第8話
「あ、あれ……、どうして……?」
『メモリア、ルイ、大好きよ……。』
母の優しい声がした……。
「……ッ!!」
そうだ、聖戦が終結したあの日……。
忘れていた記憶が草原に咲き誇る花のように開花し始めた。
「そうだ、そうだった……、私は。」
メモリアは頭を抱えてその場に座り込んでしまい、マヤは慌てて駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
「私達、家族は、メルーラのササナ地区に住んでいたの。」
「メルーラのササナ地区って……。」
「ええ……。最も、被害の大きかった地区です。」
大爆炎魔法を食らったメルーラの街で最も被害が大きく、生存者はゼロに等しいと言われたササナ地区。そこに私達家族は住んでいた。
あの日、聖戦が終結した日。大爆炎魔法から逃げる為、母は弟のルイを連れて、父が私を抱いて逃げたんだ。
「メモリア、大丈夫だ。絶対に父さんが守ってやるから!」
「お、とうさん……。お父さんの腕がっ!!」
崩れ迫る建物、吹き荒れる熱風は人々から命を奪って回った。そんな中、懸命に走る父はメモリアを庇ったせいで左腕を失くしていた。千切れた部分からは大量の血が。それでもアバン・バーゲンは娘を守るため、必死に隣の地区を目指して走っていた。
「お父さん、危ないっ!」
「……ッ。」
手負いの家族にも大爆炎魔法は容赦なく襲い掛かり、瓦礫の山が二人の真上から降り注いだのだ。
「メモ、リア。立ちなさい。」
「お、とうさ……ッ。お父、さん。」
父親は瓦礫の山から娘を庇うため、自らを犠牲にした。
腕は崩落する家から娘を守った時に自身で引きちぎった。脚は落ちて来た瓦礫に潰された。もう肋骨も折れてしまって上手く息が出来ない。それでも娘のかすり傷一つない姿に安堵の笑みを浮かべる。
「ごめん、な……。」
「お父さん、お父さんっ。」
「もっと、ずっと、一緒にいたかった……。」
霞む瞳に映る可愛い我が子。
「君の成長を、ずっと横で、見ていたかった。」
淡い翡翠の瞳から零れ落ちる涙を拭いてやる腕はもう、残ってはいなかった。
「成長した君の彼氏を、追い返したりして、怒られたかな……。」
それでも、生きてさえいてくれれば……。
元気でさえ、いてくれれば……。
「メモリア、大好きだ……。いつだって父さんは、君の味方だから。」
もし、次も人間に生まれ変われたら、また君の父になりたい。こんな父親は、君は嫌かな……?
「さあ、メモリア。君ならこの狭い隙間からでも走って逃げられる。」
「いやだっ、嫌だよっ……。お父さんも一緒に行こ」
「メモリアっ、行きなさい。」
「……おと、う、さん。」
「生きて、母さんとルイを守ってあげてくれないか?」
僕に残された時間は、もうない。
「お願いだ。」
その前に、この子だけは、逃さないといけない。
「メモリア、約束して、くれる、かい……?」
「ぅん……。でも、お父さん、は?」
「僕は、すぐ……、後から迎えに行く、からね。」
早く、はやく……。隣の地区は目と鼻の先だ。
大丈夫、この子は強い子だから。絶対に辿り着ける。
「さぁ、行って!!」
「お父さん。ぜったいに、早く来てね……?」
「ああ……。すぐ、行くよ。」
走り出した娘の背中をじっと見つめる。
これが最期だ。僕の最期の願い……。
どうか、あの子が無事で有りますように……。
「メモ、リア。ルイ、エリス……。」
――ずっと、愛してる……。
崩れ落ち建物の音を背に、メモリアは一心不乱に走って、走って……。六歳の少女は泣き叫びながら、ようやくたどり着いた隣の地区で力尽きたのだ。
「嗚呼、ああ……っ!!」
全て思い出した……。
私は捨てられたんじゃない。
ずっと守られていたんだ。
「メモリアさん、しっかりして!」
泣き崩れるメモリアをマヤは強く抱きしめた。そうしないと彼女が過去から帰って来れなくなるような気がしたから。
「私は、ずっと……!!」
私が発見された時、ほとんど傷がなかったからササナ地区から逃げて来たと大人達は気付かなかったんだ。だから両親は生きている筈だと思い込んでいたんだ。周りの大人も、私自身も。そのせいで私は、ずっと、十年もの間、勘違いをしていたんだ。
「私は、愛されていた……。助けられていた。それなのに、なんで……。」
そんな事も忘れて生きていたなんて……。
なんて酷い事をっ!!
