26話 花的祝福・種

 

 二人を連れて、今回場所として使う試剣堂に向う。向う道中、何か気の利いた会話でも出来たら良かったのだが、会話の切り出し方が思いつかないまま、目的地へと到着してしまった。

 

「着きました」

 

 あれから修行のため、何度も来ている試剣堂。二人に到着を告げたら、ウェィズが試剣堂を見て、少し目を細めた。

 

「ふむ、これは、巧妙な信力封じが施されてますね。虹梁の彫りが封印の文字になっている」

 

 ウェィズの視線を辿り、お堂の入口付近にある虹梁と呼ばれた箇所に目をやると、そこには精巧に彫られた不思議な文字がぐるりとお堂を囲むように彫られている。

 

「これが、そうなんですか?」

「ええ、この中の力を漏らさないようにでしょうね」

 

 試剣堂の中にある力。それは、多分だが、剣に込められた力のことを指しているのだろう。僕は、虹梁から下の入り口に目をやると、そこにはすでにシュウエン、グユウ、ハオジュン、そして、見知らぬ西洋風の白い軍服を着た白金髪の美青年が何かを会話している。

 

 あ、早く行かなければ。そう思ったとき、白金髪の青年がこちらに振り向き、そして、目があった。

 

「おや! 君がリュウユウくんかな!

 うちの最愛のハニーがお世話になってる!」

 

 びっくりするくらい響く大きな声。ぱあっと華やいだ顔を思う存分に振りまきながら、こちらに手を振っている。

 

「おや、あの人は……」

「あいつか……」

「おや! おやおやおや! セイに、ウェィズ! 『偉業のサーカス』は今この国にいるのか! 久々に会えてとても嬉しいなあ。早くこちら来てくれ! 二人にもハニーを紹介する!」

 

 二人は青年が誰だか知っているのだろう、なんとも複雑そうな声を上げた二人をちらりと見た。セイはありありと不機嫌そうな顔で、ウェィズは困ったように眉を少しばかり顰める。

 

 こんな顔をさせるあの人は、一体なんなんだ?

 

 そう思いながらも、僕たちはそちらへ向かうしかなかった。彼は向かってきた僕たちに向かって、満面の笑みで大きく片手を振り続ける。よく見れば、振ってない片腕はシュウエンの肩にがっつり回されている。

 

 ハニーと呼ばれてるのは、もしや。そして、到着すれば、待ってましたと言わんばかりに、彼は口を開いた。

 

「はじめまして、リュウユウくん! 僕はハニーことエンエンのダーリン、シャノン・シュリーだ。今日は君の刺青を彫り直しさせてもらうからね!」

「は、はい、よろしくお願いいたします」

 

 差し出された手を握り返すと、力強くぶんぶんと振られる。悪気がないのだろうが、正直あまりの勢いに自分の体も同じように揺れる。

 

「やあ! 二人共! これがいつも自慢してる僕の小悪魔なハニーことエンエンだよ! エンエンに話したいときは僕を通してね!」

「シュウエンだ。ハニーではないが、よろしくお願いする……」

 

「あ、ああ」

「こ、こちらこそです」

 

 シャノンの勢いに押されてるせいか、二人共なんとも歯切れが悪い。そして、とんでもない紹介の仕方をされているシュウエンは、いつもの飄々とした感じではなく、心底疲れ切った顔をしていた。

 ちなみに、ハオジュンは面白そうにこの様子をニヤニヤしながら見ており、グユウは終始複雑そうな顔をしている。

 

「さあて! 善は急げ! さっさか、お悩み解決して、エンエンと龍髭国デートしなきゃだからね!」

 

 シャノンはそれに気づいてるのかどうか知らないが、底抜けの明るさのまま高らかに主導権を握ってしまった。

 

 

 一通り挨拶を終えて、シャノンに促されるまま試剣堂に入る。試剣堂内にあった行灯には既に火が灯されており、暗いお堂の中でも十分に全体を見渡せる。

 

 その中心に向かい合うように置かれた二脚の椅子の片方に、僕は腰を掛けた。

 そして、最初はウェィズが向かいの席に座っり、僕の手の甲を見る。

 

「シャノン様、少し見てほしいのですが、やはりこれは信力封じのものではありますが、結構誤ってますね」

 

 ウェィズはシャノンを呼ぶと、手の甲に爪先を向けて、誤ってる箇所を指摘していく。

 

「あーそうだね、色々無駄な封じもしてる。なんなら、この感じ情動にも作用してそうだ」

「なるほど、だから、こんなにリュウユウさんは落ち着いてらっしゃるんですね」

「情動……? 感情ですか?」

 

 信力と言われるものを封じてるのは知っていたが、今回困ってしまっている仙力以外に他にも封じてしまっているものがあるよう。

 しかも、それがどうやら情動、感情と呼ばれるものだった。

 

「ええ、多分人より落ち着いてると言われるでしょう?」

「あ、はい」

 

 ウェィズの問い掛けに、僕は素直に答えると彼は困ったように「やはり」と呟いた。

 

「……多分、解除したら、封印していた分が溢れる可能性がありますから、慎重に行いましょう」

「まあ、ちょっと泣き喚いて、人殴りかかるくらいならどうでもできるから!」

 

 ウェィズはそう言うと、差し出した僕の手を彼の両手で挟むように持つ。そして、深呼吸を一つゆっくりと行った。

 暫しの時が流れた後、ウェィズの口がわずかに開く。

 

「ーー、ーーーーー!」

 

 聞いたことのない、言葉だった。なんと言ったかもわからない不思議な響きの言葉に、僕は思わず目を見開く。この世界には、『神文塔』という世界の言葉が登録されている大きな建物があり、基本的にわからない言葉はないはずなのだ。

