15話 母からの贈り物
その後無事に四阿を超え、龍膝宮に到着した。
「宴会場に行く前に、先に着替えだ! 軍服の大きさ合わせもあるから、あっちだな! その
「は、はあ……」
たしかに
宴会場から少し離れた部屋の前でハオジュンの歩みが止まる。どうやら、お目当ての部屋に着いたようで、ハオジュンは乱雑に扉開く。すると、そこには幾つかの軍服が置かれており、仕立て屋らしきお爺さんが立って待っていた。
「ハオジュン様と新龍仙師様、ご足労いただきまして、ありがとうございます」
優しそうなおじいさんは巻き尺を首にかけていて、ゆっくりとこちらに頭を下げる。
「ああ、今年もよろしく頼んます!」
「リュウユウです。よろしくおねがいします」
ハオジュンさんはよく知ってるのか、ざっくばらんな様子。その横で、僕は初対面の目上の方だからと深々と頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ、何卒宜しくお願いします。では、リュウユウ様、こちらで測定しますね」
「はい」
仕立て屋は、僕を測定するための板の前に来るよう言われる。靴を脱いでしっかりと測定するためだろう。その指示に従って、靴を脱いでその板の上に立った。
「じゃ、リュウユウ、またあとでな」
ハオジュンは一人でそういうとその部屋を出ていく。ちらりと仕立て屋を見ると、仕立て屋は「終わりましたら、私の方で案内しますので」と優しく声を掛けてくれた。その後も初めて本格的な採寸を受けて、おっかなびっくりしてる僕にとても優しい。採寸が終わると、今日から着用する既製の軍服を採寸結果を元に選んでもらった。
「ありがとうございます」
「いえいえ、新調したものは色々と調整させていただきますので、なんなりと要望をいただけたらと思います」
渡された軍服に早速手を通す。黒色の軍服は見た目よりも軽くて丈夫そうな生地をしており、着心地もそこまで悪くない。少しばかり大きめではあるが、腰は縛る紐をきっちり閉めればそこまで不便でもない。仕立て屋が最終的に大きさを確認し、「問題なさそうですね」とゆったりと笑う。
その後は、脱いだ服を仕立て屋に渡された袋に仕舞う。
「とても似合いますね」
「そ、そうですかね? 今まで着た服の中で一番高価なんですよね……」
あはははっと乾いた笑いをこぼす僕に、仕立て屋は「似合ってますよ、似合うかどうかに金額は関係ないですよ」と笑う。立て掛けられた全身鏡を見ると、黒い軍服を着た自分とご対面する。所々ゆとりがあるせいか着られている感じは少しするが、悪くはないと思う。
「それでは、こちらの靴を履いてください」
渡された靴は革で出来た足袋靴。足を通しきっちりと編み上げの紐を結ぶ。革靴にしては柔らかく、靴ずれも最初はするかもしれないがすぐに落ち着くような気もする。また再度全身鏡を見て、少しばかり角度をつけつつ自分の姿を見てるいると、仕立て屋が声をかける。
「あと、大袖衫は用意されてますか?」
「はい、母から多分こちらへと渡されてると思います」
「お母様から……あ、花の島の方でしたね。気づかず申し訳ありません。すぐにお持ちしますね」
僕の回答を聞いた仕立て屋はちらりと僕の手の甲を見たあと、申し訳なさそうに頭を下げて部屋の奥の衝立に入っていく。
思えば、久々に手の甲を見られてこのような反応をされたと思った。
いつもは手の甲が隠れるくらいの長めの袖の服を着ているのと、刺青が入ってる方とは逆の手でいつも作業してるからかあまり見られることもなかったのだ。
暫くして、一つの少し大きめの箱を取り出してきた。
「こちらですね」
箱を僕に見せたあと、その箱を一度机に置き、蓋を開けた。
折り畳まれた上の部分だけでもわかるくらい美しい濃緑の薄い生地に、美しい花の刺繍が施されている。
その大袖衫を仕立て屋が優しく持ち上げ広げる。
「母さん……」
裾に近づくにつれて、色とりどりの花の刺繍が密度を上げて広がっていく。それは久方ぶりに見た故郷の服であった。
