41話 砂時計の街

 

 ゴロゴロ ゴロゴロ……

 

 不穏な雲の唸り声が、どんどんと近づいてくる。リュウユウとトゥファはただ一直線に飛んでいく。砂漠の中に大きく街を構える熱砂楼連邦は、通り過ぎることはないはずだ。

 

「熱砂楼は、大きな砂時計の平たい形をしていると、友人に聞いたことがあります! 見えてくればすぐにわかるそうです!」

 

 後ろからリイチが大声で教えてくれる内容を頭に叩き込む。龍髭国では地図や有名な建物の説明はあれど、詳細な他国の話を知る機会はない。

 

「前は僕が見てますから、リイチさんは横を見ててください!」

 

 リイチに指示を出しつつ、とにかく砂時計のようなものが前方に見えてこないかと目を凝らす。砂埃や風が目を痛めつけるが、今は瞬きの一瞬ですら見逃してはいけない状況だ。

 

 とにかく全速力で真っ直ぐに進みつつも、リュウユウとリイチはそれぞれ砂時計を探しつづける。その間も濃灰の雲は膨らみ、大きな唸りを上げながら、僕たちに追いつこうと速度を増していく。

 

「すまぬ、リュウユウ殿、私ではもう抑えられない! 雨神様が早く降らせろと! 雲に追いつかれたら、雨が降ってしまう!」

「拙者は体力回復し続けるので、どうか!」

 

 僕の胸元で隠れているマサナリ皇子から、あまり嬉しくないお知らせ聞かされた。ユウシが体力回復してもらっているとはいえ、お互いいつ力尽きるかわからない。

 しかし、空腹には効かないのに、疲労には効くという線引は僕にはよくわからない。

 

(間に合うだろうか)

 

 ゴロゴロ ゴロゴロ ドォォンッ!

 

 雷が遂に落ちた。それはまるで早く降らせろと、催促するようだ。そして、その雷を皮切りに次々と雷を落としていく。

 

 酷く心臓に悪い音のせいで、とにかく集中するのが難しい。

 しかも、その音の大きさだけで、自分たちに近づく速度が上がってきているのがわかる。

 

 更に、トゥファはどうにか速度を上げていく。トゥファの体に自分とリイチの体ごと鞭を巻き付けて、それに必死で捕まる。長さが足りたのも、巻きつけられるのも驚きであるが、トゥファも容赦なく空を飛んでいく

 

(どこに熱砂楼は……)

 

 焦る気持ちに、嫌な汗がどんどんと流れていく。そんなときだった。

 

「なんだ、あれ……青い砂時計……? 砂時計! リュウユウ! 左に曲がれ! あった!」

 

 リイチが大きく声を上げる。敬語が外れてしまうくらいに喜びの声を上げた。僕は本当かどうか確認する時間も惜しく、すぐにトゥファの進行方向を左に曲げる。すると、視線の斜め方向の場所に、青い硝子で出来た平べったい砂時計があった。

 砂時計というよりもまるで深皿2枚後ろ同士でくっつけたような形をしている。

 

 ただ、ここからは時間との勝負だ。僕とトゥファは全ての力を振り絞って、その砂時計に向かっていく。なにせ、雲たちは真っ直ぐな進行の中、僕たちは斜め前へと進む必要がある。変なところで、雨雲とぶつかれば終わりだ。

 

 肌で感じる雨雲の冷たさが、強くなってくる。ゴロゴロと、黄色い稲妻を迸らせ、今か今かと近付ていくる。

 

「トゥファ!!! いけええええ!!!!」

 

 僕にできることは腹から叫んで、トゥファを鼓舞することだ。僕の鼓舞は、トゥファに伝わったのだろうか。

 

「ギュッ!!」

 

 喉が潰れたかのような絞り出した鳴き声とともに、速度がまた一段回上がった。いけるかもしれない。

 

「リュウユウ殿、上の器に飛び込め! そこに水を貯めるのだから!」

 

 胸の中にいるマサナリ皇子の指示に、僕は低空飛行をしていたトゥファを少し上昇気味に飛ばす。また時間があり、まさに目の前にまで雲は来ていた。僕の腕に黒い靄が触れた。

 

 しかし、龍の速さは、この雲以上だった。

 

 黒い靄が触れると同時に、リュウユウは一目散に砂時計の上側へと飛び込む。青い硝子ガラスの器の上部は、まるで天の恵みをすべて受け止めようとする盃のようだ。

 

「《あまのかみさま あまのかみさま このくにをうるほす みづをたまへ》」 

 

 マサナリ皇子は僕の胸から飛び出して、生き生きと雨神さまに雨を乞う。その前に振り始めてきていたが、言い終わる頃には雲は飛びこんだ僕たちの上を覆っていた。

 

 そして、我慢の限界と言わんばかりに、大粒の雨がリュウユウたちに降り注ぐ。

 

「ま、間に合ったぁあああ」

 硝子の縁に捕まるトゥファと、その身体にしがみつく僕とリイチ。

 

 まさに、砂漠を潤すほどの酷く強く叩きつけるような雨だった。

 

 強い雨を一頻り浴びた後、僕たちは一度上の器から出て、地上に降りた。眼の前には熱砂楼。青く透けた硝子の中にある砂岩で出来た街がある。

 

 思えば、ここはどう入るのか、僕には見当がつかなかった。

 

「リイチさん、入るにはどうするか知ってますか?」

「どうするですか。うーん、龍仙師の特権で入れないですかね?」

「行けますかね……」

 

 ちらりとトゥファを見ると、流石に疲れ果てたのだろうぐったりと砂の上に横たわっている。僕はトゥファの体を撫でながらどうすべきかと、思案するしかない。

 

 雨は止む気配もない上に、僕たちの体温をどんどん奪っていく。

 

 どうするべきか。悩みながら、リイチに目をやるとリイチと、その隣にいたユウシがものすごい形相で僕の方を見ていた。

 

「どうしました?」

 

 僕が不思議そうに声をかける。

 

「リュ、リュウユウさん、う、後ろの、あ、あれ何でしょうか?」

 

 リイチの言葉に僕は、後ろを振り返ると、そこには真っ赤なオオトカゲと、それに乗る一人の男が青硝子の外側に張り付いていた。

 

「ふぅん、僕の麗しの姫様に言われて来れば、なんだ後輩ちゃんじゃないか」

 

 随分ねっとりとした話し方をする男の人は、赤い布を頭に巻き、まるで孔雀を思わせるような派手な装いをしている。しかし、その顔は彫りが深く、今まで出会った人達とはまた違った方向の目が痛くなるような派手な美しさがあった。

 

 そして、またもや、僕を見て後輩という人に出会った。リイチの箱からはギーッと微かに爪で引っ掻く音がする。

 

 その時、ふと思い出した。思えば、四班の班長がグユウに「誰かによろしく」と言っていたような気がする。

 

「宝石よりも美しく、太陽よりも輝く僕はジュリャン。君は、さながら迷子の子猫ちゃんになってるというリュウユウくんかな! とぅっ!」

 

 男はそう言って、大蜥蜴から砂漠へと飛び降りた。

 

 どすっ、ばたん。

 

 そして、着地に失敗して、盛大に砂漠へと顔面から倒れる。

 本当に龍仙師の先輩なのだろうか。僕はどうすればいいか悩みつつも、先輩に手を差し伸べつつユウシに視線を向けた。

 

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