機兵部隊フォルケッツ ~天翔ける熱き紅星~

Emotion Complex

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「モーデル・バンカー少尉、よろし?」

「アポロタイプⅡ『Z's』起動エラーなし、いつでもいける」

「それでは左ハッチ、三番ゲートへ」

「了解」

 カタパルトが移動する。

 中型艦『ヴェロニカ』の機兵格納庫である。発射シークエンス中にコクピット内のパイロットがやれることは少ない。

 前面の大型モニターには、機体が真正面で捉えている映像が映し出されている。その端で、手順に従いモニターがポップアップしてくる。ハッチ内の映像とそれに関わる文字情報が表示され、確認が取れると次に切り替わる。全て自動である。

 モーデルはロールアウトしたての匂いを深く吸い込んだ。

「バンカー少尉、新型はどうだ?」

 発射シークエンスモニターとは別の領域に、通信モニターが開かれた。

 頑強そうな顎の男が映し出される。艦長のホールド・メンゲルスだ。

「良い調子です、メンゲルス大尉」

「ブルージャケット隊も、君だけになってしまった」

「そうですね」

「〈シーザーの目〉の四天王も残り二人――中でも一番の権力を持つラファエロが、君との一騎討ちを申し出てきた」

 メンゲルスの目が僅かに細まった。

「もう一度、確かめるが――」

「大丈夫です。私がフォルケッツに入隊し、義兄がテロリストとなった時に、私たちは兄弟ではなくなったのです。たとえ、この私闘にどんな意図があろうと、私はラファエロを討つだけです」

「疑っているわけではないのだ。気を悪くしないでくれ」

 言葉ほどに信用も安心もしていないのは、モニター越しでも分かる。表情は敵を視るそれと変わらない。

「分かってます」

「十中八九罠があるはず。心してかかるのだ」

「はい」

「我々はこの空域で待機している」

「ありがとうございます」

「カタパルトの準備が出来次第、出撃だ。しばらく待機しててくれ」

 通信モニターが閉じた。

「ラファエロが罠なんて張るはずがない」

 モーデルはため息をついた。

 真っ向正直な男が、自ら望んだ勝負に姑息な手段を使うわけがない。

 モーデルとラファエロは血が繋がっていない。戸籍上の兄弟であるが、本当の肉親のように接してきた。だから分かる。

 モーデルがモーデル・バンカーとなった日、それはラファエロ・バンカーと初めて会った日でもあった。

 六歳になったばかりの、春の日のことだ。

 義父ルファーナの凛とした横顔、義母スーザンの優しい笑顔――両親を亡くしたモーデルにとって、救いの手がそこにあった。

 新たな二つの止まり木の横で、実直そうにモーデルを見ていたのがラファエロであった。彼はその時、既に中等部のエリートであった。 

「少尉、カウントダウンを続行します」

「同期――360――」

「359――358――357――同期完了。モーデル・バンカー機、アポロタイプⅡ射出します。総員退避」

 コンディションモニター横で、容赦なく数値がカウントダウンしていく。

 機体のカメラは全方位を捉え、作業員がエアロックへと退避していく様を映し出している。

 義父も義母も、肌の色の違う新しい家族を受け入れてくれた。本当の息子であるラファエロと分け隔てなく育ててくれたのだ。こんなに嬉しいことはない。

 モーデルの本当の両親に恩義があるからだ――とルファーナは言った。だからその息子に恩が返されるのは当然だとも言っていた。

 モーデルには、それ以上の愛情が感じられていた。

 だからバンカー家に徴兵の知らせが来た時、ラファエロに代わりモーデルが軍籍に入った。

 ルファーナが徴兵の紙を見入る背中を見ていられなかった。

 モーデルが十九歳の時のことであった。

 その一年前に勃発したアルケーナ国とジェブスター共和国のいざこざは戦争に発展していた。訓練も簡単に済まされ、仲裁の目的の軍事介入で、モーデルは戦乱の中へ放り出された。

 開戦地が由来となった『ロンゲスト=マーチ戦役』を、モーデルは生き延びた。

 終戦へと導いた戦いに参加したモーデルは、自分の存在意義を見つけた気がした。生きがいといっても良い。兵役の二年間を戦場で過ごしながら、少しも疲弊することもなく、まるで天職のように思えた。

 戦火の中でも、モーデルには常に手紙が来ていた。戦友にうらやましがられたことを覚えている。

 義父と義母が二週間ごとに交代で家の状況を伝えてくれた。

 その中にラファエロからの手紙はなかったが、自分の代わりにモーデルが徴兵されたことを知って、心を痛めていると聞いた。

 給料の半分以上は仕送りしていた。家計が楽になったと、義母の手紙にあった。

 しかし、十三年もの恩をそれで返したとは、モーデルには思えなかった。

 戦争の仲裁も終盤に近付き、最後の抵抗も激しさも増した。

 そんな頃、義父の手紙には会社の同僚の話が出始めていた。奥さんを病気で失いながらも、一人息子を男手一つで育てている人のことだ。出張でその人が留守にする際、息子さんを預かっており、その時にモーデルの部屋を貸したというのだ。

 モーデルは全然気にしていないと返事をした。それどころか、困っている人を助ける義父と義母が誇らしかった。だから、その同僚の転勤と転校を嫌がる息子さんの話を聞いた時、自分の部屋を使うように打診した。

 モーデルの帰る場所がなくなることを懸念した義父であったが、その頃にはモーデルにある決心があった。

 それは軍に残ることであった。

 一家族内に軍籍がある場合、他の者への徴兵がないことを知ったことも一因であった。つまり、モーデルが軍にいる限り、ラファエロへの徴兵はないのだ。

 帰る部屋はなくとも、軍には居場所があった。

 それを手紙で伝えると、二人には驚かれた。思い留まるように言われたが、心は決まっていた。

 終戦を迎える頃には、モーデルの説得は済んでいた。

 それから三年――波乱の時を経て、モーデルは義兄との雌雄を決するためにここに立っていた。

 モニターに目を移す。退避はほぼ終わったようだ。誰もいない静けさが目に映る。あとは発進指示を待つだけである。

 頭上のハッチを見上げる。まだ無機質に閉ざされているだけだが、第二ハッチが開いていることが文字で示されている。間もなく星空と繋がるはずだ。

 波乱の三年――始まりは義父と義母の乗った飛行機の事故であった。

 幸い――といって良いのか疑問だが、チャーター機であったため、死亡したのは義父と義母だけであった。

 二人は、なぜ飛行機をチャーターしたのか? 

 どこへ、何をしに行くところだったのか? 

