憧れの先輩にフラれるたびにタイムリープしていたら、いつも肩パンしてくる幼馴染と付き合うことになった
谷川人鳥
憧れの先輩にフラれるたびにタイムリープしていたら、いつも肩パンしてくる幼馴染と付き合うことになった
「ごめんなさい。私、
三月八日の夕方五時過ぎ。
僕にとって人生初の失恋は、またもや繰り返されている。
僅かに茶色がかった髪を肩口で切り揃えた、リスに似た相貌の美少女が、僕を真剣な表情で見つめている。
若干申し訳なさそうに眉間に皺が少し寄っているが、その口調からは確固たる意思の強さが見て取れる。
ここから彼女は、きっとこう言葉を続けるだろう。
“坂田くんのことが嫌いなわけじゃない。
人として尊敬できるし、とても魅力的だと思う。
でも、坂田くんと付き合うことは、できない。
どうしても、私が坂田くんの彼女としてやっていくイメージができないの。
だから、ごめんなさい
それじゃあね、バイバイ。また明日”
彼女の言う、また明日は、また来ない。
このチンケなラブストーリーの結末を知っている僕にできるのは、覚悟を決めた瞳で語り出す彼女の桃色の唇を、ぼんやりと見つめるだけ。
「坂田くんのことが嫌いなわけじゃない。人として尊敬できるし、とても魅力的だと思う。でも、坂田くんと付き合うことは、できない。どうしても、私が坂田くんの彼女としてやっていくイメージができないの。だから、ごめんなさい」
ほらね。
やっぱりだ。
何も変わりはしない。
もう聞き飽きたよ。
でも、いいさ。
早くここから逃げ出したいけれど、僕がわざわざ足を動かさなくても、遠くに行けることを知っているから。
「それじゃあね、バイバイ。また明日」
それだけ言うと、彼女は踵を返し、僕の下から去って行く。
僕の返事すら聞かない彼女の言う、明日は来ない。
ひゅるり、ひゅるりと、春にしてはやけに冷たい風が、二度吹き抜ける。
僕の前髪がふわりと浮くのを合図に、視界が暗転する。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
聞き慣れた時計の音が頭の中で反響している。
スマホのアラームが鳴るまで、あと七秒。
七、六、五、四、三、二、一、ホーホケキョ! ホーホケキョ!
ほら、ぴったり七秒後、毛布を被る僕の隣りでウグイスが叫びだす。
僕は寝転がったまま、枕元のスマホを手に取ると、全く同じ音程を保つウグイスを黙らせた。
時刻は、三月一日の午前七時ぴったり。
僕がフラれるまで、あとちょうど一週間ある。
※
これで僕がフラれるのは三回目となった。
といっても、厳密にいえばまだ一度もフラれていない。
三度の失恋は僕にとっては過去形だが、この世界にとっては未来、というよりは存在していない出来事となっている。
ちょっと自分でも何言ってるのかよくわからないというか、正気の沙汰ではないけれど、そういうことなのだ。
「ういー、おはよー、
朝の通学路をとぼとぼと歩いていると、ふにゃふにゃした声が背中にかけられる。
振り返ってみれば、うなじがよく見える程度に髪を短く切り揃えた女子高校生が見えた。
青いネクタイを緩く巻いたその女子は、今からなぜだか知らないけれど、僕に無意味に肩パンをしようとするはずだ。
だから僕は顔を前に向き直した後、ドンピのタイミングで横に飛び退く。
「あたしが、気合い入れさせてやる––––ってうおぉっ!?」
「はいはい、そういのいいんで」
回避されるとは思っていなかったのか、勢いをつけたその女子はそのまま前のめりに転げそうになって、近くの電柱に頭をぶつけた。