早速腕を通す。そして、鏡を見ると先程までしっくりと来なかった軍服が馴染み、美しい大袖衫が華やかさを増していた。
「とても、お似合いです。本当にこの大袖衫は今まで見た中で一番美しいです」
「ありがとうございます。母は刺繍が得意ですから」
鏡に映る自分を見る。次第に視界が歪み、頬に何かが伝い落ちていく。
思えば、最後泣いたのはいつだっただろうか。そんな僕に仕立て屋は声を掛けた。
「まだ、時間はありますから」
上手く声が出ない僕は頭を下げる。そして、仕立て屋に差し出された布巾を受け取った。
少し落ち着いた頃に、仕立て屋の案内によって待合部屋まで連れてかれる。そこは以前宴会をした部屋だ。
扉の前で仕立て屋と別れ、僕はその扉を一人で開ける。すると、中にはすでにあの時宴会で見た人たちが談笑していた。その中でも扉側に近かった一人がこちらに気がついた。
「お、小リュウじゃん、思ったよりも似合ってるな」
そう呼ぶ一人は限られている。シュウエンであった。彼もまた以前とは違い、美しい薄紫の大袖衫を着ている。美しい白銀の刺繍が美しい花を咲かせていた。
「リュウユウが一番乗りだね」
その横にはグユウもいる。グユウは以前と同じ格好で、美しい銀刺繍がよく似合っている。
そして、その隣には初めて見る緑髪の人がいた。
「君が新入りか。名前は聞いている」
「は、はじめまして、リュウユウです」
「俺は姓はグォ、名はジンイーだ。この前は宴会にいなかったから。今後練習ならいつでも付き合うから呼んでくれ、一緒に練習しよう」
比較的爽やかで優しい面持ちの人だが、なかなかの発言に顔が固まる。ちらりとその隣りにいたシュウエンを見ると、相変わらずのニヤニヤ顔で口を開いた。
「こいつは今の発言でわかる通り練習狂いだ。教えるのも、ハオジュンよりは絶対上手いから頼るといいぞ」
「狂い? 何を言う、練習すれば強くなるのだから! しないに越したことはないですよ、先輩!」
「まあそうかもな……まあ頼れるお前たちの先輩だよ、絶対俺より」
「先輩は確かにいつも! 適当ですからね! もっと教えてほしいことあるのに」
「へいへい」
シュウエンとジンイーの会話が進んでいく中、グユウを見る。多分だが困った雰囲気を察してくれたのだろう、優しく「まあまあ」と二人を宥める。
「まあそれだけ練習が物言う世界でもあるからね、俺たちもちゃんと教えるからリュウユウもしっかり頼ってね」
優しい雰囲気ながらも、しっかりと話を纏めていく姿を見て、純粋に尊敬の念が浮かぶ。
やはりこういう人が班長になるのかと、ただただ感心してしまう。僕は、グユウの優しい言葉に「はい、皆さん、宜しくお願いします」と言い、頭を下げた。
そんなやり取りをしていると、また扉が開いた。
「おや、リュウユウ! と先輩方も! 遅れてしまったな、申し訳ない」
そこにはルオがいた。ルオもまたすでに軍服に着替えており、龍髭深衣を大袖衫のように羽織っていた。
「皆様、到着が遅れてしまい申し訳ございません」
その後ろにはジョウシェンもおり、彼もまたこの前着ていた深衣を軍服の上に羽織っていた。
「おや、これで三人揃ったね」
グユウは嬉しそうに笑った。思えば、ハオジュンはと思った時、扉の向こうから大きな声が聞こえた。
「あー! 皆もう揃ってんのかよ!」
それはどう考えても声の正体は、ハオジュンだ。バンっと扉が開かれて入ってきた彼は、こちらを見るとぴょこぴょこと飛び跳ねる。
「新入りもう揃ってたのか! ルオとジョウシェンたち待ってたんだが、すれ違ったか!」
にっこりと笑うハオジュンは、そうかそうかと彼より大きいルオの背中をバシバシ叩く。ルオは「すみません、そうみたいです」と楽しそうに笑い、その横でジョウシェンがとんでもないものを見たような目で見ていた。
「さあて、始まるまで少し時間あるし、もう少し新人ちゃんたちと話すか」
にやにやとシュウエンは随分楽しそうにそう言う。周囲の人達もそれに異論はないようで、僕もまたその輪の中で話に花を咲かせた。
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