ウザいあいつは仲よしなんかじゃないの。分かって!

いなばー

ウザいあいつは仲よしなんかじゃない。分かって!

 やっとこさ授業が終わってお昼休みだ。

 教室がざわざわしはじめる。


 そんな中、あたしはブチギレてた。

 こっちにケツ向けて屁ぇこいてるネコがひたすらムカつく。


「おいこら、山下!! なんじゃこりゃあ!」


 広げたノートを山下に突き付けても、すっとぼけた顔していやがる。


「いいかんじに描けたと思わね? ケツの穴が特にうまくいった」

「ネコちゃんのお尻の穴なんか見たくないよ! そんなに描きたきゃ、自分のノートに描きゃいいじゃん! なんであたしのに描く!?」


 慈悲で貸してやったらアダで返された。

 これでキレないのはお釈迦様でもムリ。


 なのに、どんだけ怒鳴っても山下には届かない。

 両手を上に向けてのヤレヤレポーズ。


 あたしがおかしいみたいな態度すんな。


「オレのアートを理解するにゃ、高原はまだまだガキすぎたか」

「アートってなにさ! ただの落書きじゃん!」

「バッカだなぁ、壁に描いた落書きに億単位の値段が付くのが、現代アートの世界なんだぜ?」

「そこらへんの中学男子がノートに描いたネコちゃんは、現代アートとかいう奴では断じてありません~!」


 あたしは言い切った。

 現代アートとかいう奴のことは丸っきり知らないけど、きっと正しいに違いない。


 山下の奴だって、そんなもんに詳しいわけがなかった。

 美術の時間にふざけてて、先生に怒られるなんてしょっちゅうだし。


 なのに、不埒な落書き犯はあいかわらず余裕の表情だった。


「高原にもそのうち価値がわかる時が来るだろう。オレに感謝するオマエの姿、今から目に浮かぶぜ」

「それ、幻覚ですから」


 そもそも、感謝されるのはノートを貸したあたしの方なんだけど。


 さらに追求しようと言葉を練ってたら、山下の野郎はなぜか勝利の笑みって奴を向けてきた。

 くるりと背中を向けて、「アディオス」とかほざいて去っていく。


 え? 勝手に勝った気になって勝手にどっか行くってアリなの?




 あたしは自分の机に突っ伏した。

 お弁当を広げる気力がため息と一緒に流れてく。


 その頭を優しく撫でてくれるのは親友のさっちん。


「今日も山下くんといちゃついてご満悦ってかんじね」

「え? なんでそうなる?」


 思わず起き上がって目の前の美人さんに訊いた。

 さっちんは微笑みながら暴言を吐く。


「毎日毎日いちゃいちゃしてるじゃない。ケンカみたいなの」

「『みたいなの』じゃなくて、ケンカなの。あいつが毎日あたしをイラつかせるからケンカしてるんだよ」


 「ふふ……」と笑い声を漏らす美人さん。

 この子、頭はいいはずなのに、言うことがどっかズレてる。


「昨日は消しゴムだったね。ゆっきーが優しく貸したげて、いつもどおりいちゃついてた」

「いちゃじゃないし。山下の野郎、ひとの消しゴム思いっきりぶった切って自分のにしやがったんだよ。それであたしがブチ切れたの。ケンカ。あれはケンカ」


 あたしが正当な主張を述べたら、後ろから異論が差し込まれた。


「でもでも、仲いーから貸したりするんだよねぇ。わたしだったら男子に貸すなんてありえなーい」


 もうひとりの親友、ポニーだ。

 ツインテールなのに、なぜかあだ名はポニー。


 あたしは後ろを向いて反論する。

 ふたりの歪んだ考えは、そのつど正さないと後から面倒なことになりがちなのだ。


「仲いいとか関係ないって。隣の席で困ってるんだから、ちょっとくらい助けようってなるよ。特に、あたしは慈悲深いオンナだし」

「情の深いオンナなのはそのとおりね。好きな男子に尽くして尽くして、そしていちゃつくの」


 今度はさっちん。

 前後からトンチンカンなこと言われるのは勘弁なんだけど?


