8話 同じ釜の飯を食う

「ランイーは、龍仙師志望ではなかったのか」

 

 蕃茄とまとと卵の炒め物を頬張るルオは、ランイーに向かって驚いたように声をかけた。

 

「いやまあ、成れたらいいな程度ですけどね。ほ、ほら、兄からも難しいと聞いてましたし、ただまあ、あ、あの、諦めたら駄目だなと、コイツ見て思いまして。どうせ殆どの人が落ちるなら、受けたほうがいいかな〜と」

 

 ランイーはしどろもどろに答える。その目は泳ぎに泳いでおり、余程言葉の裏表に鈍感でなければ、「なにか言い訳してるのでは?」と丸わかり。

 

 しかし、目の前のこのお方は違ったようだ。

 

「なるほど、何事も高みを目指すのは良いことだ。自分から挑戦した志、私はとても良いと思う」

 

 ルオは大層光り輝く笑顔で、ランイーを褒め称える。そのせいで、ランイーは少しばかり「ははっ、ありがとうございます……」とさらに居心地悪そうにした。

 

 

「なので、ランイーは受けると決まった半年前遠方に住み込みで剣術の指南受けてたんですよ。それで、この前やっと帰ってきた時は、僕と隠れて手合わせしたんです」

 

 ランイーの居心地悪そうな感じ、だったので僕は先程痛い土下座の分少しばかり話をそらしてあげた。

 

 実は、ランイーの本当のところは、龍仙師を諦めた次兄からランイーへと夢を親から強制的に託された、というのが正しい理由。それで、まさに売られた仔牛のように、遠方の剣豪の元へと運ばれていくのを、僕も遠くから眺めていた。

 

 ランイーはその時のことを思い出させられたのが少しばかり嫌だったのか、僕を軽くじとっとした目で睨んだ。

 

「帰ってきて早々痛い目みたよ、それで。

 聞いてくださいよ、リュウユウの剣術は、ほぼ独学のせいで、見た目は本当に優雅なのに、実情なんか喧嘩っぽいというか、名乗りもせずに斬りかかってきたんですよ」

「あ、それは言わない約束だろ」

「あーそうでした」

 

「はははっ、それはいけないな。だが、試験の時にでも是非その剣術を見せてほしいな」

 

 思わぬ、ランイーによる手合わせのときの失敗を話されて、ルオは面白そうに笑った。

 事実その失敗をしてしまったのは、本当にやらかしたが。

 まず、僕の剣術については、あまりにも僕が剣舞と喧嘩殺法のような野良剣術を合わせた邪道そのもので、正統派しか知らないランイーにものすごく怒られてしまった。

 仕方ない、だって、セイの剣術が実践と剣舞という感じだから、普通の剣術と一緒にしてもらったら困る。

 なにより、セイに教えられていた時は手合わせをしたことがなかったため、本当に色んな規則を無視してしまった。本にも、セイにも、教えてもらえてなくて、いきなり斬りかかったのはだめだったようだ。

 

 試合のはじめに名乗るなんて、知らないよ。土俵に乗った瞬間に始まると思ったのに。というか、戦場なら名乗ってる瞬間に殺されてしまうよ。

 

 僕は不機嫌ですオーラを出しながら、豆苗炒めに箸を伸ばす。

 

「リュウユウ、知らぬことがあるということは、それを知る楽しみがあるという事だ。その豆苗ってものも美味しいな、なかなかこういう物を食べる機会がない。私は知らぬ料理を食べて、今とても楽しい気持ちだ」

「それは、そうですけど……」

「だろう、で、この網目の形の肉は何だ?」

「それは、ハチノスと呼ばれる牛の腸です。大蒜の芽と味噌で炒めてて、美味しいですよ」

「そうなのか……んっ! 美味い、この弾力のあるぐにぐにとした食感がいいな」

 

 ルオの慰めてくれてるであろう言葉と、その後ハチノスを頬張る姿に、なんだか少しでも拗ねた自分が馬鹿らしく見えてくる。

 自分もまた食を勧めていると、入り口の戸に着いている鈴がカランカランと音を鳴らした。

 すると、店の店員が入口の方を見て、「いらっしゃいませ」と声をかける。

 

 誰か入ってきたのだろうか、僕は入口の方を見た。

 鉄紺に龍髭深衣を着た青年が、当たりを見渡している。

 その青年の顔には、ルオがさっき指で作っていた眼鏡を掛けていた。

 

「ああ、探しましたよ!」

 

 僕と目があった瞬間、くわっと目を開いた彼はずんずんと大股で僕たちのテーブルにやってくる。その顔は、まるで鬼のようだ。

 

「ああ、待ってたよ。そうだ、お腹が空いてないか?」

「空いてますよ! 貴方が勝手に消えるから食べ損なってます! しかも、この方達は誰ですか!!」

「ああ、二人共これは私の友人だ、是非彼に名前を教えてやってくれ」

 

