46話 生きて会おう

 

 熱砂楼第一市場の路地。随分と奥まった場所に一軒の一際目立つお店があった。お店の軒先には、可愛らしい色合いの象や動物が描かれた布が暖簾のように飾られている。

 

「ここだ、ここだ、入るぞ」

 

 そのお店の中に僕はシュウエン、ルオ、ジョウシェンと共に、店の中に入っていく。ちなみにハオジュンは誘ったが、用があると第二市場の方へと行ってしまったため今はいない。ジンイーはそもそも来るわけがなかった。

 

 さて、店に入るとそこは壁一面に、美味しそうなお菓子が透明な硝子の壺に入れられ、ずらりと並んでいる。そして、赤い熱砂楼の民族衣装を着た店員が、その壺の一つを布で磨いていた。

 店員が入店した僕たちに気づいたのか、入口の方へと振り返る。

 

「いらっしゃいまっ……って、リュウユウ!」

 

 その店員は、軍服ではなく民族衣装を着たグユウが居た。いつもは洗礼された服装なグユウとはまた違い、銀色の髪の毛が赤く派手な刺繍の布によく映えている。

 

「すみません、やっと到着できました」

「無事で良かった。すぐにでも迎えに行くべきだったが、ちょっとここを離れられなくて。シュウエンが連れてきたのか?」

 

 グユウは本当にほっとしたように顔を緩める。そして、嬉しそうにシュウエンを見ると、シュウエンはにやっと笑った。

 

「ああ、それに、おい、ズゥミン! 遊びに来たぞ!」

 

 ズゥミン。初めて聞く名前に驚いていると、店の奥から黄色い派手な布の服を着た小さな男の子が、こちらへと走ってきた。

 

「ウェン兄ちゃん!」

 

 そう言って、その子供はシュウエンにぴょんと飛び付いた。まだまだ、五歳前後の男の子はぎゅうっとシュウエンを抱きしめる。

 

「おうおう、元気だな。ほら、ズゥミン、こっちのお兄ちゃんたちにも挨拶しな」

 

 シュウエンの優しい声掛けに、ズゥミンはやっと僕たちが居ることに気づいたのか、こちらを見て、花が咲いたようににぱっと笑う。

 

「わあ、兄ちゃんのともだち? ぼくは、ズゥミンです! 六さいです! お菓子屋さんのてんちょーです!」

「すまない、これは俺の弟だ。実は、うちの父が腰をやってしまって、今の間兄弟で店を見ているんだ」

 

 元気に挨拶をするズゥミン、グユウは抱きかかえられているズゥミンに近づくと頭を撫でながら、弟の紹介に付け足す。

 よく見るとたしかに、ズゥミンも顔が整っており、美しい銀髪が布の隙間から出ていた。

 

「どうせ来たんだ、うちの店のお菓子食べていってくれ」

「そ、それなら、山査子飴さんざしあめはあるかますか?」

「ありますかですよ、ルオ様」

 

 グユウからの申し出に、またもや昂ったせいで敬語が狂うルオ。その隣で呆れたように頭を抱えるジョウシェンに、グユウは「ああ、あるよ」と陳列してある壷からお菓子を掬い、小皿に出した。

 

「干した山査子を水飴で絡めたものだ。あと、山査子もちと言って、山査子をすり潰して寒天と砂糖で固めたやつもあるぞ」

 

「おおおおお! 失礼、いただきます……ふむっ、この甘酸っぱい感じ、おいしい!」

「ルオ様……」

 

 グユウに出された山査子飴を食べるルオは、よほど美味しかったのか喜びの舞を踊りそうなくらいだ。そして、隣りにいたジョウシェンは困ったようにルオを見ている。そんな中、僕は陳列してある商品名を見ていく。

 やはり見慣れない熱砂楼の文字、でも大抵の意味はわかる・・・・・・

 その中で、僕は一つの商品名に目を輝かす。

 

「あ、すみれの砂糖漬け」

 

