7話 隠れる場所
「ほら、ここだぜ、ここ! ここなら錦衣衛もこないだろ!」
「ここなら錦衣衛は近づかないというか、入るのは無理ですね……」
「ハハハッ、さすがハオジュン兄貴だ。これはいい!」
ハオジュンの言う最高の隠れ家、一体どこなのだろうかとドキドキで着いていったが、皆向かう途中ですぐに察した。ひたすら下がっていく階段、増していく熱風、大きく重い黒鉄性の扉。
「……なんだ、二班か。シュウエン、捕まったんだってな」
パチ、パチ、パチ
カーン! カーン! カーン!
燃え上がる溶鉱炉の前、剣になる前の金属を叩き続ける渋い声の男。
龍仙師の武器を唯一創り上げれる人、イ先生がいる鍛冶場であった。
龍仙師見習いの頃は、この茹だるような皮膚を焼くような熱さに僕もへばっていた。
もう仙力を纏わせるのも一人前になった今は、普通に歩けるけれど、仙力を纏わせることもできず、扉を開けることもできない
「そいつらも、逮捕候補か。全くあのシュウエンも、上手くやれというのに。オンソウも、今頃頭を抱えてるだろうな」
イ先生はそう話しながらも、鉄を叩いていた。
「イ先生、すみませんがルオとリュウユウを暫くここに」
「邪魔にならなければ構わん。それにしても、錦衣衛も相変わらず余計なことばかりを。火に油を注ぐだけではなく、酒まで入れおって」
イ先生も思う事があるのだろう、珍しく口数が多い。でも、確かに今回の錦衣衛がやってることは余計に火に油を注いでいるような気がする。
恨まれるようなことをしてるのは、僕からしたら龍髭国側であるし、こんなことされたら余計に恨みが増すだけだ。
「お世話になりますイ先生」
「世話になるぞ、イ先生」
僕とルオが頭を下げると、イ先生は打ち終わったのか、やっとものを置いて、こちらを向いた。
「……なるほど、花の島とヤンインの息子か。恨まれてると思われてそうだな」
ヤンイン、初めて聞く名前だが、龍髭姫が話していたことから推測して、ルオの母親のことだろう。
「俺からもよろしくお願いいたします。イ先生」
「俺の弟分たち頼んだぜ、イ先生!」
「ああ、お前たちは早くシュウエン
一緒についてきたグユウとハオジュンは頭を下げると、僕たちを残し去っていく。今どうすべきかと情報集めに駆けずり回っているジンイーとジョウシェンと合流するのだろう。
扉が閉まっていく音を聞きながら、二人を見送る。そして、もう一度イ先生を見ると、仕事をさっさと片付けて、立ち上がっていた。
「とりあえず、お前らこっちに来るといい」
「「はい」」
イ先生に案内されるまま、熱い溶鉱炉の後ろへと歩みを進める。するとその後ろに普通くらいの大きさの鉄製のドアがあった。
その中に入れば、そこは
「さて、お前ら、なんで今こんなことになってるかわかるか? あと、水飲め」
机に置かれた水差しから湯呑に水を注ぐイ先生。僕もその水差しを受け取り、僕とルオの分を注ぐ。ルオは「感謝する」と言い、その湯呑を受け取った。
そして、その後僕は答えた。
「予言があったからではないのですか?」
単純に考えるなら、あの予言というか遺言というかのせいであろう。でも、イ先生はその回答に満足した様子はない。
「たしかに、それはそうだが。一つ大事な前提が抜けている」
そう言って、イ先生は水飲みの水を飲む。傍から見たら酒を煽ってるように見えるのは、佇まいのせいであろうか。
「今、国は未曾有の状態。軍部の混乱に乗じて、他国からいつ攻め込まれてもおかしくはない、そうとは思わんか?」
空気が凍る。たしかに、もし侵略するならば軍部が混乱している今、絶好の機会ではある。
「たしかに、私ならこの機会を狙うべきだろう」
ルオの言葉に僕も頷く。
「龍師国の軍部で一番強い部隊はどこだ?」
「それは、龍仙師ですね……あっ」
「気づいたか」
イ先生の質問でやっとこの質問の意図に気づく。
国が混乱してるからこそ、他国から攻め入られないよう軍を強化すべきだ。
なのに、今回、錦衣衛がやっていることは真逆なのだ。
「市民ならまだしも、龍仙師の戦力を削り、指揮を低下させている。普通の軍部なら愚行だ」
「なんで、こんなことを」
きっぱりと言い切るルオに、僕は思わず頭を抱える。何故、こんなことにと、イ先生を見る。
イ先生はくっと水を煽ると、水飲みをそっと机においた。
「龍仙師になれなかった奴らはどこに行くか、殆どが他の軍部に配属される。そして、その中でも家柄
「……錦衣衛です」
イ先生が言いたいことがわかってきた。
まず、龍髭国の錦衣衛というものは王の側近であるが、基本的には貴族の中でも家柄が良い者たちの中から選ばれる。
生まれながらにして教養があり、龍髭帝と過ごす礼儀を知っているからという名目上でだ。
そういう、人たちは矜持だけはあり、選民思想が強い。実際に貴族出の龍仙師の人達も最初はその選民思想に囚われていることが多いのだ。
龍仙師は実力主義のため、そういう人たちは粉々に鼻を折られることにはなるが。
さて、そんな人たちがだ、龍仙師になれず、錦衣衛になったとしたら。
憧れが叶わない時、その感情はどういう風に転じるのか。
しかも、他国からも、龍仙師は評価されている。龍仙師がいるから手を出されていないとも聞いたことがある。
そんな龍仙師たちの殆どが、自分よりも下の身分ばかりならば。
「私怨……」
それは憎しみに変わるのではないのだろうか。
「機会だったのだろう、この混乱に乗じればとな。まったく、龍髭帝はなにをしているんだか。なまじ権力だけはある錦衣衛の暴走に、今頃武官や文官たちも頭を抱えてるだろう」
イ先生は肩を竦める。混乱に乗じて、攻められるのは外からだけではない。内部からも刃は生まれるのだ。そんな馬鹿みたいな理由で、僕はぎりりと奥歯を噛み締めた。
「とにかく、状況がよくなるまでここに居ろ。勝手に外へ出て捕まるな」
イ先生はそう言うと、またその部屋から出て行った。
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