 葬式の時に久しぶりに会ったラファエロも分からないことらしかった。

 謎を残しながら事故として処理され、ただ二人の死だけが残った。

 預かっていた息子さんは父親の元に戻った――それが義父からの最後の手紙だ。

 あまりにもあっけない別れであった。

「軍を辞めて、オレの仕事を手伝わないか?」

 ラファエロはそう言った。

 十三年を暮らした我が家は、二人がいなくなった空間でしかない。

 暖炉の炎が揺れるたびに影が躍り、部屋全体が揺らぐ。まるで赤い海の底のようだ。

 ラファエロと二人で、義父のお気に入りのウイスキーを飲んでいた。無言で死を悼んでいた時、ラファエロがふと言ったのだ。

「仕事――?」

「お前ならオレの右腕に――いや、オレを使う立場にもなれるはずだ」

「すまないが、私は軍が気に入ってるんだ」

 そうか――と、ラファエロはため息のように洩らした。

「軍を首になったらいつでも雇うから、オレに言いな」

「その時はよろしく」

 モーデルは笑った。ラファエロも笑みを返した。

 そんな冗談をかわした夜――今にして思えば、義兄と笑いあえた最後の日であった。

 次の日の朝、既にラファエロはいなかった。

 モーデルは、運命に導かれるように遊撃隊ブルージャケット隊に配属される。ブルージャケット隊――通称〈フォルケッツ〉は対テロリストの部隊であった。

 そのテロリストの名は〈シーザーの目〉――軍の基地や工場、政府の高官を狙って仕掛けてくるテロ攻撃を阻止するためにモーデルは奔走した。

 そして会ってしまうのであった。ラファエロに――。

 ラファエロは〈シーザーの目〉の四強の一人であり、『公爵』と呼ばれるリーダーであった。

 ラファエロがあの日言っていた『仕事』とは、テロのことだったのだ。

 100――。

 カウントダウンが二桁になった。

 モーデルは深呼吸をして、グリップを握る。パイロットスーツの手が振り絞るような音を立てた。

 戦場を『ロンゲスト=マーチ戦役』からメルディア連邦共和国に移し、新しい戦友と共に、生死をかけた戦いを繰り返した。

 軍人らしからぬ飄々とした部隊長ジョゼフ・クリーファス少佐。時に抜け気味になる隊長を補佐する副隊長のゲイリー・コルスト大尉。その二人を上回るエースパイロットのグエイン・カーティス少尉。何かと嫌がらせをしてくるプライド高いデルード・ラズー中尉。大食いのベン・フォーリー軍曹。臆病に見えるほど慎重なカートン・ベルナンド軍曹。お調子者のボブ・フォスリー曹長。そして背中を預けられる相棒のキッド・ハイマン少尉。

 他にも仲間がいた。みんなで〈シーザーの目〉を相手に戦い、テロを退けてきた。

 しかし、遅かれ早かれ、みんなモーデルから離れていった。猛攻撃に若き命を散らせた者、市民を守ろうとして爆発に飲まれた者――生きているのは軍を退役したカートンだけであった。

 彼が辞めてすぐのことだ。モーデルは〈シーザーの目〉にラファエロがいることを知る。それは上層部の知ることとなり、モーデルは謹慎を言い渡された。

 そのタイミングでモーデルは〈シーザーの目〉に狙われた。身を守るものは知恵と機転のみであった。百戦錬磨のモーデルに苦戦したテロリストたちは、とうとう機兵まで持ち出した。追い詰められたモーデルは死を覚悟した。

 その時、助けに来てくれたのはキッドであった。

 おかげで命拾いしたが、二人が離れている間にブルージャケット隊は全滅した。

 たった三人の男に――。

 ケリウス、モリス、マシマ――ラファエロ以外の三強が集結したのだ。

 その襲撃に、さすがのエリート部隊も保たなかった。

 ラファエロはモーデルの義兄ということで素性が分かっているが、他の三名は連邦政府も把握していなかった。

 モーデルとキッドは、偶然にも生身の彼らに会っていた。

 ケリウスは思慮深い紳士であり、モリスは赤い短髪の印象通りの熱い男であった。マシマは連邦捜査官として二人の前に現れた。〈シーザーの目〉の情報に強く、何度もその推理力に助けられた。そう思い込んでいたが、手の平を転がすように操つられていたに過ぎなかったのだ。

 モーデルはそのマシマと戦い、決着を付けた。

 その間に、キッドもモリスと宇宙ステーションで激突していた。

 キッド・ハイマン――戦友はたくさんいるが、友と呼べるのはこのキッドだけであった。

 入隊のルートも、戦場も違っていたため、一緒に戦うことはなかったが、知り合うことができた。

 そのきっかけは荷物の誤送であった。

 寮の部屋を間違え、キッド宛の荷物が届いたのである。モーデルはそれを届けてあげた。ただそれだけだ。

 荷物はキッドの故郷の地酒であった。せっかくだから飲んでいかないか――と誘われた。癖があるのに深いそのバーボンの味をモーデルは忘れない。

 話は弾み、意気投合した。

 軍で出来た唯一の友であったが、互いに戦場を飛び回っているため、会う機会はほとんどなかった。片手で足りる程度であったが、タイミングを合わせて会った。回を重ねるごとに、友情が深まるのをモーデルは感じた。

 配属された〈フォルケッツ〉に、キッドが所属していたのは幸運であった。

 それ以来、モーデルとキッドは相棒として数々の事件を解決してきた。

 戦友たちは全滅し、二人だけになった〈フォルケッツ〉――軍は人員を補充したが、新兵のみで再編は困難を極めた。

 そんな時、モーデルはラファエロが高官の暗殺を企んでいる情報を手に入れる。阻止するため、モーデルは先行する。それがキッドの運命を決めた。

 モーデルを待っていたのは、ラファエロではなくマシマであった。

 そしてキッドを強襲したのがモリスであった。モリスにより、新生部隊は活躍することなく全滅してしまう。

 そのモリスはキッドが相討ちという形で倒した。

 モーデルが駆けつけた時には、機体の残骸が漂っているのみであった。

「たとえ、二人になっても世界をより良い方向へ導くんだ――って言ってたじゃないか」

 その叫びに応える者はいなかった。

 モーデルはたった一人の〈フォルケッツ〉となった。

 つい、二日前のことだ

「発射まで60秒――」

 モーデルは『Z's』に発射体勢を取らせた。

 『Z's』は連邦軍の汎用機アポロをタイプⅠとする二号機である。装甲の追加とバーニアの追加で、被弾耐性と回避能力を向上させたモーデル専用機だ。

 ケリウスが攻撃指定をしてきたのは昨日――その対象は連邦政府本部であった。

 一人でも戦う覚悟は変わらない。モーデルは迎え撃つ準備をしていたが、そこに別の連絡が入る。

 ラファエロからであった。

「――義兄さん」

 通信機の向こうではラファエロが薄く微笑んだ。

 モーデルの背後では、位置を特定しようと騒々しさが駆け回っていた。

 それとは対照的に、二人の間では昔の時間が戻ったような錯覚が満ちていた。

「モーディ、話しできるか?」

「何でしょう?」

「今ではない。後ほど時間を取ってほしいんだ。そうだな――明日の午後一時でいいよな」

「強引な所は昔から変わらないな」

「お前は大事なところでいつも気後れする。誰かに遠慮がちになったりするから、多少強引に誘うくらいでちょうど良いのさ」

「だが、その時刻は別の約束があるんだ」

「ケリウスなら怒りゃしないさ。彼は彼なりの決着の付け方を選んだに過ぎない。ただ、そこにお前は含まれていない」

「私の決着は義兄さんが付けてくれるのか?」

「さっきから、そう言ってるだろ」

 冷やりとする言葉をさらりと言う。しかし笑みは変わらず、優しさに満ちていた。

 意図はつかめないが、雌雄を決しようと言っているのだ。断る道理はない。

「分かった。場所は?」

 ラファエロは右の人差し指で天を指した。

「宇宙――マーレンタ国の廃棄コロニー群。座標はここだ」

 モニターに衛星軌道上の図と座標値が示された。

 一人で来いよ、モーディ――とラファエロが遊園地に誘うような軽い口調で言った。

「何で今頃決着を――」

「歴史には必ず変革の時期というものがある。それが今なのだ。オレは自分の運命を、お前に委ねてみたくなったのだ」

「なんだと?」

「お前に倒されるなら、私はそこまでの男。しかし、生き延びたなら次の扉が待っているということだ」

「私を占いの代わりにするのか」

「いや、これはお前にも同じことが言えるのだ。私と戦い、生き延びたのなら、そこに大きな意味がある」テロリストの表情が義兄に変わった。「それを受け入れろ」

 抽象的過ぎて分かりづらかったが、聞き返す暇はなかった。どうやら逆探知により居場所を突き止めた軍が到着したようだ。

「じゃあ、明日な」

 通信は切れた。薄暗いモニターに自分の顔が残るように映った。怒っているような困っているような複雑な表情をしていた。

 それが昨日のことだ。

 急遽、宇宙に上がることを許され、この『Z's』を受領し、ここへ来ている。異例のことのように思えた。まさか一騎討ちが許されるとは、さすがにモーデルも考えていなかった。

