38話 光が繋いだもの


 僕は困ったようにマサナリ皇子とユウシを見ると、二人共一層青褪めた顔で僕に縋るような眼差しを向けてきた。僕が寝ている時も何かあったのだろう。彼らの後ろにある沈み始めた夕日が、その心情を物語っているようだ。

 

「あの、僕たちが役に立つとは限らないですよ……?」

「いえ! 我が光の導きです! 貴方を窮地から救い出したのですから、必ずや私達に安定を齎してくれるはずです」

「……でも、僕たち今大きな困り事があって、リイチさんの役に立てるのか……」

 

 思った以上にぐいぐいと来るリイチに、僕はたじたじになりながら、面倒ごとから逃げようと足掻く。

 僕はあからさまな地雷に触れるような慈善に手を出すほど、お人好しでもない。

 

「その、リュウユウさんの、困り事はどんな内容ですか?」

「えーっ……熱砂楼に行きたいのですが、明日までに。ただ、行くための足も地図もなくてですね。唯一の」

「え、オレた……えほんっ、私と一緒ですね! 足がなくて困ったのです。なので、ご一緒してもいいですよね?」

「で、でも……」

 

 一瞬だけ気になる言葉が聞こえたが、それを押し流すようにリイチは止まることがない。僕とリイチの不毛な押し問答は続く。

 しかし、それでも日は暮れていき、時間はもうない。あと少しで日は沈み、月夜の光だけになるだろう。

 そんな時だった。

 

 ゴンゴンゴンゴンゴンゴンッ!!!

 

 何か木材を強く叩く音が、辺り一帯に響き渡る。尋常じゃない音に僕は敵襲かと警戒しながら周辺を見るが、以前のような骸骨や竜巻も見えない。その代わり、音がする方にあったのは、リイチが背負っていただろう巨大な木箱があった。

 あの箱の中かと思い、リイチを見やれば、彼女の顔は先程の優しいものとは違い、酷く慌てていた。

 

「ちょっ! 大人しく……!」

 

 ゴンッギギギッ!

 

「え、え? まじ? ちょっ、まって……!」

 

 ガンンンンッッッ!!!!!

 

 リイチと叩き引っ掻く音の会話も虚しく、木箱の上が突如開いた。木箱の上を開けただろう箱の中から伸びる腕は、屈強な筋肉で出来ており、幾重にも巻かれた包帯と赤黒く染まっている。

 それは月光に照らされて、よりおどろおどろしい物にしかみえなかった。

 

「まっ、まって!!」

 

 リイチの静止の声、しかし、箱の中に居ただろう人は止まることもなく、しゅんっと箱の中から飛び上がりその姿を現した。

 

「え?」

 

 髪の毛も眉もないが、まさに女傑と言うに相応しい人だった。

 

 まさに襤褸切れのような黒い軍服。それにむりやり黒い頭巾がつけられており、胸部分や喉には腕と同じように血で変色した包帯が巻かれている。特に胸部はギチギチに飛び出している肉を抑えている。

 

 割れた腹筋も美しく掘り深い顔も、壮絶な何かを思い立たせるような傷が幾つもある。白目部分が黒く、赤く光る目。いつか見たことのあったその瞳に、僕の呼吸を止めた。

 

 女傑はにやりと好戦的な笑みを浮かべながら、僕の側へと足を進める。近づけば近づくほど、自分よりも身長が遥かに高い女傑の威圧感は増していく。

 

「ほう、見たことない大袖衫に、真新しい黒い軍服。ふぅん、お前が新しい同胞だったか。どこの班だ?」

「ちょっ、どういうことだよ? 同胞って……」

「リイチ、そいつは俺と同じ龍仙師だ。まあ、見た感じ、まだ見習いに毛が生えたくらいだろうがな。で班は?」

 

 酷く掠れたその声は、明らかに喉に何らかの異常があることを分からせてくる。

 それにしても、同胞と自分のことを呼んだが、どういう事だろうか。リイチの問いかけに粗雑に答えたその人は、僕が龍仙師であることも、まだ仙師として一人前ではないことも見破っていた。

 それにしても、班を聞いてくるなんて。

 僕は急な展開に動揺しつつも、答えた。

 

「に、二班です」

「ほう、二班か。シュウエンと、ハオジュン、二人は元気か?」

 

 女傑は食い気味でまさかの質問を投げかけてくる。その名前は、どちらもよく知っている人だった。

 