「わたし、尽くすとかムリだな~。ゆっきーの愛ってホント深いよねぇ~」

「情でも愛でもない。慈悲。誰にでも親切にしてやる奴なの、あたし」

「けどぉ、わたしには勉強教えてくれないよね~。かなし~」


 泣き真似するポニー。

 このあざとさに騙される男子は多い。


「あたしだって勉強できないもん。さっちんに教えてもらった方が確実だから、そうしなよって言っただけじゃん」

「そして、ご自分はノートを山下くんに貸してあげていちゃつくと」


 またさっちん。

 前と後ろ、何度も振り向いてそのうち首がヤラれそう。


「あたし、ノートだけはキレーじゃん。それ知ってる山下が、しつっこく、ホントしつっこく、ねだってくるから慈悲の心で貸したげるんだよ」

「で、お礼に落書きしてくれるんだよね? 交換日記みたいっ」


 さっちんの丸っきり悪気のない笑顔に、逆に悪意を感じるあたしの心は荒んでる?


「ヒデー落書きですから。見る? さっちんのお目を汚すのは、ショージキためらわれるけど」

「いいえ、結構よ。ふたりだけの ア・イ のやり取りですものね」


 上品に口元を手で隠しながら笑うさっちん。

 ねぇ、ホントに悪意ないよね?