 頭上のハッチは既に全開となり、星空とデッキを繋いでいた。

 背中のバーニアンパックが臨界に達する。

 30――。

「バンカー少尉、ご武運を」

 メンゲルス中尉の声がカウントダウンに重なる。

「ありがとう」

「発進五秒前――四――」

 モーデルはペダルを強く踏み込んだ。

「三――二――一――〇――発進」

「テイクオフ、『Z's』」

 カタパルトのロックが外された。

 『Z's』発進――カタパルトが走る。上方へと滑るように発射口が近付く。

 シートに押し込まれる感覚が、ふ――と喪失する。

 赤い機体が宇宙空間へと滑り出たのだ。モーデルのパーソナルカラーに塗られた専用機である。グリップとペダルが重い。しかしそれを補う加速性は、戦士として満足できる力を感じた。

 コクピットの壁面がモニターとなり、機体のカメラが捉える映像を映し出している。モーデルの操縦に星々が流れる。シートごと宇宙へと放り出された感覚だ。

 母星が燐光を纏うように青く光り、朝と夜の境目が鼓を描く。二つの衛星のうちの一つは夜側にある。

 それとは対照的に、死を感じさせる廃棄コロニーの群れがモーデルを手招きする。息もせず、人工物はただそこにあるだけである。

 その向こうで、光が航跡を描く。機兵のバーニアだ。踊るように隙間を縫って近付いてくる。

「来た――義兄さん」


       *        *        *


 テロリスト〈シーザーの目〉のリーダー機――『Be‐G』だ。何度も戦い合った敵機である。金色をベースにしたパーソナルカラーはラファエロ・バンカーのものだ。

 トンガリ帽子と張り出した大きな肩が特徴的で、両脚は無く、代わりに大きなバランサーと二基の巨大バーニア――宇宙空間に向いた姿をしている。

 ラファエロ機が肩のミサイルを放ってきた。

 何条もの炎の矢がモーデルに迫る。

「無駄な攻撃、無意味な戦法――馬鹿にしてるのか、ラファエロ!」

 絡み合うように飛び交うミサイルの中を潜る。

 楽に――というわけではない。バーニアの力と操縦系の反応速度のバランスが合っていない。一つをかわすと、その勢いで別のミサイルの正面へ飛び出しそうになる。それをモーデルが、荒馬を力で制するように乗りこなしているに過ぎない。

 ミサイルの隙間でライフルを構える。

 タイプⅠの基本武装であるガン型より射程も威力も優れている。通常ではまだ届かない距離だが――。

「ライフル型なら!」

 まだラファエロ機は発射直後の体勢のままだ。

 モーデル機が引き金を絞る。

 弾丸が金色の肩を掠めた。

「照準も緩い!」

 『Be‐G』がゆらゆらとコロニーに流れていった。

 それほどダメージを与えたつもりはないが、千鳥足のような動きは、逆にモーデルを警戒させた。

 捕捉できない航跡を描きながら、後を追う。これは相棒のキッドが教えてくれたコツである。

 キッドとバスケットボールをした時のことだ。ボールを持ったキッドを誰も止められなかった。モーデルもかわされた。

「非リズムで相手のテンポを崩すのがコツさ」

 キッドはそう言って、朗らかに微笑んだ。

 彼は幼い時からバイオリンを始め、色々な音楽や楽器に触れていた。リズムに乗るのは得意なのだ。相手のリズムを瞬時に感じ取り、逆にそれを崩す動きをする――場を支配するといってもよい。

 教えられて簡単に出来るものではない。戦友でこれが出来たものはいない。

 モーデルも完璧にマスターしたわけではない。だが、付け焼刃程度でも、非リズムの航跡にはモーデルを何度も助けられた。

 トンガリ帽子が工業用のコロニーへと入っていくところであった。

 過剰な警戒が距離を大きく開けてしまった。

 闇を呑んだかのようなコロニーの開口部へ、ラファエロ機は吸い込まれた。

 場を支配する者が戦いに勝つ――ならば、先に入った方が有利な場所を確保できる。

 モーデルは一瞬躊躇した。今度はその警戒心が命を救った。

 殺気――宇宙という広大な空間を渡り、機械の壁越しに届く気配があるなんて信じているわけではない。ただ、第六感だけは分かる。

 やばい――モーデルは勘に従い、機体を上方へ逃がした。

 元いた所を光が通り過ぎた。

 『Be‐G』のリニアガンだ。あの巨体と出力だからこそ出来る光学兵器だ。コロニーの厚い壁を貫いて尚、勢いを失わない反則染みた攻撃が続いた。

 光の筋は、回避するモーデルを明らかに追ってきた。

 工業用コロニーは明り取りの窓が少ない。それなのに、壁越しに攻撃してきているのだ。

「どういうカラクリかは知らないが――」

 モーデルは自分が通った軌跡の少し後辺りへライフルを撃った。

 入れ替わるようにビームがモーデルを掠める。

 追いかけっこと銃の撃ち合いが、コロニーの筒部分を縦に渡る。

 手応えは二度ほどあった――が、ラファエロ機の速度は揺らぐことはなかった。

 筒を通り過ぎると、無機質な視界が開けた。

 正面のモニターには星々が連なる――そこへ、ラファエロ機が入り込んできた。目視出来る位置で立ちはだかる。

 張り出した肩のハッチが開いた。

 ミサイルだ。

「この近距離――正気か!」

 だが、モーデルは退かず、逆にラファエロ機に向かった。

 白い弾頭が巨大な手を広げるように、肩口から放たれた。

 モーデルは握り潰さんとする『手』を潜り抜けた。

 間合いを詰めた――それは『Be‐G』との戦闘で使用したことのない言葉であった。

 多角的攻撃性と機動性、更には操縦する四強の力により、『Be‐G』は常に有利な戦いの場を作っていた。

 接近戦が弱点と知りつつ、連邦軍の何者もその間合いへと入れた者はいない。

 今、この時、モーデルが初めてかもしれない。

 肩のアーマーにセットされているナイフを引き出す。

 横に薙ぎった時、ラファエロ機は既に回避をしていた。

 ナイフの刃はトンガリ帽子を掠めただけであった。

「まだだ!」

 交差していく二機――モーデルは照準を無視し、振り返りざまにライフルを撃った。

 鋼の弾が金色の背中を揺らした。

「浅いか――だが、いける!」

 目標を見失っていたミサイルたちが炎を生んだ。

 よろめくようにラファエロ機は近くのコロニーへと逃げ込んでいった。

「決着をつけるぞ、ラファエロ!」

 モーデルはその後を追った。


       *        *        *


 そのコロニーは、円形の輪が中央の塔を中心に回転しているドーナッツ型をしている。モーデルは見たことはないが、コマというものに似ているらしい。その主な目的は居住用だ。輪の部分の外側を大地にして生活している――ここはその残骸であった。