さすがに三度まったく同じタイミングで肩を謎に殴られれば、この運動神経新生児と呼ばれた僕でも学習してパリィ並みのシビアな回避行動を取れる。
「いったぃ!? ちょ、なんで避けるわけ!?」
「そりゃ避けるだろ。なめんな」
額のあたりを抑えて、涙目になるこのやけに好戦的な彼女の名は
なんだかんだで小学生の頃から同じ学校に通う、幼馴染というか、腐れ縁と呼べる相手だ。
「新太の分際でまじ生意気なんだけど。もう乳揉ませねぇぞ?」
「いや揉んだことねぇから。諏訪は本当に下品だよな。そんなんだから彼氏できないんだよ」
「うるせぇ黙れ。ちん○んもぐぞ」
「ち○ちん言うな」
「じゃあキン○マ」
「じゃあが意味をなしてない」
「ほんっと新太ってごちゃごちゃうるさい。ばーかばーか」
「はぁ。ほんと諏訪ってもったいないよな。美人だし、一緒にいて楽しいし、いい女なのになぁ」
「……ばか。うるさい黙れ。ならお前が貰え」
「ん? 声小さくね? なんて?」
「ばーか! って言ったんだよタコ!」
「ばかなのかタコなのか、せめてどっちかにしてくれよ」
いじけたようにそっぽを向く諏訪は、幼馴染の贔屓なしでわりと可愛いが、このように言動に難があるというか、ノリが男すぎるせいでもう華のJKにも関わらず浮いた話がまったくなかった。
「……てかさ、昨日、新太、
伏し目がちの諏訪が、彼女にしては珍しく僕の顔色を伺うような目つきでこちらを見てくる。
この質問を彼女からされるのは、これで四度目だ。
これまでは肩パンをされていたから、ここに至るまでの会話内容が違うが、結局辿り着くところはここになるわけね。
「さすが女子。耳が早いな」
「うわ。まじか。へー。新太、告白とか、できたんだ」
「まあ、僕もやるときはやるってことよ」
といっても、これからフラれるんですけど。
「……で、どうだったの?」
「ん? なにが?」
「な、なにがって、告白だよ」
「あー、告白ね」
「は? なに? 告白してないの? ガセ?」
「いや、したよ」
「え? その謎の余裕なに? うそ。まじ? 成功した?」
諏訪がなぜかキョドリまくっているのを見て、僕はほくそ笑む。
これまでのこの会話の時、僕はすぐに答えて彼女に煽られまくったのを覚えてるため、今回は焦らしてみる。
告白したことがすでに諏訪にバレていることを最初に知った時は、僕も動揺しまくったが、もうこのやりとりは四度目だ。
「まだ返事もらってない」
「なにそれ? どういうこと?」
「なんか一週間待って欲しいって。考えさせてって言われた」
「ふーん?」
そこまで僕が言うと、なぜか諏訪は大きく息を吐いて安堵の表情を浮かべる。
なんでこんな嬉しそうなんだろうな。
非モテ仲間が減るのがそこまで嫌なのか。
応援しろよ。
「ま、即答じゃないだけよかったじゃん。一週間、夢見れるし」
「フラれる前提やめろ」
合ってるけど。
「あたしがいるのに、他の女に手出すとか、欲張りすぎなんだよ」
「諏訪がいたってしょうがないだろ」
「はああ!?!? まじ失礼なんだけど!? 新太は自分がいかに恵まれてるのか自覚した方がいいよガチで」
「うーん、でも、なんか正直そんな気もしてきたなぁ」
「……え? なにが?」
「なんで僕ごときが藤井先輩みたいな人に告ったんだろうなぁ。調子のったかもしれん。だからこんなつらい思いをするのかもな。これはたぶん罰なんだわ」
「お、おいおい、そんな落ち込むなって。し、新太にも、いいところいっぱいあるし、あたしは、全然嫌いじゃないというか、むしろわりと男としてもいいと思うっていうか……だいたい! まだフラれてないだろ! 諦めんなよ!」