 少し高めの声で怒り続けてる眼鏡の青年は、僕たちをビシッと指差す。それに対して、ルオはまるで慣れてるのか一切動じず、僕たちに自己紹介を促した。

 このような状況で? と思うが、ぎろりとこちらを見た眼鏡の青年の視線はとても鋭く、僕たちは重い口を開くしかなかった。

 

「あ、こ、こんにちは、ランイーです」

「こ、こんにちは、リュウユウです。ルオさんとはお店の前で知り合いまして」

 

 萎縮しつつ挨拶をした僕たちを、その青年は足先から頭ですっと見た後、きつい目線を少し緩めた。

 

「私は字はリウ、名はジョウシェンと申す。ルオ様の従僕をしている。ルオ様を保護してくれたようで。感謝する」

 

 さらりとその言葉を僕たちに言うと、ジョウシェンはまたルオに視線を戻す。

 

「で、ルオ様、こんなところで何でご飯食べてるんです! あれだけ動かないでくださいって言いましたよね」

「すまない、子猫が親と逸れてしまったみたいで、親猫に届けてたらこの路地裏に来てしまってな」

「そういうことじゃないんです!!! 動いていつも勝手に迷ってるのは、なんなんですか!」

「ハハハッ、すまないね。苦労かける」

「わかってるなら! 動かないでください!」

 

 店の中でも関係なく、ジョウシェンは説教を始めるが、それに対してルオは何も堪えていない。馬の耳に念仏、ってこういうことなのかと思った。

 

「あの、すみません」

「なんですか!」

「店員さんが、見てます」

 

 僕がそう言うと、ジョウシェンさんは店員の方を見る。配食をしているお姉さんはお盆を持ったまま、怯えた顔で僕たちを見ていた。

 

「……失礼した。変わりに何か高いものをいただけるか。鶏肉系だと嬉しい」

 

「は、はい、揚げ鶏の葱だれ漬けとかいかがでしょうか?」

「それで」

 

 ジョウシェンは、注文し、すっと銀貨を取り出して、お姉さんに渡す。この店で心付けを渡してる人を初めてみた。

 お姉さんも先程の怯えた雰囲気が銀貨を受け取った途端に柔らかくなり、「他にも美味しいものおまけ付けますね~」と嬉しそうに厨房に注文を通しに戻っていく。

 

 その後、テーブルに届いた大量の揚げ鶏は美味しく、少し余った鶏はすべて僕にお土産として渡された。ちなみにお姉さんは最後まで満面の笑みだった。ジョウシェンに心付けそこそこ貰っていたから、今日はいい売上だっただろうな。

 

「それでは、また、試験の時に」

 

 お店を出て、街の高級宿に泊まってるルオ達と、このまま家に帰る僕たちは大通りで分かれることになった。

 

「ええ、その時はまたご飯でも」

「ランイーもリュウユウも、私達も受かる為に最善を尽くそう。当日は会えること楽しみにしてる」

 

 そう言って去っていく二人に僕たちも頭を下げて、日が落ちる前にと急ぎ足で家に帰る。それでも、着く頃には既に日が落ちきっていた。父と住む長屋は自分の家以外灯りが消えている。あの隣の夫婦は、去年ついに奥さんが出ていき、残った旦那さんは先月田舎に帰ってしまった。

 

「ただいま」

「おや、遅かったね、どうだった? 無事に受付できたか?」

「うん、出来たよ」

 

 少しばかり草臥れた様子の父が、ご飯を作って待っていてくれた。僕も持ち帰った揚げ鶏を渡すと、「高かったのでは?」と父親がこちらを見た。

 

「ああ、実は一緒に試験を受ける人たちと一緒になって、余ったご飯くれたんだ」

「そうか、まあ、貴賤問わずだから。そういうこともあるか。ただ、粗相するのでないぞ、最近貴族が慌ただしいしな」

「そうなの?」

「ああ、なぜだかはわからないが、いつも行ってる貴族の家に行ったら、初めて手荷物検査されたよ」

 

 父親は「花は時間との勝負だから、傷まないか心配だったよ」と湯呑のお茶を飲みながら、困ったように眉を下げる。たしかに、今まで貴族の家にお手伝いしに行ったことはあるが、そんなことなかったはずだ。

 

「それは珍しいね」

「ああ、使用人の人たちも急に決まったことだと言っていたからな。まあ、そんなことより、ご飯を食べようか」

「そうだね」

 

 父はそう言って、机に揚げ鶏を並べる。既に葱だれがしみしみで、さくさく感はなくなっていた。

 それでも美味しい鶏を親子二人で食べつつ、僕は来る試験の日に思いを馳せた。

 

 

 

 

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