお友達と秘密基地にしている。

 小学校が終わったあとや、休みの日は、そこに「あんもくのりょうかい」で集まって遊ぶのだ。

 よくある話。

 そして、わたし達はその防空壕の中で一匹の猫を飼っている。給食の残りをこっそり持ってきて、あげる。

 これもよくある話。

 だけど。

 その猫が人間の言葉を話すって言うのは、よくある話じゃないよね――。



「このプリンというのはとてもうまいな」


 シマ王子は器用にスプーンを使ってプリンを平らげた。健吾けんごくんが家から持ってきたプラスチックのスプーンだ。プリンはわたしが持ってきた。わたしは健吾くんみたいに給食をクラスメイトに食べられたりしないから。


「シマ、約束の二週間だ。迎えが来たら、約束守れよ。そーいう、約束だろお」

「健吾、私のことはシマ王子と呼べ」

「シマ王子様ーー!」


 健吾くんは大げさにシマ王子にひれ伏した。見た目は普通のしましま模様の猫なんだけど。


「……シマちゃん、お、お願い」


 さくらちゃんがおずおずと言った。「わ、わたし達を、シ、シマちゃんの星へ、つ、つ連れて行ってくれるんでしょう?」

 さくらちゃんのその言葉に、シマ王子は食べ終えたプリンのカップを下に置くと「うむ」とうなずいた。



 ――シマ王子と出会ったのは二週間前。いつものようにわたし、健吾くん、さくらちゃんで秘密基地に集まったら、防空壕のあとの中に一匹の猫がすやすやと眠っていたのを見つけた。

 わたし達は最初野良猫か捨て猫だと思って、興味津々で猫を取り囲んだ。すると、その猫が、

「あー、よく寝たー」

 と言って起きたのだ。

 三人ともびっくりして、その場に尻もちをついた。健吾くんは奇妙な悲鳴を上げながら「妖怪め、化け猫めええ」と木の棒で猫をつつこうとした。

 猫は、

「無礼な。私は化け猫ではない。こことは違う星から来た、シマ王子だ」

 と、今度こそはっきりとした人間の言葉で言った。

「しま模様だからシマ王子なの?」

 パニックになっていたわたしは変なことを聞いてしまった。いや、パニックじゃなくてもわたしはたまにおかしなことを言ってしまう。クラスのみんなから「メルヘンあたま」と陰で呼ばれている。

「愚か者。シマという名前は我が国建国の王、シマ・シ・シーマ・マ・マシマシマから頂戴した尊い名だ」

 シマ王子は二本足で立ち上がり、長いしっぽを振り回した。

「なーんだよ、そのふっざけた名前」

 健吾くんは吹き出し、木の棒をシマ王子に向けた。と、突然木の棒がはじかれたように健吾くんの手を離れ、宙を舞った。

「そんなもので尊き私を指すんじゃない。それと建国の王を愚弄するな」

「ぐろう、ってどういう意味?」

 わたしは聞いた。

「馬鹿にするなという意味だ。……それにしても腹が減ったな。何か食べ物はないか」

「わ、わたし、ク、クッキーならあるけど。は、はい」

 さくらちゃんがスカートのポケットから小さなクッキーの包みを出す。

 さくらちゃんは学校に来てもずっと保健室で過ごしてるから、たまに食べるおやつをこうやってこっそり持っている。

 シマ王子はクッキーの匂いを猫のようにふんふんと嗅いでから、一口で飲み込んだ。口をもごもごさせたあと、

「うまい! もっとないのか」

 とさくらちゃんにねだった。


 そんなこんなで、その日から、わたし達とシマ王子の秘密基地での交流がはじまったのだ。


 シマ王子は地球からずっと遠くにある、赤く輝く星の第一王子だという。

 時空を散歩していたら、裂け目に落っこちて、この場所にたどり着いた……宇宙から宇宙船で来たとかじゃないらしい。

 シマ王子の説明は、わたし達にはちんぷんかんぷんだった。健吾くんなんて何度も聞き返して、ついにはシマ王子のお怒りを買い、体を宙に浮かされてぐるぐる回された。木の棒をはじいたときといい、シマ王子にはそういう不思議な力があるみたいだった。言葉が本当は違うわたし達と会話できるのも、その不思議な力のおかげらしい。

 シマ王子の話によると、もうすぐ自分の国からお迎えが来るという。

 一体どこから、どういうふうに赤く輝く星のお迎えが来るのか、シマ王子は説明してくれたけど、やっぱりわたし達にはちんぷんかんぷんだった。


 ただ、シマ王子の星が、とっても魅力的な場所だということは分かった。

 シマ王子の星はシマ王子の国がリーダーになってまとめられ、全ての生きるものが平和に暮らしている。

 争いや差別は全くなく、星に住むみんながみんなを助け合うシステムなのだそうだ。


「い、いじめ、もない?」


 さくらちゃんが泣きそうな声でシマ王子に聞いた。


「いじめ? 何だ? 聞いたことがない言葉だな」


 シマ王子のその言葉に、さくらちゃんの顔がぱあっと明るくなった。健吾くんも顔を赤くして、ぽかんとしている。もちろんわたしの顔もきつく結んだリボンがほどけるみたいに、へろへろになってるはずだ。夢のようなシマ王子の言葉に、わたし達は言葉が出ない。


 わたしも健吾くんもさくらちゃんも、新星しんせい小学校六年生のはぐれもの、だ。

 わたしは一組、健吾くんは二組、さくらちゃんは三組。一クラスにひとりづつ。健吾くんに言わせるとクラスの生贄、なんだという。わたし達を馬鹿にすることで、クラスのみんなの平和が保たれるんだって。


 学校に居場所がないわたし達は、授業が終わると早々にこの「秘密基地」に集まった。最初はどういうふうに出会ったんだっけ。たしか初めにいたのが健吾くんで、わたしとさくらちゃんがたまたまこの場所を見つけて。さくらちゃんが家に帰りたくないって、言ったから。健吾くんてば、わたし達を見るなり「不法侵入! 不法侵入!」って言いながら木の棒を振り回してた。今思い出しても笑えてくる。


「シマ王子、俺たちを、シマ王子の星へ、連れて行ってくれよ。迎えの人が来たら、一緒に」


 健吾くんの言葉に、わたしははっとした。わたし達、三人の願い。


 シマ王子は「迎えが来るのはこの星の時間で二週間後といったところだ。その日まで私にうまい食べ物を毎日持ってくるならいいぞ」と交換条件を出した。一瞬だけ、その大きな黄色い目が光った気がした。

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