45話 夕食会へ

 

 暫くして中庭から、また緑洲オアシス内の別の場所へと案内される。その途中で、姫が住む後宮ハーレムの入り口があり、ジュマーナと別れることになった。また、後宮なので基本男性は入れないようで、隣で「麗しの姫ぇえ、貴方の騎士を置いていくのですかぁあ」と取り残されたジュリャンにはちょっと引いてしまった。

 

 その後の大層落ち込んでるジュリャンの案内のもと、案内された客間のような部屋。

 こんこんと扉を叩き、返事があったので開ける。中には、ルオとジョウシェンが待っていた。

 

「リュウユウ、よくぞ無事で!」

「本当に! 心配したんですよ!」

「ごめん、ごめん……」

 

 ルオは僕のそばに寄ろうと歩き出す前に、足を強く踏み鳴らしたジョウシェンがすごい速さで僕に近づいてくる。見てわかるくらいにかなりカンカンに怒っている。その目がかなり赤く腫れており、まるで泣き腫らした後のようだった。

 

「もう、私が、あの時っ、砂嵐でっ……!」

「いや、今回は僕の不注意だよね、心配かけてごめんなさい」

 

 砂嵐の時、確かにジョウシェンは身体が軽いせいで天高く巻き上がってしまった。でも、それは僕たち皆そうだし、僕が不注意だったか、運が悪かった。それだけだ。

 

「でも……」

「まあまあ、終わり良ければ全て良しって、花の島では言いますし。二人が無事で良かった」

 

 僕は心の底から安心した声で言うと、ジョウシェンは僕の身体を抱きしめておんおんと泣き始める。

 

「ジョウシェンも、まだまだ可愛いなあ」

 

 ルオはにこにこと笑いながら、ジョウシェンの頭を撫でていた。

 

 

 暫くして、ジョウシェンが落ち着いた頃、僕達は「おや、そろそろ時間だね」とジュリャンに声を掛けられた。外を見ればすでに陽は傾き、夜の始まろうとしていた。

 

「今日は雨が降ったからな、夕食会がやっと開催されるだろうな。会場へ案内しよう」

 

 ジュリャンは片目をぱちんっとめばたくと、その会場らしき場所へと三人を連れて行く。

 

 その通り道。外へと出ている長い長い吹き抜けの廊下で、前からシュウエンが黒い猫を抱えて、歩いてきたのだ。

 

「シュウエンさん!」

「あ、リュウユウ、無事で良かった。ごめんな、すぐ行けなくて」

「いえ、なんとか戻ってきましたから」

 

 シュウエンは申し訳無さそうに謝る。この三日間、たしかに幸運にも生き残れたような状況ではあったけれど。しかし、あの黒鳶国の骸骨たちのこともあり、簡単には動けなかったと僕の頭でも想像ができる。

 

「それにしても、この猫は?」

「なんか、そこにいてな、へへっ、可愛いだろ」

 

 シュウエンはかなり大きめの黒猫の毛並みを撫でる。その黒猫はなんとも無愛想な顔をしており、僕を一瞥するだけで目を逸らした。野良にしては艷やかな毛並みに、どこから逃げた猫なのだろうか。黒猫の妙に鮮やかな黄緑の瞳は、僕の深緑の目とはまた違った色合いだ。

 

「ちょっと、リュウユウくん、無駄話は歩きながらで頼むよ。シュウエンさんも、一緒にお願い致しますよ」

「すみません!」

 

 道案内役のジュリャンの言葉に、僕は思わずしまったと慌てて頭を下げる。思わず、シュウエンと猫の組み合わせを初めて見たので、気になってしまったのだ。

 

「おやおや、あの、ジュリャンに怒られるとはな」

 

 シュウエンは相変わらずの調子で戯けながら、肩を竦める。そして、その猫を床に置いた。

 

「猫ちゃん、ありがとうな」

「ナァ」

 

 シュウエンの声掛けに猫は一回鳴くと、僕たちを視界に入れることなく、廊下を駆けていった。

 

 

 

 夕食会会場に着き、俺達は色とりどりの織物が敷かれ座布団が積まれた端の席へと座る。

 

 席の真ん中には大理石の薄い板が置かれており、その上に料理たちが並べられていた。

 

(すごい、本当に床で食べるんだ!)

