1話 はるか昔の花の島

 

 全ての始まりは、花が咲き誇る美しい故郷の島。まだまだ幼い僕は全く知らなかった。

 平和というものは、一瞬で崩れることを。

 

「逃げるな! 皇帝の命令である、一人残らず連行してもらう!」

「なぜ、龍髭国の軍隊がここにいるんだ!」

 

 酷い怒号だ。軍人と住人たちの争う声が大きく響く。

 自分の腕を掴んだ軍人が自分を強く引きずっていく。

 

「リュウユウ、走って走って!」

 

 すでに兵に捕まった母親の甲高い声が、自分の名前を呼び、叫び続ける。僕は言われるがままに、軍人の一瞬をつき、軍人の腕から飛び出した。

 そして、ただ懸命に走った。何が起きてるかわからなかった。ただ母親に言われた通りするしか思いつかなかった。

 

 走って、走って、走っていく。

 

 店先にいた父親も母親も、友達も、友達の親も、長老も、次々と大きな黒い箱に閉じ込められていく。その絶望は凄まじい。

 美しい花畑の中を掻き分けて逃げるが、子供の体力では次第に走り疲れ果てていく。そして、遂には先ほどとは別の軍人に捕まってしまった。

 

「離せ!!!」

「大人しくしろ!」

 

 押し込められるように黒い箱の中に入れられて、ぱたんっと暗闇の中で閉じ込められた。その中は見渡す限りの黒一色。一筋の光もない世界は、子供だった自分にとって未だに忘れることはできない恐怖だった。

 

「どうして、なんで……なんでなの……」

 

 泣きながら問いかけても、誰も答えてくれるものはいない。泣きつかれた僕はそのうち眠りについてしまった。

 

 僕が生まれたのは、「花の島」と言う美しい海と咲き誇る南国の花に囲まれた島だ。島の住人たちは皆のんびりと平和に暮らし、幸せな笑顔がそこら中にあったのを、今でもよく覚えている。

 当時まだ五歳だった僕は、両親が営む花屋で看板息子として店先に立っていた。母親が仕立てた深緑の小華服しょうふぁふく(厚手生地で作られた長袖の甚平のような服に、花の刺繍が幾つも施されている子供服)に見を包み、青空教室にも通いつつ、花の世話をして、たまには友人と遊び、毎日を楽しく過ごしていたと思う。特にその日は夕食が大好物である母特製の細切れ豚肉と香草を煮詰めた煮豚飯だったから、張り切ってお手伝いをしていた。

 今日は特別な日だったから、朝から幸せな日だったから、張り切ってお手伝いしていた。

 

 そう、幸せだったのだ、あのとき、自分の前に一人の軍人が現れるまでは。

 店先に現れた兵は、容赦なく父親を黒い箱へと閉じ込めたのだ。裏口から母親が自分を連れて、裏手の叢の中へと逃げ出したが、その途中で母は捕まってしまった。小さい僕は運良く一度はどうにか逃げることは出来たが、体力ばかりはどうにもならなかったのだ。

 

 そうして、捕まり、箱の中で泣き疲れた後は、まるで気を失うように寝ていたため、あの箱の中にどれくらいその中にいたかは分からない。その後、箱は開けられて乱暴に出されると、そこは石でできた壁に囲われて、石の扉と、上の方に格子窓がついているだけだった。窓からは月明かりが白く差し込んでおり、自分を照らしている。

 その窓から外を覗けば、そこには星空が広がっていた。

 思えば、太陽が昇るとともに起きら星空が広がる前に寝ていた自分にとって、夜空というものをこうまじまじ見ることはなく、少しばかりそちらを見ていた。

 

 静かな部屋で、少しずつ慣れてきた僕は、目の前の暗闇に誰かいる事に気が付いた。その人は、見た目は白い長い布で体中を覆っており、体格的に自分よりも少し上の少年だろうと思われた。

 

 顔はここらで見ないほどに、まるでトラのような鋭く大きく強い瞳で白目と黒目の彩度がくっきりしており、全体的にはっきりとした顔立ちをしている。村の女の子が見たら、かっこいいというか怖いというか分かれそうな顔立ちだ。

 そして、なによりも肌は日に焼けて、自分よりも数段暗い色をしている。花の島の住人は皆日焼けをしづらいため、そこもまた異国の人だろうと僕は思った。

 