いや、もう実は三回、フラれてます。
「ありがと。諏訪って、意外に優しいんだな」
「意外じゃねーし。早くフラれろ」
励ましてくれたと思ったら、急に突き放してくる。
でも、これが諏訪なりの激励だと僕は知っている。
なぜなら、この後、彼女はいつも最後に僕に笑いかけるからだ。
「……なんて嘘嘘。あたしは新太の告白、うまくいくと思うよ。実際、新太よりいいやつ、あたし知らないし。彼女ができるに、新太は相応しいよ。新太に彼女ができたら、もうこうやって二人で喋る機会もなくなりそうだから先に言っておくね。……おめでと、新太。彼女さんのこと、ちゃんと幸せにしろよ」
どこか寂しそうに、諏訪は僕に微笑む。
それは、僕の幸せな未来を微塵も疑っていない表情。
たしかに、この後、実際にフラれるまで、諏訪は僕にこんな風に気軽に絡んではこなくなる。
もしかしたら、遠慮、してたのかもしれない。
そう考えると、なんか、ほんと、すまんって感じだ。
四度目の諏訪との小さな別れに、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
だって残念ながら、この後、しっかりちゃんとフラれるだもんなぁ。
※
「ごめんなさい。私、
あれからよそよそしくなって、諏訪とはほとんど喋れないまま、またこの日がきた。
「それじゃあね、バイバイ。また明日」
それだけ言うと、彼女は踵を返し、僕の下から去って行く。
僕の返事すら聞かない彼女の言う、明日は来ない。
ひゅるり、ひゅるりと、春にしてはやけに冷たい風が、二度吹き抜ける。
僕の前髪がふわりと浮くのを合図に、視界が暗転する。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
聞き慣れた時計の音が頭の中で反響している。
スマホのアラームが鳴るまで、あと七秒。
七、六、五、四、三、二、一、ホーホケキョ! ホーホケキョ!
ぴったり七秒後、毛布を被る僕の隣りでウグイスが叫びだす。
僕は寝転がったまま、枕元のスマホを手に取ると、全く同じ音程を保つウグイスを黙らせた。
時刻は、三月一日の午前七時ぴったり。
僕がフラれるまで、まだちょうど一週間ある。
※
「ういー、おはよー、新太。なんか冴えない顔してんなー」
これで、五度目の一週間だ。
朝の通学路をとぼとぼと歩いていると、ふにゃふにゃした声が背中にかけられる。
振り返ってみれば、うなじがよく見える程度に髪を短く切り揃えた女子高校生が見えた。
諏訪だ。
こいつは今回も、僕の告白の成功を信じきっているのだろうか。
「あたしが、気合い入れさせてやる––––ってうおぉっ!?」
「はいはい、そういのいいんで」
前回と同じように、綺麗に避けた僕は、そこで思い出す。
そうだ。
このままだと、電柱に頭をぶつけるんだったな。
僕は勢いがついた諏訪の手を反射的にとる。
「きゃっ!」
「おっと!」
すると、その手を握った時の作用反作用かよくわからない反動で、思わず諏訪を抱きしめるような体勢になってしまう。
ふわと香る、鼻腔をくすぐる甘い匂い。
胸元に収まる諏訪は、普段よりやけに小柄に思えて、女子らしい柔らかな感触を感じる。
「お、悪い!」
「……うん」
慌てて僕は諏訪の身体を解放する。
罵声か肘鉄がとんでくるかと思ったが、案外彼女はしおらしく何も言わずに俯くだけ。
なんだこの反応。
ついにタイムリープのしすぎで、現実をきちんと認識できなくなってきたか?
