31話 熱砂楼の砂漠へ
光り輝いていた太陽は傾き、沈み、眼の前の空は赤く染まり始めていた。黄昏時、夜の到来を感じる。
「そろそろ、下降りますか?」
僕はシュウエンにそう尋ねた。龍髭国の国境は少し前に越えて、すでにここは熱砂楼と龍髭国の狭間にある秘境の森の上空にいる。この森を超える頃には、陽も落ちて夜になるだろう。
そろそろ視界が悪くなると思ったからだ。
「……いや、砂漠までは飛ぶ。ここは降りたら危険だ」
「危険ですか?」
いつもとは違い真剣なシュウエンに、僕もまた先程とは違い緊張しながら聞き返した。
「ああ、危険だ。いいか、リュウユウ。龍仙師として、一番大事なことを教えてやろう。
国から外に出たら、俺らは大いなる脅威でしかない。特に国境の狭間で生きる奴らにとっては、な」
下の秘境を睨みつけて話すシュウエンの横顔を、僕は黙って見つめてしまう。その顔は随分と深刻そうに眉を顰めていた。薄紫色のレンズの奥、いつもは見えないシュウエンの瞳の色が夕陽のように光った。
「森は特に視界が悪い。奴らは、俺らの
その険しい顔付きから続けられた言葉に、僕は「すみません、わかりました」と頭を下げて、先程よりも冷え込み始めた風に対抗するように、仙力の循環へと気を回した。
そして、暫くして、日が完全に落ちきる前にどうにか秘境を越え、見えてきたのは広大な砂漠だった。
「よっし、降りるぞ。ダァジ、『
「クォン、クォオオオオオン!!」
ダァジは一瞬だけ上を向く。そのダァジの口は大きく開き、紫の光を放った。
紫の光は一瞬で玉のように形を成し、宙に浮かぶ。
「降りるぞ、リュウユウ、しがみついておけよ」
「はい!」
シュウエンの指示通り、彼の身体にガッツリとしがみつく。ダァジの身体は勢いよく斜め前へと傾き、一直線に下へと滑降し始めた。
また、冷たい追い風が二人の身体を撫でるように通り過ぎていく。皮膚が風に引っ張られる痛みを感じつつ、僕は必死に体温を保とうと仙力の循環を行った。
雲を割り、地面が近くなっていく。熱砂楼を代表する世界一美しい砂漠は、空から見ても美しい。
風が吹き、砂が舞う、肌や目がざりざりと傷つけられる。ダァジが着陸した瞬間、最も強く砂が荒れた。
「いっ!!!」
僕の目に小石が当たる。あまりの痛みに仰け反り、龍の背中から思わず落ちていった。そんなに高い位置からではなく、背中の荷物がクッションになったおかげか、大きな怪我はない。ただ、物凄く身体中が痛いけれども。
「小リュウ、気をつけろー! ダァジ、ありがとうな。お疲れ様」
「クォンッ!」
シュウエンは龍の背中から僕に声を掛けたあと、ダァジに労りの言葉を掛けて、リュウの背中から降りる。ダァジは、きらきらと光を放ち、その場から消えていった。
他の龍たちも、次々に地面へと降りていく。ひっくり返った僕はどうにか起き上がった。
「リュウユウ、大丈夫か!? お前怪我してんじゃん!」
「あは、はははっ……」
擦り傷だらけの顔、ハオジュンは心配そうに声を掛けてくれた。なんとも情けない怪我の仕方であるが、大きな怪我がないのが本当に不幸中の幸いである。
そのやり取りの中、ぬっと横から割って入ってきたのはジョウシェンだった。
「私が治療しますから。全く、リュウユウ! 水と清酒で消毒しますよ」
「は、はい……」
ジョウシェンは、自分の背中の荷物から取り出したのか、手には水と清酒がそれぞれ入っているだろう鉄瓶2つがあった。
彼は、こんなすぐに怪我をした僕に対して呆れてるのだろう。ジョウシェンの冷たい視線に押されるがまま、僕は縮こまりつつも怪我の処置を受けた。
「ははははっ、全くリュウユウもたまにやらかすなあ」
からからと笑うルオは、処置を受けた僕の背中をバシバシ叩く。顔中には傷薬を塗られており、独特な野草の香りが充満していた。そして、僕は見えないが、顔はきっと塗り薬によって緑色に染められているだろう。
「全く、修行が足らんぞ。どうだ、今から俺と修行を「こら、ジンイー」
相変わらずのジンイーにあと一歩で修行に巻き込まれるところを、グユウがすぐに静止する。ジンイーはハッとした顔をしたあと、ぐっと押し黙った。
「今から交代で休憩を回さないと。とりあえず、リュウユウは先に寝て、一番最後にしてあげるから」
そう言ってグユウが指差したのは、ルオと僕の背中の荷物に入っていた簡易天幕。先程、ルオとジョウシェンによってささっと組み立てられたものだった。
(僕はあまり役に立たなかったなあ)
「皆さん、すみません……」
「大丈夫、明日には熱砂楼の街には入れるはずだから。怪我人は早く寝なさい」
申し訳無さのあまりに頭を下げると、グユウは優しい言葉を掛けてくれる。それが余計に居た堪れなく、逃げるようにして簡易天幕の中へと逃げていった。
そして、真夜中のことだった。僕はガタガタと外の騒がしさに、思わず目を覚ましかける。
(なんだろう)
不思議に思い、ゆっくりと感覚を覚醒させようとしたその時だった。
「敵襲!!
ジンイーの敵襲を知らせる大きな声が、僕の鼓膜を大きく殴った。
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