「わたしも見たくな~い。男子の落書きなんて、ロクなのじゃないもーん」

「ポニーの男子嫌いも大概だよね。いいかげん、なんとかしないと」

「ゆっきーが教えて差し上げたら? オトコとオンナの仲にお詳しいんですから」

「さっちん、それはさすがにイジワルで言ってるよね?」


 「ふふ……」と美人さんは上品に笑った。




 放課後。

 あたしはいったん家へ帰って私服に着替え、また外へ出た。

 さっちんの提案で、近所に新しくできたカフェにみんなして行くことにしたのだ。

 制服でもいいようなもんだけど、さっちんはこういうとこキチッとしときたいらしい。ポニーはポニーで私服を見せびらかせたいのだとか。


 準備に時間がかからないあたしがお店の前でぼんやり待ってると、なぜか見慣れた見たくない顔が現れた。


「げっ!」


 あたしと山下、同時に顔をしかめる。


 むこうも私服だ。

 クソだっさいTシャツにデニムパンツという出で立ち。あいつの感性に合わせると、ジーパンと言った方がいいか。


 そのまま通り過ぎるんだろうと思ったのに、あたしから2メートルくらい離れたとこで立ち止まった。


 そのままぼさっと突っ立ってる。


「なに? なんか用?」


 イラつきながら声をかけるあたし。全身から『むこう行けオーラ』を放ちつつ。


 そしたら奴は身体を大げさに揺すって、バカにしたように言い返してきやがった。


「はあ? てめーなんかに用があるわけねぇよ。ジイシキカジョ~」

「じゃあ、なんでこんなとこいるのさ。このお店は、あんたみたいなヤローにゃ縁のないとこなんですが?」


 外から見ただけで分かるオシャレなカフェなのだ。

 ウインドウのむこうに見えるのも、イケてるふうな女子ばかりだし。


「こんな店とは、ショージキ思ってなかった……」


 がっくり肩を落とす山下。

 その弱々しい姿に、思わず同情する……あたしではなかった。


「なんかの罰ゲーム? 土下座して泣き入れて勘弁してもらった方がダメージ少なくない?」

「ば、罰ゲームなんかじゃねーよ。ちょっと騙されただけだっての」

「騙されたって、誰に?」


 と、後ろからかわいらしい声が聞こえる。


「私で~すっ」


 振り返るとニコニコ顔のさっちん。

 白地のブラウスにピンクの膝下スカートで、なんだかオトナっぽく見える。

 毎度のことながら、美人な親友を妬ましく思っちまうあたしの心は狭すぎた。


「花澤、こんな店って聞いてねーぞ!」


 山下は抗議してるつもりだろうけど、笑えるくらいなっさけない声しか出てきてない。


「けど、ケーキがおいしいのは本当よ。きっと山下くんのお気に召すはず」

「ケーキ?」


 さっちんの意外な発言に山下の方を向くと、むこうは思いっきり顔を逸らしやがった。

 それでも耳が赤いのは誤魔化せない。


「山下、ケーキ好きなんだ?」


 あたしが聞いても答えようとしない。無視とかムカつく。


「そうそう。山下くん、甘いの好きなの。勝手にデザート食べるんだって、お姉さんいっつも愚痴ってるんだよ」

「なんで山下のお姉ちゃんの愚痴をさっちんが知ってんの?」


 純粋にナゾに思ったからさっちんに聞く。

 うかつだったと気付いた時には遅かった。さっちん、ニヤニヤ笑いで迫ってくる。


「気になる? 気になります? 山下くんと私との関係。ゆっきー、気になっちゃいます?」

「い~や、気になんないし」


 美人さんはイジワル顔でも美人さんだ。

 迫ってこられると意味もなくドギマギしてしまう。

 今この場に限っては、そうなっちまうのはマズかった。


「気になるよねぇ。山下くんと一番仲よしのはずなのに、自分の知らないことを他のオンナが知ってる。気になるよね~」

「そ、そんなんじゃないしぃ~」


 焦って見えるのは美人の顔が近くにあるからだ。

 それなのに、親友はヘンな誤解してあたしをいじってくる。


「花澤、うちのねーちゃんにピアノ教えてもらってんだよ」


 山下が自白した。助け船ではないだろう。


 なるほど、さっちんが近所のお姉さんにピアノのレッスンを受けてるのは前に聞いてた。

 それが山下のお姉ちゃんだとは知らなかったけど。


「そーいうこと。ゆっきーは、なにも心配することないからね?」


 あたしの両肩に手を置いて、ひとりでうなずくさっちん。

 心配ってなにさ?


「あー? なんで山下がいるのー?」


 ポニー、現れたと同時に文句を垂れた。あたしも同感だ。

 今日もポニーはピンクのフリフリなゴスロリ。あたしは未だにこの子のセンスが理解できない。


「私が呼んだのよ。どーしてもケーキが食べたい少年を、救って差し上げようって思ったの」

「どーしてもじゃねーよ! ねーちゃんのユードージンモンに引っかかったんだって!」


 山下、必死に反論してみせるけど、その必死さがよけいにドツボだと分からないんだろうか。


「ムサい男子が恥じらってもかわいくないよ、山下くん。全員そろったし、お店入ろう」


 さっちんが、毒を軽く吐いてからお店の扉に向かう。

 その横にポニーがひっつく。


「おいっ! 他の男子はどうした!」


 焦る山下がかなりウザい。

 そんなウザいヤローに、さっちんが涼やかな笑顔を向ける。


「他に男子が来るとか、あれ、ウソだから」

「はああああ!!!」


 女子三人の中に男子が一人。

 割とキツいだろうけど、あたしの知ったことじゃない。

 

 ……いや、同じテーブルに山下もいるとか、あたしも勘弁なんだけど?


「じゃ、今日のコースはこれね。もう予約してあるし、ドタキャン不可だよ」


 さっちんが指さしたのは扉横の立て看板。


『カップル限定!! ボリュームたっぷりケーキ満足コース!』


 とか書いてある。


 カップル限定……???


