最終話 まずい

「あ、手紙だ」


 とある日の朝。何気なく郵便受けを覗くと、そこにあったのは師匠からの手紙だった。書かれていたのは、私へのいろいろな注意事項。乱れた生活をするな。いなり寿司ばかりではなくいろいろなものを食べろ。服作りの腕を鈍らせるな。たまには帰ってこい。


「むう。相変わらずだなあ」


 自然ととがる私の口。けれど、心はポカポカとあったかい。師匠が私のことを心配してくれているのが伝わってくるから。


 手紙が後半に差し掛かると、友達である彼のことが話題に上がっていた。彼とうまくやっているか。迷惑はかけていないか。彼とまた将棋を指したい。


「また将棋を指したい……ね。ほんと、何があったんだろ」


 師匠が初めて来訪し、彼と将棋を指したあの日。私は師匠に眠らされていたから、二人の間で何があったのかは詳しく知らない。二人が将棋を指したこと。彼が、私の隠し事を師匠から聞くのを断ったこと。知っているのは、この二つだけ。


「こんな時、天狗の力が使えたらいいんだけどなあ」


 天狗の力の中には、過去の光景を相手に見せるというものがある。かつて、生き方を探していた彼にも使用した力だ。けれどこれは、私自身の見てきた過去しか見せることができない。だから、私が眠っていたあの日の光景を見ることは叶わないのだ。


 もどかしさを感じながら、手紙を読み進める。手紙の最後は、こんな言葉で締めくくられていた。


 彼と恋仲になった時は、必ず報告するように。


 恋仲って……。あれかな? 親が、娘の恋愛事情を心配するみたいなやつ。余計なお世話だし、そもそも彼と私はただの友達なのに。


『むう。からかうのはやめてくださいよ』


『うーん。断る』


『何でですか!』


 そう。ただの友達なんだ。


『ねえ、君』


『はい』


『今日も、将棋しにそっち行っていい?』


 ただの……。


『テンちゃん。僕と、友達になってくれませんか?』


 友達なんだ……。


『つ、次の大会は絶対に勝ちますから。勝って、テンちゃんに恩返しするんです』


 …………


 …………


 あれ? 


 なんだろ、この気持ち。


 もしかして、私。


 …………


 …………


 ああ。


 まずい。


 まずいなあ。







 彼への隠し事が、もう一つ増えちゃったかも。

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天狗少女は将棋好き takemot @takemot123

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