「この島のやつか?」

 

 目があって、数秒。そう問いかけられた言葉は自分とは違う発音の抑揚をしており、どうやら別の所から来た人だろうと僕は思った。

 

「うん、ぼくは花の島のリュウユウだよ」

 

 質問に対し素直にそう答えると、相手は驚いたようにこちらを見た後、肩を竦めた。

 

「知らないやつにでも聞かれたら答えるとは、随分素直なんだな。まあいいや、俺はセイ。で、お前はなんで捕まってるかわかるか?」

 

 さらりと問われたことに、僕はえっとえっとと言いながら、捕まった時のことを思い出す。しかし、あの時は店番してたら急に現れた軍人たちに捕まったものだから、正直何が何だかわからないのだ。少しでもと頭の中から絞り出してみるが、答えは変わらなかった。

 

「うーん……わかんない……」

「だろうな」

 

 不甲斐ないと項垂れると、セイは訳知り顔でこちらを見てくる。その態度に、こっちは真面目に悩んでいたのに! と少しばかり僕がムッとほほをふくらませた。しかし、セイにとっては、その顔が面白かったのだろうくすりと笑った。

 

「甘ちゃんのような可愛い顔が台無しだ」

「そうでもないよ、ぼくはどんな顔でもとってもかわいいってお母さんが言ってくれるし」

「ああそうか、そりゃよかったな」

 

 セイはまるでバカを見るような目で鼻で笑った。見た目的に年齢は僕と対して変わらないのに、彼はまるで年上と言わんばかりで、こちらをあからさまに子供扱いしている。

 それは、普段温厚な僕でさえも、更に輪をかけてムッとするくらいにはあまりいい気がするものではなかった。

 

「じゃあ、セイくんは知ってるの?」

「勿論、まあ、捕まったとて、俺は花の島出身ではないから関係ないんだけどな」

「……花の島うまれの、ぼくはどうなるの」

 

 僕の問いかけに、あっけらかんと答えるセイにまた問いかけると、セイはニヤリと笑ったあと、肩を竦めた。

 

「なあ、花の島だったらさ、あれができるだろう」

「あれ?」

「そう、あーと……《花的祝福ふぁだしーふー》だっけか」

 

 リュウユウはそれを聞いて、びっくりする。それは、花の島では、少し大きくなった子供ならば誰でも出来ることだったから。《花的祝福》は、手を合わせて、花の神様にお祈りすることにより、身体から一種類の花を生み出す技のこと。一種類の花は島の神から授けられたもので、生涯同じ花を生み出すことしかできない。しかし、その花はとても上質で、リュウユウの父親は美しい芍薬の花を咲かすことで有名だった。

 五歳くらいの子供、そうリュウユウと同い年くらいから皆できるようになるものだった。

 

「セイはできないの!?」

「花の島で生まれてないからな」

「そうなの!? みんな出来ると思ってた! そっかこれ、とくべつなのか……ぼく、まだ種しか生み出せないけど」

 

「へえ、どんな種だ」

 

 セイの問いかけに、僕はポケットから種を三個取り出した。

 それは、今朝手を合わせてお祈りした時、自分の手の平に生まれてきた種だった。嬉しくて、何度も試して成功した三個。

 まずは種を生み出し、その後お祈りを重ねることで、芽を出せるようになり、最後は大きな花を咲かせることもできる。

 その始まりの一歩ができるようになった嬉しさに、家中を飛び跳ねて、走り回り、母親や父親に見せた。二人はとても喜んでくれて、今日はお祝いだと家族3人で踊ったくらい。

 その種がポケットに入ってたのは、お店に来る人や友人たちに見せる為に、すぐ取り出せるよう大事にしまっていたのだ。セイは掌の上にある種を覗き込むと、何かに驚いたように、目を丸く開いた。暗闇でもよくわかる程に目の白い部分が大きく広がり、考えるようにすっと細められた。

 

 少しの沈黙のあと、セイは口を開いた。

 

「これ、一つ貰えるか?」

「一つ?」

 

「ああ、この種は故郷の花の種に似てるんだ。ただ、ここから故郷は遠くてね。勿論、大切に育てる」

「えー……まあでも、この後も出せると思うし、良いよ」

 

 本来ならば、最初の種は大切にすべきものだが、種はいつでも出せるし、三つもあれば、一つくらいあげてもよいだろうと思った。

 

