30話 急がば回れ

 

 出発直前になった。シュウエンは先に自分の龍であるダァジの背に乗る。

 

「シュウエンさん、よろしくお願いいたします」

「ああ! 振り落とされんなよ、新人!」

 

 僕の前に伸ばされたシュウエンの手。その手を掴み、龍の背へと引っ張り上げられる。シュウエンの白龍は毛深いのか背にはふかふかのたてがみが生えていた。

 

 意外と乗り心地の良い背に驚きつつも、脚に当たる感触は固い鱗の冷たさもある。

 

「龍仙師二班、先頭シュウエン、出発!!!」

 

 グユウの堂々とした、出発の合図の声が響く。

 

「ダァジ、行くぞ!」

 

 ダァジは「クォォン」と高く鳴くと、まるで猫が高い所へと登るように、大きく上へと跳ね上がった。羽もない身体が空へと向かい、僕は落ちないように、シュウエンの身体にしがみついた。やはり、初めてのことで思わず目を瞑ってしまう。

 

「小リュウ、仙力を常に循環し続けろ。じゃないと、空で氷漬けになるぞ!」

 

 シュウエンの言葉に、僕は驚きつつも、随分と慣れた仙力の循環を行い始める。仙力の循環は身体の中の巡りを良くすることで、体温を安定もできるとこの前教わった。

 

 暗い世界の中、冷気が上から降り注ぐのを感じる。しかし、身体の中を巡る仙力がその冷気で身体を凍らさないようにぐるぐると廻る。

 風は強い。ぐっと、向かい風の抵抗を感じるのは、僕たちが風の中を切り裂くように駆け上がっているからだろう。

 

「クォオォン」

 

 ダァジがまた鳴いた。

 すると途端に追い風が上からではなく、前からのものに変わり、緩やかな風を感じる。

 どうやら、もう上昇が止まったようだ。

 

 もう、大丈夫なのか。

 

 勇気を振り絞って、仙力を循環しながら、目を開いた。眼の前に広がるのは薄青と白の世界。

 

「す、すごい」

 

 白色の雲が目の前に浮かんでいる。下を覗けば、そこには小さくなった陸地が続いていた。

 

「どうだ、ここは龍仙師にしか見れない世界だ」

 

 シュウエンの言葉に、僕の心は大きく弾む。

 まさに、今まで見たことがない絶景だ。

 

 龍仙師にしか見れない世界。

 美しい空の世界。

 

「すごいです……」

 

 昂る感情は涙として溢れ、シュウエンの背中を濡らす前に、追い風で後ろへと流れていく。

 

「さあ、じゃあ、熱砂楼へ向かうぞ。俺たちが先頭だからな」

 

 シュウエンはそう言いながら、龍の方向を緩やかに左方向へと変えて行く。

 こうして、僕を含む龍仙師二班は遂に熱砂楼連邦へと飛び立った。

 

 空の旅が始まって、暫くした頃。

 風の寒さの調整にも慣れ、高い景色にも慣れた。案外しがみつかなくとも、安定して乗れるとわかってからは少しばかり快適になった。と言っても、背中には重い荷物があり、それはずっしりとリュウユウの動きを蝕んでいた。

 

「ダァジ」

 シュウエンは、龍に声をかけて、進む向きを今度は緩やかに右方向へと向きを変えていく。

 

「ん? シュウエンさん、戻るんですか?」

「は?」

「いや、さっき左方向に曲がったので……」

 

 僕の素朴な問いかけに、シュウエンの声はあからさまに、「何いってんだ?」という気持ちが透けて見える返答だった。僕はしまったと思いながら、どうしてそう感じたのかという話をした。

 

「ああ……そうか、お前らにはまだ話してないか」

 

 シュウエンは、僕の言葉で何故こんな質問をしたのか、理解したのだろう。そして、何かを思い出したのか、シュウエンを右側に顔を向けた。

 

「いいか、お前の右側をよく見ろ」

「右側……?」

 

 僕は言われたとおりに右を向いた。するとそこには、同じような空が続いているはずだった。

 

「え? な、なんであっちにも僕達が……空に浮かんで……?」

 

 少し遠目ではあるが、それでもはっきりと目に見えるのは、僕や他の二班の龍たちが並走するように飛んでいる。

 

 そう、それは、まるで。

 

「鏡……」

「そうだな、巨大な鏡だ。約五十年前、鏡の呪術によって封印され、名前を奪われた・・・・・・・土地だからな」

「五十年前……」

 

 シュウエンの言葉に、驚きながらその土地を凝視する。鏡の呪術というものがどういうものかはわからないが、この巨大な鏡の壁を見るに、相当な封印をされているのがわかる。

 

「シュウエンさんは、あの封印の中身知ってるのですか?」

「さあな、もう歴史からも消された土地だ。何せ、あの封印には龍髭国や友好国だけじゃなくて、他の国も参加しているって話だ。そのせいか、あそこには、狂雪山脈きょうせつさんみゃくのやつらですら侵入しない」

 

 シュウエンの言葉に、僕は予想外のことだらけで、びっくりする。

 狂雪山脈きょうせつさんみゃくというのは、龍髭国の北側にある永年雪国の地域。そこは武力こそが生き残るために必要と言われるほどに、国の中では内乱が続き、さらには他国に侵入をするなどの、なかなかに恐ろしい土地だ。と、寺子屋で習ったことがあった。

 

「近寄れないんですか?」

「陸からだと、兵士が配備されて、侵入者は基本豚箱行きだ。そして、空からは基本俺達、龍仙師しか侵入は難しいだろうな」

 

 よく見るとその壁の周りを、一匹の桃色の龍がぐるりと動いているのが見えた。もしかしたら、ここも龍仙師が守っている場所なのだろうか。

 

「本当なら、空の巡回についてを龍を作り出したら、教えるんだ。その時にも、ここの話をするんだがな。それよりも前に・・ここに来たからな」

「ゔっ……すみません……」

 

 シュウエンの嫌味に、リュウユウは思わず呻く。

 

「ハハハハッ。小リュウ、早く、自分の龍、生み出してやれよ」

 

 そんな僕にシュウエンは楽しく笑った。

 

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