なぜだか諏訪が、めちゃかわに思えてきた。
「……避けんなよ。ばーか」
「い、いや、ふつう、避けるだろ」
まるで抱きしめてしまったことがなかったかのように、諏訪は肩パンを避けたことの方だけ咎めてくる。
やばい。
なんか意識しだしてきてしまった。
これはまずい。
一旦、早めにタイムリープして、今のくだりをリアルになかったことにしたい。
「……てかさ、昨日、新太、
若干これまでとは違う、気まずい空気が漂ったまま、僕と諏訪は並んで歩き出す。
すると、また彼女は同じ質問を繰り返す。
何があっても、必ずこの確認を諏訪は僕にしてくる。
今更だけど、こいつ、そんなに恋バナとか好きな奴だっけ。
よく考えてみると、恋人ができないことに対してのイジり合いはあっても、真面目に恋愛の話したことないな。
いつもだったら、恥ずくてむりだけど、どうせタイムリープしてなかったことになるし、たまには聞いてみようか。
「それは置いといてさ、諏訪って、好きな奴とかいないの?」
「ひゃっ!? な、なんだよ急に! というか置いとくな! 気になるだろ!」
「ああ告った告った。なんか返事は一週間待って欲しいって。はい以上。次、諏訪の番な」
「なんか適当じゃねぇ!?」
珍しく僕のペースで会話が進んでいるせいか、見るからに諏訪は狼狽しまくっている。
なんか、こうしてみると、ほんと普通に可愛い女の子って感じだな。
「好きな奴、いんの?」
「……まじ、なんなんだよ。告白のプレッシャーで頭イカれた? 今日の新太、変だぞ」
「いいから、答えろよ」
「……いるよ、一応」
「え? まじ?」
うそ、まじか。
僕は言葉を失い、なぜか頭が真っ白になる。
それは、一番最初にフラれた時よりも大きな衝撃だった。
「信じられん。諏訪にも人を好きになるとかあるんだ」
「……あたしだって、恋とか、するし」
人間、たまにタイムリープしてみるもんだな。
考えてもみなかった。
諏訪に、彼氏ができる。
想像してみると、どうしてか、胸に鈍痛が走る。
それは、四度の失恋よりも、もっと深い痛み。
「ちな誰?」
「言わない」
「教えろよ」
「絶対言わない」
「誰にも言わないから」
「死んでも言わない」
「俺と諏訪の仲じゃん」
「新太にだけは何があっても言わない」
くそ。
こいつ、口かたいな。
めっちゃ気になる。
なんでこんな気になるのかわからんが、すごい気になる。
「頼む。一生のお願い」
「しつこい。だいたい新太には藤井先輩がいるじゃん。あたしの恋愛とか気にしてる場合じゃないでしょ」
「そっちはもうなんでもいいんだよ」
「なんだよそれ? どういうこと? なんか腹立つから早くフラれろ」
諏訪の好きな相手、か。
こいつは、いったいどんな相手を好きになるんだろう。
誰だか知らんがきっと、そいつはかなりの幸せ者だな。
「……なんて嘘嘘。あたしは新太の告白、うまくいくと思うよ。実際、新太よりいいやつ、あたし知らないし––––」
どこか寂しそうに、諏訪はまた僕に微笑む。
それは、僕の幸せな未来を微塵も疑っていない表情。
たしかに、この後、実際にフラれるまで、諏訪は僕にこんな風に気軽に絡んではこなくなる。
「––––おめでと、新太。彼女さんのこと、ちゃんと幸せにしろよ」
そう考えると、あれか。
もし、このまま、奇跡的に、かりに告白が成功する未来になったとしても、こうやって諏訪と二人で喋る機会はなくなってしまうのか。
五度目の諏訪との別れに、僕は少し切ない気持ちになる。
いったい僕が本当に望んでいる未来は、なんだろうか。
※
「ごめんなさい。私、
あれから諏訪とはまるで顔を合わせることすらなく、またこの日がきた。
なんだか、あっという間の、一週間だった。
「それじゃあね、バイバイ。また明日」
ひゅるり、ひゅるりと、春にしてはやけに冷たい風が、二度吹き抜ける。
僕の前髪がふわりと浮くのを合図に、視界が暗転する。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
聞き慣れた時計の音が頭の中で反響している。
スマホのアラームが鳴るまで、あと七秒。
七、六、五、四、三、二、一、ホーホケキョ! ホーホケキョ!
