2話 父との会話

 

 正直、この決断は家を追い出される覚悟をした。

 

 花の島にとって、龍髭国の武官になるということは、故郷にとって大変憎い存在になると同意義なのだから。

 もし、この事が花の島の人に知られでもしたら、自尊心はないのかと、詰められても仕方ない。

 けれど、ひたすら考えた末で、憎み続けるよりも、もっと自分たちの願いを叶えられるように動くべきだと思ったのだ。

 僕はこれは考えて決断したことだと、伝えれば父もわかってくれるはずと、父親の出方を伺う。

 

 寝耳に水であっただろう父は、暫し口を閉じたまま項垂れたあと、震える唇をゆっくり開いた。

 

「武官……しかも、わざわざその日に受けるというのは、もしや龍仙師を目指すのか? 成れても、を頂くことは難しい。なにせ、ここ最近は戦もない、もし戦が起きたら、真っ先に死ぬかもしれない……リュウユウ、お前はわかっているのか?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される言葉をしっかりと聞き、父の最後の言葉のあと、僕はしっかりと頷いた。

 

「うん、それしかないからね」

 

 母と暮らすためには、それしかないのだ。

 龍髭国の武官には、様々な役割があるが、その中でも、唯一別名を持つ部隊がある。

 

 龍仙師りゅうせんし

 かつて、龍を従えし仙人というものに助けられ、その存在に弟子入りしたという龍髭国初代皇帝が、培ったすべての能力と権力を使い、生み出したという龍と共に空を守る最強の特殊武官隊のことだ。

 

「たしかに、龍仙師はには直接関わりがないが……それでも、龍だぞ? 遠くの空で見たことはあっても、近くで見たことはないだろ」

「そうだね」

 

 龍仙師は特殊ではあるが、見るも珍しいものではなく、空を毎日巡回しているため、一日中空を眺めれば遠くにいる龍の姿を見ることができる。

 国の空を龍が巡回する姿は、勿論リュウユウも何度か見ていた。その龍は、大きさも色も動きも形も違い、昼間の遠くの空を飛んでいく龍は子どもたちの憧れでもある。

 

 僕は、やはり生まれのせいか、表立って羨むことはなかったが、龍の背中に乗れば故郷にもすぐ帰れるのかと、しみじみ考えたことがあった。

 

 子供たちは龍仙師憧れて、目指すものも多い。そして、なによりも、皇帝に寵愛されているこの部隊は、戦争などで武功を上げれば、皇帝直々に報奨を交渉することができるのだ。

 実際過去に龍仙師の一人が、後宮にいる高貴な妃を嫁にしたいと申し出て、受け入れられた者もいた事実もある。

 

 ここまで特別な扱いをされている理由もしっかりとある。まず、龍仙師はかなり生まれつきの適正というものがあるらしい。

 その適正のせいで、成り手が少ないため狭き門と化していると、寺子屋の先生がこう話していた。

 

「適正というものが、生まれつきのものが、見えるものなのかもわからないが、これがなければいけないんだ」

 

 その言葉はなかなかに重みがあり、聞けば寺子屋の先生も龍仙師の試験を受けて、落ちた経歴があった。

 

 この適正というものが、何を指しているのかはわからないし、それ以上の情報もない。

 しかし、元々宮廷で文官をしていた人ではあるから、その情報は確かなものであろう。しかし、宮廷での権力争いに疲れて、この街に逃げてきた人なので、龍仙師になりたいと話した時は物凄く止められた。

 

「あそこに行くのは死ににいくようなものだ、実際最近も他国からの侵入者によって、撃ち落とされ、行方知れずが出たんだぞ……」

 

 そう先生にも脅しにも近い話であった。それでもこの報奨で、またあの頃の我が家を取り戻すことが、僕にとっては一番優先すべきことだった。

 

 勿論、父に納得してもらうには、やはり随分時間がかかってしまった。夜通し話し合い、どうにか条件付きで納得してもらうことができた。

 

 条件は、龍仙師に受かること。もし受からないならば、他の武官になることも含めて諦める。また、花屋の手伝いはすること。

 

 たしかに、自分の目的の場合、龍仙師以外の道だと、高位文官にでもならなければ難しいだろう。

 正直、僕には高位文官になるほどの頭と、身内の力は備わっていない。体力的にも比較的細身で小柄なので、普通の武官であったならば、武功を上げるのも夢のまた夢。なので、この父から提示された条件はもっともなことだった。

 

 寺子屋に向かう道を歩きながら、この先のことについて考えを巡らす。

 

「まずは、二年か……」

 

 基本として武官の募集は十五歳以上が対象だ。現在十三歳の僕には、一応二年ほど猶予がある。そして、龍仙師の受験資格は、特殊な事情がない限り二十歳までが上限とされていた。

 

 七年か。それまでにできる事をし尽くす必要がある。寺子屋に行ったら、何をすべきか、もっと考える必要があった。

 

 その日から、僕は出来得る限りの努力を積み重ねた。勉学も、体力増強も、礼儀作法も、どうにか見様見真似で、様々な文献や大人たちに頼み込み、習い続けた。

 

「リュウユウは、真面目すぎるよな。そんなに頑張ると体が持たないぞ? ただでさえ、鹿みたいなのに」

 

 寺子屋で知り合った数少ない友人の一人が、ぽろりと口をこぼしたこともあるくらいだ。「目指す夢があるからね」とどうにか微笑み返せば、「俺はこっち側の人だけど、武官は無理だわ」と肩を竦めた。

