闇夜の咆哮編

1話 空の上


 龍髭りゅうし国南部、国境。


 じめじめとした熱帯雨林の中、大量の骸骨が築く不気味な根城が見える。瘴気が溢れ、すでに美しかった木々が腐り朽ちていた。その様子を空からトゥファに乗って見下ろしていた僕は、一緒に来ていたもう一人の龍仙師に目配せする。


「全く、ここは普段八班の毎日巡回していたはず。それに、昨日は五班が巡回しているというのに、何という体たらくですか」

 鈍色にびいろの鉄くずを集めたような龍に乗ったもう一人の龍仙師ことジョウシェンは、眼鏡をくいっと上げた。険しい表情で一朝一夕では築けないような惨状に、言葉もきりきりと鋭い。

 彼の言葉は、ぐうの音も出ない正論だ。まさか、こんな見落としをしているとは、僕ですら文句を言いたいくらいだ。


 その文句の矛先である八班は、国の巡回業務から外れている。

 あと十日ほどで、十月の定星月という国の方針を占う時期が始まる。八班は、龍髭帝のお抱えである占術師せんじゅつしの護衛担当を任命されていた。その関係で、僕達に二班や昨日の五班などが巡回業務を代行しているのだが。


「南部でも端の端だから、見てなかったんだろうね。でもまあ、やっと見つけたから良いじゃない」


 それは僕達がまだ見習いの頃、およそ三年前に酷い目に合わせてくれた因縁の相手だ。

 紫色の色付き眼鏡を掛けた僕の先輩であるシュウエン曰く、亡国・黒鳶国くろとびこく残党ざんとう

 あの当時、実はこの国よりも遥か西にある蹄鉄ていてつ連合国内での侵略戦争があった。そして、侵略された黒鳶国の生き残った王族がどうにか逃亡していた最中だったようだ。


 正直、龍髭国と蹄鉄連合国は仲は良くない。辛うじて、が連合国内の女王の一人と友人であるおかげで、首の皮一枚繋がっているのが現状だ。


 さて、それよりも。


「ジョウシェン、お願い」

「ええ、それでは。ティエクァン、掘削くっさく

「ガガッガッ!」


 国際手配されている黒鳶の残党を捕えるため、ティエクァンと呼ばれた鈍色の龍が鳴き声を上げ、鉄のぶつかるような音と共に姿を変えた。そして、まるで熊の手のように形を変えて、その骸骨の山を掘り起こした。


 勿論、相手も一筋縄ではいくような人ではない。瞬時に骸骨を動かし始めた。武器を持った兵士となった骸骨は、ジョウシェンの方に向へと熊の手を登り向かってくる。

「リュウユウ。なにを相変わらずほうけているのです。あなたの出番ですよ」

「了解、トゥファ! 蔦籠つたかご!」

「キュイっ!」


 トゥファは自分の体に纏わりつくつたを大量に伸ばし、一瞬にして大きな籠を作る。そして、僕は自分の武器である鞭で、骸骨たちを粉砕しては籠に処分していく。勿論、ティエクァンが掘削したものも蔦かごにざっと入れ、逃げられる前に蓋をした。


「これ、誰かどうにかしてくれると思う?」

「まあ、どうにかするとは思いますけども。とりあえず、屯所とんしょでグユウ班長に連絡しなければ」


 ジョウシェンは僕の問いかけに、少々困ったように首を傾げた。何分、蔦籠に入れてるとはいえ、骸骨たちによる淀んだ空気や匂いが漏れ出ている。


 それに、未だに骸骨たちががちゃがちゃと音を立てて、籠の中で暴れているせいで騒音も酷いもの。しかし、この中にいるだろう術師も骸骨たちも、無責任にそこらに放る事も、単純に処分することもできない。


「たしか、蹄鉄で手配してるのでしたっけ?」

「そうですね、指名手配だったかと。名前はたしか……ダミアンだったかと」

 国がなくなったため、うじを奪われた術師がこの中にいる。寧ろ、よく三年間捕まらなかったと、不思議な気持ちである。

 それに、三年前地獄を見せてくれた相手が簡単に無力化できるというのは、僕達の三年の成長か、それとも相手の弱体化か。


「とりあえず帰ろう、相談してからだよね」

「ええ、これが原因ならいいのですが……」


 深く考えこめるほど、今僕達に暇はない。

 何故なら、現在、僕達が住む龍髭国は未曾有みぞうの危機にひんしているのだ。




 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る