 宇宙開発を放棄したマーレンタ国の忘れ物であった。

 モーデルはメインカメラを暗視モードに切り替えた。

 光が届かない所は闇が厚く重い。暗視カメラでも見通せないほどだ。

 ハッチを抜けて宇宙港へ向かう通路を下っていく。

 既にラファエロ機の気配はない。

 機体はゆっくりと地へと沈む。静寂が鉄鋼を抜けてコクピットに聞こえる。『Z's』の心臓の音に自分の呼吸が重なった。

 もう宇宙港に入っているようだ。巨大な蜂の巣のような筒が影のみで連なっている。ただ、中に棲んでいる者はいない。

 体感は下がっているが、向かっているのは大地の裏側だ。しかし重力のない現状では無意味な把握でしかない。

 計器が反応した――それよりも速く身体が動いた。

 素早く横へ、『蜂の巣の中』へと入り込む。

 モーデルのいた所を二条のレーザーが降り注いだ。

 ラファエロだ。上のどこかに潜んでいたのだろう。

「やり過ごしてたわけだ! せこいな、ラファエロ」

 上側への隙間へ飛び込んだ。

 宇宙港は面で構成されておらず、点と線が面を繋いでるため、隙間が多い。しかも大型艦が停泊するためのものなので、その隙間は機兵なら余裕で通り抜けられる。

 モーデルとは反対側――停泊場の頭側を、影が通り過ぎるように落ちてきた。

 その一瞬をモーデルは見逃さなかった。

 ライフルを撃った。トリガーを三回――二発が影へ飲み込まれた。

 轟音がコクピットに伝わる。ラファエロのミサイル攻撃だ。仕返しのつもりか、その数はさっきとは比にならないほどであった。

 撃ち尽くすつもりか――。

 モーデルは機体を停泊場に戻した。『蜂の巣』を行き過ぎる。後ろを炎が追いかけてくる。

 二条のレーザーをかわしてから、Uの字を描いて元に戻ってきたことになる。

 炎に呑まれる前に、『Z's』は停泊場を抜けた。

 下降していくラファエロ機の背中が見える。

 ライフルを打ち込む。

 浅いが、命中した。

 ゆらゆらと底へ消えていく様を目の端に、モーデルはそのまま通り過ぎる。反対側の停泊口に入り込むと物陰に隠れた。

 遅れ、爆風が港を揺らした。

 溢れるような炎の中、ライフルのカートリッジを交換する。

 炎はすぐに消えたが、破壊された港の瓦礫が思った以上に飛び交っている。

 モーデルは別の隙間を探し、下へ向かった。

 差をつけられたが、まだ見失う距離ではないはず――モーデルは速度を上げた。

 そのままのスピードで減圧室へ入った。

 紅いランプで照らされている。瞬きのようにライトが反応し、後ろでは扉が閉まると、前では開く――これを三回繰り返すと、『Z's』はコロニーの中へと吐き出されるように飛び出た。

 二ブロック先によろめくように飛ぶラファエロ機を見つけた。

 ライフルの照準をその背中に合わせる。

「とどめだ!」

「そんなにいじめてくれるな、モーディ」

 声は唐突に上がった。

 モーデルにはそれが誰か分かっている。彼を『モーディ』と呼ぶのはただ一人――ラファエロだ。

 問題は、声が聞こえた方向だ。落ちていく機体より先――ダムの横の山間だ。

 そこに人影が立っていた。

 モニターが一瞬で拡大画像として表示する。

 やはりラファエロであった。曲眉の下の目が優しい。恐らくモーデルを視ているのだ。――そこまで分かる。

 金色の機体は力なく高度を落とし、砂埃を大きく舞い上げた。

 放置されていたコロニーの土は潤いなく、死んでいるようだ。

 ラファエロの足元にも土が滑り降りてゆく。

 モーデルはその手に、あるものを見つけた。

 ラジコンのコントローラーだ。

 モーデルはその正体を知っている。

「そうか、無人機か――」

 先ほどの戦闘で、見えない壁越しに射撃が出来た理由がここにある。この位置ならコロニーの窓越しに、さっきの工業用コロニーが見える。

 ラファエロの持っているコントローラーが動かしていたものは、今ダムへと落ちゆく『Be‐G』だ。

 コントローラーで遠隔から操作する機兵――これを〈フォルケッツ〉では『無人機』と呼んでいた。

 無人機を扱っていた武器商人を〈フォルケッツ〉は捕まえた際、その商品は全て没収された。しかし、それを逆に利用され、軍の施設が破壊されたことがあった。商人は〈シーザーの目〉の一員だったのだ。