「元気です……」

「そうか。今は誰が、二班の班長だ? シュウエンか? いや、あいつがなるわけないか……」

「グユウ班長です……」

「はぁ? あの、臆病者が?」

 

 明らかに顔を顰める女傑であったが、少し考えた後、その苦い顔のままもう一度口を開く。

 

「いや、順当か。ジンイーも、やるはずないしな。というか、新人を一人なんでこんなところに放って、あいつらは何をしてるんだ……」

 

 次々に出てくる知っている名前に、段々とこの人への謎が深まってくる。服装で龍仙師と見破るならばまだしも、すらすらと隊員の名前をわかる人なんて殆ど限られているはずだ。

 

「あ、あの貴方は?」

 

 僕は勇気を振り絞って、女傑に尋ねる。

 

「名前を言うのは、後輩・・からが礼儀だぞ?」

「し、失礼しました。僕は、リュウユウです」

「ありがとう。オレは、姓はヤン、名はセンセン。元龍仙師二班の班長だ」

 

 この砂浜に来てから衝撃ばかりであったが、こんな偶然があるのだろうか。あまりの運命に僕は、驚愕のあまり硬直したまま砂浜に膝を付いた。たしかに、グユウは班長になりたてだとは知っていたけれど。

 前任者の話は全く聞いたことがなかったのだ。

 

 

 

 日はとっくに沈み、皆で一つの火種を囲う。砂嵐で掘り起こされた過去の廃棄物が、このような形で役に立つとは思わなかった。

 

「まだ、龍を生み出してない新人を、ここに置いていったのか!? ……まあでも、異常事態なら、任務優先にはなるか……でも、新人を何故連れてきた? リイチのお告げ任せで俺が来なかったらどうなってたか……」

 

 センセンは僕の今までの経緯を聞いて、その内容に頭を抱えながら、ぶつぶつと唸り続けている。リイチはこの異様な状況を察したのか、今はマサナリ皇子とユウシにお話をしている。

 僕はセンセンの前に立ち、酷く居心地の悪さを感じ続けている。暫くして、センセンは考えが纏まったのか、急に僕を厳しい目つきで睨みつけた。

 

「ていうか、なんでお前はまだ龍を出せないんだ? あんなの放出までできたら、簡単だろ」

 

 簡単だなんて。全身に水をぶっかけられたかのように、悲しみで血の気が引いていく。

 

「い、いや、あの作り出す・・・・ことができなくて……」

 

 悲しみを感じながらも絞り出した言い訳。しかし、その瞬間「はあ?」っと酷く唸るような声と共にセンセンに胸ぐらを掴まれた。低い僕の体は簡単に宙に浮く。

 

「龍は、作り出す・・・・ものじゃなく、生み出す・・・・ものだ。根本を間違えるな。龍は生きているもの、作り出す・・・・ことはできない。龍仙師の基本だろうがっ!」

 

 それは鋭い指摘だった。その時、僕の頭でたしかに今までのグユウの言葉を思い出す。

 

龍を生み出し・・・・・・、龍を操るんだからね』

『龍を生む仙師だから、龍仙師だ』

 

 少し前まで生み出すと思っていたのに、焦りすぎていて、いつの間にか作り出すという言葉を使っていた自分に気づく。

 

「ご、ごめんなさい!」

「いいか、基本を頭に叩き込め! 全く、グユウもどんな教育をしているんだ!

 龍仙師は、仙器という武器を媒介に、金丹で育てた龍を生み出す。その基本を忘れて、龍生み出そうなんてしてないよなぁ? あ?」

 

 ぐわんぐわんと襟首を揺らすセンセン。その内容はすべてここ二日間焦っていた自分の心に刺さる。どれも心当たりがありすぎた。

 

「して、ました……ッ!」

「じゃあ、まずは基本の《き》である、仙器の取り出し方の練習が必要だなあ。私も今でも仙器・・なら取り出せるからなあ。気張れよ、新人。明日の朝日が登る前までには龍を出せるようにしてやるよ。有り難いよなあ?」

 

「あ、ありがとう、ございます!」

 

 襟首を未だ掴みながら不敵に笑うセンセンに、僕はただただ身体を縮こませる。さながら、蛇に睨まれた蛙状態になってしまった。

 この偶然や運命にしては出来すぎている。

 

 僕はそう思いながら、胸ぐらを掴む腕に必死でぶら下がるしかなかった。

 


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