第39話
ガドンはふん、と鼻を鳴らす。
「そうかいそうかい、確かにこの小娘を躾けるのは、店主であるてめえの仕事ではあるなあ」
ガドンは、くく、と笑ってリタを見る。
リタは無言でその視線を鋭い目つきで受け止める。ガドンはそれに何も言わず、ぎろりとブランを睨めつけた。
「だったらこの女、俺に買わせてくれよ? 今日の『戦利品』のおまけにさ」
戦利品。つまりはあのタグの事だろう。リタは不快感に顔をしかめた。
「それは出来ないな」
ブランは言う。
「今日お前が食った料理の中に、ユニコーンを材料にしたものがあってな」
ブランは告げた。リタはブランと一緒にユニコーンを捕まえた時の事を思い出していた。
「この女がいなければ、あの魔物は捕まえられない。せっかく追加した新メニューを削るわけにはいかない」
ガドンは何も言わない。
「だからお前が幾ら積もうが、この女をお前に譲り渡すつもりは無い」
ブランは淡々と告げた。
「……そうかい」
ガドンはふん、と鼻を鳴らす。
そのままブランの頭を鷲掴みにしている手に力を込める。
「だったら、腕ずくで連れ帰っても良いんだぜ?」
くくく、と。ガドンが笑う。
「構わんぞ」
感情のこもっていない冷たい口調。次の瞬間、ガドンの喉にギラリと輝く食事用のナイフが突きつけられていた。
ガドンが息を呑む。
「……俺の見ている目の前で、この店のものを一つでも勝手に持ち帰れる自信があるのならばな」
ガドンはその言葉に、ぎりっと歯ぎしりする。
沈黙が、店の中に下りた。
「さあ」
ブランの相変わらずの冷たい声。
「どうする?」
ややあって……
ガドンは、ゆっくりと……ブランの頭から手を離した。
結局。ガドンは何も言わず、テーブルの上に荒々しく金を置き、苛立った足取りで店を出て行った。『タグ』は、結局全て持って行ってしまった、リタは反対したかったけれど、これ以上の騒ぎは店にも迷惑がかかるだろう、そう思って黙っていた。
ブランも、結局それ以上は何かを言うつもりは無いのだろう。何事もなかったように厨房に戻り、残っていた皿を洗い始めた。
「リタ」
「は はい」
呆然と佇んでいたリタは、いきなりの呼びかけに身体をびくっ、と震わせる。
「何をぼんやりしている? さっさとテーブルを片付けろ」
その言葉に、リタは慌ててテーブルの脇に置かれたままの空っぽの樽を抱え上げ、厨房に向かって走って行く。
樽を厨房の隅に置き、ちらりとブランの背中を見る。さっきの騒ぎが嘘みたいにその姿はいつも通りだった。
「あの……」
リタは、そのブランの背中に向かって声をかけた。
「何だ?」
ブランは振り向きもせずに言う。
「すみません、でした」
リタは、深く頭を下げた。見えているはずはないだろうが、自分がどんな姿勢でいるのか、きっとこの男は気づいているだろう。
「私のせいで……もめ事を起こしてしまって」
ブランはゆっくりと息を吐く。
「あいつは」
ブランは、相変わらずの淡々とした口調で言う。
「あいつは、以前に俺と……正確に言えば、俺とあいつの他に、二人の仲間と一緒に『パーティー』を組んでいた、奴から聞いただろう?」
「はい」
リタは頷く。
「……その時のあいつは、お前が言う『信念』を持った冒険者だった」
ブランが言う。
「あの『大迷宮』を踏破してやる、そういう思いは俺達の『パーティー』の中では一番強かったんだ」
リタは黙ったままだ。あのガドンの姿と、その話の中のガドンの姿がどうしても結びつかなかったからだ。
「それだけじゃない」
ブランは言う。
「奴は優しい奴だった。罠にかかっていたり、魔物に襲われたりしている『パーティー』を見つければ、すぐに飛び込んで助けるような男だったんだ、ガドンの強さと優しさは俺達の支えでもあった」
そこでブランは声を落とす。
「だが……そうして挑んだあの『大迷宮』の八階層まで進んだところで、俺達は魔物に襲われた、俺とガドン、そしてもう一人はどうにか逃げる事が出来た」
「……もう一人の人は、どうなったんですか?」
リタは、恐る恐る問いかける。
「……もう一人は、逃げられなかった。正確に言えば、そいつが俺達を逃がしてくれたんだ」
「……っ」
リタは息を呑んだ。
大迷宮と料理人 @kain_aberu
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