16話 謁見

 暫くして、大きな銅鑼の音が鳴った。その音に逸早く反応したのは、班長のグユウであった。

 

「始まるようだね」

 

 銅鑼の音がした方向を見てそう呟いたグユウは、さっと他の人たちがいる方を向く。

 

「皆移動の準備を各自上長の指示にしたがって整列を。新人三人はハオジュンの後ろに、ルオ、ジョウシェン、リュウユウの順で並びなさい」

 

 班長として、いつもの優しい声とは違い、力強い声で流れるように指示を出していくグユウ。僕は指示された通りジョウシェンの後ろに着く。

 前からグユウ、シュウエン、ジンイー、ハオジュン、ルオ、ジョウシェン、僕といった列だ。そして、僕たちの隣には別の班が並び、人数に偏りはあるが六列ほど連なっている。

 グユウも他の人たちを見渡した後、僕たちの方を見た。

 

「それでは、出発する」

 

 出発の号令と共に、グユウが歩き出す。僕たちはそれに連なるようにして、龍膝宮の廊下へと出て進んでいく。

 

 龍膝宮の老化を進み、大きな扉から出ると、そこにはまた藤が咲き誇る外道がそこにはあった。

 しかし、ここは四阿とは反対方向だ。リュウユウは、先程の道と同じような道があるのだと、驚きながらその道歩く。

 

 そして、暫くして道を抜けると、そこは先程の宮よりも遥かに大きく、豪奢な金の宮殿があった。

 

 白の地面に赤の宮殿の壁、黒の屋根、そして至るところにある金の装飾。宮殿の正面からその圧を受けて、正直心情はよくなかった。

 

 また、僕たちがいる屋根のない白一色の地面から向かい合ったときに見える、宮殿の中に置かれた玉座らしき椅子。その両脇には光沢のある錦色の昔ながらの武官服を着た錦衣衛がぞろりと横並びしていた。

 

 この龍髭帝直属の軍部である錦衣衛は、龍仙師の次に人気のある部署で、帝の為に動く人たちだと聞いた。

 

 僕もこの軍についても色々調べたが、基本は皇族関係か貴族の家の出しか入れないらしい。元々候補ではなかったがそもそも軍に入るだけではなく、錦衣衛になったなんて故郷の人たちに顔向けができない。

 

(同僚という形にはなるけど、やはり見ると恨みが込み上げる)

 

『飛花落葉の日』を、提案をしたのはこの錦衣衛。

 これは周知の事実。

 

 少しばかり気分が悪くなるようなことを考えてしまうが、それでも彼等の服はどうしても目に入ってしまう。

 本当に寵愛されているのだろう服装。自分たちの機能性高い軍服に比べ、あちらのが刺繍、使ってる布量、使っている素材、色々金がかかってるのは見ただけでもよくわかる。

 

 本当に気分がよくない。

 そう思った僕は、これ以上は良くないと視線を外した。

 

 シャン、シャン、シャン。

 

 急に鈴の音が鳴り始める。すると、一斉に皆跪いた。僕だけが思わず取り残されかけたが、一拍遅れで跪く。誰も教えてくれなかったが、ルオやジョウシェンの動きを見る限り、上流階級なら当たり前の礼儀なのであろう。

 

 鈴の音がだんだん強くなり、そして、止まった。

 

皆揃ひてなありそ皆揃っているな

 

 鼻声のような声から発せられるのは、大層古い言葉だった。この言葉はもしかしたら、龍髭帝のものではないだろうか。しかし、周りの雰囲気からか顔をあげることは許されていないようだ。じっと、その不思議な声を聴く。

 

「朕は龍髭帝。

 龍仙師、我が龍の意思を継ぐものども。

 今年は三人も増えきと聞きき。

 ただだに、近き国との当たり絶えず。

 国を守るために、尽力せよ。

 今宵は定星月の一日目なり。

 国の宿世を定むる月なり。

 一回目の占ひは始まれり。

 この月は宿世うつろひやすし。

 かくて、何よりも……

 これに、我よりの言の葉は終ふ。

 次会ふは、なにか成果を上ぐることを望む」

 