 友達の名は、ランイー。見た目は、細長く、黒髪で長めの前髪を横に流している。見た目は、まさに鹿に似ている自分とは違い、軟派な雰囲気がある柔和な美男子といった感じだ。彼の父親は、この辺りでは豪商として有名な人で、子供の頃から父親の仕事を手伝ってる関係か外の人にも偏見がないと言っていた。

 自分も龍仙師への訓練だけではなく、父の仕事を手伝いなどもしてる際、ランイーの家に赴くことがあった。

 

「たしかランイーのお兄さんも、龍仙師を目指してたよね?」

「ああ、二番目の兄ちゃんがね。既にニ回落ちてるけどね。このままだと、下手したらお前とぶつかるだろうな」

 

 少しばかり苦笑いするランイーは、気まずそうに視線をそらす。そして、「俺、先生に聞きたいことがあるから」とその場をとっとっとと逃げていく。

 

 多分だが、龍仙師についての話はすることが禁じられてるのだろう。金持ちではあるが、宮廷への繋がりを作るのには、軍人になるのが早いだろうし、龍仙師はその中でも格別だ。好敵手は一人でも少ないほうがよいと、考えているのは予想がつく。

 

 仕方ないなランイーから聞き出すのは難しいなと、肩を竦めたことをよく覚えている。

 

 そのように真面目に努めていたが、やはりとうしても大きい壁が聳え立つ。

 勉学については良い先生がいるためどうにかなっているし、成績もなかなかよい。

 しかし、剣術やそれに伴う体力作りには、現在苦戦を強いられている。何せ、良い師を探そうにも伝手と金がないのだ。

 どうにか両刃剣を模したボロボロの木刀を、父親の仕事先(ランイーの家ではない)から譲ってもらうことはできたけれども、その家の子も龍仙師を目指してるようで、良い師は教えてもらうことができなかった。剣だけ貰えたことだけでも、感謝ものだけれども。

 

 仕方なく見様見真似で剣を振るい、体力を上げるために走り込みや、本で見た筋力訓練を行う。しかし、それでも百聞は一見にしかずだ。付け焼き刃にしかならないのは自分でもわかっていた。実践での剣術を見る機会はとても少なく、まともに見たのは頭で浮かぶのは祭りで見る剣舞くらいしかない。

 ランイーの家で剣の稽古を見れるかと思ったが、どうやら遠方で住み込みで修行しているようで、こちらのお屋敷にはいないようだ。

 

 そう、見たことがないものをどう学べば良いのか、という大きな壁にぶつかっていた。

 

 ああ、どうするべきか。龍仙師の試験は、適正が重要な事以外、殆ど流出していない。だからこそ、想定し得る全ての事に備えるしかないのだ。とりあえず、二年後の一回目は捨てて、雰囲気を知るしかないだろう。

 

 今日も剣を握りしめたまま倒れ込んだまま、焦っても無駄だと思い直し、今一度深呼吸をする。人気のない竹林の中で、こうやって人知れず頑張ってみてるが、空回りしてるような気がしてならない。

 

 どうすればいいのだろうか、あまりの不安に気づいたら視界が涙で滲んでいた。

 

 それから、数週間後だろうか。

 思わぬ客が、夜遅く父と自分の家にやってきた。

 

「すみません、ここで花扱ってると聞きまして」

 

 叩かれた戸の向こうから声が掛かる。父はいま風呂場だったため、慌てて自分が扉を開ける。

 そこには、白い布で身体を覆い、黒色の長髪で、透き通る白い肌と、大変人の良さそうな顔立ちをした二十歳くらいの男性が扉の前に立っていた。白い布を覆っている人たちといえば、現存している民族ならば硝子丘と呼ばれる砂漠に住んでる人たちであろうか。

 背が自分と同じくらいだからか、簡単に目が合うと相手はにっこりと微笑んだ。

 

「おまたせしました。はい、花ありますよ」

「そうですか、そしたら、花輪をいくつか用立ててくれませんか? 近々このあたりで見世物小屋をやる予定なんですよ。期間限定とはいえ、開店するのに花の一つないのは寂しいでしょ」

「見世物小屋ですか?」

「ええ、サーカスと言うのですが、ここらであまり馴染みのない言葉でしょうし、あ、もしよければ貴方様も来てください。曲芸、曲馬、寸劇、漫談、剣技、舞踊、日の輪くぐりに、鞦韆(ぶらんこ)、歌でも何でもやりますんで」

 

 随分話をするのが好きな人なのか、矢継ぎ早に繰り出される言葉に思わずたじろぐ。しかし、その流れるような言葉の中でも、僕は一つの単語を聞き逃さなかった。

 

「剣技ですか?」

「おや、剣技興味ありますか? それはそれは良いですね良いですね、見に来てくださいな。あ、花なんですがね、ちょっと相談にのってくださいな五つくらいほしいのですけども」

「あ、はい。父が主にやってるので少しこちらで待ってもらっても良いですかね?」

「あー! そうなんですね、すみませんすみません。何分こういうことは慣れてませんでして、いくらでも待ちますとも」

 

 そう言って目の前のお客を中に通して、目の前の客用の椅子に座ってもらう。茶もやすいものであるが、ささっと準備して、客用椅子の隣の小さい机の上に置いた。僕はその時一つ大事なことを聞き忘れていることに気づいた。

 

「あの、お客様、今更ですがお名前を聞いても良いでしょうか?」

「ああ! すみません、私、ペラペラペラペラ話すもんでうっかりしてました。私の名前はリハオと申します。見世物小屋の主人といいますか、顔役と言いますか……司会ですかね? これでも、見世物小屋ではいい地位のはずですね」

 

 男はニッコリと笑った。

 

 

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