4月10日
−以下、古文書本文–
4月10日
十日の船旅を終えてやっとやっとイスパハルに辿り着いた。
港に着いた瞬間、甘い空気の匂いに驚いた。空気の匂いがアイデリアと全然違う。いつも異国に着くと、匂いが一番最初に私にその国のことを教えてくれる。
アイデリアはまだ寒いから私は、伝統的な衣装のなめし皮のズボンとブーツに狼の毛皮のケープで来たけれど、少し暑かったかもしれない。弓矢ももちろん背負ってきた。亡くなった父さまから受け継いだ大切なものだから。
船を降りると、護衛の一軍隊を指揮してイスパハルの軍服の方が挨拶して説明してくれた。
青の軍服に映える長い赤い髪をひとつに纏めた、小柄だけど鋭い眼光の女性だ。若そうに見えたけど子供が二人いると言ってたから意外に年上なのかもしれない。攻撃魔術士で軍の責任者であるという。アイノ・キルカス大佐。
やはり少し暑くて、私はマフラーがわりに首に巻いていた自分の長い灰色の三つ編みの髪を、はらりと解いた。大佐が私の髪が地面につきそうになるのを気にしてくれたけれど私はいつも気にしていない。私と三人の家臣は大佐と一緒に馬車に乗り込んだ。
石畳の続く街角はどこも沢山の花で飾られている。不思議そうにきょろきょろしていたら大佐がイスパハルでは春の訪れが一年の始まりで、花を飾って盛大に迎える習慣があると説明してくれた。君主の即位日が一年の始まりとされるアイデリアとはこういう所も違う。
整然と商店や家々の並ぶ城下町の中、城まで一直線に続く参道を馬車で通り抜ける。家々の扉にはどこも、草花を円形に編み上げた同じ花冠が三つ、三角に並べて飾られていることに気がついた。あれは何かとキルカス大佐に聞くと、イスパハルで信仰される三人の女神様への贈り物の意味があるらしい。女神様が取り合いをして喧嘩になるから三つの花冠は全て同じ見た目に作らなければならないとのこと。女同士ならありそうなエピソードだ。
花の匂いに溢れて、街の人の浮き立った歓びが見て取れる。冬の厳しいイスパハルでは、誰もが春を心待ちにするという。確かに草花の芽吹きは一年の始まりにふさわしい。
城での国王陛下と女王陛下、二人の王子との謁見の後、晩餐会の席でイスパハルの概要を簡単に説明してもらった。
忘れそうなのでこれもメモしておく。
イスパハルら隣国カーモスと大陸を二分する形で存在していて、国土は南北に長く、最南と最北では大きく気候が異なると聞いている。最北部ではアイデリアと同じようにオーロラが見られるみたい。
イスパハルではその他にも特筆すべき特徴として、その成り立ち故に元々の四つの小国であった各領地と領主に大きな自治権が与えられている。領主は君主の指名により決定して、現在の各地の領主は下記。
領地リモワ…サーデ・カリフ(魔術士) ←雨
領地イーサ…トゥーリ・アンバー、←風 ヴェシ・サイラス(剣士/軍師)←水
領地リロ…ラウター・ピルヴィ(軍師)←鉄
領地ソーホ…ウニ・ラハ(魔術士)←夢
で、イスパハルは建国当初より連合国だったことから、多様な意見を取り入れる意図で建国時から王または女王と、それが指名した者との共同君主制を取っている。だから、イスパハルの国王陛下と女王陛下は二人とも君主なんだ。
晩餐の途中で、国王陛下からある提案をされた。
私は女王だから、私を連れてイスパハルを案内をすべきなのは対等な立場である国王陛下と女王陛下なのだけれど、十七の私と歳が近い王子の方が気楽に話しやすいだろうから王子に案内してもらうのはどうかとのことだ。
私は即位したのが早くて家臣も召使もみんな年上だから、慣れている。正直なところは国王陛下と女王陛下に案内してもらった方が本当やりやすかったのだけれど、お二人の計らいをなんだか無碍にできず、承諾してしまった。
同じ年位の男性となんてほとんど喋ったことない。緊張する。せっかく楽しみにしていたのに、明日はどうなるのだろう。
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