 そこから考えれば、ラファエロが無人機を使っていたとしても不思議はない。

 だが――。

「だが、無人機を相手させるなんて、バカにし過ぎだ!」

「こうでもしないと会えないだろ」

 ラファエロの声に悪気は感じない。正当性が言外に主張されている。

 誰も乗っていないラファエロ機がふらり――と落ちた。疲れを癒すように胸をダムの上に乗せている。

 モーデルも追いついた。

 拡大画像ではないラファエロが正面に映し出されている。

「お前と話す前に堕とされたのではかなわんからな」

「話すことなどない!」

 モーディは生身のラファエロに銃を向けた。

「いや、聞くのだ、モーディ」

 ラファエロは凛とした声で言った。目の前の銃口に臆することなく続けた。

「捨て駒の人生から、もう抜け出して良い頃ではないか?」

「何だよ、それ!」

「お前はいいように使われすぎている。それに気付くのだ」

「人を見下すのもいい加減に――」

 耳を叩くようにアラートが鳴り響く。

 友軍ではない機体の反応をレーダーが捉えたのだ。

 右手後方――拡大画像が既に見慣れない紅い機兵を映し出している。

「別働隊? 罠とは地に堕ちたものだ、ラファエロ!」

「罠ではない。これはお前を殺すための戦いではない。お前の目を醒ますための戦いだ。多少のからくりは必要なのだよ」

「ふざけるな」

 モーデルはライフルの銃口を迫る別働隊へと向けた――が、そこには偽りの空があるだけであった。

 コロニーの内側の壁をスクリーンとして投影している空だ。擬似的にでも、母星と同じように感じてもらうための苦肉の策だ。

 ここでモーデルは違和感を感じたが、それを言葉で理解している暇はなかった。

 滑空するように降りてくる敵機に照準が追いつかないのだ。

 右へ――下へ――一気に左へ――さらに左へ――下へ――右へ――上へ、上へ――右へ――。これをスピードを緩めず、非規則的なリズムで行うのだ。

 引き金を絞る動作までに対象が照準から消えるのだ。撃たない限りは当たらない。しかし当たらないのが分かっているのに無駄弾は撃てない。

「あいつ、やる!」

 モーデルはその場を離れた。

 目は闖入者から離さず、後ろ向きで山間を降りる。右手側にラファエロ機とダムが見えた。ダム横に枯れ森があり、十キロメートル下の街まで続いている。

 いざとなれば森へと逃げ込めるし、建物を盾にした市街戦に持ち込むこともできる。自分に優位な場所を確保しなければ勝てない。

 紅い機体はそのままラファエロの横へと降り立った。

 角度の急な山間部にもかかわらず、がっちりと着地した。先ほどの回避技術といい、このパイロットはモーデルが今まであった敵で一、二を争う腕前だ。

 脚を含めた下半身の太さも特筆すべきことだが、全体的に大きい。質量でいえば、モーデル機の三倍はあるかもしれない。

 次に目がいくのはその背の巨大なバーニアだ。四基、昆虫の羽根のような配置だが、その優秀性は先般の動きで証明済みだ。

 ショットガンに似た形状のライフルを向けてきた。牽制のつもりであろう。天へ伸びる三角帽の下で、青いツインアイが光る。隙がない。

 モーデルも攻撃するつもりはないが、銃口を向ける。

 実に攻めづらいパイロットだと、ラファエロは感じていた。

 胸のハッチが開いている。ラファエロと交代するつもりだろう。舌を巻いたパイロットの顔を拝もうと、ラファエロは考えていた。

 背中向きで下降しつつ、回避コースをとることも忘れない。

 ラファエロが乗り込んだ――が、乗っていたはずのパイロットは降りることなくハッチが閉まった。

 なんだと――モーデルは思わず声を上げた。

 あれも無人機だったというのだろうか。いや、あの技術は生身の人間のものだ。何より、装甲越しの気迫はパイロットの存在を知らしめている。

 モーデルの疑問をラファエロが答えた。

「〈シーザーの目〉の機体は全て複座式になっているのだ」

「パイロットが二人?」

「貴重な戦力だからな。機兵も、人も」

「詭弁を!」

 紅い機体がモーデルの正面に向き直った。

「では、まずお前が捨て駒にされている証明をしよう」

「な――」

 一瞬であった。

 背中のバーニアが展開した――と思うより速く、巨体が目の前にいた。

 腰部よりも大きな足が器用に弧を描いた。

 モーデル機は空き缶のように森の方へと蹴飛ばされた。

 敵機を捉える正面モニターにダメージ計測も表示される。いや、機器も全て把握できず表示も追いついていない。とんでもない一撃だったのは肌で感じている。

 下手に姿勢制御せずに、背中のバーニアを吹かし、そのまま森へと入っていった。

「それは量産機に申し訳程度の装甲を被せ、落ちた機動力を補うため、さらに重いバーニアを背負わせた間に合わせだ」

「――声が聞こえる?」

 緑を失った森ではあるが、奥深くならば充分弾除けにはなる。

 モーデルは次の手を練っていた。パワー、スピードは上かもしれないが、小回りならこちらに分がある。

 やはり市街戦だ――そう考えていた。

 その時に聞こえてきたラファエロの声である。

 舞い上がっていたのかもしれない。もっと前に気付くべきであった。

 コロニーが生きているのだ。この表現が合っているかはともかく、太陽光を取り入れ、昼の設定になっている。

 どこからだ――モーデルは思い返す。

 宇宙港は暗かった。しかし、減圧室は作動していた。予備電源だと、その時は思い込んでいたのだ。

 空を見た時の違和感――それこそ、コロニーが作動している証拠だ。更に、友軍同士でもない機体同士が会話できる。これは高性能な受信機が設置されているからだ。

 初めから仕組まれていたのだ。

「結果、出力が不十分な中途半端な機体となったのだ」

 ラファエロはモーデルの感傷に関せず言い切った。

 モーデルは木の陰からライフルを撃った。

 ラファエロ機は難なくかわし、回避行動をとりながら迫った。

 乾いた土が舞い上がり、その軌跡を大きく知らせているにかかわらず、照準が追いつかなかった。

 モーデルは接近を嫌い、木から木へと渡るように間合いを変えないようにした――が、ラファエロの放った弾が隠れていた木ごと『Z's』の左腕を吹き飛ばした。

「なんて攻撃力だ!」

「そっちが脆いんだよ」

 見解の違いであった。モーデルにとっては攻撃力と耐弾性の不等式でのダメージの方がスッキリした。そうでなければ連邦軍の意図が掴めない。

 ラファエロの思う壺だ――そのはずが、思った途端の疑問が口をついていた。

「そんな負け勝負をなんで軍がさせるんだよ!」

「それには爆弾が積んであるからさ」

「――な――んだと?」

 ラファエロはさらりと言ってのけた。

「頃合を見て、オレと一緒に爆破するつもりだったのさ。作戦が狡いだろ?」

「嘘だ――」

「安心しろ。このコロニーには電波障壁がしかけてある。向こうからは爆破できんよ」

「証拠はない!」

「じゃあ、一緒に外へ出てみるか?」

 ラファエロの提案には乗れない。

 どこかでモーデルは自軍を信じきっていないのだ。否定する言葉が浮かばなかった。

「嘘だよ」

「――何?」

「一緒に出ても爆破はされない」

「やっぱりな――」

「スイッチを押す奴らがいないからな」

 ひやりとした声質に、モーデルはラファエロの思考を一瞬で理解した。

 モーデルが無人機を追いかけている間に、もう一人のパイロットが母艦を沈めてきたという意味だ。

 『ヴェロニカ』にはあの腕前に抗う術はなかったであろう。

「ラファエロ!」

 モーデルはカートリッジの残弾を撃ちつくした。といっても、でたらめではない。動きの予測範囲の中で、ありうる未来軌跡上を撃ったのだ。

 だが、ことごとく裏をかかれた。全く当たらなかった。

 モーデルはカートリッジを換装した。

 街まで二分ほどの距離だ。ラファエロとの間合いは変わっていない。

「電波障壁は念のためのものだ。元々は通信が出来るようにするのが目的だ」

「おしゃべりをするつもりはないと言っている!」

「いいや、訊いてもらう。この世界のために――お前には目覚めてもらわねばならぬのだ」

「世迷いごとを!」

「本気だよ!」

 ラファエロが撃った。

 かわした――つもりだった。

 機体のバランスが崩れた。右脚が、膝下から丸ごと撃ち取られていた。

 残ったスラスターで倒れるのを防ぎ、そのまま街へと入った。

 枯れ木の役目を今度は廃ビル群が代わってくれる。

 倒れた姿勢のまま大通りを渡り、信号で右に折れた。赤信号が冗談のようであった。

 長細いビルを背にして止まる。右脚の破損のため、片膝つくような姿勢になってしまう。

「どこから話すか――。そうだな、お前とオレとの出会いからだ」

 ビルの陰から覗くようにラファエロの気配を読む。

「覚えているか? オレはもちろん覚えている。オレたちが暮らしたあの家だ」

 声がどこからでも聞こえる。姿より先に声のみが追ってくるようだ。逃げ場の無い感覚に押し潰されそうであった。

「父さんに連れられてきた時、お前はまだ六歳だった。しかしだ――養子になったあの時代こそが虚栄の時だったと気付いているか?」

「どういうことさ?」

 会話するつもりなどない――と言いつつ、答えてしまう。場所が特定される恐れもあるのに、返答してしまう。軍人とテロリストの関係より、義兄と弟の十八年の方が強いのだ。

「なぜ、引き取られたかを、考えたことはあるか?」

「私の実の親に恩があったからだと、義父さんは言っていた」

「それを信じてるのか」

 モーデルは応えに窮した。間髪いれずにラファエロが追い討ちをかけてくる。

「あの男がそんな恩義に厚いと思っているのか」

 モーデルは実は知っている。義理の父――ルファーナの言葉に真意は全く感じ取れなかったことを。冷たさを伴う視線には、闇がある気がしていた。

 しかし、自分を育ててくれたのは義理の父母たちだ。そこは代わらない。そこを否定しては、全てがひっくり返ってしまう。それはしたくなかった。

 それなのにラファエロは、モーデルの世界をあっさりと反転させた。

「やつは――ルファーナ・バンカーは〈シーザーの目〉のリーダーだった男だ」

「な――」

「お前はやつが浮気をして出来た子だ。引き取ったのは己の手駒を増やすために過ぎない」

「私をテロリストに――? 嘘だ! なら何故、私が軍に入ることを許した」

「やつが許したのではない。お前が軍に入るようにやつが仕向けたのだ」

「違う! 私の意志だ」

「ロンゲスト=マーチ戦役――あれが始まり、徴兵の要請が来た時、いかにもオレが行かなければならないような話を聞いたろ?」

 モーデルは答えなかった。

 実際、義母からもそんなことを言われた。ラファエロの身体を心配している――と。

 だから私が志願した――。

「恐らく、母さんに言わせたんだろ。その時、お前は十九歳。育ててもらった十三年に恩を感じ、オレの代わりに入隊した。お前の優しさにつけこんだ非道な行為だ。オレがそれを知ったのは、お前が終戦後も軍に残った後だ」

「それも仕組まれたことだと言うのか」

「そうだ」

 モーデルはあざけるつもりだったが、ラファエロはあっさりと肯定した。

「バカな――バカな!」

「お前、手紙をやりとりしてたな。直接的ではない言葉に、お前が感じ取れるだけの閉塞感を伝えていたはずだ。戻ってきてはダメなんだ――そう思わせるだけのな」

 モーデルは確かにそんな内容の手紙をいくつも受け取った、モーデルが入隊してから家計が楽になったこと、不在時に知り合いの子を住まわせ、自分の部屋が今がないことなど、戻らずに軍にいた方が家には良いのだ。そう思っていた。

