3話 言葉


 南部屯所の尋問室。蔦に身体を縛られた人が椅子に括り付けられていた。汚れた布を体に巻き付け、腐臭を漂わせ、髪も伸び放題。酷く痩せた体と髪に埋もれた容姿からは、男女の区別もわからない。

 髪の合間からはきょろきょろと不安そうな瞳が見え、今の状況に怯えきっているのがわかる。


 僕とルオ、ジョウシェンは、上司たちが来るまで簡単な事情聴取勧めようとしていた。


「名前を教えなさい」

 ジョウシェンが、事情聴取用の一覧を広げながら尋ねる。簡単な質問だが、その人は何も答えず、何故か首を傾げた。


「名前を答えなさい」

 もう一度問うが、見えてる片目がきょろきょろと彷徨うだけ。


「馬鹿にしてるのですか?」

 ジョウシェンは遂に、苛立ちからか酷くきつい言葉を掛けたが、男はただ困惑したように目を泳がした。そして、隣で鞭を持った僕と視線がぶつかった。


「……貴方のお名前はなんですか?」

 僕はありったけの優しさを込めて、もう一度尋ねる。しかし、彼は更に混乱した。


「******!?」

「え?」

「***! **!」

 言葉のようで言葉じゃない。意味を成してない言葉を叫び続けてる。僕たちはその異様な状況にただ呆然と彼を見ていた。


「ふざけてるのですか?」

 ジョウシェンが困惑と怒りを滲ませた声で尋ねるが、答えはやはり意味を成してない叫びだった。


 いつかのウェィズというセイの仲間である占術師が僕の手の甲にある刺青を無くした時以来の、相手の言葉がわからない状態。これでは名前も聞けないと、頭を抱えるしかない。きーきーっと叫ぶ彼の口に、蔦を伸ばし、猿轡のように口を塞いだ。幾分かましになった騒音、僕たちはお互いの顔を突き合わす。


「ジョウシェン、これは一体……?」

「ふざけてるわけではないでしょう……」

 混乱する二人に僕は、いつかの時に思い出したことを口にする。


「『神文塔』に登録されてないのかも」

 二人の視線が僕に集まる。


『神文塔』。それはこの世界の言葉を全て収めている場所。この塔には言語の神様がいて、この神様の力で僕たちは言葉に困ることはない。一つの言語を覚えれば、世界の言葉がわかるのだから。


 だからこそ、神文塔に言葉が登録されてないというのは、この世界でも珍しい状況なのだ。

 ジョウシェンとルオは、そんな人を初めて見たのか、未だ暴れるその人を唖然として見る。

 これは僕たちでは、どうにもできないと思った時だった。


 ばんっ

 大きな音を立てて、扉が開いた。そこには、銀色の長髪を一つにまとめたグユウと、濃紺のさっぱりした髪に紫色の色眼鏡を掛けたシュウエン。


 そして、その後ろに一人。黒髪に黒色の色眼鏡を掛け、黒い軍服に黒の大袖衫を着た龍仙師元帥ことバンオンソウが立っていた。

 元帥は葉巻煙草はまきたばこを燻らせながら、そこに立っていた。その表情はいつもの不真面目な雰囲気はなく、酷く険しい顔つきだった。

 僕たちは吃驚つつも、慌てて拱手礼手を重ねて礼をする。


「全く、八班め。おい、ジョウシェン、リュウユウ、捕まえたのは、そいつか」

「「はい」」

 オンソウ元帥の問いかけは、声や語尾からかなり苛立っているのがわかる。本来ならば触れたくない状況だが、上司の問い掛けを無視することも出来ず、萎縮しながら返事をした。


「顔を上げろ。リュウユウ、口元の蔦を退けろ」

「は、はい」

 僕は言われた通り、口元から蔦を外す。すると、その汚れた人は先程とは違い、涙を流しながらまるで縋るように話し始めた。


「***! ****!」

 相変わらず、言葉の意味をなさない音。しかし、オンソウ元帥はそれをじっと聞いた後、人に近付き顔を撫でた。


「***、******」

 オンソウ元帥の口から出たのは、意味を成さない言葉。

「***! *******!」

 そして、汚れた人はその元帥の言葉に応答した。


 二人の口から発せられる音は似たようなもので、どうやら会話が成立しているらしい。僕たちには意味不明だが、その人は大分落ち着きを取り戻したのだろう、声が静かに凪いでいく。


 そして、暫くして、オンソウ元帥は僕たちの方へ顔を向ける。


「お前ら、持ってきたやつを元の場所で埋葬しろ。で、だ、グユウは弔いしてこい」

「元帥、でも、もしかしたら今回の事件・・・・・と……」

 オンソウ元帥の意外な指示に、ジョウシェンは思わず言い返す。しかし、それはオンソウの不機嫌そうな睨みで止められた。


「こいつと、事件・・は無関係なのは俺が保証しよう。リュウユウ、こいつの蔦を解け」

「はい」

 それは随分確証ある言葉、リュウユウは何故だろうかと思いつつも、蔦を外した。


 オンソウはその人の汚れを気にすることなく腕に抱き、とっとと尋問室から出ていった。


 僕はグユウの方に顔を向ける。


「二人共、埋葬しに行こうか。詳しくはそこで」


 優しく微笑むグユウに、僕たちは従うしかなかった。

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