3話 謎の男リハオと見世物小屋
「いやいや、お茶まで頂けるなんてなんと幸運でしょうか。これ何茶です? いいお茶なんではないですか?」
家の客間に通し、少し草臥れた木の椅子に座ったリハオと名乗った男にお茶を出す。どうやら、お気に召したようで、既に湯呑みの中にはお茶がほぼなくなっていた。
「いえ、本当に安いお茶です。ただ少しだけ乾燥させた
花の島にならどこにでも咲いてる花島蒲公英は、花の内側から外にかけて桃色から黄色に変わっていく不思議なたんぽぽだ。それを天日干しし、乾燥したものを軽く炒めるとまろやかな風味に苦味とほのかな甘さのある花茶になるのだ。それを普通の茶葉と混ぜると、どんな安茶も一段と美味しくなるため、花の島では茶葉とこの組み合わせは当たり前。
ちなみに、今我が家にある花島蒲公英は、この前島へ帰ったときに父と二人で摘んできたもの。
「ほうほう、花の島ですか、今度はそこにも行きたいですね……何分始めたばかりのサーカスですからね、この龍髭国の離宮街に場所があったんできたんですけども、ああ離宮にも宮廷道化師として潜り込めたらもっと儲けられるのに……あ、お茶注いでいただけてたすかります~これ売りません? 私本当に気に入っちゃいました」
空いた湯呑みに注ぐと、リハオは意気揚々と商いを持ち掛ける。
彼の本来の用事はどこへやら、本当に回る回る彼の口に苦笑いしながら、「うちにもそんなないんで……」と返すと、相当残念そうに眉尻を下げながら、「絶対に花の島行きます……買い占めます……」とリハオはまた茶を啜る。
すると、がたがたとこちらに近づいてくる音がした。それはとても聞き慣れた音だった。
「リュウユウ、そちらがお客さんかい?」
「はい。リハオさんといい、見世物小屋を始める際に花輪が欲しいそうです」
「お、貴方様が職人様ですか? この度は急に押しかけてしまい申し訳ないです。その分どどんと弾みますので、何卒宜しくお願いします」
「あ、ああ、とりあえず要望を聞きましょうか」
相変わらずの勢いで、父は少し引いた顔で笑いながら、商談するために席についた。どういう風な花が良いか、いつまでに納期なのか。細々なことを決めていく横で自分もその話に耳を傾けていた。その中で、リハオは突拍子もない事を言い出した。
「良ければ、お二人で明日とかにでも見に来ませんか? 設計もそのほうがしやすいでしょうし、初めてのお客様とあれば、うちの団員も喜びますよ! 善は急げです、明日いかがですか!?」
言ってることは最もな部分もあるが、明日は急すぎる。父は「私は予定があるから、リュウユウ一人で行けるか?」と僕に尋ねる。たしかに、明日はお得意様の庭を整備する日であったため、そこを急にずらすのは信用に関わる事。けれど、ここで全て断るのも角が立つから、折半案がこれなのだろう。
そして、丁度良いことに明日は一人で体力作りするだけなので、予定はない。
「明日暇なので、僕は一人でもいいですか?」
「勿論です」
こうして、自分は見世物小屋ことサーカスというものに行くことになったのだ。あまりの展開の速さではあるが、これは大事な転機だと思う。何せ、剣技を間近で見れる可能性もあるからだ。
正直、胸の高鳴りが凄く、なかなか眠りにつけず、少しばかり眠気が残ったまま、リハオさんから貰った道案内図を元に、街から西へと向かう。
びゅうううっ
強い突風が道を抜けていく。空を見ると、濃い緑色の龍らしきものが上空を飛んでいった。
多分あの上には龍仙師が乗っており、これからどこへ見に行くのだろうか。
僕はその遠くなるその姿を目で追いながら、道を同じ方向へと進んでいった。
街の門を潜り外道へと進んでいく。十分ほど歩いただろう頃に、色とりどりの縦縞の
これが、サーカスか。天幕には様々な飾りが施されており、至るところに見たこともない文字でサーカスと書かれていた。まさに異国の雰囲気とはこういうことであった。
「なかなかに壮観でしょう? 花はあの辺りに飾る予定なのです」
急に背後から声をかけられた僕は、驚きのあまりびくりと体が跳ねた。振り向けば、そこにはリハオの姿があった。
「おはようございます。リハオさん、驚かせないでください……」
「あら、これは失敬失敬。おはようございます、リュウユウさん。で、肝心な花はあの辺り設置予定です」
いたずらが成功したからか、楽しそうに笑うリハオが手で示した場所は、このサーカスの入口付近だと思われるところ。たしかに、花を置くだろう場所として、幾分か開けた場所がある。また、その隣には観覧券を売る青と白で彩った小さな販売小屋もあり、本当にここがサーカスの玄関なのだろうと推測できた。
「そうなのですね。リハオさん、父にも伝えたいので、少し雰囲気を書き留めても良いですか?」
「勿論です」
鞄から手帳と金属で出来た鉄筆を取り出す。どちらも少し高価なものではあるが、仕事の上では必需品。簡単に場所と周りを描き取っていく。
また、その周辺の全体的なものをぐるっと見渡し、目に映るサーカスのの色合いや全体的な雰囲気について、手帳に簡単に書き留めていく。
ある程度書き留めたあと、リハオさんに向かって質問を投げかけた。