目が覚めると、どうしてか僕は、安心していた。
ぴったり七秒後、毛布を被る僕の隣りでウグイスが叫びだす。
僕は寝転がったまま、枕元のスマホを手に取ると、全く同じ音程を保つウグイスを静かにさせる。
時刻は、三月一日の午前七時ぴったり。
僕がフラれるまで、まだちょうど一週間ある。
つまり、また、諏訪と喋れるってことだ
※
「ういー、おはよー、新太。なんか冴えない顔してんなー」
これが、六度目の一週間だ。
朝の通学路をとぼとぼと歩いていると、ふにゃふにゃした声が背中にかけられる。
振り返ってみれば、うなじがよく見える程度に髪を短く切り揃えた女子高校生が見えた。
相変わらず可愛い。
諏訪だ。
僕のこの自慢の幼馴染は、誰かに恋をしている。
「あたしが、気合い入れさせてやる––––ってひゃっ!?」
「なあ、諏訪。聞きたいことがある」
肩パンをしようとしてきた諏訪の腕をぱしっと受け止めて、僕は真っ直ぐと改めて諏訪のことを見つめてみる。
「諏訪の好きな相手って誰だよ。教えてくれ」
「はっ!? な、なに、急に!? て、てか新太の方こそ––––」
「僕の話はいいんだよ僕の話は。たしかに告った。でも返事はまだ。一週間後って言われた。はい終わり。それで諏訪は?」
「なっ!? え、ちょ、まじどういうこと!? これどういう状況!?!?」
腕を握ったまま、僕は今回は逃さないとばかりに諏訪をガン見しまくる。
次フラれる前に、絶対にこいつの好きな相手を突き止めてやる。
「……教えない」
「ほんとに頑なだな。頑固者。なんで毎回教えてくれないんだ」
「毎回ってなんだよ。聞いてきたの初めてだろ……しかも、もう手遅れになった今更」
「諏訪は、告らんの?」
「……たぶん、しない」
「なんで? 諏訪、可愛いじゃん。意外にいけるかもよ」
「うざ。なにこいつ。誰目線だよ」
「僕、いい神社知ってるよ。円環神社ってとこでお祈りすると、一週間以内に必ず恋人ができるらしくて、そこでお祈りしてから告白した」
「前例が新太とか不吉すぎる。そこにだけはお参りいかないことにするわ」
諏訪は、ふふっと、可憐に笑う。
この笑顔を、僕はずっと当たり前のものだと思っていた。
でも、そうじゃない。
僕はもう、五度も、この笑顔を失っている。
「……そいつの、どこが好きなの?」
「まじでさっきからなんなの? 新太、返事待ちの緊張で性病にでもなった?」
「性病とか口にするな」
「じゃあ梅毒?」
「じゃあが意味をなしてない」
心地の良い、やりとり。
もし、告白が成功してしまったら、もうこの時間には戻れない。
僕と諏訪の日々は、帰ってこない。
なにかが、変わる、気がした。
僕は、恵まれている。
このタイムリープに、感謝するべきなのかもしれない。
「……そっちこそ、藤井先輩のどこが好きなわけ?」
「顔」
「最低。精巣爆発しろ」
「あと胸」
「まじで早くフラれた方がいいわこいつ」
そもそも、どうして、僕はあの人に告白したんだっけ。
何度も同じ一週間を繰り返したせいで、忘れ始めている。
清楚な感じで、可愛くて、誰にでも優しい。
男子だったら、誰でも好きになりそうな人。
最近委員会が同じちょっと喋ることが多くて、なぜか調子ずいて、勢いで告白してしまった。
でもきっと、あの人は、僕に肩パンをすることはない。
下品なことも言わないし、僕を小馬鹿にしたりしない。
だけど、同時に、あの人は僕を笑わせることもないし、僕の言葉で笑うこともない。
それが、僕の望んだ未来か?