 

 熱砂楼では、移動して暮らす商人が多い。そのせいか、机や椅子などの嵩張るものは使わず、床に布を敷いてその上に座布団と板を乗せて食事を摂ると聞いていた。

 

 しかも、一人一人金の豪華な装飾がされたさかずきを配られ、中には酒ではなく紅茶が注がれているが。

 

 こういう場でお酒ではないのは驚きではあったが、それも文化の違いなのだろう。

 

 僕は初めての体験にわくわくしつつ、机の上を眺めていると、隣りに座っていたジョウシェンがシュウエンに声を掛けた。

 

「あれ、思えば、グユウさんとハオジュンさんは?」

「ジンイーは聞かないのかよ……」

「聞いたところで、ジンイーさんの理由は変わりませんから」

 

 きっぱりと言い放つジョウシェンに、シュウエンは苦笑いをする。僕たちはジンイーの修行狂いぶりはよく知っており、このような夕食会に出るくらいなら、いくらでも理由をつけてどこかで修行してそうだ。たとえ他国でも。

 

 しかし、ハオジュンとグユウは寧ろこういう場には喜んでやってきそうななのに、今はどこにも見当たらない。

 

「まあ、ハオジュンは迷子だろな……。で、グユウは今日実家に戻ってるから来ないぞ」

 

 シュウエンは少し顔を引き攣らせたまま、ジュリャンに目配せをする。会場内で準備を手伝っていたジュリャンは、こちらに気づくとシュウエンの視線を追う。そして、ハオジュンが居ないことに気づいようで、苦虫を噛み潰したよう顔している。不機嫌そうに会場から出ていったので、迎えにでも行ったのだろうと思う。

 

 しかし、それよりもグユウのこと。僕だけじゃなくて、ジョウシェンも同じだったらしい。

 

「実家……? え、グユウさんの実家がここに?」

 

「ああ、第一市場で菓子屋をやっててな。美味いぞぉ、そこの鼈甲飴べっこうあめ

 

 てっきり龍髭国の人だと思っていた為、熱砂楼に実家があるのは意外であった。


「鼈甲飴!もしかして、山査子飴さんざしあめもあるのか!」


先程まで静かにこちらを伺っていたルオがぬっと身を乗り出す。山査子を水飴で固めたお菓子だが、龍髭国ではよくお祭りで見かけるもの。

 

「珍しい果物とかの雨もあるな、明日とかにでも案内してやるよ」


「本当か!ありがたいございます!」


 興奮からか敬語が崩れているのにも気づかず、踊りだしかねない位に喜ぶルオ。余程嬉しいらしい。

 シュウエンの提案に勿論僕とジョウシェンは「ありがとうございます」と答える。美味しい甘味は、どうしても気になってしまう。

 

 さて、夕食会が始まる直前、のそのそと奥から一人の恰幅のいい男が、女性たちを率いて出てくる。その後ろには布を被ったジュマーナもいるため、僕はもしやとその男を見る。

 

 男は席に着いている人たちの顔を見ると、大きな声を上げた。

 

「皆のもの、よく集まってくれた! 私は首長のダービー・ザーフィルだ。今日は扇鶴国との友好のとうとさを改めて感じた日であった! 我々一同大変感謝をする!」

 

 

 男はマサナリ皇子(大きい方)が、皇子妃に頭を下げる。マサナリ皇子と皇子妃は、やはりというべきか、しずしずと優雅に頭を下げた。

 

「それでは、皆、今日という日を祝って、時は金なり!」

「「「時は金なり!」」」

「と、時は金なり」

 

 特殊な乾杯の音頭。僕は予想しなかった掛け声に、一拍遅れになってしまう。他二人はもう慣れたかのように、参加していたのでどこかで夕食会に参加していたのだろう。

 

 ちなみに、ジュリャンとハオジュンは、まだ姿を見せていない。

 

 

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