第4話

 

 大層落ちこぼれの俺達だが、なんとかそのまま花丸芸能社に入社する枠には滑り込めた。

 というのも、千両漫才師で憧れた入塾生が多かったが、理想と現実に嫌気が差して辞めていく奴らが多かったのだ。流石に一番コントが面白かった奴の片方が、ホストになるっていって辞めたのはびっくりしたけど。

 七緒が「あんなおにぎり顔でもなれる店あるんやな、どこやろ? 穴ん中か?」とボソッとつぶやいてたのは、正直めちゃくちゃ面白くて俺は笑ってしまったが。

 

「残されたアイツどうするだろ、おにぎり顔で持ってた田舎コントが面白かったのに、友人はっちゃけて、一般人だけ残るのとか一番きついやつだわ」

「一般人コントもできるんやない? あいつが台本書いてたはずやし、知らんけど」

「知らねぇのかよ」

「知ってるから答えたわ、知らんけど」

「それも知らねぇのかよ!?」

「あー関西弁の語尾は、や、やなくて、知らんけどや、知らんけど」

「関西弁まじムズすぎるだろ」

 

 この一年で相当荒んだ俺は、こんな嫌なことで笑う男になってしまった。あんなにも笑わず毎日死んだように生きていた俺が、こんなくだらないやり取りで笑うようになった。

 こうやって俺たちが駄弁ってる表では、今頃優秀な塾生たちが、舞台に立って漫才してるだろう。

 最高にやさぐれてる俺は、ぼおっと遠くを見ながら煙草を吸っている七尾を見つめる。なんかカッコつけたその姿と、臭い煙草の煙、こんな日でもバッチリ決まったスーツ。

 

「なあ、タバコ一本くれよ」

「はあ? あんなに俺は吸わんって言うてたのにか?」

「うるせぇな、いいんだよ、お前が吸ってるやつくれよ」

「しゃあないなあ」

 

 七緒はタバコを咥えつつ、スーツの内側から、いつも吸ってる煙草の箱を俺に渡した。

 

「一本だけや。それ以上は自分で買え」

 

 俺は「ありがとう」と受け取った煙草の箱から一本引き抜き、七緒のポケットにまずは煙草の箱戻した。そして、恐る恐る渡された安いライターで火を着けて、タバコに近づけた。

 

 ジリジリと火の熱さを感じる距離。そして、じりりっとタバコの先端が焼ける。すぅっ、と煙を吸い込んだ。

 

「ぅえっ、ぇっほっ! まっ、ずっ!」

「ビギナーズ咳やなぁ、かわいい」

「こんな不味いもん吸ってんのかよ」

「人から貰ったもんケチつけんなや」

「ぉうぇ゛っ、あー皆吸うからもっと甘いと思った」

「女が吸ってる細い煙草でも吸っとけ」

「なんそれ」

 

 咳き込んで俯き加減の俺は、必然的に見上げる形で、七緒を見る。

 

「なんや、気になるんか? うち来たら、サンプルあんで」

 

「あっ、ぁあ……いや、やっぱいい。煙草向いてないのかもしれない」

 

 返事をした俺に、七緒は「そうか、まあ今度持ってくるわ」と何もなかったように返す。視線をそらした七緒は、煙草の灰を淡々と喫煙所の灰皿に捨てる。

 

 なぜかはわからない。ただ、俺はなにかぞわりとしたものに触れた気がした。

 

 ぼとっ。

 

 俺のタバコは、吸わずに燃え、灰が床に落ちた。

 

 それから、俺たちがなにか変わったかというと、このコンビに名前がついたくらいだ。

 コンビ名は、「レディスミス」。

 

 七緒の提案だ。ナポリタンよりは数段マシな名前だよなと、採用となった。

 オールバックスリーピーススーツの七緒と、スカジャン着た少し長めの髪をした俺。

 そんなアウトローな雰囲気な俺たちに、そのコンビ名は意外と馴染んだのだ。

 