 花の島に住んでいた時、親戚のおじさんが菫の花を咲かせられたので、おやつとしてよく食べていた。

 

 あれ以来、一回も食べられていない懐かしいおやつ。

 

「お、リュウユウはこれ食べるかい。結構好き嫌い分かれるんだよ」

「そうなんですか?」

 

 グユウが菫の砂糖漬けを少し掬い、皿へと乗せてくれる。花の島では皆よく食べていたので、意外な話を聞いた。

 

「はい! ぼくはにがてです!」

 

 その話を聞いていただろうズゥミン。ぴんっと手を上げて、堂々とそう言うのでどうやら本当なのだろう。

 

「そうなんだね。でもまあ、いつかは悪くないと思う時が来るよ」

 

 僕はズゥミンにそう言うと、菫の砂糖漬けを一口食べる。口の中に広がる菫の香り。しかし、思い出補正なのか、やはりおじさんの菫の方が良い香りがした。

 

 ちらりと外を見る。すると、店前の布に人影が立っているのが見えた。その人影の大きさに、僕はふと誰かを重ねる。人影は首を傾げた。その姿も、誰かを彷彿させる。

 

「ちょっと外に出てきます!」

「え?」

 

 僕は手に皿を持ったまま、お店の外に出る。グユウの戸惑う声が聞こえたが、僕は反射的に飛び出た。そこには、案の定彼が立っていた。

 

「セイ、なんでここに!?」

「居ちゃ悪いか?」

「わ、悪くないけど!」

 

 本当ならいるはずのないセイが、美しい白い布で身体を覆って立っていた。目だけしか見えないが、この眼光の鋭さを見間違えるわけがない。鋭い彼の眼光は僕の顔を見た後、僕の手元へと移る。

 

「……菫の砂糖漬けか。なんで、そんな緋天の女どもが好きそうなものを」

「緋天国……? よくわからないけど、たまたま売っているの見て、食べたかったんだよ」

 

 緋天国というのは、この熱砂楼を過ぎたところにある蹄鉄連合国の一つであり、唯一の女王国家の国。緋天国では流行っているのだろうか。それは知らなかった。

 しかし、セイの顰めた目元を見るに、どうやら彼自体は苦手なのだろう。

 

「一つ食べる?」

「いらん。そんなことよりも、だ。今日は別れの挨拶に来た」

「え?」

 

 いきなりのことで、僕はセイの顔を見る。別れの挨拶。たしかに、長い間龍髭国の離宮にずっと居たとは思う。そんなにも会う機会はなかったが、「別れ」と言われるとそれはそれで寂しい。

 

「次の興行が決まったから。挨拶くらいはしていくかと、ここにも用もあったしな」

「そっか……寂しくなるね」

「そうか?」

「また会えるかな」

「生きてればな」

 

 相変わらずのセイ。でも、わざわざ僕に会いに来るあたりが、やはり素直ではないなと思ってしまう。なんだかんだ、優しい男だと思う。

 多分、いや、確実にセイが居なかったら、僕はトゥファを生み出すことができなかった。そして、今頃砂漠で朽ち果てていただろう。

 

「ねえ、生きて次会えたら、その時は、ゆっくりと僕の話を聞いてよ。熱砂楼に来るまで大変だったんだ」

「……当たり前だ。お前がどんな馬鹿をしたのか聞けるのは楽しみだ」

 

 セイはそれだけを言って、俺の頭を撫でる。子供扱いされているのだろうが、当分は会えないと思うと、僕はその手も甘んじて受け入れてあげた。そんな時だった。

 

「おーい、リュウユウ! そろそろ帰るぞー!」

「あ、はい!」

 

 ふと、お店の方からシュウエンの声が聞こえた。僕は反射的に振り返って、返事をする。そして、僕はもう一度セイがいた方へと顔を向ける。

 

 もう誰もいなかった。

 

 

 そんな、僕たちが再会するのは、三年後。

 龍髭国内で起きた、

 世界を揺るがす大事件の最中だった。

 


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