第70話 エピローグ③

「ええー、というわけで本日は墓参り兼、青空バーベキュー大会となります」


 ドンドンパフパフーと俺はオプション装備したラッパやらタンバリンやらを打ち鳴らした。


「おい、ちょっと待て。そんな話は聞いてないぞ」

「うん、言ってないからな」


 丸メガネをくいっと中指で持ち上げ、眉間にシワを寄せているのはミストである。


「さすがにお墓でバーベキューっていうのは不謹慎なんじゃないかなあ」

「墓で眠ってる当人たちが納得してりゃ問題ないだろ」

「うーん、そう言われたら、別にボクも反対ってわけじゃないんだけど」


 黄色いアホ毛を風に揺らし、首を傾げているのはツカサである。


「バーベキューだなッ! オレの正義の炎で燃やし尽くしてやるぜッ!」

「炭への着火だけ頼むわ」


 事情もわからず拳を握り締めているのはヒロトである。

 こいつに料理をさせると文字通りすべてが灰燼と化すから絶対に任せられない。百年前の旅でも、ヒロトだけは絶対に料理当番をさせなかった。


「ヒツジ先生ー、シロちゃん連れてきたー」

「……バーベキュー、はじめて」


 メリスちゃんが金色のゆるふわヘアーに風をはらませて駆けてくる。手を引かれてやってくるのは銀色のさらさらヘアーを風にたなびかせるシロちゃんだ。うふふ、絵になるね。映魔機を回しっぱなしにしていた甲斐があるというものだ。


「おい、ヒツジ野郎。あーしらも来てやったぞ」

「姐御ぉ、こんなやつに義理立てする必要あるんすかね?」


 ピュイが率いるハーピーチーム、魔土怒羅権マッドドラゴンも舞い降りてくる。

 きっかけはメリスちゃんが気まぐれにエサをあげたことだったのに、気がつけば結構長い付き合いになっていた。ミストの地上帆船が量産に入ったこともあり、王国は魔物として認定していたハーピーたちを国民として組み入れようと働きかけているところらしい。

 ピュイはその端緒となったハーピーとして、王国に属したハーピーの代表ポジションに収まっているようだ。本人曰く「このまま全国制覇してやるぜ!」ということだが、ちょっと意味がわからない。


「墓場でバーベキューとはのう。相変わらず常識のないやつじゃ」

「おっ、降ろしてくださいにゃ! 吾輩は高いところが苦手なんですにゃ!」

「む、そういえばはじめて拉致……共に旅をしたクロネコ族もそんなことを言っておったのう」

「拉致!? いま拉致って言ったにゃ!? やっぱりご先祖様との取引のきっかけは誘拐だったんにゃ!?」

「なあに、出会いには色々あるものよ。それが良きものであったかどうかは後になってはじめてわかることじゃ」

「なるほどにゃー。って、この人いいことを言った風でごまかしてるにゃ!?」


 ピュイたちに続いて、ジェットブーツから火を吹く師匠がクロネコ商会のにゃんこを抱えて舞い降りてきた。アキバ遺跡への旅をサポートしてくれたあのにゃんこだ。


「本当はマサヨシ君やキルレインも呼びたかったんだけどな。あいつらは孤児院の仕事が忙しくて来れそうにないってさ」

「……ん、残念」


 俺が注釈を入れると、シロちゃんが巨大なメイスをぶんぶん振って残念そうな顔をした。あのさ、シロちゃん? それ完全に戦いたがってるよね? そもそも今日はそういう趣旨じゃないからね?


