Chapter 9-8

 京太は崩れ落ちそうになった水輝の身体を支えた。


「まだ、終わりじゃねぇぜ、親友」

「ええ……。大丈夫です」


 そこへあやめが駆け寄ってくる。


「あやめさん、ありがとうございました。お陰様で……」


 水輝の言葉尻がすぼんでいく。見下ろす先には、倒れ臥す魔人の遺体があった。


「いえ……。私は……」


 重たい空気に包まれたそこへ、突如一人の少女の姿が現れる。


「うわっちょちょちょっ!!」


 空間転移によりその場に飛ばされて来た空は、自制が利かずつんのめって、盛大にこける。

 この場の空気は、意図してかそれとも否か、どちらにせよ空の出現によって破られた。京太が背後を振り返ると、そこにへたり込む黒翼の少女が、しっしと手を振るのが見えた。


「……はっ」


 小さく笑い、京太は空を起こしてやる。


「ほら、んな転び方してっと、どっかのチビが専売特許パクんなっつってキレてくんぞ」

「誰がチビですか誰が!」


 横合いからそんな声が聞こえると、彼女は本家と言わんばかりに着地に失敗してごろりと転がる。


「なんだその喋り方」

「これはちょっと本気だした影響が残っていてですね……ゴホン、ゴホン! ちょっと京太君! 今のは誰のことを言ってるのかな!」

「どっちでもいいわよ、もう」


 そこへ、身体を引きずりながらもなぎさが歩み寄ってくる。


「それより、全員なんとかなったみたいね」


 なぎさの言葉に、全員が周囲を見回す。


「そのようですね……」


 答えつつやってきたのは紗悠里だ。なんとか歩けはする、という状態の美里に肩を貸している。


 全員が、この戦闘の終わりを認識した。棗と綾瀬の姿がないが、あやめが二人の無事を皆に伝えた。ヴァルキリーである彼女には、エインフェリア全員の生命反応が認識できるそうだ。


 しかし、とあやめの言によれば、美里、棗、綾瀬は一命こそ取り留めているものの、これ以上の戦闘は不可能だという。


「そうか……。ともかく、あやめ。どっちにしろ、お前の力で傷は治せねぇのかい?」

「御免なさい、お兄ちゃん……。エインフェリアである皆さんは人間とは違う次元の存在なので……」

「そっか……。ま、仕方ねぇな」


 京太は集った皆を見回す。


「戦える面子は、あん時と同じか」


 奇しくも、月島ホールディングスビル屋上での、魔神再誕時のメンバーである。あの時はその場にいるだけだったあやめと空も、今回は戦う事ができるという点で相違があるものの、不思議な巡り合わせもあるもんだと京太は胸中で独りごちる。


「さて、あの野郎も待ちくたびれちまってるだろ。さっさと行って、あの鼻っ柱へし折ってやろうぜ」


 軽い調子で言ってのけた京太の言葉に、全員が頷く。

 美里にはその場に残ってもらい、彼らはツインタワーの屋上へと向かった。


 いざ、最終決戦の幕が開ける。


「ほう、あの稀代の変わり者を突破してくるとは、なかなか恐れ入るではないか」


 タワーの屋上、その更に中空に揺蕩う人型の影があった。黒く塗りつぶされた頭部に目はない。口もない。鼻や耳はあっても形だけだ。その形が意味する機能は有していない。


 しかし声は届いた。目は狂気に嗤ったように見えた。口元は愉悦に歪んだように感じた。そう、終焉という概念が具現化した魔神は、敵という存在として、人々が描くイメージを形にしていた。それは恐らく、彼奴のなかにある鷲澤老の影響も大きいのだろう。鷲澤老の妄執を取り込んだ魔神は、ただただ邪悪なものとしてそこにあることを選んでいた。


「悪いな、 待たせちまって。さて、早速だがその首級、貰い受けるぜ」

「まあそう焦るな。時間など私には無意味だ。そんなものは等しくゼロに近い。何故なら結局、世界は滅びるのだから」


 終焉の魔神は無造作にその手を広げ、京太たちに向ける。


「だから眠れ。英雄たちよ。その名は終焉る世界の記録に永遠に刻まれる」


 魔人の手から、黒いオーラが迸り、京太たちの意識はそこで途切れた。


     ※     ※     ※


 京太が次に目が醒ますと、そこは学校の屋上だった。馴染み深い、高校の屋上である。


「きょーうーたー君っ!」


 ぼふっ、と。軽い衝撃と共に暖かな温もりが京太を包んだ。

 しかし、京太は彼女を見て、目を見開く。


「すず……な……?」

「ん? どうかしたの?」

「お前……なん、で……」


 混乱する中、発そうとした言葉は続いて腕を掴まれた衝撃で遮られる。


「ちょっと鈴詠ー。京太独り占めにするの禁止ね禁止ー!」

「そ、空! べ、別に私、独り占めなんて……」

「おい、お前ら、それより……」

「こらー!」


 再度問い掛けを試みようとした京太の声は、案の定と言うべきか、更なる声に阻まれる。

 振り返る先には、生徒会の腕章を付けた少女の姿が。


「生徒会です! 不純異性交遊の常習犯どもー! 今日こそは観念しなさい! 今必殺のーっ、朔羅ぱーんちっ!」

「率先して暴力振るってどうするのよ。まあ、友人の色恋沙汰にはあまり口出ししたくはないけれど。ちょっと目立ち過ぎよ、あなたたち」


 淡々と窘められつつ、その迫力に鈴詠も空もしゅんとして引き下がる。なぎさが嘆息すると、更に屋上に人が現れる。


「今日も相変わらず、賑やかですねぇ。ねぇ、双刃君」

「いやぁ、でも羨ましいね。両手に花って奴は」

「そう……は」


 水輝はともかく。その隣に並ぶ双刃に、京太は驚きを隠せない。


「おっと。どうしたんだか。そんな、親の仇を見るみたいに」

「双刃君ですからね……。また何かやったんですか? 美里さんに怒られますよ」

「それを言われると参っちゃうけどね。ただ俺、そんな覚えは今はないよ? ええ、本当に。ねぇ京太?」


 問い掛けられた京太は、思いの外、するりと言葉を紡いだ。


「あ、ああ。別になんでもねぇよ。ちょっと夢見が悪くてな。悪ぃ悪ぃ」


 なんだ、とその場の全員が納得する中、チャイムが鳴り響く。下校の時間だ。帰らなければ。

 帰宅すれば、出迎えたのは厳つい面構えの男衆どもだ。


「おかえりなせぇませ、若」

「おう、帰ったぜ不動」

「若様、今日のお夕食の準備はどうされますか?」

「ああ、今日は俺と紗悠里の番だったよな。早速やろうぜ」


 不動、紗悠里と言葉を交わしながら、屋敷の奥へ向かう。


「おう、帰ったか、京太」

「お帰りなさい、京太」


 茶の間にいたのは、京太の両親である椿と砂苗だ。


「ただいま。あやめは……ああ、今日はあっちか」

「ええ。今日は姫奈多ちゃんの所よ。そのまま泊まってくるんじゃないかしら。あの子、姫奈多ちゃんには甘いものね」


 楽しそうに笑う砂苗に合わせて、京太と椿も笑みを浮かべる。京太はそのまま厨房へ向かう。その途中ですれ違った祖母に軽く挨拶をして。


 楽しいかい?

 ああ、楽しいさ。当然だ。


 ――この、有り得ない幸せな世界に、永遠に隷属されてさえいれば。


「……ありがとな、ばあちゃん」


 返事はなかった。


 夢が、終焉る。

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