9話 試験開始を知らせる声

 

 来る試験当日。

 

 僕は、今日もランイーと共に試験会場にやってきた。この前は宮殿の近くだったが、今回はそこから少し離れたところにある大きな離宮の一つ「朱鯉宮しゅりきゅう」に来ていた。

 

「リュウユウ、お前何番だ?」

 

 ランイーは宮殿前に貼り付けられた試験番号の区分けを見ながら、僕に話しかける。

 

「一三零一。ランイーは?」

「九一九。この案内図だと、試験会場は別だ……」

「そうだね、そうなると試験順では会えないかもね」

 

 眼の前の掲示板には、百番毎に試験を受ける部屋が区切られており、この表どおり行くとどうやら僕たちは離れてしまったようだ。

 と言っても、ランイーの部屋より自分の部屋が奥なだけなので、途中までは一緒だ。

 

 歩くたびに胸の鼓動が強くなるのを、感じながら二人で案内に沿って、部屋へと向かう。

 

 そして、先に着いたランイーの部屋の前で分かれ、自分はそこから更に奥の部屋に向かっていく。

 指定された部屋には、ずらりと机と座布団を用意されており、部屋の前方を見ると、席番号の場所が書かれた板が置かれている。

 

 確認すると自分の席はほぼ真ん中の席で、既に到着していた周りの人たちは、真剣に本を読んでいた。龍仙師の試験は、剣術もだが、筆記試験もあるから、やはりここで落とすわけにはいかないだろう。

 

 自分もまた、寺子屋にあった歴史書を写したものを広げて、それを確認程度に読み始める。

 そして、全員が席に座り試験の始まりを今か今かと待っていたその時だった。

 

「グルァアアアアアアアア!!」

 

 地響きのような咆哮が宮殿を揺らした。

 何事かと、部屋にいる全員が音がした小さな窓の方へと視線をやる。そこには窓に収まりきらない大きな金色の眼がこちらを見ていた。

 

 龍だ。あれは、龍だ。

 

 周囲は恐怖に竦み上がる人や、「龍だ! 龍だ!」と騒ぐもの、そして、またかと言わんばかりに落ち着いたまま書物に目を向け直すものもいる。

 

 その中で、僕は席に座ったままではあるが、ただその瞳を見つめながら、高鳴る鼓動が抑えられないでいた。

 

「おーい、お前ら早く座れ、外のお前もからかうなっての」

 

 気づかぬ内に黒尽くめの男が、ざわめく中の僕たちに声をかけた。

 皆、その人を見て慌てて席に着き、試験を受けるための準備を始める。そのうち窓の外にいた龍はどこかへ去っていってしまった。

 

 皆が準備を整える中、男を先頭に数人の文官もまた部屋へと入ってきた。その手には筆記試験の回答用の巻物が用意されている。

 ただ、どうしても黒尽くめの男がとても気になる。

 龍に対しても慣れたような態度であったし、男の服装もまたすごく変わっていた。

 体格の良い身体に、黒い硝子の丸眼鏡を掛け、黒色の西洋軍服の上に黒色の大袖衫だいしゅうえんと呼ばれる羽織を着ている。その大袖衫には黒地に美しい金色の鱗のような刺繍が裾部分にあしらわれていた。

 

 その美しい刺繍に思わず、目を奪われる。

 

 ただ、男はその視線には気づかず、試験開始までを進め始めた。

 

「それでは、まずこの部屋では筆記試験からだ。試験問題を配るぞ」

 

 その軍服を着た男の指示で、文官だと思われる人たちが試験用紙を配りだす。

 

 自分の手元へと来た問題用紙。ついに始まるぞ。

 

「試験中、他人の答案を見た場合、二度と試験は受けられなくなる肝に銘じておけそれでは」

 

「始め!」

 

 

 開始の言葉と共に、皆一斉に問題用紙を捲った。

 

(龍髭国の成り立ち、巨大な龍神から髭を承った初代皇帝が龍の力を使い、乱世を治め、天下を獲ったから……龍髭国と現在の友好国は、扇鶴国おうのつるのくに熱砂楼連邦ねっさろうれんぽう……あれ? あと一つ……どこだっけ……あでも、今は三国だけだっよね……)

 

 試験問題を必死に解き続ける。問題数は百問。難易度は様々で、どんどん解いていく。紙を捲る音や鉛筆が走る音だけが、部屋に聞こえる。たまに横を通る文官は、不正をしてないか監視してるのだろう。

 

 剣術に不安がある今、筆記試験は落とすわけにはいかない。少しばかり途切れた意識を、もう一度集中し直し、目の前の問題用紙にすべての意識を向けた。

 

「終了。問題用紙を回収する」

 

 終わった。

 正直そこそこ書けたのでは? と思うくらいの出来栄えではあるはず。あまりの開放感に今すぐ床に寝転がりたいくらいの気持ち。しかし、周りの目があるのでぐっと堪える。

 

「それじゃ、次は実技だ。移動するので、荷物を持つように」

 

 黒眼鏡の男の指示に、慌てて皆が自分の物を鞄に詰め込む。僕も同じく、忘れ物はないかと辺りを見渡し、鞄を持って立ち上がった。準備ができた人たちから、部屋の前方へと進む。

 

「よし、ついてこい」

 