「あの、花にはよく宛名を書くのですが、文字はあの『サーカス』という文字で良いですか?」
「ああ、そうですね。合わせて、見世物小屋とでも書いてもらえたら……あっ、あそこに書かれている文字は、龍髭国より南東にある『
さらりと言われたら単語に、僕はすぐさま反応した。
「『永世の都』、
「そうですそうです。行きましたよ! 古い教会や、昔の円形闘技場、あと
「神文塔! 僕、そこに一度行ってみたいんです!」
「おお、たしかにあれは人生で見るべき素晴らしい塔ですよ」
『永世の都』から始まった会話に、僕は思わず盛り上がってしまう。
この世界を創造し、最後力尽き眠りについた旧神。
そして、神文塔は、その旧神と呼ばれる神の一人、言語の神が人間たちと手を取り合い立てたという逸話がある塔。神文塔のおかげで、自分の母国語で言葉の意味がわかれば、神文塔に登録されている異国の文字なら勝手に理解できるようになってしまう。
バラバラの言語をまとめ上げ、一つにしたまさに神の御業。
この神文塔について、とある哲学者が「これは大変凄いことであり、だからこそ神文塔は後世まで大切にすべきだ」と著作に書いていたし、他にも読んだ書物にもその重要性については多く書かれていた。
たしかに、その塔が崩れれば大きな問題が生じるのは僕でも想像がつく。
それに、円形闘技場、教会など『永世の都』には旧神が作り上げたものがたくさんあるのだ。
いつか龍に乗って行けたら。龍仙師になれば、他の国へ龍に乗って外交をすることもあるらしい。
また一つ、龍仙師になる理由ができてしまった。
しみじみと異国への思いを馳せていると、気づけばリハオに案内されるがまま、一番大きな赤と黄色の縦縞天幕の入口に到着した。入り口は目が醒めるほど青い布で閉じられていた。
「着きました、ようこそ、我ら『
パチンッ。遠くで指が鳴らす音が聞こえた。すると、青い布が少しだけ開いた。リハオに促されるまま中に入ると、そこは薄暗い道が続き、暫くして眩しい光の大きな空間に出てきた。
「すごい……」
全体的に神秘的な砂漠の夜を思わせる内装。
天を見上げれば大きな満月が光光とステージを照らし、濃藍色の天幕には銀色の星を思わせる刺繍なのか塗料なのかが淡い光を放っている。床は砂漠の砂の様な美しい乳白色で、それもまた技工を凝らした文様が描かれていた。
その上で、様々な装置や宙吊りの鉄輪やブランコ、大きな箱や火がつけられた輪っかなど、何に使うのかわからないがそこら中に置かれている。
小刀をとても大きな円の的に向けて投げる人、テント内の端から端へと渡された綱の上でアクロバティックな動きをしてる人、たぼだぼの派手な服装をしたまま話し込む二人組。全てが全て初めて見るものばかりであった。
目を大きく見開き、首を右へ左へと忙しなく動かして、その光景に魅入る。今の時間は練習だろうから、本番はもっと凄いことになるのだろう。
このような心躍る娯楽は今までに無かったため、年甲斐もなくはしゃぎそうになるが、そこはどうにかぐっと堪えるが、視線は素直に初めて見るものを目で追ってしまう。
「思えば、リュウユウくんは、剣技が気になってましたよね」
そんな僕に、リハオはそう声を掛けた。剣技、という単語でバッと首を向けた自分に、彼は嬉しそう微笑むと「こちらに来てください、うちの剣客を紹介しましょう」と手招きし、サーカスの奥へと進んでいく。
星空と砂漠が描かれた美しい引幕の合間に入っていく。
そこもまた薄暗い道であったが気付ば、明るい別の天幕らしき場所へと繋がっていた。先程とは違い明るく真っ白な天幕。なかなかに広い場所で、そこには幾人かの人たちがご飯を食べたり、筋力の鍛錬をしていた。
「皆さん、すみません。セイさん、居ますか?」
セイ? 聞き覚えのある名前に思わず、「えっ」と小さく声を上げてしまう。
リハオは周りの反応を伺っていたため気づくことはなかったようだが。リハオの問い掛けに、ご飯を食べていた内の一人である金髪の青年が親指であっちだと指す。指された方を向けば、そこには剣を抱きしめたまま眠る男性がいた。白い布を頭に巻き、白い軍服を着ている。彼の肌は日によく焼けたような褐色肌で、少し茶色みのあるゆるやかな波打つ髪の毛が、頭の布からはみ出していた。
それはふと、いつかの情景と被る気がした。
「リハオ、そいつが言ってた花屋の息子か?」
ゆっくりと瞼を開きこちらを見た瞳は、大きくぎょろりとしており、その眼光の強さが記憶の彼と重なった。更に顔の造形が美しく濃いため、その迫力はかなりのもの。けれど、もしかして、と思う気持ちが目を逸らすことができない。暫し見つめる無言の時間、時分は彼に問う言葉を僕が迷っているのを知ってか知らずか、リハオが言葉を返した。
「そうですよ、リュウユウくんです」
「ふぅん……相変わらず甘ちゃんな顔をしてるな」
ニヤッと笑う顔と、そのムッとさせるような言葉は、やはりも言わざる決め手であった。
「セイ……あのとき、牢獄で一緒だったセイですか!?」
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