「ありがとう、この恩は星に誓おう」

「星にちかう?」

「ああ、忘れないという意味だ」

「ふーん、大切にしてね」

 

 差し出されたセイの手に種を一つ乗せる。

 

「ああ、大切にする」

 

 セイはそういうと笑う。二人はそのあと他愛もない話をして、気づけば眠りについていた。

 そして、起きる頃にはセイは既に牢屋にはおらず、自分は看守である男に抱えられ、その牢屋から出された。

 

 そして、そのまま僕は謎の部屋に通された。

 中にはかなり身なりの良い老人がおり、彼の手により、リュウユウの右手の甲には呪術文字の刺青を刻まれ、《花的祝福》は封印された。

 これは、僕だけではなく、花の島の女性から生まれた全てのものが封印される対象となった。そうして、花の島の祝福は龍髭国皇帝の命により、使えるものは誰もいなくなった。

 

 この日の事を、「飛花落葉ひからくようの日」と呼ばれている。

 

 それから、八年後。

 僕は大きな決断をした。

 痛みが疼く右手をぎゅっと握りしめ、僕は過去を振り返り、思い返した。

 その日は、四年に一度刻み直す封印の刺青を昨日刻み直したばかり、封印の刺青は本当の刺青とは違い、仙力せんりょくと呼ばれる不思議な力で一時的に刻んでいるだけではあるが、他人の仙力が刻まれているため、身体への負担はあるのだ。

 

 今もまた手に蠢く違和感を紛らわすために、自分の中にある強い記憶、あの忌まわしき日のことを思い出すしかなかった。

 

 自分の家族は、あれ以来全員揃うことはなかった。なにせ、龍髭国皇帝からの勅令で、母親と離れ離れで生活することを強制的に決められたのだ。それは、占領された今、逆らうことは許されないもの。

 なぜ、禁止か。それは、《花的祝福》は禁忌とされたことが所以だからだ。

 なにせ《花的祝福》は、花の神の血を受け継ぐ母から産まれる。

 これは花の島で生まれた花の島の女性たちから産まれたものは、それを使うことができるという意味で、これは龍髭国にとって不利益となると判断された。

 

 花の島の女性たちは皆、花の島から龍髭国皇帝が用意した街に閉じ込められた。基本的にはその街から出ることを許されず、家族とは年に数度、一対一でガラス越しに面会することしか許されない。外に出れるときは、子を成して産むときのみだ。

 

 そして、子を成すために外に出るのは、まだ子を産んだことがない女性に対し、一人のみ。赤子の頃から花的祝福を封印されるという。本来ならば、花の島の住人は全て粛清されるか、少なくとも女性たちが皆殺しかというところだったが、《皇帝の慈悲》でこのような形に収まったと勅命に書かれていた。

 

 そして、母はもう自分がいるから、もう子を成すことは許されない。それは、少なくとも今の皇帝が生きている限りは外に出れないとは思われる。また、今の皇帝が崩御したところで、この現実が変わるかもわからない。下手をしたら、もう二度と家族三人で食卓を囲むことはないのだ。

 

 父も随分窶れた。母を愛してるからこそ、花の島から離れ、母が幽閉されている離宮の近くまでやってきた。

 幸い、父は花や樹木の扱いに長けていたから、色々な屋敷の庭の庭師として父息子二人食いつなぐ事は出来た。

 ただ、やはり心はどうすることもできない。僕もまた、花の島出身ということで、周りの子達から仲間外れにされるか、おっとりとした喋り方を馬鹿にされることも多かった。

 

 それでも、母と暮らしたいという一心で街の寺子屋に通い、勉強をし、体を鍛えた。身体の方は母に似たのか、細身でなかなか筋肉も身長もそこまで大きくならず、これもまた揶揄される原因の一つになってしまった。

 けれど、それを補う程の足の速さと身軽さ、そして、建国祭の時に見た剣舞ができるくらいではあるので、運動神経は良い方だと自負している。

 

 僕は今ある自分の能力で、どうすれば打開できるのか、足りない情報の中考えに考え抜いた。

 

 そして、一つの道を選んだ。

 

「父さん、僕、この試験を受けようと思う」

 

 それは、あの時自分たちを恐怖に貶めた龍髭国の軍人、武官の募集について書かれた紙であった。

 

 

 

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