29話 扇鶴国の皇子
護衛任務初日。
二班はやはり他国の皇子を護衛するにあたって、正装を着ている。勿論、僕も
「それにしても、宮は落ち着いてますね」
「たしかに、もう少し催し物的なものをやると思ってました」
一国の皇子が国を去るというのに、妙に静かな離宮。錦衣衛がいても可笑しくはないのにもかかわらず、侍女たちとすれ違うくらいであった。
ジョウシェンも不思議そうにそう言っているため、やはり不自然なほどに静かなのがわかる。
「扇鶴国の方は、派手が好きなこの国とは違うからな」
僕たちの会話を聞いていたのだろう、目の前を歩いていたジンイーが、ふいに振り返ってそう答える。たしかに、この前のからくりを見るに、派手よりも落ち着き精巧なものが好きそうなのは伝わる。
さて、扇鶴国の皇子夫妻との合流場所に行くと、そこには一台の漆喰の牛車のみ。その牛車も中が見えないように竹でできた御簾が下ろされている。
それ以外に、扇鶴国の人らしき人はいない誰一人いない。あまりにも、異様な光景に、僕はきょろきょろと周りを見渡した。
「じゃあ、護衛任務を開始する。シュウエン」
「はいはい、了解したよ」
しかし、困惑する僕をよそに班長であるグユウは、シュウエンを連れて、牛車に向かって行った。
「扇鶴国皇子、皇子妃に挨拶申し上げます。この度、熱砂楼連邦までの護衛任務責任者を任命された姓はグ、名はユウと申します」
「同じく護衛任務の責任者代理に任命された姓はシュウ、名はエンと申します。また、その他五名が同行いたします」
グユウとシュウエンは、
すると、その御簾がかたかたかたっと音を鳴らしながら御簾が上がる。御簾の向こうに隠れていた牛車の中が見えた。
黒く染まった水面のような中に、蠢く紫色の光。
まさに、得体のしれない闇が続いていると言っても過言ではない。
その御簾から一人の男が出てきた。その人は、不思議な漆喰の冠を着け、黒く精巧な刺繍が施された扇鶴国の民族衣装を着ている。ただ、男の温和な顔つきと雰囲気が、着ている服の威圧感と少し食い違ってるように僕は感じた。
(この服、たしか、扇鶴国の皇族しか着れない服だ……)
僕は以前試験のために勉強していた時に、その服を教科書で見たことがあった。どの国にも、身分差から着れる服というのは、制限されている。これは、軍に入るときに必要な知識。
もし、身分差を見誤り、何かしでかした時には、自分の首が刎ねられてしまうかもしれないからだ。
皇子と思われる男は、その温和な雰囲気のままゆっくりと口を開いた。
「グユウ、シュウエン、こちらと熱砂楼の都合にも関わらず、手を貸してもらい、大変ありがたい。この度の護衛よろしく頼むぞ。私の奥方もそう言っておる。こちらの護衛たちも、準備はできている故、出発しよう」
「「はい」」
皇子の言葉に返事をした二人、皇子はまた暗闇の中に入っていき、御簾が下ろされた。
(護衛?)
僕は、辺りをもう一度見回すが、やはり人らしきものは居らず、牛車のみ。どこに、扇鶴国の護衛がいるのか、全く分からなかった。
「シュイシュイ」
「ダァジ」
そんな僕をよそに、班の先輩たちは武器を取り出して、龍を呼び出していく。グユウの銀龍であるシュイシュイ。そして、シュウエンの小さめの白龍が仲良さそうに遊んでいる。
「モグィ!!!」
「ジャヨ」
ハオジュンの黒炎竜モグィは、相変わらずの力強さ。そして、ジンイーの龍であるジャヨは、半透明でその骨と血管が透けて見えている。
それぞれの龍が姿を表したのを見て、僕もいつか龍を作り出せるのだろうかと、わくわくと不安を同時に感じた。
「それでは、出発します。牛車の運搬はハオジュン、ルオはジンイー、リュウユウはシュウエン、ジョウシェンは俺の龍に乗って途中まで移動する」
グユウに指示され、僕はシュウエンの元に向かった。
「よ、小ハオ。龍に乗って、感動のあまり泣かないでくれよ」
「シュウエンさん……」
相変わらず憎まれ口を叩くシュウエンだが、僕が刺青で悩まされていた時に、(物理的に)一番動いてくれた人だ。
「
「シャノンさん……スゴイ人だったの知って焦りましたよ……」
「あーーまあ、たしかに肩書きだけ見たらな。俺には、可愛い赤ちゃんにしか感じないけどな」
シュウエンはにやっと笑いながらそう言うものだから、「いやいや、シャノンさんとシュウエンさん、そんな歳変わらないですよ」と思わず返した時だった。
「よいしょおおお」
後ろからハオジュンの気合が入った声が聞こえた。思わず振り返ると、ハオジュンが牛車を持ち上げてモグィの背中に乗るところだった。
「ハオジュン兄貴、すごいですね……」
「ああ、まあ、だから牛車任せてるんだけどな」
牛車を持ち上げていたハオジュンは、モグィが体勢を整えて飛び上がると、牛車を優しくモグィの背中に下ろす。
「準備できたぞおおお!!! 新人たち、兄貴の勇姿みてたよなぁ!!???」
相変わらず元気なハオジュンに、新人皆で「かっこいいです!」と返せば、ハオジュンは楽しそうにモグィの上で笑っていた。
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