第71話 シロちゃんの休日(番外編)
建国王により公爵位を授けられ、王国西方の安寧を任された偉大なる黒竜シュバルツ・ドラゴクロウ。その爪は山をも削り、その牙はミスリルさえも噛み砕く。一度ブレスを吹けば、地平線まで焼け野原となる――という千年前の伝説の存在だ。
何百年も人里に姿を現した記録がなく、歴史学者の中でさえ架空の存在だと断ずるものさえいた。そんな黒竜公の娘だという人物(?)が王都に現れた。
その名をシロ・ドラゴクロウ。銀糸の如き髪を持ち、肌は最高級の白磁を思わせる華奢な少女だ。だが、見た目に騙されてはいけない。自身よりも長大な
……あと、面倒くさいことが起きると本当に竜になって飛び去ってしまう。王都の上空を白銀の竜が舞ったときにはそれはもう大騒動となった。
そのシロは冒険者として活動している。《大賢者》にして《凶獣》セージが率い、《
今回は、そのシロの休日を紹介しよう。
【午前11:00】
宿屋で目覚める。
アキバ遺跡の探索成功にはじまり、数々の高難度クエストを達成した金級冒険者であるシロはお金持ちである。朝からあくせく働くつもりなどない。日が高くなり、空気がぬるんでからベッドを抜け出すのが習慣である。
髪を適当に手ぐしで整える。
乱暴な手入れだが、それだけで腰まで伸びた長髪がまっすぐに伸びる。宿からもらったお湯でざぶざぶと顔を洗うと、柳の
寝間着を脱いで、着替えに袖を通す。
やたらに白いフリルやレースのついた黒い衣装だ。アキバ探索以前はメイド服がお気に入りだったが、メイドゴーレムが着ているのを見て何やら思うところがあったらしい。いまはアキバから流入してきた新しいファッションである『ゴシックロリータ』を愛用している。
【午前11:30】
宿屋の1階にある食堂で軽く腹を満たす。
正午を回ると混み合うので、それより早い時間を狙っている。
今日のメニューはベーコンエッグとウインナー、ツナサラダという簡単なものだ。平皿に盛り付けた白いご飯に、それらを慎重に並べる。おっと、目玉焼きの位置が気に入らなかったらしい。箸を使ってそっとずらす。配置に満足すると、首から下げた簡易映魔機でパシャリと写真を1枚撮る。
それから全体に醤油を回しかけたら準備万端だ。
木匙で全体をざっくり混ぜて、わしわしとかき込む。セッティングにかかった時間の数分の一で朝食兼昼食を平らげると、上機嫌で宿屋を後にした。
ほっぺに米粒がひとつ付いているが、偉大なる竜の娘はそんな
【午後13:00】
竜化して王都の上空を飛び回る日課を終えたら、中央広場に舞い降りる。
シロの認識では王都は彼女の縄張りである。縄張りに異常がないか見回るのは縄張りの主としての義務である。勤勉なシロは休日であってもこの日課を欠かすことはあまりない。天気が悪いときや気が向かないときはやらない。また、この王都にはシロとは別に王を名乗るものがいるらしいが、そんなことも気にしない。
偉大なる竜の娘は些事にこだわらないのだ。
日課を終えたシロは金に飽かして広場に出店している屋台飯を存分に楽しむ。
もともと様々な料理が並ぶ活気のあるエリアだったが、アキバとの交流が進んだことで新しい料理が増えている。今日目をつけたのは、バインミーサンドイッチとケバブ、チーズドッグとタピオカミルクティーだ。
宿では流し込むように食べてしまったので、今回はじっくりと味わう。
すると、ボロを着た幼い兄妹が指をくわえてシロを見ていた。シロは手招きをすると、まだ口をつけていなかったケバブとチーズドッグを惜しむことなく与える。
二人の手を引いて向かった先はジャークダーが運営する孤児院だ。弱き者を庇護するのも、縄張りの主たるシロの重大な義務なのである。
【午後15:00】
トーキョー湾の岩礁で、釣り糸を垂らす姿があった。
荒波が飛沫を上げる中、長尺の釣り竿を振るう銀髪のゴスロリ娘。釣り竿を上下に揺する様子がなかなか堂に入っている。釣り竿の先が大きくたわむ。ゴスロリ娘は竿を大きく引き、戻し、リールを巻く動作はじつになめらかなものだ。
頃合いを見て大きく竿を上げると、その先には体長四メートルにも及ぶ
【午後19:00】
日が暮れ、釣りを切り上げたシロはジャークダーの孤児院に今日の釣果を運び入れる。
今日の狙いはイカだったのだが……残念ながらサーペントばかりが釣れてしまった。なお、イカは夜行性であるので昼に釣ろうとしても難しいのだが、偉大なる竜の娘は些事を気にしない。
シロは気にしていないが、サーペントと言えば高級食材である。
この孤児院を任せているマサヨシとキルレインが手を叩いて喜んでいる。孤児たちは生きたサーペントを見て大はしゃぎだ。
些事は気にしない偉大なる竜の娘であるが、庇護したものたちが喜ぶ様子にはくすぐったい気持ちになる。
キルレインがサーペントをさばき、マサヨシがそれに串を打って白焼きにしていく。
それを見ながら、シロはサーペントの骨を炙ってばりばりと噛み砕いている。その様子を見た孤児たちが同じく骨にむしゃぶりつくが、骨の周りについた肉をこそげ取るのがせいぜいで、骨そのものを食べることはできないようだ。
シロはその脆弱な生き物たちを憐れみ、懐からスルメを出して与えた。
これもそこそこ硬いが、こういうものから鍛えていけばいつかサーペントの骨程度は易々と噛み砕けるようになるだろう。
焼き上がったサーペントの身を脆弱な生き物たちと分け合ったら、銭湯に寄って宿屋に帰る。
用意されていた夕食を平らげ、歯を磨いたら、寝間着に着替えてベッドに潜り込む。
こうして、偉大なる黒竜公の娘にして
非モテ大賢者は美少女になりたかった ~わたぐるみに転生した結果、美少女にこねくり回される日々がはじまりました~ 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai
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