「お前は人の気持ちを感じ取りすぎるのだ、モーディ」

 モーデルは声には出さず、それを否定した。人生の決定権は常に自分が持ってきた。その自負だけは揺るがない。今、ここにいるのが証拠だからだ。

「ルファーナは、お前を軍に深く入らせ、内部から崩壊させるつもりだった。――それは何を意味するか分かるか?」

「貴様の想像だ」

「ルファーナはお前の命など、爆弾程度にしか思ってないんだ。だから――」

 モーデルはラファエロ機を探した。反撃のチャンスを探すためだ。

 義父と義母がたとえその通りの人間だとしても、今はラファエロと雌雄を決する時なのだ。

 そう思うことにした――はずであった。

「だから、私がやつを殺した」

 一瞬、ここが戦場だという感覚が喪失した。

 コクピット内の音が途切れ、ラファエロの言葉が一つ一つ遅れて意味を成してくる。

「あの飛行機事故――」

「そう、オレがやった。お前を守るためにな」

 ラファエロは優しい声で言った。

「本当の両親だろうが!」

「あいつらが生きていると、お前が死ぬ。それを許せるはずがない」

 モーデルは飛び出した。片膝のままライフルを構える。

 銃口の先で、紅の機体が見下ろしていた。

 道をY字路に分けるビルの上であった。

「狂ったか、ラファエロ!」

「狂ってるのはこの世界だ。そして、それを変えられるはお前だけだ。オレはそう思っている」

「そんなことで人を殺せるなんて――」

「お前はルファーナから解放されたが、捨て駒の呪縛からは逃れられていなかった」

「まだ言うか!」

 モーデルはライフルを撃ったが、そこにラファエロはいなかった。

 モニター内に大きく映し出されていたはずの巨体を見失った。照準も確かに捉えていたはずなのに、ラファエロ機がいた建物が僅かに崩れただけであった。

 あの大きさで信じられない動きであった。

「ルファーナ亡き後、オレが〈シーザーの目〉を引っ張ってきた。お前がフォルケッツのブルージャケット隊に配置換えされたのはその頃だ」

 声では辿れない。全方位から聞こえるのだ。機械が拾う音が正確すぎて、逆に位置が特定できない。

 頼りになるのはレーダーと自分の五感だけであった。

「どう思う?」

「義父の怨念だとでも言う気か」

「連邦政府の狡さだよ」

「――ラファエロがリーダーだから、私をテロ対策部隊に? 有り得ない。軍がそれを知ったのは私と同じ頃だ。だから、私は一時期部隊を外されたんだ」

「それこそ、根拠はない。政府が、お前と私の関係を知らなかったと、何故言える?」

 すぐ後ろであった――が、身動きは取れなかった。

 銃口を突きつけられていた。

 遅れてエマージェンシーコールがコクピットに響いた。

「形式上の謹慎がはすぐ解かれたろ」

「それは部隊がお前らに全滅させられたからだ!」

「だからといって敵のリーダー格の義弟を呼び戻すか? 他にも人材はいるはずなのに、あえてお前が選ばれた。どうしてだと思う?」

 幼い頃、ラファエロは勉強を見てくれた。教えるのは式ではなく、考え方であった。その時と同じ言い方――どうしてだと思う?――だ。

「お前を過小評価で言っているのではない。組織のありえない行動に対しての言及だ。それは腕前や能力ではなく、単にオレに対しての盾に過ぎないという意味に対してだ」

 モーデルは答えられなかった。考えた結果が、同じ答えだったからだ。

 その時は必死で気付かなかった――いや、引っかかってはいたのだ。追求をしなかっただけである。無意識に出ていた答えに目を閉ざしたからだ。

「そんなやつらのために、何故戦う?」

「罪のない人を殺すテロリストを止めるためだ!」

 モーデルは頭を切り替えた。これだけは揺るぎのない自らのテーマだ。

 ここで反撃せずしてどうする!

 モーデルは振り向きざまにライフルを撃った――より速く、ラファエロ機が腕でその銃口を別に向けた。

 弾は朽ちた色のビルに吸い込まれた。

 モーデルはビルがどうなったか、その後を知らない。

 衝撃にモニターが消えたのだ。死んだカメラを別が補完したが、映されたのは空であった。

 頭を殴られたようだ。

 背中から倒れそうなのをバーニアで踏ん張る。

 同時にモーデルは照準をラファエロ機に戻した。

 この距離なら、攻撃力の貧弱さをカバーできるはず――。

 しかし、巨大な足が銃を持つ右腕を踏みつけた。

 バーニアの推進力は無視され、モーデル機は道路に押し倒された。

 巨体とアスファルトの間に潰され、右手とライフルが炎を生んだ。

 次々に表示されるダメージ表示の画面の向こう――ラファエロ機の銃口が鈍く光った。

「まだだ!」

 モーデルは肩からナイフを引き出すと、ラファエル機の脚へ突き立てた。渾身の力を込めたにもかかわらず、刃は腰アーマーに浅く刺さっただけであった。

 その手応えは、焼きすぎた八センチ厚のステーキ以上だ。

 ラファエロ機がライフルを撃った。

 あっけなく『Z's』の頭部が吹き飛んだ。

「何でだよ!」

 モーデルは消えたメインモニターに叫んだ。力の差が情けなさすぎた。

 これ以上の機兵戦は無意味であった。

 モーデルは機体を放棄した。

 イジェクト機構を利用し、シートを放出させる。通常は、そのシートで機体から離れるのだが、モーデルはハッチの横へ潜み、シートだけを飛ばした。

 ハッチを吹き飛ばした爆煙と同時に、煙幕も焚いた。コクピット周りが霧のようにに包まれる。

 モーデルはその煙を縫うように、宇宙服のバーニアで市街地へと降りた。

 普通の相手ならシートを目で追ってしまい、煙幕に紛れたモーデルを見失うだろう。

「気休め程度だ」

 建物の陰へ入り、覗き見ると、ラフェエロ機のハッチが開いた。

 出てきたのはラファエロだ。何かコクピット内に指示を出すと、宇宙服のバーニアを噴かして飛んだ。真っ直ぐモーデルの方へと向かってくる。

「あの程度でごまかせる相手なら、最初から負けてないさ」

 道理である。

 モーデルは拳銃をブーツから出した。軍に入って以来、ずっとパイロットだが、白兵戦だろうと決して遅れをとったりはしない。残弾とカートリッジを確認すると、近くのビルへ入った。

「お前の目的は、罪のない人を殺めるテロリストの退治――だったな」

 ラファエロの声が響いた。コロニー内の通信システムをフルに使い、電波を宇宙服の通信機へ飛ばしているのだろう。軍用のコードならいざ知らず、フォルケッツのコードにピンポイントに入り込んできていた。

 だが、モーデルは答えない。

「罪のない人とある人の区別――お前にはつけられるか?」

 モーデルは無言で先へ進む。暗い海の底のようなロビーを通り過ぎる。

 どこへ行こうというのであろうか。

 ラファエロを狙い撃ちできる場所? そんなだまし討ちをするつもりはない。

 死ぬのにふさわしい場所? それは自分か、ラファエロか。

 モーデルはラファエロを殺すつもりでここにいるのではない。もちろん死ぬつもりもない。

 決着とはそういう意味ではない。少なくともモーデルはそう思っている。

 なら、どこへ? 何をしに?

