後日談

 僕は秋花トンネルから帰還した後、そのままぶっ倒れる様に眠ってしまった。原因はもちろん、ウエンの死神の鎌に貫かれたことが原因だった。


 帰巣本能というのだろうか。家に帰るまでは全く異常が無かったのに、ふっと安心した瞬間に意識が刈り取られたのだ。


 だから、ここから先は僕が目を覚ました後に、ウエンから聞いた話が主である。


 まずは眞代のことだ。


 ぶっ倒れて眠る僕を見て、大分取り乱した様だった。これに関しては、全面的に僕が悪いので何も言えない。責任を取ると言っておきながら、このざまだ。全く説得力が無いのだった。


 だが、依り代を無くした眞代は幾分か冷静になっていたらしい。


 「今反抗しても、私は貴女たちに勝てません。負けたんですから、我が儘は言いませんよ。でも……帰るまで、兄さんの傍に居ても良いですか?」


 そう言って、帰らなければいけない時間ギリギリまで僕の傍に居たらしい。そうすぐには、今まで積み重なってきたものが変わる訳がない。ただ、以前よりかは依存というか、執着心のようなものは薄くなっているような気がした。


 眞代曰く、そうなった理由はこういうことらしい。


 「だって、兄さんは責任とってくれるんでしょう? だったら、焦る必要ないじゃ無いですか。兄さんはもう約束、破ったりしませんもんね?」


 そう言って嬉しそうに声を弾ませるのだった。信じてくれるのはありがたいが、相変わらずの重さだった。次、責任を果たすことが出来なかったら、本当にどうなってしまうか分からない。そう思わせる重量感がひしひしと伝わってきた。


 僕としては兄離れをしてくれるのが一番で、責任を取るというのは眞代が一人で立てる様になるまで支える、という意味合いだったのだが……


 「これからも一緒ですよ? 兄さん?」


 兄離れはまだまだ難しそうだ。けれど、僕はあまり前のように罪悪感を感じなくなっていた。少し、ほんの少しだけど、眞代の心持ちが変わった。以前なら僕の近くに女が居る、と言う理由で顔を暗くしていたのだ。それが今では。


 「兄さんが誰と付き合っても、まぁ嫌ですけど我慢します。兄さんがこの人以外にいない、と言うのなら私はそれを祝福しますよ。けど、覚えておいて下さい。もし、兄さんに恋人が出来たら、その人が嫉妬するくらいに兄さんに甘えますからね? 私は、恋人が出来たくらいで離れたりしませんから」


 全体的に強かになったというか、前よりも手強くなった気がするのは僕だけでは無いだろう。だが、僕は兄として妹の成長がなにより嬉しいのだった。いつかは、彼女が一人で立てるように、精進していきたいものだ。


 次は白雪だ。こいつはまぁ、あまり変わっていない。僕が寝込んでいる間も、何度か家に上がり込んでは家出の避難先として使っていたらしい。


 「あくまでも、真尋さんのお見舞いが目的ですから! 決して、家に帰りたくないからここに来ている訳では無くてですね……!」


 今では僕の本棚の半分以上が、彼女の持ってきた本や映画で占領されている。その大半がスプラッター系なのは、どこか闇を感じずにはいられない。


 白雪の家庭関係がどうなっているのか、僕も詳しいことは知らない。彼女が現状に満足していないのは明白だが、無理に聞き出すことでも無い。白雪が話したくなるまで、僕は待つつもりだ。それがあの日立てた、誓いなのだから。


 しかし、正直犯罪になることが怖い。歳は妹とあまり変わらないから、即刻通報とはならないだろうが、こうも毎日の様に来られると怖くなってくる。後、ブレザー姿で来るのをそろそろ辞めて欲しい。並んで歩いて居ると、周りからの視線が痛いのだ。


 「ブレザーを脱ぐ? フッ、これは封印なんですよ! ほら、裏地に御札が何枚か貼ってあるでしょう? これは幽霊除けの効果があるのです! 幽霊が存在すると分かった以上、防御力の薄い服なんて着てられません!」