 しかし、コンビ名が馴染んだとて、人気が出るわけではない。

 

「また、抽選落ちたわ」

「俺らのこと嫌いなんだろうな」

 

 まだ芸人の毛すら生えてない若手が参加できる劇場枠は少ない。所属会社の舞台に立つには、オーディションで入るか、若手のバトル枠の抽選に勝つかだ。

 

 オーディションで勝つほど俺らは面白くない、手引き抽選はいつも同じ奴らが残る。比較的顔がいい、見た目がいいやつらばかりだ。

 知っているこの劇場にはお局様がおって、そいつが全て牛耳ってることを。受かるためには、そいつにガチガチの接待しなきゃいけないらしい。

 といって、顔が良くない俺らはそのお局の視界に入ってないのはよくわかっていた。

 

「どうするよ?」

 

 いつものように喫煙所で、タバコを吸わない俺はサイダーを飲み、隣りにいる七緒はスパスパとタバコを吸っている。

 

「せやな、こうなったら闇ライブかなあ」

「フリーライブって言え、怖いわ響きが」

「会社通さずやるんやから、闇で十分やろ」

 

 七緒はそういうと「パソコンで調べたから、今から行くで」と、煙草の火を消す。俺は言われるがままに、七緒の後ろをついていく。

 

 フリーライブでは、参加費を払えば、誰でも出れるようだ。七緒が参加費をぽーんっと払って、フリー呼び込みのライブに参加する。

 

 そして、俺たちの初舞台はよくわからん高円寺のステージで十人の客相手だった。結果はダダ滑り、なんとも悔しい結果だ。

 

「アカンかったな」

「すまん、空回った」

「いや、ボケが寒すぎたかもしれん、ネタがベタすぎたか」

「まあ、デートってテーマは使い古しか」

 

 次のライブがあるという場所に向う電車の中、何が駄目だったか。練り直しをし、次の舞台へ、また滑る、また練り直して、次の舞台へ……。

 

 

 

「なあ、ウケたな」

「せやな」

 

 三人、笑ってくれた。

 十人も居ない客席、それでも三人笑ってくれた。

 フリーライブに出始めて、一ヶ月も掛かった。バイト中も悩んだネタがウケたのだ。

 俺は嬉しくて、思わず七緒を抱きしめる。七緒もクールな顔をしてるが、口許がニヤケている。

 

 その日は二人、珍しく美味しいラーメン店でラーメンを啜る。いつもなら入らない八百円以上もするラーメンは、やはり別格だ。

 

「もっと、練らな」

「そうだな。俺たちただでさえ出遅れてるんだからな」

 

 同期の漫画ネタでウケてた男は、もう既にテレビのネタ番組に出ていた。意外と反響があったらしいことを、ネットの掲示板で見て、なんとも言えない気持ちになったのを思い出した。

 

「明日からもやるしかねぇな。じゃっ、俺バイト夜勤だから」

 

 ただ、そうは言っても、芸人で食っていけるどころか、今はマイナスの日々。目減りしていく貯金のために、身を削るしかない。

 今はあの居酒屋の系列店の中で、24時間営業の店でアルバイトをしている。昔の店は流石に劇場があるあたりに出るとなると不便だったため、芸人になるあたりで店を繁華街の方へと移動したのだ。

 

「なんや、精出すな。うち住めばタダやのに」

「タダが一番怖いっての、俺は知ってるんでね。恩の押し売りは回避したいんだよな」

 

 そんな俺に対して、七緒は相も変わらずそういう。芸人になってから、一緒に住もうという提案がよくあるのだ。しかし、なんというかそれはどうなんだ? という気持ちがあって、結局は寝るだけしか出来ないような狭い部屋に住んでいる。

 

「新宿に家あるから、いつでも来てええからな」

 

 七緒はそう笑うと、店を出る俺に手を降る。俺は「なるだけそうならないようにするよ」と答えると、一目散にバイトへと向かった。


 

 しかし、そんな無駄でカッコつけただけの意地が続くわけもない。

 


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