 その答えは、ラファエロの問いにあるような気がしていた。それに答え、ラファエロの思想を超えること――それが決着の一つではないか――そう思い至った。

 裏通用口を抜け、小路を渡って奥のビルへと入る。

「宗教的なことを言っているのではない。お前がオレたちのテロから救った人の中に、罪のない人はいたか?」

「官僚の家族も狙っただろ」

 ラファエロが微かに息を呑んだ。

 モーデルの答えがそうさせたのではない。そんなに核心に迫る内容ではないと、モーデル自身も知っている。

 恐らく、応えたことへの驚きだ。モーデルは返事を絶対にしないと踏んでいたのに、返事をしてくれた――そういう反応であろう。

「そうだな。彼らには罪はない。だからお前たちに助けさせたのだ」

 ラファエロの声は優しい。その柔らかい物言いで、フォルケッツへの侮辱的な発言をさらりと言った。

「ふざけてるのか?」

「オレたちの目的は腐った政治家たちの排除だ。そのための布石には尽力するが、無駄な労力はせんよ」

「誘拐や街への攻撃がか?」

 高官の娘が誘拐された。同時に軍の工場が襲撃され、戦力を誘拐事件に割けない状況が作られた。

 大学生の女性を誘拐する意味がひっかっかり、、モーデルとキッドはたった二人で捜査を開始した。〈シーザーの目〉の狙いは新型機兵の設計図であった。設計図を保管している金庫には生体キーが設定されていたのだ。似た遺伝子を利用し、誤認させることで解除できる機械を〈シーザーの目〉は開発した。それに娘を利用しようとしていたのだ。

 モーデルとキッドは娘を無事に助け、設計図を守りきった。そして、テロリストの要求に凛として応じなかった娘に賞賛が集まった。

 この誘拐のどこに崇高な意思があるというのであろうか。

 国主催のスポーツ大祭が狙われたこともある。

 政治家の家族も多く参加していたが、政治家は高官が一人だけであった。

 〈シーザーの目〉はその直前にダイヤモンドを盗み出している。やはり、モーデルとキッドはその糸口から、大会を狙うテロへとたどり着く。

 ダイヤモンドは生物のみを焼き殺すレーザー兵器に使用された。モーデルはキッドの力を借り、その計画を阻止し、会場の人々の命を救った。大会に参加していた人はその事件さえ気付いていなかった。

 たった一人を殺害するために、三百人近い人を巻き添えにする行為をどうして認められよう。

 所詮テロリストでしかないのだ――モーデルの思いは、そのまま口をついた。

「テロリストが言いそうなことだ」

「テロリストさ――今はな」

「悔い改めるっていうのか?」

 今度はラファエロの返事がない。ラファエロほど頭の良い男が答えに窮するはずがない。

 何を企んでいるにしろ、モーデルは攻撃の手を休めるつもりは無かった。

「結局は理想だけを高く掲げ、大量殺人を正当化しているに過ぎない。エゴだけを全面に押し出してる奴らに正義なんかない」

 ビルの通用口を抜けると、背の高い平屋と煙突、それを覆う塀――工場が軒を連ねていた。ここも工業用コロニーなのだ認識させられる風景であった。オフィスエリアと工場エリアが隣接しているのだ。

 大型車用の幅広な道路は隣の区画まで真っ直ぐに続いている。

 モーデルは道を渡り、工場脇の細道を駆け抜けた。

「官僚を数人排除した所で、それは見えている部分でしかない。根底が腐っているんだから、政治が変わるはずがない。そんなことのために、関係のない人たちが傷つくのを許せない。だから戦う――それが私の正義だ」

「正義のベクトルは個々で違うものさ。それを否定するつもりはない」

 ラファエロのその声の質が変わった。通信機に直に届いているような音だ。かなり近くまで追いついているのだろう。

 工場エリアを抜けると、森が姿を現す。といっても葉の枯れ落ちた死の森だが、かなり大きいのは分かる。

 宇宙で暮らす者たちは自然を大事にする。空気を生み出すだけではなく、心を癒すためにもなるからだ。ひとは土や水を大事にし、木を育ててきた。

 特に工業用のコロニーは、産業廃棄物による汚染を調べるために、森や川を利用しているとも聞いたことがあった。

 今は荒れ果てた木々と水のない川――それを見下ろす高台にモーデルは立った。

「もし、その腐った根底をも排除できるとしたら――その可能性を、お前は信じるか?」

 モーデルは振り返った。

 木の陰からラファエロが姿を見せた。拳銃は持っているが、向ける気配さえない。

 表情に気負いが全く感じられない。久しぶりに会った時のそれに近い。油断をすると笑顔で抱きついてきそうなくらいだ。

 しかし実際の距離は互いの間合いを巧みに外したものだ。ラファエロは木の横から離れていない。それが今の二人の関係を表しているのかもしれない。

「どういう意味だ?」

「〈シーザーの目〉の出資者は誰だと思う?」

「――官僚か。しかもごく僅かな人数の」

 その答えは、モーデルがだいぶ前から感じていたことだ。ただ、口から放つのにためらいがあっただけに過ぎない。

「その通り、そいつらもちゃんとオレたちのターゲットとさせてもらっている」

 モーデルの頭の中に、スポーツ大祭で助けた高官の顔が浮かんだ。

「ケリウスが攻撃しようとしているのはそいつら以外の政治家だ」

「軍だって本腰を入れてる。そんなに上手くいくはずない」

「待ち伏せのある本部なんか襲わんさ。そんな矢面に立つような政治家なら世界はもっと良くなっている」

「避難場所を狙う気か。だが、それこそトップシークレットだ。私でさえ知らないのに――待てよ、そこには彼らの家族がいる。その中にテロリストがいるとしたら――」

「一度危険な目に遭っていたら、今度は守ってあげようとするだろうな。ましてや世論を集めたひとなら尚更だ」

 誘拐され、助け出された女性のことだ。

「彼女は恐らく同じ場所に保護されているだろう。しかもトップシークレットだからこそ、警備は手薄になる」

 あの凛とした態度は、自分は正しいという心の表れだったのかもしれない。

 それこそモーデルとは相容れない正義のベクトルの違いだ。理解できるものではない。他の家族を巻き添えにしていい道理はない。

 モーデルは戻ろうとするが、ラファエロの銃がそれを止めた。

「今からでは間に合わんよ」

「間違ってる。絶対に――」

「そうだな。罪のない人がそこにはいるな。その点ではお前が正しい」

 モーデルも銃を向けた。ラファエロの自虐的な独白に、危険な感触があったからだ。

「しかし、一掃だ。古い体質の人間は全員いなくなる。避難せずに抵抗を掲げた政治家――まあオレたちの出資者だが――彼らは生き残り、やがて中央を再編する。そいつらが再編と同時にすることは何だと思う? 民意を得るために、テロリストの排除を謳うんだ」

「当然の結果だ」

「だから、オレもケリウスもこのタイミングで舞台から退くのさ」

「何を言ってる――?」

「役目が終わった――ってことさ」

 ラファエロは深く息を吐き、銃を下ろした。

 モーデルは、ラファエロが自首をするのだと思っていた。しかし、落ち着いて考えれば、その可能性は低いことに気付けていなかった。

 出資者が、自分たちの悪行を知っているラファエロを見逃すはずがない。それを念頭から外していたのも、出所すれば前のようにまた一緒に暮らせる――そういう思いがあったせいかもしれない。

「ルファーナは政治家たちと癒着しすぎていた。それでは意味がない。だからオレが取って代わり、本来の目的のためにリセットをかけた。それがテロ行為になっていただけだ」

「目的?」

「〈シーザーの目〉はテロリストの集団ではない。本来は政治を監視するためのシステムのことだ」

「監視――それは意に沿わないと紛争を引き起こしたりするのか?」

「察しが良いな」正解を引き出した義弟に、ラファエロは嬉しそうに目を細めた。「過去に起きた戦争のいくつかは〈シーザーの目〉によるものだ」

「なんてことを――」

「それで肥大する欲に満ちた政治を抑圧できるのだ。必要悪なのだよ」

「戦争が必要だなんて、そんなバカな話があるか」

「あるのだ。分かってくれ」

 しかしモーデルも言うほど、その主張を否定できていない。

 『ロンゲスト=マーチ戦役』は正にそれであった。あの戦争が無ければ、アルケーナ国も、ジェブスター共和国も他国へ侵略し、もっと戦いは泥沼へと化していた。モーデルにもそれが分かる。

