第9話

 マヤとカルルが別荘を追い出されて幾分と月日が経っていた。メモリアはあの後すぐに、メイド長にメルーラへ帰りたいと嘆願したが老執事のアルドが抜けた穴は大きく、今年の夏が過ぎるまではこのまま働くようにと申し付けられ、不覚にもカルルの言った通りになってしまっていた。

 はやる気持ちを仕事にぶつけ季節が過ぎるのをただ待つしか出来ないもどかしさを感じていた七月の事、遂に別荘の持ち主であるグリス家のお嬢様が到着した。


 別荘で働く従業員総出のお出迎えは必須事項。メモリアも一介のメイドとして参加していた。


「「おかえりなさいませ、お嬢様。」」


 合図に合わせて皆が一斉に頭を垂れ、お嬢様が別荘へ入るのを今か今かと待っていたその時。


「おい、お前。顔を上げよ。」


「は、はいっ。」


 メモリアの前に止まったお嬢様からまさかのお声が掛かった。なにか気に触る事をしてしまっただろうか。不安が頭をよぎる。


「お前、名は?」


「メメメ、メメモリア、でふ。」


「もう一度。」


「メモリア・アーバンです。」


 なぜ、お嬢様が私の名前を聞くの……?

 理解は出来ないがそれを口に出す訳にもいかない。


「出身は?」


「メルーラです。」


「どの地区だ?」


「ササナ、地区です……。」


「……ふむ。」


 お嬢様の態度に従業員一同がざわめき始めた。グリス家はそこまで地位の高い貴族ではないが、慈善活動を積極的に行い、平民の間でも評判の良い数少ない家紋だ。

 そんなグリス家のお嬢様が何故、別荘に着いて早々、一介の平民の女に興味を示したのか。メモリアを含めた皆が疑問を掲げた。


「五年前に、ある子供が訪ねて来たのだ。」


「…………はぁ。」


「その子は、姉を返せと屋敷の前で散々怒鳴り散らしたのよ。」


 なんて、自殺行為を……。

 平民が貴族に楯突くなんて正気の沙汰じゃない。その子の母はなぜ、子供の愚行を止めなかったのか。


「仕方がないから話を聴く事にしたんだ。そうしたらその子がササナ地区出身だと言う。」


 私と同じササナ地区出身。あの地獄から逃げ切ったなんてよほど運が良かったのね。


「一緒に逃げた母はその子を庇って死んだそうだ。更に話を聴くと、記憶が戻るのに五年掛かったという。そして思い出したそうだ。姉の存在を。」


「え……。」


 グリス家の慈善活動の一つが孤児への支援だ。孤児でもなにか秀でたものがある子には支援し、仕事を提供したりしていた。

 メモリアもその内の一人だったりする。彼女がこの別荘で働けたのはグリス家の支援のおかげだ。ただ、その好意は疑われ易く嫉妬を買いやすい。グリス家を良く思わない者達が心ない噂を流しているのだ。グリス家へ乗り込んだその子も根も歯もない悪い噂を聞いたのだろう。


「その子曰く、姉は濃く深い赤の髪、まん丸い翡翠の瞳をしていたという。歳もお前と同じぐらいだそうだ。」


「ま、さか……、そんな……。」


「その少年の名前は、ルイ。」


 お嬢様の口から出た名前に涙が一気に溢れ出た。

 まさか、こんな偶然。まさか、弟が、ルイが、私を諦めないでいてくれたなんて……。


「お前に生き別れた弟はおるか?」


「……ええ、ええっ!!」


 メモリアは大きく頷き、尽きることの無い涙をながしたのだった。

 夏が始まって間もないグレイスに起きた小さな奇跡の物語は夏を過ぎて、秋になり冬になっても色褪せる事なく語り継がれていった。



 時は少し遡り、別荘を追い出された二人は無事、王都行きの馬車に乗っていた。狭い馬車の中肩寄せ合う二人は兄弟のよう。


「今回も、見つけられなかったな。」


「ヌハハ、そう簡単に見つけられたら苦労しない。」


「だが、手がかりぐらいあってもいいじゃないか。大罪人、勇者マリア。いったいどこにいるんだか。」


「この調子では死ぬのはまだ幾分か先だろう。」


「はぁー。好きで不老不死になった訳じゃない。と言うかなった記憶もない。」


「この僕だって、好きで混血で産まれ死ねない身体になった覚えはないが、こうしてマヤに会えたんだ。少しは感謝すべきだろうな。」


 この世界からなぜ、魔法が消えたのか。

 それは魔力が尽きないと死なない魔族を殺すため。今となってはこの事実を知る者も数少ない。


 では、魔族と混じってしまった者は?


 答えは至って簡単。

 限りなく不老不死に近い存在になる。


「「ああ、早く僕を殺せるマリアに会いたい。」」


 これは、不老不死になってしまった二人が死ぬまでの物語である。

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思い出のキネマログ 穂村ミシイ @homuramishii

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