 部屋から出ていく男の後に、受験者たちは続いていく。宮殿の廊下を歩き、階段を降りていくと、どうやら窓から見える景色的に宮殿の中庭に向かってるようだった。中庭に出てくると、既に実技試験受けている人たちがいる。実戦で剣を奮う人、剣舞を舞う人の二手に分かれており、皆そちら側が気になるのか、ちらちらとその様子を盗み見ていた。

 

(選べるのか、どちらかなのかは、年度に寄る的な話を聞いた気がするけど……)

 

 頭の中で、今後の動きとしてどうするべきかと考えていると、気付いたら柳林に入っていく。こんな場所があったんだと、少し驚いていると、すっと前の人が止まった。

 僕も立ち止まり、前の方を見ると、そこには柳が生い茂る間に随分古いお堂が建っている。

 

「今から一人ずつ入ってもらい、中で剣術の実技に使う剣を選んでもらう。選んだ後は、中にいる武官の指示に従って動くように! それでは、前のやつから一人ずつ入れ」

 

 男の指示に前の人から一人ずつ中に入っていく。暫くすると、鐘がなり、次の人が中に入る。意外と早い速度で一人ずつ中に入っていく。暫くして、僕の番になった。

 

 かーんっ。かーんっ。

 

「番号は?」

「一三零一です。」

「一三零一か、お前の名前は……リュウユウか、よし確認は取れた中に入ってくれ、武運を祈る」

 

 黒眼鏡の男に応援を頂いたので、「ありがとうございます。がんばります。」と返し、少し開いた扉の中へと入る。

 

 お堂の中は薄暗いが、唯一灯籠が中央の玉座を囲むように置かれている。そして、その玉座には人が一人座っていた。

 

「リュウユウというのか、花の島の住人が龍髭国の軍人になろうとするとは珍しい、こちらに来い」

 

 凛とした強く美しい声。その声に言われるままに足を進める。

 その人は、切れ長の目をした中性的で美しい化粧をしている。また、豪勢な冠をつけ、美しい緑色の龍髭深衣を着ていることから、この方も皇族に連なる人なのだろうとは予想がついた。

 

「目上の人の顔を凝視するのはよくないな。作法については、今後よく学ぶといい」

「す、すみません」

 

 慌てて、視線を床に向ける。

 

「構わない、誰しも人は失敗する」

 

 とても優しい声だ。指摘されて、竦み上がった身体が少しばかり緩む。たしかに作法については、本当に基本的なことしか知らないため、指摘どおりだった。

 それに、人に顔を凝視されるのは気分も良くないと、今思えばわかること。

 

「まあ良い、さあ面を上げて良い」

「あ、ありがとうございます」

 

 ゆっくりと顔を上げると、その人はゆるりと立ちあがる。

 

「本来ならば、さっさと剣を探すよう言うのだが、少しばかり質問したい」

「はい、何でも答えます」

「軍人になるなら、そんな簡単に口を割るべきではない気がするが……まあいい。

 単刀直入で聞こう、花の島にとって、我々の軍は忌避すべきもののはずだ。

 なぜ、その軍の、最主戦力である龍仙師になろうとおもった?」

 

 その質問に、言葉が詰まる。まさかそのようなことを聞かれると思ってなかった。

 なんて答えようかと、少しばかり悩む。

 ただ、僕はとても嘘を吐くことが苦手だ。それに、下手でもある。

 この人に嘘をついても、簡単にバレてしまうだろう。

 

「功績をあげて、後宮にいる母と暮らすためです。そのためには、龍仙師になることが一番の近道です」

「なるほど、花の島の女性たちは今、皆後宮に住んでいるからな」

「はい」

 

 僕の答えに、その人は暫し考え込んだ後、ゆるりとこちらに向き直った。

「そうだったのか、わかった。とりあえず、質問は以上だ。左の壁側から剣を選び、そのまま左側の扉から出て行くといい」

 

「わかりました」

 

「ああ、自分の信念を信じて進みなさい。武運を祈る」

 

 その人から見て左側へと腕で示す。僕から見て右側へと、言われた通りに向かいその壁に近寄る。壁には所狭しと様々な形の直剣が並んでいる。僕はゆっくりとその壁を見渡す。

 

(剣の素材もまちまち? 鉄と、これは青銅のように見えるし……これは硝子か……)

 

 様々な剣を見る中、一つの直剣に目が止まった。

 

(木の剣、だ)

 

 様々な素材の剣が並ぶ中、一番下に飾られている剣は明らかに木で作られている。美しい並目のような木目と、握りの部分に美しい蔦と花の模様が彫られている剣。

 

(ここは普通、鉄の剣を選んだほうがいいと思うんだけど……)

 

 かちゃんっ。

 

 衝動のままに、引き抜いてしまった。

 

 手に持ったその剣は、始めて握ったとは思えないほど手に馴染み、なぜだか重さも感じられないほど軽やかなのだ。

 

(凄い今すぐにでも剣を振りたくなる)

 

 あんなにも不安だった実技試験は、今ではとても楽しみになってきてしまう。

 あまりの心境の変化に僕自身も驚いていた。

 

 僕は足取りが軽いままその剣を大切に持ち、一度ばかり真ん中の人に頭を下げると、指示に従うまま僕から見て右の扉から出ていった。

 

 

 

 

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