「さっちん、今日はカップルだね~」

「やさしくしてね、ポニー?」


 さっちんとポニーが腕を組んでお店の中に入ってく。


「ちょっと待ってっ!」


 さっちんの肩に手を伸ばしたら、軽く避けられてしまう。


「初々しいカップルさん、どうぞごゆっくり~」


 取り残された、あたしと山下。

 顔を見合わせ、同時に顔をしかめる。




 シャレオツなカフェだった。

 なのでいっそう、むかいに座るオトコのクソだささが際だつ。


「オ、オレ……浮いてね……?」


 山下の、今すぐ正露丸が必要そうな顔があわれを誘う。

 けどよく考えたら、いいやよく考えなくても、このヤローに同情してやるギリなんてもんは一切なかった。


「めちゃくちゃ浮いてる。一緒のテーブルにいるあたし、若干ハズいし」


 そうディスるあたしだけど、実は自分の格好もあんまりイケてないのを自覚してた。

 こんなオシャレなお店だとわかってたら、もっと全力で気合い入れてきたのに。


 さっちん、ホウレンソウ!


「オレ……やっぱ帰ろかな……」


 さすがにここまでヘコんでると、ちょっとはフォローせねばとなるのが慈悲深いあたしである。


「注文もしちゃったし、今さらどうしようもないじゃん。腹くくっておいしいケーキのことだけ考えなよ」

「そ……それも……」


 パッと表情が変わって、


「そうだよなっ!」


 ニカッとバカ丸出しの笑顔。

 なんかムカつく。


「そうケーキだよ! オレ、もうケーキのことしか考えねーし!」

「お気楽だよね? 脳みその代わりにヘリウム入ってんの?」

「ケーキ食うのに脳みそなんかいらねー。ケーキはハートで食うんだからな!」


 無能を否定しないでヘンなテンションで言い切った。

 開き直ったバカはかなりウザい。


「声デカいし。これ以上恥の追加オーダーは勘弁してください」

「う、わかったって」


 山下が素直に声のボリュームを下げる。言うこと聞くとか珍しい。

 と、あたしの後ろをやたらチラチラ見てるのに気付いた。


 振り返ったら、ニヤニヤしてあたしたちを観察してる性悪親友がふたりもいた。


「あやつらめ……」


 歯ぎしりしながらうめく。


「花澤って、あんな性格悪かったのか?」


 バカに親友をディスられて黙ってるあたしじゃない。


「性格ブスじゃないし。ちょっとお茶目なだけなんだよ」

「お茶目? 高原なんかとケーキとか、サイアクな罠にハメられたんだけどな」


 心底イヤそうな、ぶさいくな顔を晒す。


 サイアクな罠は同感だけど、こいつに被害者面されるのは気分悪い。あたしといるのはサイアクみたいじゃん。


「そんなこと言って、ホントはあたしとご一緒できてうれしいんじゃない、山下は?」

「なっ! んなわけねーっての!」


 目に見えて焦りやがるバカ。

 うれしいなんて思ってなくても、濡れ衣を着せられると焦っちゃうもんだ。いっつもさっちんにいじられてるあたしはよく知ってた。


「でもさあ、しょっちゅうあたしに机くっつけてきたりさあ」

「教科書忘れたからだ!」

「ノート貸してくれーとかさあ」

「授業中寝てたからだ!」

「あたしのほっぺ、鉛筆でつっついてきたりさあ」

「信じらんねーくらい肉付いてるからだ!」

「ちょっ! 太ってるみたいに言うな!」


 あたしが怒鳴るとそっぽ向きやがった。

 ほっぺぷよぷよはお悩みポイントなのに、話に出したのは失敗だ。


「あーあ、ケーキ食ってるとさらに太るぞ~」


 ほざくな、山下。


「太ってません~、ケンコーな女子はぷにぷにしてるもんなんです~」

「え、そうなの?」


 素の顔であたしを見る。

 いきなり態度が変わってびっくりしたけど、今さら引き下がるなんてあり得ない。


「そ、そうだよ。それがお年頃の女子ってもんだし。モテなくて女子に縁ない山下には分かんないだろーけど~」

「いや俺、ねーちゃんいるし」


 モテないは否定できない、あわれな山下。


「ねーちゃんはそんなぶよぶよしてねーぞ。腹筋バキバキ」

