9話 星型の泥人形
「セイ!?」
「静かにしろ、アレが起きる」
思わず声を上げると、すぐにばっさりと切られる。この切れ味はたしかに、セイらしい。
らしいけれど、いや、だけど。
「でも、なんで、そんな汚い泥の塊になってるの?」
「お前は相変わらず情緒のかけらもないな」
僕の問いかけに、泥人形は顔らしき星のてっぺんの三角部分に手らしき三角部分を当てて、やれやれと言いたげな身振りをする。
その小馬鹿にした口調も、セイらしかった。
「まあ、サーカスの仲間の力を借りたんだが、最適格の身体がこれだったんだ」
「この泥の塊が?」
「せめて、星型の泥人形と言ってくれ」
泥人形と泥の塊の差がよくわからないが、セイ的にはなにか違うようだ。
「まあ、そんな事置いといて、リュウユウ、お前にいくつか聞きたいことがある」
泥人形のセイはそう言うと、僕の肩から降りた。
「答えれる範囲には、なりますけど」
嘘はつきたくないが、龍仙師という立場的に話せることと話せないことがあるため、歯切れ悪くそう返す。それも予想していたのか、セイは頭部分の三角を一回頷かせた。
「一つ目は、最近熱砂国の王子が気を病んだらしく、今離宮で隔離中だ。原因としては、何故か龍髭国からの呪いと言われている。心当たりはあるか?」
「はい? 熱砂国
「ほう、
「あっ」
質問内容があまりにも唐突かつ見に覚えのあることで、つい確信めいた事を言ってしまった自分の口を塞ぐ。今更誤魔化したところで、セイにはもう遅いだろう。
「二つ目は、『※※※※※※※』の
「え、なんて言った?」
「……なるほど、その反応は知らなそうだな。で、次で最後だ」
聞き取れない単語のせいで、何を言ってるか分からなかった。ただ、セイとしては僕の反応を見て十分だったのだろう。さっさと次へ行く。
「シュウエンだっけか、が捕まったと聞いた。お前がここにいるのもそれ繋がりか?」
「……黙秘かな」
「下手な嘘だな」
なんとまあ、取り繕い方は難しい。セイにばっさりと切られてしまう。その質問に答えようが答えまいが、バレるに決まっていた。決まり悪く口を尖らせた僕から、セイは視線を反らした。
「となると、まずいな」
「まずい?」
小さかったがしっかりと僕の耳に届いたセイの深刻そうな呟き。聞き返すと、その星の正面らしき方がくるりと僕へと向いた。
「
「どういうこと? シュウエンさんは、龍仙師だからこの国にいるんでしょ?」
意味がわからないことを言い続けるセイ。アイツというのはシュウエンのことだろうけど、この国にいるのかとは、まるで何か特殊な理由があるように聞こえた。
混乱し話についていけてない僕はセイに問いかけるが、彼が答えることは勿論ない。
「予想よりも早く、嵐が来る。こうなったらリュウユウ、お前の協力が必要だ」
ただ一方的に僕を巻き込む形で、要件だけが進んでいく。しかし、セイが真っ直ぐに自分に協力を申し出たのは、ほぼ初めてではないだろうか。
心の中で、この申し出を受けるかどうか、少し考えた後、僕は頷いた。
「……内容による」
お人好しだとよく言われるが、こういうところがいけないとこの三年間学んできたはずなのに。いつかの砂漠の時を少し思い出しつつも、断れない自分に嫌気が差す。
「それなら、簡単なことだ。安心しろ、俺もその時はそばにいる」
「わかった。で、何をすればいいの?」
セイの声色が明るくなる。こういう可愛げもあるのかと思うが、ちょっとした抵抗とばかりに冷たく言い放った。
「リュウユウ、今から外出て、適当な錦衣衛に捕まれ」
僕は、思わずその泥人形を素早く掴み、力いっぱい握りしめた。ぎちぎちと手の中で潰れていく星の形だが、セイは淡々としていた。
「な、こと、できるわけがないでしょうが!」
「話を聞け、お前は」
「セイに言われたくない!」
「静かにしろ、龍が起きる」
「誰のせいで……!」
「もう、起きてるぞ。泥団子」
言い合いする僕達に、急に誰かの声が掛かる。暗闇の中に光る金色の瞳。そして、ほのかに彼の身体に纏わりつく金色の光。
そう、寝ていたはずのルオが僕達を見ていた。
「龍か、久々に見る」
「不思議な技だな、見たことがない」
「だろうな、てか、いつから起きていた」
セイは飄々としており、ルオは少しばかり警戒した様子である。基本的に好奇心旺盛で穏やかな彼が、セイに厳しい態度を向けるのは少しばかり意外であった。
「熱砂の王子が気が病んだというのは本当か」
そんなセイに対して、ルオは真剣な眼差しで尋ねる。その目にはどこか焦りを感じさせた。
「ああ、噂によると、自分の首を絞めて死のうとしたため、今は隔離中だ。他にも何人か、狂い死んだ」
「……カイラフ様のことであってるか」
「わかりきったことを」
ルオにも物怖じせず、淡々としているセイ。ルオの顔はどんどんと険しくなり、どろどろと仙力を垂れ流している。パキンッという音共に、ルオの頬に鱗が増えた。
カイラフ様という言葉に、朧気に自分の記憶を辿る。
何度か熱砂に行ったが、たしかあの国の長兄ではあるが、国を継がずどこかの国に嫁ぐと聞いていた。
そう、どこかの……。その国は。
「緋天国」
緋天国の女王に嫁ぐ、と聞いていた。
その女王は龍髭姫の友人であり、この国が蹄鉄連合国から辛うじて侵略されてない理由だったはずだ。
「リュウユウ、ここでぼおっとしてると、大変なことが起きるぞ」
頭の中で繋がっていく事象。ここで籠もってる場合ではないのはたしかだ。
「とりあえず、まずシュウエンを早く出さなければならない。今一番の味方を敵に回してるものだからな」
リュウユウはすらすらと僕の見えてる範囲よりも先の事を話し始める。
なぜ、それが必要なのかはわからない。それでも、今ここにいるよりも行動を起こすほうがいいのかもしれない。
「俺を連れて行けば、そこまでの道標を作れる。そして、そこの龍はここでお留守番しておいてくれ」
僕だけではなく、ルオにまで命令するセイ。ルオは少しばかり顔を歪めた後、微笑みをその顔に貼り付け僕を見た。
「リュウユウ、その泥団子は信じれるのか」
ルオの問いかけに、僕はゆっくりと首を縦に振った。
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