本当に、僕はあの先の明日へ、行きたいと願っているのか?
急に黙り込んだ僕を、隣の諏訪が心配そうに見つめてくる。
こんなふうに、僕の一挙手一投足を気にして感情を見せるようなことを、あの人がすることは一生ない気がした。
「……なんて嘘嘘––––」
どこか寂しそうに、諏訪は僕に微笑む。
僕が幸せにしたい相手は、本当にあの人か?
「––––おめでと、新太。彼女さんのこと、ちゃんと幸せにしろよ」
一度生まれた疑念は、膨らみ続けて、僕の心の中を埋め尽くす。
六度目の諏訪との別れに、僕は限界を感じた。
これ以上、この誰よりも可愛くて、優しい幼馴染との別れに、耐えられそうにない。
※
「ごめんなさい。私、
もうこの聞き飽きた失恋の台詞は、頭の中にまるで入ってこない。
自分から告白しておいて、大変失礼だが、正直、もうどうでもいい。
僕は下品ではないが、失礼な奴なんだ。
だから、これでいい。
「それじゃあね、バイバイ。また明日」
それだけ言うと、彼女は踵を返し、僕の下から去って行く。
僕の返事すら聞かない彼女の言う、明日が来なくてよかった。
ひゅるり、ひゅるりと、春にしてはやけに冷たい風が、二度吹き抜ける。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
聞き慣れた時計の音が頭の中で反響している。
スマホのアラームが鳴るまで、あと七秒。
七、六、五、四、三、二、一、ホーホケキョ! ホーホケキョ!
この朝だ。よかった。またここに戻ってこれて。
ぴったり七秒後、毛布を被る僕の隣りでウグイスが叫びだす。
僕は寝転がったまま、枕元のスマホを手に取ると、全く同じ音程を保つウグイスを鳴らしたまま、急いで服を着替える。
時刻は、三月一日の午前七時ぴったり。
僕が諏訪に会えなくなるまで、あとほんの少し時間がある。
※
「諏訪! 話がある!」
「うわぁっ!? 新太!? びっくりしたぁ……朝からやめてよ心臓に悪い」
七度目の朝。
いつもより少し遅く家を出た僕は、明るい日の光の下を歩く諏訪のところに走って追いつく。
もうすでに、あの人には先に連絡をしてある。
結果は知っているし、なにも一週間も待つことはない。
「つかなんでそんな急いでんの? べつに遅刻する時間帯じゃなくない?」
「諏訪に話があって」
「……あー、あたしそれ、わかるかも。あれっしょ、藤井先輩に告ったっていう––––」
「それはたしかに告った! でももうフられた!」
「えぇっ!? ま、まじで?」
「僕の好きな相手はべつにいる!」
「はぁっ!? どういうこと!? フラれた次の瞬間、もう別の相手好きになったわけ!? 不誠実すぎん!? クズやん!」
「六回フラれてやっと気づいた。本当に好きな相手は、違うって」
「しかも六回っ!? え、え、ちょ、理解が追いつかないんだけど!? それって別の相手!? いつの間にそんな失恋しまくってんの!?」
僕はきっと、失礼なだけじゃなくて、不誠実で、クズで、どうしようもない奴なんだ。
あの人は本当に、いい人だった。
だからこそ、何度タイムリープしても、たぶん同じ結果になる。
『やっぱりね。うん。私も、あの告白はなかったことにした方がいいと思う。正直どうしようか迷ってたけど、やっぱり、むりだもん。坂田くんが選ぶべき未来はさ、きっと私じゃない』
あの人が僕のことを何度タイムリープしてもフるのは、もしかしたら、僕のこの心の奥底にある唯一純粋な気持ちに気づいたからかもしれない。
本当に、申し訳ないことをした。
だから、せめてもの償いとして、僕は本当に勇気を出す。
取り返しのつかない、未来を掴む。