「そっちの方がレアだよ。ピアノ弾いてるんだよね。なんで腹筋バキバキ?」

「総合格闘技もやってる」

「ピアノ弾ける格闘家とか、めちゃくちゃレアキャラじゃん。そんなんとあたし比較すんな」


 そう当然の抗議をしたら、首をかしげて顎を撫でる。


「フツーの女子はぷにぷにしてるもんなんか?」

「そうだよ、あたしみたいなフツーの女子はね」

「フツー……」


 あたしを見てる山下の視線が下がる。


「いや~、その程度のチチでフツーの女子はねーわ」

「うるせーよ!!」


 あたし最大の地雷を気軽に踏みやがった。


「花澤の方が痩せてるのにチチはデカいよな」

「さらに踏み込むんじゃねーよ!! そんなんだからテメーはモテねーんだよっ!!!」

「おっ、ケーキ来たぞ」


 自分が踏み付けた地雷のデカさに気付かないモテない男。もうケーキのことしか考えてねー。


 背後からウエイトレスさんが近づいてるのにキレ散らかしてるのはマズい。

 あたしは伝説の賢者みたいに全力で怒りを封じ込める。




 ケーキは期待してた以上だった。

 まず、数と種類が多い。そして、どれもがすんばらしくおいしい。


「うめー!」

「うめー!」


 ハモるのも仕方がないというもの。


「来てよかったぜー。さっきまでの全部が許せる」

「山下は絶対許さないけど、ケーキはサイコー!」


 絶許宣言された山下が首を傾げる。


「なんでそんなキレてんだ?」

「いやいやいや! さっき、あたしのおっぱいディスったよね!?」

「事実じゃん」

「この世にゃ言っちゃいけない事実があんのっ!」


 事実を否定できない哀しいあたし。

 山下がイヤイヤそうに言う。


「わかったって。ネコで勘弁しろ」

「ネコ? 落書きなんかが謝罪になるわけないよ」


 むしろ、火に油を注ぐってやつだ。


「画像だっての。この前の捨て猫」

「へぇ!」


 あたしが身を乗り出すと、山下がスマホを向けてくる。


 そこにはかわいらしい仔猫の画像が写ってた。

 大量にあるネコ画像をスワイプして見ていく。


「元気になったじゃん」


 あたしがこの子を見つけたのは二週間前の雨の道端。

 濡れて飢えててすぐにも死んでしまいそうだった。


「かなりヤバかったけどなー。病院に連れてったり看病したり。で、どーにかここまで元気になった」

「いろいろしてくれたんだ?」

「ねーちゃんの方があれこれ世話焼いてた。ちいさい生き物大好きだしよ」

「小動物好きのピアノ弾ける格闘家なんてサイキョーじゃん」


 山下が照れ顔で笑う。

 別にあんた褒めたわけじゃないんだけどね。


 けど、お姉ちゃん以外にも言いたいことがある。


「ありがとね、山下。仔猫ちゃん、引き取ってくれて」


 そう笑いかけると山下はさらに照れて顔を赤くする。


「しゃーねーだろ? 高原んちはネコ飼えねーんだし、あんだけ……」


 と、口を閉じる。


「え? なに? ちゃんと言ってよ」


 山下、軽く咳の真似をしてから言う。


「高原、あんだけ泣いててよ。雨ん中、傘ほったらかしでずぶ濡れでよ。ほっとけねーじゃん」

「あ……うん、そうだったね」


 思い出したら顔が熱くなった。


 今にも死にそうな仔猫を抱えて、でも、なにをどうしたらいいのかまるっきり分かんなくて。

 そこを、山下に見られた。


「山下にしては頼もしかったよね。すぐ病院調べてくれて、引き取ってくれて」

「まーな。いざって時は頼りになる男だし、俺はよ」


 わざとらしく両手を腰に当てて背を反らす山下。

 いつもの悪ふざけはムカつくのに、今はちょっと違うふうに見える。


「ホントそうだ」


 自然に褒めてた。

 今までこいつには見せたことない笑顔で。


「お、おう」


 落ち着きなく目をキョドキョドさせる山下。

 こういうとこ、いかにもモテない男子だ。


「キョドってやんの。なんなの? あたしのこと好きなんじゃないの、あんた?」


 軽くいじってやったら黙り込んだ。

 なんか、横向いて下見てるし。


 え?


