4月1日

【調査委員会による注釈】

 アイデリアはかつて、イスパハルの更に北にあったとされる小さな島国です。現在はイスパハルの国土の一部となっています。

 祖先が狼であるという伝説を持つ人々が、狩猟と農耕を中心とした伝統的な暮らしに頑なに守りながら暮らしていたとされています。

 彼らはイスパハルと国交を持つ以前は、他の国との交流をほとんど持たず生活してきました。その理由は、宝石や石炭の豊富な鉱脈資源を目当てにした侵略を避けるためだったと考えられています。


 アイデリアの民は濃い灰色の髪と灰色の瞳、黒の瞳孔を持ち、これはこの辺りの地域一帯に住む狼の特徴と非常によく似ています。

 人々は"狼士ろうし""明狼めいろう"といった狼を入れた二つ名を持つ代わりに、苗字を持ちません。これは、自分達が狼であると考えられていることから、群れの中で自分の役割や特徴を明確に表すための伝統だったとされています。


 民族衣装にも特徴があり、狼の皮で作ったケープを肩にかけ、その下には鹿などの狼の獲物となる動物の皮で作ったズボンと貫頭衣を着用します。狼の毛皮は自然死したものからのみ獲られました。これは狼である自分達が他の動物を支配しているということを示していると言われています。

 また、男女問わず、主に弓を使用した狩猟の腕がコミュニティの中での順位を決定づけたことから、女性も動きやすさからズボンが一般的だったようです。狼が自分の毛皮を刈ることが無いように、アイデリアの民は男女問わず生涯に渡り髪を切ることは無く、数本の長い三つ編みにされていました。


 —以下、古文書本文—


4月1日

 イスパハルとの慎重なやり取りを重ねて、ついに国交を結んだ記念として、三日間イスパハルに滞在することになった。イスパハルの国王陛下と女王陛下の招待でアイデリアの三人の技術者と共に招待されたのだ。行きの船の中で私は丁度、十七になった。


 父さま、"狼師ろうし"イスタリウス国王は、アイデリアの豊富な資源、宝石、石炭、土壌、そのほか色々、を狙って他国が積極的に外交に取り組んでくることに対して、自分たちの伝統を守るために絶対的な断絶をしていた。だから、アイデリアの民は平和に暮らせたとも言えるけど、医療や土木技術とか、あらゆる面で他の国の標準よりも遅れを取ってしまった。

 父さまが間違っているとは思いたくないけれど、私は私のやり方をしてみたい。


 イスパハルは元々別の小国であったリモワ、イーサ、リロ、ソーホの四つが隣接する強国カーモスへの抵抗力を高めるため連合国として合併して誕生した比較的新しい国家だ。

 四つの領地の中心に新たな中心都市として建設された王都トイヴォを見ることが、今回の大きな目的のひとつ。

 王都トイヴォは自然発生的ではなく、四つの小国から集まった知識人と魔術士たちの手で細部まで計画されて建設された人工都市で、他にそんなやり方でできた都市は今の所、この世界には他に存在しない。

 きっとアイデリアにとってすごく参考になると思う。イスパハルは魔術や医療の分野でもアイデリアよりずっと進んでいるから収穫は多いはず。


 で、父さまがそんな感じだから、私は十五で即位するまで他の国を訪れたことはなくて、もちろんこれは"狼娘ろうじょう"アリン女王としての勤めであるけれど、いつも他国に行く時は内心はすごく楽しみだ。見たことのないものを沢山、見られるかな。今まで見れなかった分まで。

 こんなことを書けるのはこの日記だけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る