私は、私が……、
「過去を悔いるよりも未来を見ましょう。」
「……っ。」
「貴方にはまだ、出来る事があるのでは?」
「私に、出来る、こと……。」
そうだ、あの瓦礫の中で、お父さんとした約束がまだ、残っているじゃない。
「私には、お母さんと弟が……。お父さんとした約束がまだ、あります。」
「そう、まだ終わってません。」
そうだ、泣いている暇はない。ササナ地区から逃げたお母さんと弟のルイを探さなくては。私には、まだ出来る事があるのだから。
「あっ……、マヤ様。もう、大丈夫です。」
我に返ってマヤに抱きしめられている事にようやく気がついたメモリアは顔を茹で蛸みたいに赤らめて礼を言った。
メモリアが大声で喚き、泣いていたせいで部屋の外からメイド達が心配そうな声を掛けていた。
「僕は片付けをして旅立つ準備をしなくてはなりません。メモリアさんはやる事があるのでしょう?」
太陽に照らされたマヤは翼の生えた天使のようだった。
「はい、ありがとうございます。」
淡い翡翠の瞳を持った少女は歩き出す。その背中は幼いながらも懸命に走ったあの日のよう。面影を残した少女は進む事を諦めないだろう。
「おい、愚民。お前はずっとここで働いていろ。」
水を刺したのはカルルだった。
やはりマヤとは正反対。口を開いたと思えば嫌味ばかり。流石のメモリアも腹が立ってきた。
「カルル様には関係ありませんから。」
「なんだと、愚民。この僕が、何者か分かっているのかっ!」
「知りません。」
「なん、だとっ! 僕は…」
「ほらほら、二人とも落ち着きましょ。」
二人の間を割って入ったマヤはそのまま閉ざされていたカーテンを思いっきり開けた。光の強さに目が眩むも窓の外は雲ひとつない晴天。部屋の扉を開けるとメイド達が雪崩れ込んできた。
「皆、心配させてしまいごめんなさい。でも、私はもう大丈夫だから……って、皆どうしたの?」
「メモリア、あなた何をしでかしたのか分かっている?」
「…………え?」
周りを見て見なさい、と顔面蒼白にしたメイド達が言う。隣には苦笑いのマヤ、後ろには不機嫌のカルルが。ただそれだけしかないけど……、。
――いや、待って。それだけじゃない。
「…………これ、は、まずい。」
来賓用の室内は酷い有り様になっていた。ベットやソファは切り刻まれ中の鳥の羽が床一面に。調度品は全て割れ、床や壁には大きな切れ込み(マヤが斬ったもの)、そして真っ黒い血の海が。
メモリアの冷や汗は止まらない。
これは本当にまずい。
「ヨソモノ。よくも、よくも………………ッ。」
騒ぎを駆けつけ皆から少し遅れて部屋に入ってきたメイド長は怒り心頭。アルドも居なくなってしまった今、彼女を止められる者は誰もいない。
「大変、申し訳ございません。この請求はクローリス家当主まで。」
「ナヌッ、なぜだ。壊したのは全部マヤ一人だろ。」
「僕の雇い主はお前だ。だったらお前が後始末をすべきだ。」
「なにを勝手な。こんな時だけ雇い主と崇めよ。いや待て…………、もっと崇め讃えよっ!」
「二人とも、出て行けーーーっ。」
二人の会話を聞いていたメイド長の堪忍袋の尾が切れた瞬間だった。怒りが爆発したメイド長があんなにも怖いなんて。あまり怒らせないようにしようと、メモリアは誓った。
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