 えええ??


「いやいや、なんか言いなよ。いつものクッソムカつく煽りはどうした?」

「うるせーよ」


 ギリ聞こえるくらいのちいさい声をこぼす。

 耳があり得んくらい赤い。


 ええええ????


「いやいやいや、いっつもムカつくことばっかしてくるじゃん? あれ、好きな子にイジワルするとかいう小学生男子みたいなアレなわけないよね?」


 なんも言わん。


「いっつも席くっつけてくるのも、ちょっとでもお近付きになりたいからとかそういうの? いやいやいやいや、そんなわけないよね??」


 だんまり。


「いっつも落書きがネコちゃんなのも、あたしがネコ好きだと思ってとかそういう不器用なアレじゃないよね???」


 ぷるぷる震えてやがる。


「あんた、ガキなの!!??」

「ガキで悪かったな!」


 やっと言い返してきたけど、顔は下向いたまんま。


「言いたいことあるなら、はっきり言ってほしい」


 あたしが真面目な声で言うと、山下はゆっくりと顔を向けてきた。

 恥ずかしいんだろうなぁ。ため息が出そうなくらい情けない顔してる。


 山下の言葉を待つ。


 しばらくして、唾を飲んでから口を開いた。


「高原、好きだ。付き合ってくれ」


 声を震わせながらも、シンプルに気持ちを伝えてくる。


 あたしの答えはとっくに決まってた。


「やなこった」


 山下、目を剥いて驚いた顔。


「いやいや、あんだけイラつくことばっかやられてて、『あたしもキミのこと好きだったの。お付き合いしましょう』なんてなるわけないよね?」


 あたしの当たり前すぎる言葉に、山下はがっくり肩を落とす。

 心底情けないなと思わせる、「悲惨」を額縁入りの絵にしたみたいな姿。


 そのまま放置してもよさそうなもんだけど、あたしは慈悲深いオンナだった。


「あんたがホンキであたしのこと好きならさ。惚れちゃうくらい、いいとこ見せまくったらいいじゃん」

「そしたら付き合ってくれる?」


 慈悲の言葉に希望を見出したか、脳天気男の表情が明るくなる。


「惚れちゃったらね。まぁ、まずないと思うけど?」

「よっしゃっ!!」


 自分の都合のいいように解釈したらしく、山下がムダに力を入れて拳を振る。


「ていうか、ゆっきー、もう半分くらい惚れちゃってるよね?」


 いつの間にか後ろにいたさっちんがデマを飛ばす。


「そーそー、捨て猫と山下の話、めっちゃうれしそうに話してたもんねー。何回も何回もー」


 ポニーが秘密の暴露をする。


「やめて、ふたりとも! このバカつけ上がらせちゃダメ!」

「いや~、やっぱ思ってたとおり、高原はチョロいよな~」


 つけ上がった山下がムカつくことほざきやがる。

 睨み付けても、いつもどおり肩を揺らせてふざけた態度。


「少年、ガンバ!」


 え?

 近くの席のお姉さんがはやし立てる?


「いいな~青春だ~」


 他の席のお姉さんが微笑んでる?


 そのうちどこからか拍手が起こりはじめる?

 お店中が拍手で包まれる???


 しまった!

 お店の中でするやり取りじゃなかったっ!!


 もうすでに勝った気でいる山下が、片手を振って声援に応えてる。

 あたしは言わずにいられない。


「あたしが山下に惚れるなんて、そんなの絶対ないんだからっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウザいあいつは仲よしなんかじゃないの。分かって! いなばー @inaber

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