 だが戦争は悲劇しか生まない。それも事実だ。モーデルは目の当たりにしてきたからこそ、認めるわけにはいかないのだ。

 どっちつかずの曖昧な心をを気付かれないように、モーデルは話題をすり変えた。

「指導者がいなくなるのだから、それがなくなるということだな」

「なくなりはしない。こちらも中身を替えるだけだ」

「――新しいメンバーを作るということか」

 モーデルは自分で言いながら、ある可能性に気付いた。

「私を?」

「だから、捨て駒では困るのだ」

 ラファエロが薄く微笑んだ。

 数学の問題に悩むモーデルへラファエロは時間を取って教えてくれた。難問を解いて見せた時にも、ラファエロは同じ表情をしていた。

 だが、これは数学ではない。ラファエロはモーデルを〈シーザーの目〉に入れと言っているのだ。

「気が狂ったか? 私がテロリストになるわけなかろう」

「テロリストではない」

「だが――」

「お前が変えるんだよ」

 モーデルは突拍子もなさ過ぎて、答えに窮した。思ってもいない提案だ。もちろん乗る気はない。だが、即答で断ることもできなかった。

 モーディ――と、ラファエロが呼んだ。

「義理の父も母も、お前に愛情を注いだことはなかった。それは理解できるはず。真に愛していたのはオレだけだ。決して〈シーザーの目〉を継がせるためだけの心情ではない。本心で、お前を家族と思っているのだ」

「私だって――同じだ」

「ありがとう」

 ラファエロはもう一度微笑んだ。

「愛しているからこそ、こういうこともできる」

 銃口をモーデルに向けた。

 モーデルは咄嗟のことで出遅れた。

 銃声が唸った――が、高台に音は反響しなかった。

「まさか――」

 モーデルはラファエロの姿へと走った。

 ラファエロは動かない。近付いても気配は縮まらない。そのままモーデルはすりぬけた。

「ラファエロ、今どこにいる」

「実はな、オレは一歩も動いてないのさ」

 モーデルは投影機をみつけた。木の陰と岩の陰、それに草むらの中――三つを使うことで、より立体で表現できるのだ。

 それよりも何故モーデルがここに来ることが分かったのか――。

「いや、ここに来るように導かれてたのか」

 モーデルは小さくつぶやいた。

 町中に仕掛けられた通信機。それはヘルメットにではなく、全身を包むように聞こえた。その中で、僅かに音量を変化させていたのだろう。ラファエロとの鬼ごっこから逃げるために、音量の差で薄い方へと逃げていたのだ。

 仕組まれていたのだ。

 だが、この高台に来ることは――。

「恐らく、義兄としての勘か」

 ラファエロは落ちた『Be‐G』へと歩んでいく。

 投影機は騙すための映像ではなく、現在のラファエロを映し出していた。

「さすがに四強の一人に、中型艦一隻では臨むまい。ましてや一騎討ちなんかをさせるような組織ではないのだよ、現行の政府は」

「政府軍が来てるのか」

「もちろん、想定内だ。むしろ来てもらわねばラファエロの最期を見届けてもらえまい」

 モーデルは『最期』という言葉に悪寒を感じた。

 ラファエロは死ぬ気だ――。

 モーデルは走り出した。

「〈シーザーの目〉を継ぐというのは、オレの最後のわがままだと思って、我慢して受けてくれ」

 コクピットが開く音がした。

 まだ、モーデルは工場エリアにも戻れていない。

「新しい組織には、お前が知っている者たちがいる。今回の一掃作戦にも大きく絡んでいたし、向こうはお前が来るのを歓迎してくれている」

 モーデルには言葉の意味がよく通ってこなかった。

 義兄を止めたい――ただそれだけのためにラファエロは走った。

「新しい四強が、新しい政治を見張るために、新しい〈シーザーの目〉を引っ張っていくのだ」

 機動音が響く。破損しているため、コンディションの良い音ではない。

「新型は置いていく。名は『By-L』、出資者が口座を凍結する前に造った最高傑作だ。耐弾性、機動性に優れている。これに敵う相手は現行存在しない。良い相棒になるだろうよ」

「バカな――その機体で出ればいいじゃないか」

「これはお前のものなんだ、モーディ。だからお前のパーソナルカラーで塗られてるんだ」

 さっき悪魔のような強さを思い知らされた機体の色は紅色――確かにモーデルの色だ。しかし公言していたわけではない。

「――なぜ、知ってる?」

「お前をよく知る者から聞いた」

 心当たりはある。一人いるが、ありえない。彼は死んだのだ。二日前に――。

「彼もお前を待っているよ」

 モーデルの頭には、優しい顔つきの男が思い浮かんでいた。

「そうそう、お前の機体も持っていくぞ。この爆弾を利用して、数多く沈めてやるさ。これで、お前はオレにやられたことにもなる。丁度、オレも被弾してるし、それっぽいだろ。こういう偽装工作は得意だ。つい二日前にもやってみせたが、誰にも気付かれていない。――お前にもな」

 ラファエロは楽しそうに笑った。

 機体の浮上音がスピーカーを通して聞こえた。

 工場エリアの空遠く、さらにビル群の向こうにラファエロ機の姿が見える。

「ラファエロ!」

「世界を救う――なんて大それたことをして欲しいわけじゃない。ただ、お前に人生を楽しんで欲しいだけだ。これで束縛も柵もなくなるのだ。お前はお前だ、モーデル・バンカー」

 金色の機体がコロニー出口へと浮遊しながら向かっていく。

 モーデルは追いかけた。

「行くな! ラファエロだって、このままじゃ捨て駒じゃないか!」

「そう悲観することでもない。オレは、良い人生を送れた。――お前のおかげだ、モーディ。庇護する相手がいるだけで、すごい力が生まれるんだ。お前がオレの弟になった日から、オレの人生は動き出した気がする」

 モーデルの目から涙が溢れた。泣きながら走った。

 特異な姿の機兵は小さく、ビルに見え隠れし、港口へと吸い込まれるように消えていった。

 モーデルは無駄と知りつつ手を大きく伸ばした。

「お前のために生きることがオレの生きがいだ」

 その声は届きづらく、乱れ始めていた。

「ラファエロ――」

「生きろ、モーディ。人生って楽しいぞ」

 モーデルはオフィスエリアを真っ直ぐに駆け抜け、ダムの上へたどりついた。

 もう声は聞こえない。

 さらに岩山を登り、頂上に立つ。

「義兄さん!」

 モーデルの叫びだけが余韻を残した。

 ただ一人、岩山に立ち尽くしていた。

 静かだった外が、騒がしくなる。

 コロニーの窓の向こうで、戦闘の光が見える。

一際大きい光は『Z's』かもしれない。

 光の花が咲く。大きいものも、小さいものも、どの花にも、そこに命が明滅しているのだ。ラファエロの命もそこにある。

 やがて、静謐が降るように戻ってきた。

 モーデルはずっとそこに立っていた。静寂に消えた男の名前をつぶやこうとするが、声にならなかった。

 空気が乱れた。

 紅い巨体がスラスターを吹かせながら降りてきた。

 モーデルの横で、コクピットのハッチが開く。

 複座式のコクピットは広い。メインシートには誰もいない。

 奥で人影が動いた。

「たとえ二人になっても、世界をより良い方向へ導くといった言葉は嘘じゃないぞ」

 聞き覚えのある声がモーデルの耳を撫でた。

 そこに親友が微笑んでいた。

(了)

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