10話 四阿にて
扉の向こうには、高い緑の垣根と美しい藤の花の屋根が掛けられた道が続いている。藤の隙間から漏れる光、涼しいその道を進んでいく。
この垣根や屋根はかなり丁寧に手入れをされており、美しい藤はそよそよと風に揺れ、その隙間から溢れる光が美しい。
(この道はどこに続いているのだろう)
まだ終わりの見えないこの道は、風の音しか聞こえない。あんなにも人がいる試験中なのに、少し不可解思ってしまう。後ろから人が来る気配もない。
もしかして、落ちたのかもしれない。不安に思ったところで、誰もいないし、元の道を戻る以外にここから出る方法はない。
(でも、行くしかない)
キュイィ……
この道の先からだろうか。遠くでなにかの鳴き声が聞こえた。初めて聞く生き物の声に僕は、驚いて聞こえた方を、目を凝らして見るが何もいない。
今の声は、何だっただろうか。
暫し唖然としていた僕は、気を取り直して、ひたすらに続く道を歩いていく。こういう時誰か居てくれたらいいのにな。なんて、少し寂しさを感じながら未知を進んでいく。
暫くして、その道の終わりが見えてきた。
道の終わりの門をくぐると、そこには美しい庭園が広がっていた。
石畳の道の両脇には美しい花壇には様々な紫色の花が咲き誇り、その向こうには睡蓮が浮かぶ小川が流れている。その川には、赤色の橋が掛かっており、橋のわたった所には紫色の塗装がされた
「おっ! おい、お前、こっちこいよ! 待ってたぜ!」
景色に見惚れて、足を止めていると、不意に大声で声を掛けられた。慌てて、その声がする四阿の方に目を向ける。
そこには、大手を振る誰かが自分を呼んでいた。
「は、はい、今行きます」
僕は慌てて、石畳の道を速歩きで進み、その後赤い橋を越えていく。
四阿に入れば、そこには先程手を振っていた黒髪の人が一人と、もう二人よく知る人物がいた。
「お、リュウユウじゃないか! よく来たな!」
「本当に。まさかここで会うとは思わなかったですね、ルオ様。どうも、この前ぶりで」
「ルオさん、ジョウシェンさん、まさかここで会うとは」
そう、ルオとジョウシェンが四阿の椅子に座っていた。ジョウシェンが言うとおり、本当にまさかここで会うとは思わなかった。
相変わらず、ふたりとも美しい深衣を着ていた。
「おいおい、いきなり新人同士で仲良くするのはいいけど、俺を忘れんなよ!」
声を張り上げたのは、声を掛けてくれた黒髪が緩く波打つ青年。透き通るような白肌とは別に、眉や目鼻立ちがかなりしっかりしており、大きな瞳がなんとなく異国情緒漂う顔をしている。濃い顔の美少年というのがしっくりくるような人だった。
少しばかり自分より低く、自分を見上げる彼に、驚きつつ頭を下げて挨拶をする。
「す、すみません……あ、僕は、リュウユウって言います」
「リュウユウか、俺は姓はリュウ、名はハオジュン。新人は俺のことは、偉大なるハオジュン兄貴と呼べよ!」
「あ、兄貴ですか?」
「勿論! 言っとくが、俺はこれでも二十歳だからな!」
「えええええ!」
「何だ! その態度はしばくぞ!」
あまりの驚きに思わず叫んでしまう。少なくとも自分と同い年の十五歳か、一つ上かと思っていた。兄貴って、そんなと思いつつ、はあっ? と顔をしつつ、自分を見上げているハオジュンを見る。
「え、えっと、ハオジュンさ……ハオジュン兄貴、失礼しました」
「おう、よろしい! 宜しくな、新人、俺が今年の新人たちの教育係だ」
一瞬にして期限が直ったハオジュンは、ぽんっと僕の肩に手を乗せた。それにしても、先程からもう一つ気掛かりなことがあった。
「え、え? し、新人?」
そう、ハオジュンが「新人」と僕たちを呼んでいることだった。
「ああ、そうだぞ、新人だろ」
「ええ、っと、あの新人って、新しい人って意味ですよね?」
「そうだが?」
ハオジュンはくいっと頭を傾げた。まるで当たり前のことをなぜ尋ねるのか? と言いたげであり、たしかに僕の質問はそう取られてもおかしくはない。自分の聞きたいことが上手く言語化出来ない。どうしようと悩んでしまい、会話が止まる。ハオジュンはそんな僕の様子を見て、言葉が出てくるのを待ってるようだ。そんなとき、助け船を出してくれたのはジョウシェンだった。
「ハオジュン先輩、多分肝心なことをリュウユウに、ちゃんと伝えてませんよ?」
「肝心なこと……え、なんだ? なんかあるか?」
「ええ、それが最も大事なことですよ。ルオ様と僕はよくご存知のことでしたが、リュウユウはしがない一般市民ですからね」
少しばかり棘のあるジョウシェンの言葉に、思わず自分の口元が引きつりそうになるが、言われたハオジュンが懸命に思い出そうとして、首をひねっている。
そして、少しばかりしてハッと顔を上げた。
「そうだ! 今日歓迎会あるから、お前夜楽しみにしておけよ!」
「なんでそうなるんですか!」
歓迎会? ますます解らなくなる。ジョウシェンも思わず混乱したのか声を荒げた。何かへと歓迎されてるのだけはわかってきた。ちらりと、ルオを見るとルオは楽しそうに笑っていた。
「ハオジュン兄貴、私達は龍仙師の試験を受けに来たんだ、その結果を言わないとわからないと思うぞ」
「おい、ルオ! 身分はどうあれ、この隊に入ったら先輩には敬語使え!」
「ああ、申し訳ない、ハオジュン兄貴」
「よしよし。って、ああ、俺言い忘れてたのか」
ハオジュンはにっこりと僕の方を向き直った。
「試験は合格だ、おめでと!」
「え? ええ? えええええ??」
「お前、口癖「え」なのか??」
驚いてまたもや混乱する僕に、ハオジュンはやれやれと言いたげな口調で指摘する。だとしても、今日やった試験は筆記試験だけなのだ。これで、合格だと言われると、騙されてるのでは? という考えが少し出てくる。
「いや、あの、そういうわけじゃ、あ、ありがとうございます。って、あれ、剣術の試験は……」
「ん? ああ、剣術?」
「はい、剣術です」
「あー、あれか、龍仙師になってからどうとでもなるし、剣以外の武器でもいいから別に必要ないぞ」
なぜだか会話が通じてない気がする。なんと伝えればいいかと、言葉を考えるが、口を開く前にハオジュンは楽しそうに声を掛ける。
「まあ、疑問があるなら今日の歓迎会で聞くといいぞ! 今居る龍仙師の隊員、皆来るからさ!」
僕は、自分の疑問を今聞くことを諦めて、「はい、そうします」と答えることしかできなかった。
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