37話 救世主
僕が目を覚ますと、口から喉の奥に向けて挿されているのか、喉の酷い違和感を感じつつ、目を開ける。
「お、起きた!」
目が覚めたばかり特有の霞む視界、まだ日が高いがもう昼は過ぎてるだろう頃。ぼおっとする意識の中に響く透き通る声が、僕が気を失う前に聞いた声によく似ている。
思えば、口から喉へと通されたものは何かと思い、ゆっくりと唇に手を伸ばした。指先に触れたそれは、不思議と柔らかいがしっかりと弾力もあるような、今まで触れたことのない感触のもの。今までの記憶で一度も触れたことのないものだ。
「なひ、ぉ、え……」(なにこれ……)
「これは『ルルキメディチネ』って言って、こうやって胃に直接ご飯流し込むこともできるんです!」
違和感だらけで動かしづらい口と喉から振り絞った僕の問いかけに、先程の声が快活に答えてくれる。胃に直接? 僕の頭はいつか見た人間の解剖図を思い出して、状況を把握した。
たしかに、酷い空腹は随分落ち着いており、披露があるがそこまでだ。ただ、その胃に何を流し込んだのかは、わからないけれど。
「ちょっと、ずるっと抜きますね!」
声の主がふわっと僕の前に顔を出す。
ふわりと甘く優しい香りと共に、僕の目の前にひょこりと顔を出した人に、僕は思わず目を見張った。
「今から抜きますよ、大丈夫です。感覚麻痺させるのは得意なので」
自分の喉に向けて手を翳し、何かを唱えるその人を僕は凝視し続ける。ずるりと喉から管が抜けていく気持ち悪い感覚でさえも、その驚きを超えることはなかった。
「抜けましたよ! どうです! 我が光の御業は!」
「あ、ありがとう、ございます、すごいです……」
「でしょ! お……私もこの御業に光に仕えててよかったと思うんですよ!」
僕的には食い気味で話す彼女の容姿のが、正直衝撃的であった。
すっきりとした顔立ちではあるが、まるで満天の星空のような瞳を持った子猫のような大きな目。
また、金茶に銀色が混じった髪を前髪ごと一本のお下げで結っているが、その髪はキラキラと輝いて美しい。
そして、極めつけは白の美しい麗糸で出来た異国情緒あふれる服を着ている。
彼女のことを天使か天女だと言われても、頷けてしまう美しさ。
そう、その姿は、僕が見た中でも、本当に一番美しく可憐な少女だった。彼女が手に持っている、赤茶色の禍々しい管と袋のような何かがなければ。
「どうしました、私の顔になにかついて……あ、自己紹介はまだでしたね!」
少女は眩しい微笑みを僕に向ける。その眩しさは、僕の目を焼き尽くさんばかりだ。
「私は、リイチです。よろしくお願いいたします! 貴方様は、リュウユウさんでいいですかね?」
「は、はい」
僕は体を起こして、彼女に向き直る。すると、彼女の向こう側で青ざめた顔をしたマサナリ皇子とユウシがいた。そして、その後ろには禍々しい色をした大きな木箱があった。
「リュ、リュウユウ殿、おかわりないか?」
「と、特になにも」
「……龍髭国は様々なものを食べると聞く。腐った卵や、豆腐などを出されたこともあったから、さぞや胃も丈夫なのかもしれない」
ユウシの恐る恐るの問いかけに、素直に答えると、横にいたマサナリ皇子の顔色も更に悪くなっていく。たしかに黒く発酵した卵や豆腐は食べるが、それにしては余りにもな反応をする二人の様子に、僕は原因と思われるリイチと名乗った少女の方を向いた。
「あの、先程、僕の胃に何を入れたんですか……?」
「ああ、特製栄養剤です! 材料は、
「ゔっ、ぶっ……も、もう大丈夫です……」
聞いてるだけで寒気がする内容に、思わず待ったを掛ける。知っている橙蜥蜴と食虫西瓜はどれもこれも、毒々しい見た目をしているもので、到底食べたい物ではない。管を通したからまだしも、舌に載っていたら吐き戻していただろう。
「滋養強壮にもよくて、回復にも優れてるんですよ! 我が光が教えてくれたのです!」
リイチはあくまでもにこやかに話す。先程は天使だと思ったが、それが少しばかり薄れたのは否めない。
「我が光って……?」
僕は栄養剤から話を逸らそうと、先程から彼女が連呼している『我が光』という何かについて尋ねてみた。すると、リイチの顔が更にぱあっと明るくなり美しい瞳がキラキラ輝き出す。
「おお、聞いてくれますか!! 我が光はこの世を救う救世主のこと。ここに来たのも、我が光の導きなのです!」
「導き?」
「ええ、私達を救う鍵となる人たちに会えるだろうと。そうしたら、リュウユウさんが倒れてまして! これは
「えーーーと、え?」
僕は思わず聞き返すと、リイチは少し考えたあと「あっ、そうだ! リュウユウさんには言い忘れてました」と声を上げて、言葉を続けた。
「私、熱砂楼の市街に入りたいんです。国追い出されてしまったせいで、ちゃんとした住処が欲しもので。商人の国なら住みやすいかと思ってまして」
天使だと思った僕を、今とても殴りたい。明らかに厄介ごとしかない内容に、僕は既に一発拳を食らわされた気分になった。
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