 そう言って、汗でしわくちゃになった御札を見せつけながら、だらだらと発汗するのだった。


 詩歌さんは、白雪ほどでは無いがそれなりの頻度でやってくる。その際、バイクに乗ってやってくるのだが……


 「あん? 何で眼ぇ逸らすんだ?」


 僕が詩歌さんを直視できないのは、色々と理由がある。まず、詩歌さんはライダースーツというものを着ているからだ。全身ぴっちりで、体のラインが浮き出るそれは、健全な男子高生にはあまりにも目に毒過ぎた。どうしてそんなものを着ているのか聞くと。


 「バイク乗るんだったら、普通着るだろ。あたしはこういうの、かっこよくて好きだしな」


 そう言って恥ずかしげも無くその肢体を曝け出すのだ。いや、僕がそっち方向にばかり考えすぎなだけだ。何度そう唱えても、やはりそういう目で見てしまう。それが申し訳なくて、毎度目を逸らしてしまうのだ。


 「おい、こっち見ろ。お前は見て見ぬ振りをするな」


 これも毎度のことである。相変わらずその威圧感は凄まじく、詩歌さんはその容姿もあって浮きがちだ。白雪も最近は慣れてきているが、少しでも圧をかけられるとすぐに駄目になってしまう。だから、詩歌さんは僕が眼を逸らすのを凄く嫌う。


 別に怖いからとかではなく、その格好があまりにも扇情的すぎるから直視出来ない、なんて正直に言えない。だから今日も、無理矢理詩歌さんと眼を合わせることになる。あまりの綺麗さに、目が潰れそうだ。


 そもそも、詩歌さんは色々と隙が多すぎるのだ。信用してくれているのはありがたいけれど、それにしたってお風呂を借りた後、ズボンを履かないまま彷徨かないで欲しい。僕は詩歌さんをそういう眼で出来るだけ見たくないのだ。


 ウエンは相変わらずだ。朝起きると僕を抱き枕にしているし、人目の無いところでは実体化して僕の体を触って、何処に行っても付いてくる。こうも毎日の様にボディタッチをされていると、もう反応も薄い。


 とはいえ、時たま思い出したかのようにドキリとする。ウエンは控えめに言っても整った顔をしているし、大袈裟に言えばこの世に二人といないほどの美人だ。


 そんな人物が、四六時中視界に映って、しかもその距離感はバグっているのだ。抱きつくのは当たり前、食事は二つ用意しても僕の食べている方を食べるし、挙げ句の果てには……


 「ふふっ……なんだか、新婚さんみたいね。世間一般ではこういうの、バカップルって言うらしいわよ」


 などと言うのだから、本当に辞めて欲しい。詩歌さんはともかく、ウエンをそういう対象としてみてしまったら、それこそ終わりだろう。だって、こいつはガワが良いだけの子供だ。


 野菜は食わないし、しょうもないものを欲しがるし、前述したように覚えたての言葉を恥ずかしげも無く使うし……けれど、美人なのだ。その全てが欠点のはずなのに、ウエンにかかればそれすら愛嬌に早変わりする。


 本当に世話が焼ける。だが、僕はそこに喜びを感じているのも事実だった。


 毎日、誰かが傍に居る。それは一部の人にとっては苦痛なのだろうが、僕は全く苦じゃ無い。ウエンと口喧嘩をして、白雪とオカルト話で盛り上がって、詩歌さんとホラー映画を一緒に見る。そんな生活は、毎日がキラキラとしていてとても楽しい。


 ちなみに、詩歌さんにホラー映画を見せるのは、その反応が可愛いからである。主に白雪が悪乗りして、彼女が選出したマニアックホラー映画を鑑賞する。いつも頼りになる詩歌さんが、この時ばかりは涙目でプルプルしていて、大変可愛らしいのだ。


