39話 龍を孕む
「集中しろ、新人! お前の
センセンの厳しい言葉が、僕に飛ばされる。既にどれくらいの時間が経ったのだろうか。目を閉じているため、外の様子は何も見えないし、音も彼女の声しか聞こえてこない。
とにかく、言われるがままに、自分の体にある金丹から武器を捻り出すために、仙力を金丹に限界まで集めている。
「いいか、何度も言う! 金丹は胎、仙器は龍の子種だ!」
女傑から放たれる言葉は、まだ若い僕には少し恥ずかしいものばかりだが、今はそうも言ってられない。何せ僕の足元には禍々しい気を感じさせる
「ったく、
苛立ちを隠さずに怒鳴られ続ける僕は、必死に金丹の中を探る。既に辺りは暗く、体力の限界はとうに来ている。
ただ、確実に集めた仙力の大きさに合わすように、ぐるりぐるりと、金丹が肥大化していく。
「いいか、決して暴走させるな、でもその限界までだ、まだ限界までやってないだろ! 気合入れろ!」
限界まで、と何度も何度も発破をかけられ、僕はその度に限界だと思われるところまで、力を集めていく。しかし、それじゃ足りないと、繰り返し、繰り返し言われる。
ぎりぎりと金丹が痛み始めた。その膨れる痛みは、まるで内臓を引き千切られるよう。身体からは遂に痛みによる脂汗が流れていく。
保てる意識も限界まで来ていた。本当にこれが正しいのか、わからない。ただその意識が、痛みによって確実に自分の中へ、中へと入り込んでいく。
「ゔっ……ぐっ……」
食いしばる歯の隙間から、呻き声が出ていく。全力で耐えなければ、その痛みで気絶してしまうそんな痛みだ。
痛い。
熱い。
辛い。
体が、引き裂かれそう。
今までに感じたことない痛みは、遂には極限に達していた。もうこれが、耐えれる限界かも、しれない。
意識がぐらりと堕ちそうになるのを、必死に堪えるが既にもうだめだと思ってしまった。
(暴走するかも……)
その時だった。
暗い瞼の裏、途端に金色の光が満ち溢れる。
今まで感じていた痛みがなくなった。いや、そもそも感覚が切り離されたような、そんな感じだ。ただ、光の中を漂うように僕の意識は、ふわふわと浮いている。
その、溢れる光の中、遠くにいつか見たあの藤の
僕はそのくるくる回っている方へと、意識を進める。それは次第に形を成して、僕の胸を鼓動を早めていく。
美しい藤の下で、くるくる回っている美しい新緑の色の何か。それは、僕にはすぐに何かわかった。
やっと、会えたね。
僕が意識の中、思わず声を掛ける。声を掛けなければ行けない気がした。
僕に声を掛けられた|その子《》の目が開かれた。
……キュッ?
大きく丸い藤の花に似た青紫の瞳は、不思議そうに僕を見る。
白い髭に
可愛らしい顔つきではあるが、まさに想像した通りの龍が光の中で目を醒ましたのだ。
キュイッ!
可愛らしい鳴き声は、何か僕に急かすよう。鳴き声だけじゃ、何を言ってるかわからない。でも、僕にはその鳴き声の意味がわかった。
生まれた子に、初めてあげる贈り物は決まっている。多分だが、君はずっとこの道で待っていたのだろ。それならば、名前は僕たちの出会いを込めよう。
「
キュイッキュイッ!
トゥファは楽しそうに鳴いた。僕はそのトゥファの身体を撫でようと、手を伸ばした。
「はっ……!」
意識が途端に現実へと戻される。勢いよく目を開ければ、目の前にはセンセンが立っていた。
「お帰り、
その言葉に、ふと自分の手に違和感を覚える。右手を見ると、そこには木の鞭が握られている。ただ、その鞭は以前とは違う、いや別物に近い。自分の仙力に満たされ、目に見える金色の力が見えている。
「あとは、わかるだろ」
センセンの言葉に、僕は頷いた。僕は鞭の持ち手を握り、長い胴体の部分を垂らした。そして、宙を切るようにその胴体を振るった。
「トゥファ!!!」
鞭の先が美しく大きな半円を描き、そこから美しい切れ目が現れた。その切れ目は忽ち緑の龍となって、姿を現す。
それは、藤の道で見たトゥファである。大きくて長い龍が、宙で体勢を整えた後、砂漠の上に降り立つ。すると、その足元は途端に草が生え、花が咲いた。
「キュイッ! キュイッ!」
元気に可愛らしく鳴くトゥファは、褒めて褒めてと言わんばかりに、僕に近寄ってくる。僕は嬉しくて、よしよしと撫でようと手を伸ばした。
かぷりっ。
トゥファは僕の上半身を口に咥えた。僕は、よだれ滴る暗闇の中で、思わず固まる。
「はははははっ! こいつ食われてるぞ! 見ろ、リイチ! 小人ども!」
「ちょっ! センセンこれは、助けないと!」
「リュウユウ殿ーー!!!!!」
外でこれを見ているだろうセンセン、リイチ、ユウシ。それぞれの反応が聞こえてきて、僕は更に顔を引き攣らせた。
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