4月11日

【調査委員会による注釈】

 現代において魔術を使える人間は存在しませんが、この古文書が書かれたとされる800年ほど前では常に人間の文明と常に共にあり、人々の生活に欠かせないものだったとされています。太古の神話では人間とエルフが混血したことにより人間に魔術がもたらされたと言われていますが、エルフが本当に存在していたかを含め、現在の調査では科学的な根拠は不明です。


 魔術は、およそ一千人に一人の割合で生まれる「素質」を持った者だけが使用出来る、特殊な能力です。魔術は火や水などの自然現象を扱う攻撃魔術と生物の傷や精神に働きかける回復魔術に分けられ、魔術士は必ずどちらか一方の素質のみしか持ちません。

 この素養は後天的に手にすることは不可能で、人間だけに発現し、他の動物で魔術を持つものは無かったと言われています。

 しかし、世界各地では「魔物」と呼ばれる不思議な力を宿した生き物を扱った古文書や壁画などが残っていることもあり、太古の昔には魔術を扱う動物が存在していた可能性があります。


 また、あらゆる魔術は使用されると同時に「痕跡」と呼ばれる目に見えないエネルギーを必ず発します。

 訓練を積んだ魔術士であれば、半径10km程度であれば他の魔術士がどこでどんな魔術を使ったかを瞬時に判断できたと言われています。


 魔術の「素質」は遺伝であると考えられてきましたが、現代の人間が魔術を使用できなくなった理由が説明できず、発現の条件は現代の科学では全くの未知の状態です。

 イスパハルを始めとしていくつかの地域の信仰では、「人間が自然に対する畏怖の念を失った時、神は人間から魔術の力を取り去る」という伝承が残っています。



–以下、古文書本文–


4月11日

 今日は昨日聞いた通り、朝食後に王子が私が滞在している部屋まで迎えに来てくれた。

 王子は私よりひとつ年上だと昨日聞いた。王子は会うなり、自分は王子と呼ばれるの苦手だし私と年も近いし、僕を名前で呼んでいいから君のこともアリンって呼んでいい?と突拍子もない提案をしてきた。

 国交のために色々な国の王族と話したが、こんなことを言われたのは初めてだった。

 私が王子の提案に訝しげに黙っていると、王子はまずいと思ったらしく目を伏せた。そして、自分は国王陛下の実子ではなく養子だと教えてくれた。しかも、孤児院育ちの庶民だと。


 そういえば昨日からすごく気になっていたけれど、王子は国王陛下、女王陛下と髪の色、目の色、顔つきも全く似ていなかった。聞いてはいけないかと思い黙っていたけど、そういう事ならそんな申し出も納得できた。

 私が了承すると、じゃあよろしくね!アリンと言ってもう一度握手の手を伸ばした。私は無言で頷いて、その手を握った。


 攻撃魔術士であるという王子が今日は王立の図書室と魔術学校へ連れて行ってくれた。今日王子に魔術について聞いたことを、書いておく。


 イスパハルでは魔術の「素質」を持つものの割合は千人に一人程度。

 アイデリアでは百人に一人程度、魔術の研究が盛んなタイカ王国では十人に一人程度であると言われているから、イスパハルは比較的少ないと言える。


 それ故、魔術を使える人間自体がイスパハルにおける貴重な存在として扱われる。

「素質」を持つ者は出生時に国に登録することが義務となっており、登録すれば魔術士として国から手厚い教育を全員が受けることが出来る。

 しかし一方で、魔術の素質を持たない一般市民の暮らしは貧しいものも多く、それがイスパハルの課題の一つであると言えると王子が言っていた。


 今日は朝から晩までイスパハルの魔術について細かく説明してもらってすごく参考になった。アイデリアに帰ったら魔術士の家臣達にちゃんと伝えよう。


 でも、今日聞いた話の内容以上に私は不思議な気持ちになったことがある。

 女王の私の周りには普段、家臣しかいない。召使たちもみんな、私を信頼してくれている。でも、この王子みたいに対等に話せる人はいないのだって気がついた。


 こんな風に気軽に誰かと話したのは母さまやメア姐さまや、弟のイリンシがいた時ぶりだ。みんな、流行病で一度に死んでしまった。

 父さまが資源と伝統的な暮らしを守るために、あらゆる国と断絶していたから医療の技術がなくて、病の治療方法が分からなくて。イスパハルでならきっと助けられたはずだったのに。


 こんなこと言ったら父さまを否定しちゃうから絶対言えないけど、私はみんなに生きていて欲しかったよ。大好きだった母さま。星になられて永遠にアイデリアを見守ってくれるより、もっと私のそばにいて欲しかった。

 それに、最高に頭が切れて気丈なメア姐さまや、やんちゃだけど憎めなくてみんなに好かれてるイリンシの方が、私よりも絶対絶対、王や女王に向いてた。でも、私だけが生き残った。何でだろう。

 父さまのやり方のおかげで守られたものもある。父さまを否定はしないけど、私は違うやり方をしたいの。

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