5話 占術師の死


 三人で骸骨を埋葬してから、数日が経った九月末日。

 突如として、全龍仙師に集合要請された。また、普段なら巡回警備担当が割り振られるため、全員揃うことはほぼない。けれど、今回はそれすらも許されず、文字通り全員呼び出されたのだ。


 全員を引き連れて、龍膝宮りゅうしきゅうと呼ばれる龍仙師用の宮から、向かうのは皇族や錦衣衛が住む龍頭宮りゅうずきゅうだ。

 基本、十月初日のみしか訪れない場所。定星月一年の吉凶を占う月である十月は、占術師の占いだけではなく、様々な部署に新人たちが配属されるのだ。所属初日に龍髭帝の有り難いお言葉を聞くのが慣例である。


 正直、この皇帝のために働いているわけではない僕にとって、母親と暮らすために唯一自分ができそうな方法がこれだけだったのだが。


 そんなことを考えながら、特殊な道を通り、龍頭宮に向かう。

 相変わらず、金色に輝く本殿、そして、忌々しい錦の服を着た男たちがすでに待っていた。


「龍仙師諸君、揃ったようだな」

 並び立つ龍仙師たちを見下すように見るのは、錦衣衛の指揮使長官だ。龍仙師の元帥よりも年上に見える男は、神経質そうな顔を歪ませた。


「これより話すことは他言無用、情報流出したものは反逆者と見做みなし、即刻刑に処す」


 あまりにも物騒な言葉に、僕は何があったのかと真っ直ぐ長官を見つめる。長官は僕を見ることはなかったが、歪みきった表情のまま僕たちに向かって口を開いた。

「この度、我が龍髭国の和平を占い続けた占術師が突如として亡くなった」


 僕は目を見開く。


 国の要人が、また一人死んだ。

 大体の国にはお抱えの占術師がいる。星や風水、様々なものから国の先を占う重要な役目の人たちだ。

 龍髭国にも占術師がいるが、国を背負えるほどの人間というのは、おいそれと代わりが用意できるものではない。


「しかし、占術師は最後の予言を残した。その予言については、我々錦衣衛が責任を持って、解読中である。解読が済み次第、追って伝える」

 占術師の予言、一体どういうものなのか気になるところではあるが、この様子だとまだ出てこないだろう。この三年間、錦衣衛の龍仙師に対する扱いをよく分かっているため、僕は心のなかで溜め息を吐く。


「しかし、占術師が居ない今、国はその言葉を頼ることができない。次代の占術師が現れるまで、龍仙師の皆には国境の警備を厳重化、この時期は来賓たちも増えるのでな。では、解散」

 大事なことは話さないが、要求だけはしてくるのか。けれど、たしかに国の上が乱れてる時に攻め込むのは戦術としては定石だろう。

 長官は以上だと言わんばかりに、去っていく。こんな事のために全員呼び出したのか。思ったよりもあっさりした内容に、思わず拍子抜けしてしまう。

 こんな所から一分一秒でも早く去ろう。

 他の龍仙師たちもそうなのか、皆慣れたように隊列を形成し、さっさと、龍膝宮へと戻っていった。


 龍膝宮に戻った後、僕はこの後非番のため出掛けるための準備をすべく、自分の部屋に向かう。

 そんな呑気な僕の横を、誰かが走って通り過ぎていった。


 足音なんて聞こえなかったのに、風を切っていくその人が羽織る大袖衫を見る。

 品のある薄紫の絹に、美しい花の形をした白銀の刺繍。


「え、シュウエンさん……?」

 いつもは、優雅に慌てることがなく、飄々とした彼が走るところはほぼ見たことがなかった。一体何があったのか。ただ呆気にとられながら、小さくなっていく背中を見ていた。しかし、この時には既に最悪の事態へと転がっていたのだ。


 僕は、久々に母の元へと行き、近況を話す。龍仙師になったお陰で、比較的母親には会いやすくなり、父親との面会回数も増やすことができた。


「リュウユウ、宮中で何かあったの?」

「ああー……なんだろうね」

 母親の問いかけに、僕はお茶を濁す。狂死の話か、占術師のことかとはあるが、どちらも機密事項ではあるため、答えるわけにはいかない。

 しかし、母親は困っている息子の様子には気付かず、言葉を続けた。


「そうそう、実はこの前、一昨日くらいかしら。龍髭姫りゅうしき様がかなり憔悴しょうすいしていてね」

「姫様が?」

 僕は思わず首を傾げる。母親がいる場所は離宮であり、後宮と呼ばれる場所と繋がっている。

 後宮には基本皇族の女性や、妃嬪ひひん、使える女官たちが住んでおり、言わば花の島の女性たちのお得意様だ。


 この後宮内において三番目に権力がある龍髭姫は、皇帝の娘の中で一番年上の姫様のことを指す言葉だ。そして、いつぞや剣試堂での試験で龍仙師を見定めていた人。姫は、うちの母親を贔屓にしているらしく、たまに二人の話を聞くことはあったのだ。


「ええ、誰か死んだらしくて、しかも……ねぇ」

 

 母親の言葉の濁し方で、僕は思わず顔を引き攣らせる。僕が龍仙師であるため、看守たちの見守りは薄いが、下手したら手打ちにされてもおかしくない。でも、噂になってる要人の狂死は、宮内に住む人なら皆知っていること。

 母親の耳にも入っててもおかしくはないが、死に方が死に方のため言葉を濁したのだろう。


「しかも、姫様が、『花の島の住人は長い時を生きたりするか?』って聞いてきて、『私達の寿命は花のように咲き誇って散りますよ』と答えたわ。なんだったのかしら」


 長い時を生きたりするか?

 不思議な質問に、僕は首を傾げる。長い時を生きるかどうかは、人によるとしか言えないだろう。

 なんだか本当に変な日だ。僕は母親と当たり障りない会話をしながら、その様々な疑問に胸をざわつかせて、この面会を終える羽目になった。



 僕が離宮から龍髭宮に戻ると、通り道を抜けた先にある四阿あずまやに誰かが待っていた。


「リュウユウ!!」

「えっ、ジンイーさん?」

 まだ通り道を抜けたばかりの僕の元へ、珍しくジンイーがやってくる。最初は練習のお誘いだろうかと思ったが、ジンイーの顔が尋常じゃない青褪め方をしている。何事かと、僕が声をかける前に、ジンイーは叫んだ。


「大変だ! シュウエンが錦衣衛に捕まった!」

「はい!?」

 あまりにも予想外な言葉に、僕は目を見開く。


「あと、あの黒鳶のダミアンってやつも、それに他の班の何人かも。とにかく、どうやら、俺達を集合させた時に、勝手に龍髭宮を漁って、手当り次第怪しいやつ、牢屋にぶちこみやがったみたいだ!」

 それは、どういうことだ。混乱したままの僕はジンイーに「とにかく宴会場へ」と腕を掴まれ、言われるがまま宴会場へと向かった。



 

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