 そして、全員が集まるとやることは一つだった。僕らは夜になると外に出かけて、白雪が選んだ場所に赴く。そこはもちろん、心霊スポットや曰く付きの場所だ。


 ウエンのやらかしによって、僕たちは今日も魂の回収を続けている。ウエンが突っ込んで終わることもあれば、依り代持ちに翻弄されて危険な眼に遭うこともしばしばだ。


 ウエンが幽霊相手に特攻して、僕が幽霊を見る。詩歌さんは僕たちを守ったり幽霊を追い払って、白雪は自慢の知識で依り代持ちの名前を看破する。


 その道すがら、様々なものを見た。その度に、僕は眞代の心境を想像しては心を痛める。どうして、彼女がオカルト的なものや宗教的な要素を嫌うのか、嫌でも分かったからだ。


 その中でも、神様の正体はかなり衝撃的だった。死神のウエンがこんなにも綺麗だと言うのに、世間一般の神様はこんな姿をしていたのかと、絶句してしまった。


 この世界には確かに見てはいけないもの、触れてはいけないもの、そもそも知ってはいけないものがいくつも存在している。


 普段何気なく見ているこの世界も、一皮むければあっという間に、恐ろしい世界に早変わりする。


 僕一人では、きっと耐えられなかっただろう。こんなもの、見たくなかったと思うだろう。神様なんていないと、絶望しただろう。


 けれど、僕にはウエンが居る。白雪が居る。詩歌さんが居る。仲間が、居る。


 皆が居てくれるなら、僕はこの恐ろしい世界を歩くことが出来る。目を背けず、逃げること無く、僕は向き合い続ける。


 今日もまた、僕たちはとある山奥に来ていた。目立った噂こそ無いものの、近場の心霊スポットには行き尽くしてしまったため、ここが選ばれたのだった。


 「うへぇ……山は嫌いです~! 虫は多いし、道は荒れ果ててるし、登るばっかりで疲れるしぃ……! 真尋さーん! おんぶしてくださーい!!!」


 「白雪はもう少し、体力をつけた方が良いんじゃ無いか? あたしと一緒にマラソンして、体力補強でもするか」


 「嫌です!!! 私はブレイン担当だから、体力は必要ないんですよ、っと!」


 「っ! バカ、急に乗ってくるな。落ちたら危ないだろうが」


 フクロウの様な鳴き声が聞こえる森の中で、今日も摩訶不思議なメンバーは心霊スポットを目指す。


 「乗っかるのは良いのね……真尋も順調に毒されてきてるわ」


 「大体お前のせいだろ。誰が一番僕の背に乗ってると思ってるんだ」


 「私は良いのよ! だって、大体死神って後ろにへばり付いてるでしょ? いわば、私は史実通りなのよ! 文句を言われる筋合いは無いわ!」


 それは、心霊スポットに来る血気盛んな連中と同じように、はしゃぎながら歩いて行く。


 「つうか、そろそろ着くぞ。この先がピンクバスケットの家だ。噂じゃ一家心中かどうとか、強盗殺人で一家惨殺とか、ヤバそうな話ばっかだぞ」


 「それ、本当ですか? ただの廃屋にしか見えないですけど……」


 「わざわざ図書館まで行って、地元の新聞を漁りましたけど、そういう話は見つかりませんでしたねぇ。ま、遡れるのも限界があったので、完璧に嘘かどうかは分かりません」


 「あくまで事件や事故は幽霊が集まる理由になるだけよ。たとえここに曰くが無くても、他の人がここには居るって思えば幽霊は集まってくるわ」


 軽口を叩きながらも、僕は寂れた建造物独特の怖さに身震いした。何度こういう場所を訪れても、慣れることは無い。幽霊という存在を認識した瞬間から、暗闇の恐怖という物に付随して確かに存在する恐ろしき存在も現れる。