 

 ただ、この言葉は神文塔には登録されてないのか、僕は一文字も頭に入らず、流れた言葉の衝撃に固まるしかない。

 しかも、多分今のは呪文なのだろう、不思議と暖かい熱が手の甲に、広がっていく。

 そして、その熱が段々と冷えていき、元の体温に戻った頃、その手はパッと離された。

 

「あ、ああ」

「解除できましたね」

 

 まっさらな手の甲の皮膚。何も描かれてない、その手。

 

「僕の手だ、手だ! わあ!!」

 

 心の底から湧き上がるのは、ただただ嬉しいという感情。涙も溢れ、思わずその手を上にかざしながら立ち上がった。

 

「僕の手だぁ」

 

 ボタボタと零れ落ちる涙。嬉しくて、嬉しくて、そして、この手の甲にまた刺青が刻まれることが悲しい。途端に酷く落ち込んだ心に、今度は椅子に座って打ちひしがれる。

 

「刺青入れたくないぃい……」

「忙しいやつだなぁ。シャノン、こいつの感情は抑制しておけるか」

「うーん、落ち着けるまじないは必要かもね」

 

 あまりにも浮き沈みを繰り返す僕の横で、随分酷い会話を続けられてるせいで、思わずジトッと二人を見る。

 

「冗談だ」

「セイの冗談はたちが悪いんだよ」

「ハハハハッ、そうかもしれないな」

 

 僕がついついムッと口を尖らせると、セイは楽しそうに笑った。

 

「とりあえず、ちゃんと解除できたか確認するか。おい、リュウユウ、あれやってみろ」

「あれ? あれって、仙力?」

 

 セイが指すアレが分からず聞き返すと、彼はニッと笑った。

 

「違う、《花的祝福》だ」

 

 その瞬間、周りが一瞬静かになった。

 

「待ってほしい、それは禁術指定されている」

「そもそも、解除も禁忌だ。今更、禁忌が増えたところで変わりはないし、なによりもリュウユウのこれが解除できたかは確認せねばだろ?」

 

 まず、言葉を開いたのはグユウだった。そう、今現在花的祝福は禁術とされており、その為花の島の住人は皆この刺青を入れられているのだ。しかし、セイは隙かさず反論する。その内容も、今回「なぜこうしてるのか」ということを考えると、尤もな反論だった。

 

「大丈夫、《花的祝福》で得られたものはこちらで厳重に破棄する。ウェィズは封印にも長けてるからな」

「ええ、それにただ働きではそちらも申し訳ないでしょうし。《花的祝福》は私も少し興味あるのです」

 

 セイの言葉に続けるように、ウェィズの言葉が続く。グユウはその言葉に少し迷った後、悩んだ末シュウエンに目を向けた。シュウエンは、シャノンの腕の中でも、そのグユウの視線に気づいた。

 

「……グユウ、あちらの要求を呑もう。どうせ出たとて、花だろ? 《花的祝福》で手に入れたかどうかなんて、ほとんどわからないもんだ」

 

 出てきた言葉は、要求を飲む返答だった。たしこに、《花的祝福》で手に入れた植物は生えてるものから摘み取ったものと、区別をつけるのは難しい。なので、露見する確率はとても低い。

 

「シュウエンが、そういうのなら。その要件飲もう」

「ただし! 俺等に迷惑かけんなよ! ちゃんと処理しろよな!」

 

 グユウは仕方ないと言わんばかりの顔をしながら、少し歯切れの悪い返答をする。ハオジュンもまた、少し不機嫌そうに再度肝心なところを念押しをした。

 

「当たり前だ」

「もちろんです。では、リュウユウ、お願いできますか?」

 

 セイとウェィズは、その様子にいくらか安堵しつつ、力強い返答をする。そして、ウェィズの促しにより、僕は遠い遠い記憶を思い出していく。

 

『リュウユウ、さあ、花の神に願いましょう』

 

 優しい母の声。あの悲しげな母ではなく、穏やかで優しくて、まだ若々しく、そして、微笑んでいる母の姿。

 

 僕は母と同じように床に膝をつけ、両掌を合わせたあと、ふうっと手のひらに息を吹き込む。

 そして、その吹き込んだ息を受け止めるように掌をまるで花の蕾のように膨らませた。そして、祝詞を唱える。

 

花神賜予我的花花の神が授けし私の花

 

「《花的祝福花の祝福を》」

 

 ぶわりっと、自分の体はから緑色の光が溢れる。自分の両手にはまるで蔦が這うように緑の光が美しく身体の中心から、手に向かっていく。そして、掌で作った蕾の中に種が溢れるぎりぎりまで出てくる。

 

「これが、《花的祝福》……」

 

 セイの声が聞こえ、ふと意識が途切れると、その緑の光もすぐに収まった。そして、手のひらにはいつかのあの種が、掌の器いっぱいに出来ていた。

 

「セイ、なんか袋ある?」

「ああ、ある。ウェィズ」

「はい」

 

 ウェィズは服の隙間から、紫色の少し大きめの巾着を出し、口を広げた。そして、僕はその種を袋の中に流し込む。

 

「リュウユウさん、ありがとうございます。これで、解除は確認できました。シャノン様、お願いします」

 

 巾着の口を固く縛り、服の隙間にまた仕舞ったウェィズは、立ち上がるとシャノンに次を促す。シャノンは、一度少しの別れを惜しむようにシュウエンの頭にちゅっと接吻をすると、ウェィズと入れ替わって席に座る。

 

「ウェィズくん、おつかれ! さあて、次は僕の番だね。華麗に綺麗に最高な刺青彫っちゃうからね」

「お、お願いいたします……」

 

 少し感情が戻っても、シャノンの前では押されてしまうのは変わらなかった。

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