もしまた失恋しても、これは一度きり。
また今日の朝に戻っても、二度と同じことは繰り返さない。
最初で最後の、今日を過ごす。
「僕、諏訪が好きだ。諏訪と付き合いたい。頼む。一生のお願い。僕を好きになってくれ」
「……え?」
ああ、言ってしまった。
この言葉を、想いを伝えてしまえば、もうここには戻ってこれない。
僕がまたフラれて、タイムリープしても、同じ気持ちで諏訪の隣りには立てない。
次の朝、僕は諏訪の恋人として隣りに立つか、それかこれからは別の通学路を通るかのどちらかになるだろう。
「……本気?」
「本気」
「……本気の本気?」
「本気中の本気」
「……これ、冗談じゃすまないぞ」
「冗談ですませるつもりない」
「……ネタだったら、本気の冗談じゃなくちんち◯もぎ取る」
「○んちん言うな」
諏訪は真っ直ぐと僕を見つめると、みるみるうちに頬を赤く染め上げていく。
みし、みし、みし。
心臓が強張るのがわかる。
これはタイムリープに耐えきれないな。
たぶん一度の失恋で限界だ。
諏訪に関しては、二度フラれたらそこで息絶える自信がある。
「……あたしも」
「は? なにが?」
「……付き合いたい」
「ん? なんて? 声小さくね?」
「だからぁ! あたしも新太のことが好きだって言ってんの! 早くあたしと付き合えばか!」
「痛ったい!?」
そして急に諏訪は声を張り上げると、思い切り僕に肩パンをしてくる。
信じられないほど痛い。
これまで何度も諏訪の肩パンを食らってきたが、ダントツで痛い。
「え? まじ? 諏訪って好きな奴いるんじゃないの?」
「その好きな奴が新太でしょ。ふつうわかるだろ。ばかなん? ……あれ。てか、好きな人いるって話、したことあったっけ?」
「うわぁ……嬉しすぎて、頭おかしくなりそう。今日でウグイスの目覚まし時計の音変えるわ。二度とあのホーホケキョ聞きたくない」
「ふふっ、なにそれ。なんの話? 意味不すぎてウケんだけど」
朝日より眩しい、諏訪の笑顔に、僕は目眩がするようだった。
信じられない。
この可愛くて、優しくて、ちょっと下品な、いつも肩パンしてくる幼馴染と付き合えるなんて。
この日は、僕はずっと待っていた。
待ち望んだ、朝だ。
※
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
嘘だろ。
目を覚ました僕は、まずそう思った。
聞き慣れた時計の音が頭の中で反響している。
泣きそうだ。
現実を受け止めきれない。
初めてフラれないで済んだ、三月八日。
その次の朝、まさかとは思ったが。
スマホのアラームが鳴るまで、あと七秒、とはならないでくれ。
七、六、五、四、三、二、一、ホーホケキョ! ホーホケキョ!
終わった。
最悪だ。
絶望の中、一週間の間、聞いていなかったウグイスの音を僕は聞いている。
もう止める気力はない。
このまま、永遠に眠っていたい。
本当に涙が出てきた。
「……え? うわ、新太、泣いてない? やば。超ウケるんだけど、本当にウグイスの鳴き声苦手なんだ」
だけどしばらくすると、毛布を被る僕の隣りでウグイスは勝手に鳴き止み、聞き慣れた穏やかな声がする。
僕は寝転がったまま、同じ枕に顔を寝かせる、恋人の悪戯な微笑みを見つける。
時刻は、三月九日の午前七時ぴったり。
「ういー、おはよー、
憧れの先輩にフラれるたびにタイムリープしていたら、いつも肩パンしてくる幼馴染と付き合うことになった 谷川人鳥 @penguindaisuki
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