龍仙師見習い編
14話 ここから始まる
試験を受けてから、二ヶ月後。
暑い夏が終わりかけており、もう秋の風を感じはじめた。外で鳴いていた蝉も随分静かになったなあと、昇り始めた朝日を見ながら思う。
「リュウユウ、今日は一緒に行こうか。今日については、弟子たちに仕事は任せてるからな」
「そうだね」
今日は、僕が入軍する日。この長屋で暮らすのも最後になるだろう。持ち物については、少し前に連絡が来ていたが、結論から言うと何もない。
強いて言うならば、軍服の上から着る羽織こと大袖衫のみ、軍の検閲を経てから持ち込める。
自分が今着ている服も、入軍後着替えた後に焼却処分されると書いてあった。
長年貧乏性だったせいか、どうせ捨てるならと一番ボロボロの服で向かうことにした。父的には、他人に見られるのだからとは言ったが、正直どうせそこまで綺麗な服を持っていないと話したのだ。
二人で朱鯉宮に向かう道は、思ったよりも静かな道であった。
「
歩いていると道の傍らに目をやると、青紫色の花が咲いていた。
「この道で咲いているのは珍しいですね」
「ああ、竜胆は国が管理しているからな。うーむ、なにかして問題が起きても困るから、リュウユウ、軍の人に報告しておきなさい」
父の言葉に、僕は大きく頷いた。
二人共に竜胆をよく凝視をしたまま、横を通り過ぎる。ここで下手になにかして、問題になるわけにはいかないし、最良の判断だろう。
この竜胆についてだが、まず時は違えど龍の名を待つ花であることと、薬の材料になることから、普段は国の厳重な管理下にある植物である。
正直、僕のように稼業が花屋か薬屋で無ければ、殆どの国民が見ることも知ることもない植物だろう。
「場所も覚えたね」
「はい、勿論」
咲き誇る林道を目に焼き付け、僕たちは止まることなく道を進んだ。
朱鯉宮に着くと、門の前には既に見覚えのある人が立っていた。
「お! 早かったな!」
快活そうに飛び跳ねながらこちらにやってくるのは、自分の教育係だと言っていたハオジュン。その格好は軍服の上に美しい赤褐色の大袖衫を羽織っていた。
「兄貴、お久しぶりです」
「ああ、久しぶり! それにしても、随分ぼろっちぃ格好だな……まっ、この後燃やすし仕方ないか、って、その後ろの人は?」
「こちらは、父です」
「どうも、リュウユウの父です。名はヤンリュウです」
「ご丁寧にありがとうございます! リュウユウの教育係をします、姓はリュウ、名はハオジュンです。ご子息を立派な男にしてやります!」
父との挨拶を嬉しく思うのか、どんっと胸を叩く姿はなんというか少しばかり頼り甲斐があるようにも感じる。そんな姿を見た父は、少しばかり微笑むとすっと頭を下げた。
「いえ、リュウ氏はとても立派なお方と人目でわかりました。愚息のことを何卒宜しくお願いします」
「ハオジュン兄貴、宜しくお願いします」
父に連れるように頭を下げると、ハオジュンは「勿論です! 頭を上げてください!」と慌てた様子で声を張り上げた。その言葉に、僕たちは恐る恐る頭を上げた。
「本当にいい上司さんです。リュウユウ、ではここでだな」
噛みしめるような父の声に、ああここでしばしの別れとなることを実感する。
「はい、一応非番があると思うので、その時は帰ります」
「ああ、でも、無理だけはするな。では、いってらっしゃい」
「はい、いってきます」
父はもう一度僕たちに頭を下げると、踵を返して、朝の賑わいが出始めた城下町へと戻っていく。次合うときは、もっと成長をした姿を父に見せれたらと、町並みに消えていくその背中を見ていた。
「リュウユウ、さあ、中に入ろうぜ!」
「は、はい。あの、ルオたちは……」
「あいつらは皇族に用があるらしいから、そっちから来るだろうしなぁ。だから、ぶっちゃけ、リュウユウしか来ないしーって、けど早く会いたくて、集合半刻前から張ろうとしたらすぐ来たからさ! 俺嬉しくて!」
ハオジュンはぴょんぴょん跳ねながら、嬉しそうに言う。その姿は年上なのにも関わらず、とても愛らしい。「さあ、ついてこい!」とそのまま宮殿の中をずんずん進んでいくので、僕は追っていく。よくみると、ハオジュンの大袖衫の裾はずいぶん長いのか、床を引きずっていた。
(こ、これは言うべきなのか? )
僕は心のなかで少しばかり自問自答したあと、何も言わないことを選ぶ。ハオジュンの大袖衫は濃いめの赤褐色で、暗い色のため裾が汚れても目立たないだろうと思うからだ。
それにしても、大袖衫を軍服の上に着るのが礼服となるなんてなんとも不思議なものである。
大袖衫というものは、元々は女性が着るものだと聞いたのだ。寺子屋の先生にそれとなく聞いたのだが、男も着るようになったのは龍髭国が出来てかららしい。
なにかの流行が、そのまま伝統になったのだろうと先生は言っていた。
ハオジュンの大袖衫には、翼のような幾何学模様が背中に描かれている。それ以外特に芽立つ様なものはない。頭の中でハオジュンの生まれが気になるなと、思っているとお堂の前まで着いた。
「リュウユウ、前はお堂から行っただろ? 今日はこっちから進んでいく」
「ここですか?」
お堂の左側を指すと、そこには微かに石畳の粗末な道があるが見えた。
「ああ、そうするとあの四阿に行けるぞ」
ハオジュンはそう笑い、ずんずんと進んでいく。お堂の横を通り、後ろに回るとそこには以前見た藤の花が咲く道が続いていた。
藤の花が、咲いている。初夏に咲く花のはずなのに。
「ハオジュン兄貴、ここはいつも藤の花が咲いているのですか?」
「あ? ああ……お前の目には藤の花が見えるのか」
「え?」
ハオジュンの不可解な返答に、思わず素っ頓狂な声を出してしまう。その声にハオジュンもまた不思議そうな顔で僕を見たあと、「ああ!」と何か気づいたように声を上げて、言葉を続けた。
「俺たちにとっては当たり前だけど、普通は知らないよな。ここは、通る人によって道の姿が変わるんだ。ちなみに俺には、ただの普通の道に見えるからさ」
ハオジュン先輩の言葉に驚き、思わずもう一度あたりを見回す。やはり、そこには藤の花が咲き誇り、美しい紫と緑の屋根がある道が続いていた。
とても、美しい光景なのに他の人と共有することが出来ないとは。なんとも不思議な道だ。
「まあ、さっさと行こうぜ! お前の着替えもしなきゃなんねぇからな!」
ハオジュンはそういうと、僕の手を掴みどんどん進んでいく。
僕はやはり不思議に思いながら、その道を進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます