13話 賽は勝手に投げられる

 

「姫っていう人は、誰なんですか?」

 今までの話から、姫と呼ばれている人がこの国にいるのは明白だろう。僕の質問に、ボスは肩を竦める。


「まあまあ、焦るなよ、いずれ解る。それよりもだ、チビィ、この状況は不味いと思わないか?」

「まずいって?」

 疑問に疑問を返すのはよくないが、それでもボスの言葉の真意がわからない。不味い状況はここ最近ずっとだからだ。ボスは少しばかり馬鹿にしたように頭を揺らすと、口を開いた。


「チビィ、頭が悪いお前にもわかるよう説明してやるよ」

 そう言って、ボスは上着の内側から一本の煙草を取り出して口に咥える。そのタバコにはボッと緑の炎が点けられた。ボスは根暗へ目配せをした後、すうっと煙草を吸い、その後ゆっくり煙を吐いた。


「他の黒社会がどうだか知らねぇが、俺達は神に誓って・・・・・世界の平和を願って仕事をしてる」

 日本指を立てて、世界平和の部分を強調するように二回指を曲げ伸ばしする。言い方からして、それは皮肉なのが滲み出ていた。


「各国の間で情報や武器の売り買いを統制し、使える駒も上手く移動させ、常にギリギリの薄膜の均衡を保ってるんだ。今回だって、どっかの女王が今にも殴り込みそうだから、平和的に交渉しに来たのに」

 またもう一度煙草を吸った後、その吸い殻を床に落とし、靴底で踏み潰すように消す。そこには、黒い灰がこびりついていた。


「あの腰巾着・・・どもに意味わからねぇ事言われて投獄されてるんだ。耳長族エルフは長生きだろう、ってな」


 唸るように吐かれた最後の言葉。僕はハッと顔を上げてボスを凝視する。

 耳長族を僕はなにかの本で読んだことがあった。この世界のどこかで少数生息している民族の一つであり、排他的で人里には降りず、文明を拒んでいると聞いている。少なくとも、龍髭国内ではお目にかかることは、ほぼない人たちだ。ボスをよく見れば、髪の毛が黒色な以外、白い肌に長く尖った耳という特徴が見事に当てはまっている。

 もし、彼の発言が本当ならば、占術師の遺言で暴走した錦衣衛のせいで、平和的解決をしに来た人を捕まえてしまったのではないか。

 それは、確実にこの人たちを敵に回しかねない行動だ。何故そんな大事な人を捕まえたのか、僕はますます錦衣衛の行動が理解できない。


「どうする気だ?」

 僕の代わりに、返事をしてくれたセイの言葉にはどこか緊張が溢れる。それを感じ取ったのか、ボスは何でもないように笑う。


「そうだな、こちらの顔を潰したんだ。少なくとも、虎たちが羊の群れを『噛む』くらいはしてもいいだろう。それか、与えてたものを全て返してもらって、完全に喉元を食らってやる」


 僕は、すぐさま鞭を握りなおす。敵意の溢れた言葉は、確実に龍髭国に向けられたものだ。虎たち、という言葉に二人を交互に見る。


「でも、俺は優しいからな。リュウユウ、お前が遊びに勝ったら、お前の味方にはなってやるよ」


 またもや、知らぬうちに、僕を巻き込み、話が進んでいく。

「ん!? 遊びって、一体なんですか?」

 慌てて尋ねるが、ボスの視線はすでに僕ではなく、セイに向けられていた。


「セイ、お前も勿論参加してもいいぜ。じゃあ、精々、この悪夢・・の中の元まで辿り着いてみろ。ハハッ、行くぞ、根暗。馬鹿・・の到着だ」


 バァンッ!

 酷く大きい爆発音。酷い爆風に巻き込まれた僕は、どうにか一瞬で仙力を身体に巡らせて、身体への損傷を最小限にする。

 そして、起き上がると、そこには一人の上裸の男とこんなところに居るはずのないモノが立っていた。


「よう、ボスと根暗・・。優しくて逞しい俺様が迎えに来てやったぜ」

 そこには、銀色の大きな筒を肩に担いだ筋肉質の男が、虎の耳と虎のしっぽを揺らしている。大層女性に好まれそうな顔つきだが、大きな筒から出る煙的にこの壁を壊したのは彼であろう。


「まず、の回収です。眼鏡・・赤ちゃん・・・・は報復の準備をしています」

 そして、その隣りにいるのは喋る大きな熊だった。


「いや、探すのは、俺と根暗がやる。お前ら二人は、そこのチビィたちと遊んでやれ」

「待って、どういう!?」

「ボス、待て!」

 ボスの言葉に慌てる僕とセイ、しかし、もう既に彼の言う遊びが始まっているのだろう。


「さあ、どっちが先に姫の元に辿り着くか勝負だ」

 ボスと根暗は、そう言ってさっさと走っていく、僕は慌てて拘束しようと鞭から蔦を伸ばした。しかし、それは音を立てて切られる。視界の中で虎のような爪が鋭く伸びていた。


「へぇ、可愛い子ちゃんじゃん、俺様と遊ぼうや」

「全くボスも悪趣味だな」


 僕は二人を見る。そして、ぎりりと鞭を握りしめ、仙力を身体に纏った。

 

 

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