 「じゃあ、行くわよ。今日は閉所だから、私が先行して確認してくるわ。大きな音がしたり、いつまで経っても私が戻ってこなかったら真尋達も来てちょうだい」


 「分っかりましたー!!! 今日も元気に幽霊の正体、見破っちゃいますよ-!」


 恐ろしいし、怖い。けれど、それ以上に僕はもっと知りたかった。眞代が見ていた世界を、もっと理解したい。彼女の恐怖を知ることもまた、責任を取ることに繋がるから。


 最もらしい理由を付けても、結局僕が心霊スポットに行くのは僕自身の意思だ。ウエンの魂集めも、白雪の居場所としても、詩歌さんとの約束も、全ては建前に過ぎない。何処まで行っても僕は自己中心的で、自らの欲求に逆らえない愚か者だ。


 魂を一万個という途方もない目標も、僕の好奇心にかかれば大した物では無い。皆も幽霊の正体を見た次には、それがどういう存在なのか知りたくなるに違いないだろう。少なくとも、僕はそうだった。


 「じゃあ、行くわよ!」


 ウエンがそう言うと、彼女は家に入っていった。あれほど盛況だった蝉の音色も、最近は少しづつ減ってきている。夏はもうすぐ終わりを告げ、季節は移り変わっていくのだろう。


 だからこそ、一日一日を大切に生きなければならない。この輝かしい日々を、もう二度と過ごせない最高の日々を楽しみ尽くさなくては。


 数分経って、家がガタガタと揺れ始めた。窓ガラスは割れ、腐敗した材木がバキバキと嫌な音を立て始める。


 「おいおいおいおい! ちょっとまずいんじゃないか、これ!」


 「ウエンの奴、なにやらかしたんだ!?」


 「早く逃げましょう! この様子じゃ、いつ崩れてもおかしくないですよ!」


 僕たちは慌てて草木に逃げ込む。ガラガラという音と、大きな衝撃が辺りに響き渡る。廃屋は崩れ去り、そこにはゴミと化した家だったものが散乱するだけだった。


 そこから、ボコッと手が伸びる。しかしそれ以上動くこと無く、白い手はブンブンと動き回っていた。僕はため息をついて、ゆっくりと材木の山に近づいた。


 伸びた手を掴んで、力一杯引っ張る。そこからは、様々なゴミがくっついたウエンが飛び出してきた。


 「やったわ! 後ろ向いて油断してたから、先手必勝で沈めてやったの! 最後の悪あがきで自爆特攻喰らったけど、終わりよければ全てよしよね!」


 「良いわけあるか! この馬鹿! 誰がぶっ壊せつったよ!」


 「痛ったぁ~~!!! なにすんのよ真尋! 心配しなくても、ちゃんと魂は回収してきたわよ!」


 「そういうことじゃないだろ! この前もそう言って電波塔ぶっ壊しただろ!? 問題になったらどうすんだよって話をしてんだ、この馬鹿!」


 「だってだって、しょうがないじゃない! 建造物にひっついてる奴は、死ねば諸共の精神だからヤバくなると自爆するって!」


 今日もウエンがやらかして、怒って、プリンを渡して機嫌を直す。そんなルーチンワークすらも、ただひたすらに楽しい。


 「おーい! 早く逃げんぞー! ブッキングはもうこりごりだろー!」


 「とにかく、話は後だ。家に帰ったら分かってんだろうな? 耳元で思いっきり賛美歌流してやる!」


 「あれ聞いてるとぞわぞわして嫌なの! ね、ねぇ本当に辞めてね? あの音聞くと、夜寝らんなくなっちゃうの!」


 僕たちは夜の森を走る。きっと、明日も明後日もこれからも、僕たちは同じことをするのだろう。


 17歳の夏、僕の人生は確かに変わった。僕はきっと、この出来事を一生忘れないだろう。


 最後に一つ。神様の姿を教えよう。


 地元の少し大きな神社。そこの本殿の屋根に座っていた、神様と思わしき人物。


 ガリガリ姿で全身におみくじのようなものが巻き付いたそれは、賽銭箱にお金が投げ入れられる度に悲鳴を上げて、口からドロドロとした何かを吐き出していた。


 神様の正体なんて、案外そんなものなのかもしれない。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神と行く、恐ろしき世界の歩き方 黒羽椿 @kurobanetubaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