8話 闇の中から

 あれからどれくらい経ったのだろうか、ルオと他愛もない会話をしながら時間の経過を待つが、正直飽きてきた。

 三年間もずっと毎日顔を合わせてたと言っても過言ではない相手に、今更何を話すことがある。


 じゃあ、他のことをしようとするが、ここで出来ることは限られている。


 ちなみに仙力を使ったものは、絶対に出来ない。何故なら、僕がやったらルオも必ず真似する。それ以上龍になったら、確実にジョウシェンが僕の首を絞めて来る。


 今まで各地で食べた美味しいものの話は、お互い尽きたので次は何を話すかと考えていると、ルオが「あっ」と短い声をあげた。なんだろうと思って顔を向けると、にこにこと微笑みながら俺を見ていた。


「そうだ、そうだ、リュウユウに聞いてみたいことがあってだな」

「そんな事あったんだ。どんな?」


 聞いてみたいこと、ということは聞くのを我慢していた事がルオにあるということだ。龍化していくと少しずつ人間性が失われていくため、我慢をするというのが難しくなっているのだ。

 ただでさえ、仙力を使わないという我慢をしているのに、聞くことを我慢していたものは何かと首を傾げた。

 ただ、この時、僕は何故我慢ができていたのかという考えがすっかり抜け落ちていた。


「今の花の島は、どのようなことになっているのだ?」

 時が凍るとは、こういうことを言うのだろう。

 灼熱地獄のような空間が、一瞬にして雪山になったのかと思うほどだ。そうか、たしかにその質問を僕にするのは、ジョウシェンが必死に止めるだろうな。

 言ってしまえば、本能的に無邪気なルオだからこそ、の質問であった。


 僕は少し前に、遠くから見た自分の故郷を思い出す。


「……花の、かけらもない島になっちゃったかな。花島蒲公英かとうたんぽぽくらいしか、生えてないんだよね」

 中央が橙色で、花びらの先にむかって黄色くなっていく蒲公英ばかりが咲いている。

 そして、薄荷はっか等の生命力だけが強い植物だらけになってしまった。


「花の島、なのにか」

 ルオは困ったように首を傾げた。それもそうだ、昔は美しい花が咲き誇る島だったのに、今では砂の上でも、少しの養分でも生きれる植物と、死ぬ寸前の木々しかない。


「元々砂しか無い島に降り立った花の女神様が、優しい島民たちに花を授けたのが始まりだって聞いてるんだ。僕達が種を溢し、芽を育て、花を咲かし、木を生やしていたからね。木は息は長くても、花はすぐ枯れる」

「なるほど、力を封じられてるから、花を増やすこともできないということか」

「母たちも離宮だからね。すべての文化を全部、この国・・・に持ってかれたんだ」

 ゆっくりと視線を落とす先には、龍仙師になる際に母から贈られた大袖衫。美しい花々はそれぞれ意味を持って、刺繍としてそこに描かれている。

 それは、母たちも父たちも僕も失ったものだ。


「リュウユウ、それは私もそうかもしれないな」

「ルオ?」

「母が失脚し、数少ない者たちと命からがら山を超え、秘境とも言える場所で身を潜めていたからな。本来ならば、もっと自由に・・・生きれたかもしれないのに。今もこうして、やつらのせいで身を隠している」

 すらすらと話すルオはまるで他人事のようだが、彼もまた追われていたのは事実だ。

 そして、散々迷惑を被ってきた僕達なのに、今も酷い目にあっている。

 僕は「そうだね」とだけ言うと、あからさまに肩を落とした。

 その時、部屋の明かりだった蝋燭がふっと消える。

 何事だと、僕は慌てて立ち上がり、鞭を取り出して手に持った。


「おや、ここじゃなかったか」

 酷く特徴的な声、声をする方を見ると、大きな緑色の眼二つがこちらを見ていた。


「熱いのを我慢したのに潜入損じゃないか」

 人間の話をするその目。しかし、目の瞳孔はまるで猫のよう。ただ、一つわかることとしては、ただの猫・・・・がこの部屋にたどり着くのは不可能だということだ。


「貴方は、誰ですか?」

 僕がその目に向かって尋ねれば、目はすっと細められた。


「あ? ……ああ、リュウユウだっけか。俺はよくお前のこと知ってるよ」

 くくくっと笑う目玉は、ごろんごろんと転げたあと、とんっと足を鳴らした。すると、まるで鬼火のように目玉が大きな緑色の火の玉になる。


「まあいい、厄介なのがここにいるってのがわかったしな。坊主、そこの龍と一緒にここで大人しくしてな・・・・・・・

 そうして、けらけらと笑った目玉は、ついに燃え尽きて消えた。僕はしばらく呆気に取られた後、目玉の言葉を思い出し慌てて扉の外に出る。

 彼は「ここじゃない」と言っていた。ということは、どこか探しているのだろう。

 そこには、上裸で腕立て伏せをしているイ先生だけがいた。

 勝手に出てきた上にきょろきょろとあたりを見渡す僕に対し、イ先生は顔を顰めると腕立て伏せを止めた。


「小童め、外に出るなと先程言っただろうに」

「す、すみません、緑色の目玉が宙に浮いて俺達の部屋に出たもので、もしかしたらまだ……」

「翠の目ん玉? リュウユウ、お主変なものでも食べたか? それとも気を病んだのか? 言っとくが、あの部屋であやかしらしきものは見たことがない」

 怪訝そうな顔のイ先生。たしかに、先程の話は非現実的なものである。それを他人に伝えるのはそこそこ難しい。どうすればいいかと思ったが、僕の後からルオも出てきた。


「この世界には説明できないこともある。イ先生、侵入者がいるよう。しかも、誰かを探していた」

 僕の説明を後押しをするように答えるルオに、イ先生は少し考える素振りをした後、口を開いた。


「……侵入者か。だとしたら、どこに向かったか心当たりはある。ただ、どこかはわからん。とりあえず、部屋に戻って寝ろ。そいつらも、簡単にたどり着けないだろう」


 その答えは何とも歯切れがよくないもの。けれど、イ先生がくだらない誤魔化しをするようには見えないため、何かが本当にわからないのだろうと思う。



「わかりました」

 押し問答しても仕方ないのかもしれない。

 もう一度部屋に戻り、僕たちは眠ることにした。ルオは寝ると決めたらさっさと寝れるため、壁を背にして座ったまま、ものの数分で寝息を立てていた。


 僕も寝ようと、目をつぶりかけた時。


「リュウユウ、俺だ」

 聞き覚えのある声だ。

 思わず、右へ振り返ると、そこには星型の泥の塊が肩の上に立っている。


「えっ」

 事態が飲み込めてない俺に、星は短い腕を組む。


「セイだ、久しぶりだな」

 それは、信じられないくらい久々の人の名前だった。

 

 

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