「「「御意」」」

 

 龍髭帝の言葉が終わり、龍仙師たちは一斉に返事をする。流石にそれに僕は反応して発言することはできず、口を少し動かすことしか出来なかった。

 

 鈴の音がまた鳴り響きはじめる。今度は強い男からどんどんと小さくなり、やがて止んだ。

 

「龍仙師一同、起立!」

 

 響いた声は元帥の声だった。条件反射のように皆一様に立ち上がり、気をつけの体制で止まる。

 

「退場」

 

 号令と共に今度は逆側の列から出ていく。どうやら、終わったのだろう。

 思えば、帝の顔を見ることなく終わってしまった。

 この様子だと、今後も見ることはないのかもしれない。僕が並ぶ列が動き始める。僕は一番最後にこの宮廷から出ていった。

 

 元の龍膝宮に戻ってきた。元帥から各自好きなように休むように言われ、ルオとジョウシェンと共に四阿で休むことにした。

 

「緊張したぁ」

 

 どっと疲れた僕は、四阿の椅子に座り、だらりと身体から力が抜けていく。

 

「まあ、庶民が初めて謁見するにしては、よくやったのでは?」

 

 だらりと脱力した僕を見たジョウシェンは相変わらずだが、言葉の端々から褒めてくれてはいるのを感じる。その横にいるルオは、ジョウシェンの言い方に、困ったように笑いながら口を開いた。

 

「ジョウシェンは素直ではないな、リュウユウよくやった。まさか、私達もこんなにすぐに謁見とは思わなくてな、先に礼儀を訓えるべきだった」

「大丈夫、なんとかなりましたし。それに謁見と言うには、帝様を足の先すら少しも見てないので、謁見したのかって? なりますね」

 

 あははと笑う僕に、少しばかりルオは驚いたように目を開いた。

 

「昔は普通の謁見だったのだが、丁度三年前からこの形の謁見になったからな。たしかに、私達は親類だから昔は顔を見たが……三年は顔を見ていないな」

「まあ、定星月の占いの結果は絶対ですから」

 

 ジョウシェンはそう言う。思えば、先程の龍髭帝の言葉にも「占ひ」と言っていた。たしかに、この龍髭国の政には「占ひ」の結果も重要とは聞いたが、宮廷の礼儀作法すら変える力があるのかと、予想外で少しばかりびっくりする。

 

「そうなんですね……」

「龍髭帝は、最後見たときの記憶だが、まさに龍を従えるに相応しいほど恰幅と気迫がある方だ。髪も龍の髭のように硬く大きく広がっている。まさに、皇帝になるべくしてなった、強者だ」

 

 ルオはそう言うと、ニッコリと笑った。その横で、ジョウシェンがザアッと顔が青くなっていた。

 

「ル、ルオ様! 龍髭帝様のことをそう話すなんぞ親類でも不敬と取られますよ! いいですか! 普通の人はそのような発言をしたら首を切られます!

 あと、リュウユウ! 絶対に今のは他言無用です。下手に発言したら錦衣衛に捕まりますからね! 庶民の貴方なんて粗相少しでもしたら、川に流されますから!」

 

 ルオに怒った後、僕に対してもそう言う注意をしてくれる。なかなかに嫌味っぽいところはあるが、こう正義感や常識を弁えて教えてくれる分、ジョウシェンが優しい人なのだろうとリュウユウは思った。

 

 暫くして、銅鑼が鳴る。銅鑼の音はあと少しで僕たちの修行が始まるのを教えてくれると、自由時間が始まる前にグユウに言われた。

 

「さあ、二人ともさっさと行きますよ」

 

 ジョウシェンは大きな声を張り上げて、四阿を出ていく。僕たち三人はまた先程の集合場所に向かっていった。

 

 

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