「あたしもマサヨシ先生やキルレイン先生に教わりたかったー!」

「うんうん、メリスちゃんは勉強熱心だね。でも、今日はそういう趣旨じゃないからね?」


 シロちゃんのバトルマニア脳が伝染したのか、最近はメリスちゃんまでこの調子である。

 マサヨシ君からは徒手格闘術を教わり、キルレインからは剣術を教わっているらしい。学院では魔法学部と冒険者学部の両方で主席である。


 シロちゃんとコンビで冒険者としての活動も続けており、わずか1年あまりの活動で最上位の金級冒険者だ。新開発の小型地上帆船を駆り、瘴気領域外の探索にも精力的に出かけている。南西でトーキョータワーという伝説の遺跡を発見した功績はいままさに王都で話題沸騰中だ。


「それでセージよ、いまさらになって墓参りとはどういう心境だ?」


 ミストは律儀にも花束を抱えてきていた。俺はバカでかい石碑をどんぐりの蹄でコツコツと叩く。俺たち《救国の四英雄》の墓は記念公園となっており、墓標もバカでかいのだ。


「えーっと、なんとなく?」

「は?」

「いや、たぶん自分の墓に参って、自分で線香上げる人間なんて世界初じゃん? そういうイベントはなんかやっておきたいなって」

「はああ!?」


 ミストの眉間にシワが寄り、浅黒いおでこに血管が浮かぶ。

 だが、いかった肩がすぐに落ち、ふうとため息をついた。


「まあ、お前の行動はいちいち意味がわからんからな。いまさら考えたところでしょうがないか」

「そうそう、セージの考えなんて想像するだけ無駄だよ。たぶん何にも考えてないもん」

「おうッ! セージの考えてることはさっぱりわかんねえぜ!」


 そんなミストに、ツカサがケラケラと笑いながら同調する。

 そしてヒロトよ、お前の考えは俺にもさっぱりわかんないんだぜッ!


 このアホみたいな空気、懐かしいな。百年前の旅の最中みたいだ。

 この軽い雰囲気なら、いくらか深刻ぶったことをしゃべったってさっと流してくれるだろう。


「いや、なんとなく面白そうだからってのが一番ではあるんだけどさ。俺が死んだ後、お前たちがどんな風に生きてたのかがちょっとだけ気になってさ」


 俺の一言に、ミストたちが一瞬固まる。

 邪神との戦いの後、俺は百年の時をすっ飛ばして蘇った。ヒロトとツカサは何十年か生きてまた転生し、ミストはずっと生き続けている。俺だけが急に、ずっと昔から一足飛びに今にやってきたのだ。


 ミストは顔を押さえ、体を震わせる。

 ツカサは俺から背を向けた。

 ヒロトはわけがわからないとミストとツカサを交互に見ている。

 な、なんだよこれ……なんかマズイことを聞いちまったのか?


「くっ、くくく……あーはっはっはっ!」

「ぷはっ! セージでも、そ、そんなこと気にするんだ!」


 って思ったら、何がおかしいのかミストとツカサは腹を抱えて爆笑している。

 ちょ、ちょっと何なんすか!? 俺がそういうこと気にしたら何か変なんすか!?


「いやいや、すまんすまん。お前が死んでる間のことがわからなくて、仲間外れみたいでさびしかったんだな。気が付かなくてすまなかった」

「セージって、そういうかまってちゃんなところあるよねえ」

「なっ、そんなんじゃねえ! 俺はただ単純にお前たちがどうしていたか気になってだな……!」

「友だちがどうしてたかは誰でも気になるよなッ!」


 唐突に巻き起こった大賢者へのかまってちゃん疑惑にどんぐりタップで抗議をしていたら、脇の下から手を入れられて、ふわっと宙に持ち上げられた。

 犯人はメリスちゃんだ。


「ねえねえ、ヒツジ先生。あたしは先生たちが冒険してたころが知りたい!」

「……シロも、知りたい」

「あー、そうか。そこから話すと長くなるけど……メリスちゃんとシロちゃんも仲間だもんね。ここはひとつ、先生が白骨の森を脱出したときから順番に話してこうか。俺の話が終わったら、ミスト、ツカサの順だ! ヒロトの話は無駄に長くなるから最後な!」

「一番話が長いのはセージだと思うがな」

「間違いないね」

「俺はいつだって全力で語ってやるぜッ!」


 俺たちはその日、朝日が昇るまでさんざん飲み明かし、語り明かした。

 早朝に掃除にやってきた管理人のおじさんにしこたま怒られたのは歴史書にも残されることがない、俺たちだけの秘密である。


(第一部:完)

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